「もうすぐ着くよっと」
幸に送信する。すぐさま可愛いキャラクターがはしゃいでいるスタンプが返ってくる。
夏祭り当日。私は浴衣の着付けに手間取って、予定より家を出るのが遅くなってしまった。
浴衣を着るつもりはなかったのだけど、幸に、「私も着るから着てきてよ~」と言われて、仕方なく押し入れから引っ張り出してきた。
待ち合わせ場所に辿り着くと、浴衣姿の幸と黒いシャツを着た八代が待っていた。小走りで二人に駆け寄る。
「ごめん。お待たせ」
「そんな待ってねぇよ」
「私もさっき来たとこ。わぁ~悠ちゃん浴衣めっちゃ良いね! 着てきてくれてありがとう」
幸は私を見ると、手を合わせて喜んだ。
「まあ三人組で一人だけ浴衣ってのもちょっと気まずいかと思って。幸もすごく似合ってる」
私は、朝顔の柄の白を基調としたものを。幸は、黒い生地に金魚が泳いでいる柄のものを着ていた。
「エリちゃんどう思う? 可愛いでしょ今日の悠ちゃん」
八代の口から、私に対する好意的な言葉が出ることを望んでいるらしい。そういえば、誤解を解いていなかったな、とにやけ顔の幸を見て思った。
しかし私も本当に少しではあるが、八代の感想が気になった。
「似合ってるよ、すごく。やっぱいつもと雰囲気違うな」
胸がじんわりと温かくなる。
「ん。ありがと」
なんだか妙にフワフワした心持ちになって、出店が出ている方を落ち着きなく見遣った。
「何か買お!」
私は、出店を指差して言う。
夏のせいで熱くなってきた頬を冷まそうと、かき氷を求めて歩き出す。
それから、シロップで染まった舌を幸が見せてきたり、八代が射的で一等を獲ったりして騒がしく時間が過ぎていった。
「あれ? 幸がいない」
先ほどまでしきりに話しかけてきていた幸の姿が、見えなくなっていた。
「まじか。ん?」
八代の携帯が鳴った。幸からのメッセージのようだ。
「部活の先輩に会ったからちょっと挨拶してるんだと。少ししたら合流するって」
「え? 部活なんて――」
入ってないはずだけど、と思って気付く。
気を回したんだな、幸。
幸は、どうしてもキューピッドになりたいらしい。そもそも私が八代を好きというのは誤解なのだが。
好きと言えば好きだけど、愛だの恋だのみたいなアレではない。人として好きってヤツだ。もしくは友人として。異性としてはそりゃあ八代は魅力的なのかもだけど、別に全然付き合いたいとかそんなんじゃない。思ってない、絶対。
「若葉? どうした?」
私が何か言いかけて止めたので、怪訝そうに見てくる。慌てて、
「何でもない。そっかー部活の関係は大事だよねーうんうん」
と頷く。
「じゃあしばらく二人になるな」
「そうだね。さすがに花火の時間には帰ってくると思う。あんなに楽しみにしてたし」
花火までにはあと二時間以上もあるので、八代と並んで適当にぶらついていった。
「あ、から揚げ。買ってきていい?」
「ああ、ついてくよ」
好物のから揚げの出店を見つける。ちょうどお客さんがおらず、グッドタイミングだった。
「五個入りひとつ」
「はーい五百円ね」
小銭をおじさんに渡す。おじさんは私たちを見て、
「いや~デートか! いいねぇ若くて!」
「デッ……!?」
「照れなくても良いよ、お嬢さん。この店に来たカップルは君たちが初めてなんだよ! 歩いてる人たちを見てると、いないことは無いんだけどねぇ」
おじさんは、ガッハッハッと豪快に笑う。口を挟む暇もない。
「特別にオマケしとくわ! 彼氏と一緒に食べな!」
本来の数より倍近くのから揚げをカップに入れて渡してくる。爪楊枝が二つ刺さっていた。
ずずいっと差し出されたそれを慌てて受けとる。
「あ、ありがとうございます」
「仲良くね~!」
嵐のような人だったな、と思ってると、
「嵐みたいな勢いだったな……」
八代も同じことを思ったらしい。苦笑している。
「訂正する暇もなかったね……」
「去年も間違えられたわ」
「え? 去年?」
「ああ。あの人じゃなかったけど。幸と来てて、同じようにカップルと間違えられた」
「へぇ……」
その場面を想像してみる。
幸がはにかみながら、「幼馴染みです」と伝える姿が目に浮かぶ。八代も笑いながら否定するのだろう。
変な空気にはならないと確信できた。あの二人には、そんな関係に転じるような雰囲気を一切感じないのだ。
「良かった」
「何か言ったか?」
口に出ていたらしい。「何でもない」と返す。そして無意識のうちに出てきた言葉に、自分が言ったことなのに疑問に思う。
何が『良かった』のだろう?
幸と八代が恋愛関係に発展しなさそうだと考えて、なぜか安心したのだ、私は。一体どうして――。
「殺すぞ!」
耳に飛び込んできた物騒な発言に、ハッとする。
声がした方を見ると、小学生くらいの男子数名がじゃれあっていた。子どもが戯れにこぼした脅し文句だったようだ。
殺す、という言葉で思い出す。八代が将来殺人犯になる可能性があることを。
恋人が未来の殺人犯じゃなくて良かったね、という気持ちだったんだな、きっと。私が安心した理由は。
もちろん八代が川崎一家を殺害しないように、全力で工作する気ではいるけれど。
けど万が一防げなかったら――。
「おい、若葉?」
八代の声で現実に戻る。さっきから何度か声をかけていたみたいだ。怪訝そうに見ている。
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた。何?」
「から揚げ。適当なとこで食おうぜ」
「そうだね。人混みすごくなってきたからね」
花火の時間が近づいてお祭りに来る人が増えてきたようで、歩きながら食べるには向かなくなってきた。
暗いことばかり考えているのも良くないよね、お祭り中なんだし、楽しむことだけに集中しなくちゃ。
軽く首を振って、八代を見失わないように歩く。
幸に送信する。すぐさま可愛いキャラクターがはしゃいでいるスタンプが返ってくる。
夏祭り当日。私は浴衣の着付けに手間取って、予定より家を出るのが遅くなってしまった。
浴衣を着るつもりはなかったのだけど、幸に、「私も着るから着てきてよ~」と言われて、仕方なく押し入れから引っ張り出してきた。
待ち合わせ場所に辿り着くと、浴衣姿の幸と黒いシャツを着た八代が待っていた。小走りで二人に駆け寄る。
「ごめん。お待たせ」
「そんな待ってねぇよ」
「私もさっき来たとこ。わぁ~悠ちゃん浴衣めっちゃ良いね! 着てきてくれてありがとう」
幸は私を見ると、手を合わせて喜んだ。
「まあ三人組で一人だけ浴衣ってのもちょっと気まずいかと思って。幸もすごく似合ってる」
私は、朝顔の柄の白を基調としたものを。幸は、黒い生地に金魚が泳いでいる柄のものを着ていた。
「エリちゃんどう思う? 可愛いでしょ今日の悠ちゃん」
八代の口から、私に対する好意的な言葉が出ることを望んでいるらしい。そういえば、誤解を解いていなかったな、とにやけ顔の幸を見て思った。
しかし私も本当に少しではあるが、八代の感想が気になった。
「似合ってるよ、すごく。やっぱいつもと雰囲気違うな」
胸がじんわりと温かくなる。
「ん。ありがと」
なんだか妙にフワフワした心持ちになって、出店が出ている方を落ち着きなく見遣った。
「何か買お!」
私は、出店を指差して言う。
夏のせいで熱くなってきた頬を冷まそうと、かき氷を求めて歩き出す。
それから、シロップで染まった舌を幸が見せてきたり、八代が射的で一等を獲ったりして騒がしく時間が過ぎていった。
「あれ? 幸がいない」
先ほどまでしきりに話しかけてきていた幸の姿が、見えなくなっていた。
「まじか。ん?」
八代の携帯が鳴った。幸からのメッセージのようだ。
「部活の先輩に会ったからちょっと挨拶してるんだと。少ししたら合流するって」
「え? 部活なんて――」
入ってないはずだけど、と思って気付く。
気を回したんだな、幸。
幸は、どうしてもキューピッドになりたいらしい。そもそも私が八代を好きというのは誤解なのだが。
好きと言えば好きだけど、愛だの恋だのみたいなアレではない。人として好きってヤツだ。もしくは友人として。異性としてはそりゃあ八代は魅力的なのかもだけど、別に全然付き合いたいとかそんなんじゃない。思ってない、絶対。
「若葉? どうした?」
私が何か言いかけて止めたので、怪訝そうに見てくる。慌てて、
「何でもない。そっかー部活の関係は大事だよねーうんうん」
と頷く。
「じゃあしばらく二人になるな」
「そうだね。さすがに花火の時間には帰ってくると思う。あんなに楽しみにしてたし」
花火までにはあと二時間以上もあるので、八代と並んで適当にぶらついていった。
「あ、から揚げ。買ってきていい?」
「ああ、ついてくよ」
好物のから揚げの出店を見つける。ちょうどお客さんがおらず、グッドタイミングだった。
「五個入りひとつ」
「はーい五百円ね」
小銭をおじさんに渡す。おじさんは私たちを見て、
「いや~デートか! いいねぇ若くて!」
「デッ……!?」
「照れなくても良いよ、お嬢さん。この店に来たカップルは君たちが初めてなんだよ! 歩いてる人たちを見てると、いないことは無いんだけどねぇ」
おじさんは、ガッハッハッと豪快に笑う。口を挟む暇もない。
「特別にオマケしとくわ! 彼氏と一緒に食べな!」
本来の数より倍近くのから揚げをカップに入れて渡してくる。爪楊枝が二つ刺さっていた。
ずずいっと差し出されたそれを慌てて受けとる。
「あ、ありがとうございます」
「仲良くね~!」
嵐のような人だったな、と思ってると、
「嵐みたいな勢いだったな……」
八代も同じことを思ったらしい。苦笑している。
「訂正する暇もなかったね……」
「去年も間違えられたわ」
「え? 去年?」
「ああ。あの人じゃなかったけど。幸と来てて、同じようにカップルと間違えられた」
「へぇ……」
その場面を想像してみる。
幸がはにかみながら、「幼馴染みです」と伝える姿が目に浮かぶ。八代も笑いながら否定するのだろう。
変な空気にはならないと確信できた。あの二人には、そんな関係に転じるような雰囲気を一切感じないのだ。
「良かった」
「何か言ったか?」
口に出ていたらしい。「何でもない」と返す。そして無意識のうちに出てきた言葉に、自分が言ったことなのに疑問に思う。
何が『良かった』のだろう?
幸と八代が恋愛関係に発展しなさそうだと考えて、なぜか安心したのだ、私は。一体どうして――。
「殺すぞ!」
耳に飛び込んできた物騒な発言に、ハッとする。
声がした方を見ると、小学生くらいの男子数名がじゃれあっていた。子どもが戯れにこぼした脅し文句だったようだ。
殺す、という言葉で思い出す。八代が将来殺人犯になる可能性があることを。
恋人が未来の殺人犯じゃなくて良かったね、という気持ちだったんだな、きっと。私が安心した理由は。
もちろん八代が川崎一家を殺害しないように、全力で工作する気ではいるけれど。
けど万が一防げなかったら――。
「おい、若葉?」
八代の声で現実に戻る。さっきから何度か声をかけていたみたいだ。怪訝そうに見ている。
「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた。何?」
「から揚げ。適当なとこで食おうぜ」
「そうだね。人混みすごくなってきたからね」
花火の時間が近づいてお祭りに来る人が増えてきたようで、歩きながら食べるには向かなくなってきた。
暗いことばかり考えているのも良くないよね、お祭り中なんだし、楽しむことだけに集中しなくちゃ。
軽く首を振って、八代を見失わないように歩く。