「あ~花火大会かぁ。いいねえ」
 幸がウキウキとした雰囲気を隠さずに言う。
 今日は幸も交えた三人で宿題をやっつけていた。場所は当然幸の家だ。

 「美味しいものたくさん食べたいな」
 「やっぱそれか」
 「ちゃんと花火も楽しみだってば。エリちゃんったら、人を食い意地張ってるみたいに言って」
 「いやそれは当たってるんじゃないの」
 「悠ちゃんまで。もういいよ私は食いしん坊だよ」
 幸は、ほっぺたを膨らませて拗ねたふりをした。そして、
 「でもホントに楽しみ」
 と幸せそうに笑う。
 「一緒に行こうよ、幸」
 「もちろん。あ、エリちゃんも行こうよ」
 「俺も?」
 「うん。せっかくエリちゃんと悠ちゃんが仲良くなれたんだし。今年は三人で花火見ようよ」
 「そうだね。八代も来なよ」
 「ああ」

 いろいろと不安なことはあるが、とりあえず花火大会が楽しみだ。私は楽しい計画に胸を弾ませる。
 しかし、庭から聞こえてきた排気音によって、一気に現実に引き戻された。

 「えっ?」
 「お姉が帰ってきたんだ! 急いで隠れて二人とも!」
 「わかった! 行くぞ若葉!」
 「う、うん」

 幸は、玄関に駆けていき、私たちの靴を仕舞おうとしているようだった。
 別に友達が来てるって言えばいいのに。なぜ姉に秘密にする必要が?
 私と八代は、二階に繋がる階段を急いで上がっていく。
 二階に辿り着いたところで、「ただいま―」という女性の声が聞こえてきた。

 「こっちだ」
 八代がささやき声で幸の部屋を指す。
 二階にはお姉さんの部屋もあるから、廊下にいると見つかってしまう。私たちは幸の部屋に身を潜めることにした。
 やがて階段を上ってくる足音が聞こえてきた。

 「先輩のおうち広いですね~! 羨ましいです!」
 「まああんま帰ってないんだけど」
 「彼氏さんと同棲中みたいなものですもんね~」

 お姉さんだけじゃなく、後輩と思われる女子の、はしゃいだような高い声も聞こえてくる。
 お姉さんはどことなく幸の声と似ていた。兄弟姉妹は声も似る、と昔誰かが言ってたことを思い出す。

 幸のお姉さんと思われる女性が言う。
 「あんたいつまでも“彼氏さん”って言うよね。さては名前覚えてないな?」
 「あ―恥ずかしながらそうなんですよ~。わたし、人の名前覚えるのちょー苦手で!」
 「まったく……いい? 川崎大和、よ!」
 「えっ!?」

 その名前は!
 一瞬、隠れていることを忘れて、それなりの声量が出てしまった。
 八代が隣で何やってんだ! という顔で見ている。
 慌てて口をふさぐ。しかしもう遅い。

 「今、声が聞こえたよね?」
 「え? ホントですか?」
 聞こえていないことを願ったが、幸のお姉さんの耳は、聞き逃さなかったらしい。

 「幸―! 今日って襟人来ない日だよねー?」
 お姉さんは、下にいる幸に大声で問いかける。
 「うん! 来てないよー!」
 やはり幸は、頑なに家に人がいることを隠そうとしている。何故――。

 「襟人って誰ですか?」
 「うちに家事しに来てる人」
 「へぇ、そんな人が! やっぱりお嬢様ですねぇ」
 「そんなことより泥棒の可能性だってあるんだから、二階を見なきゃ」

 まずい。きっとこの部屋も開けられる!
 ドタドタとした足音と共に、彼女たちの気配が急速に近づいてくる。
 すぐにガチャリと扉を開ける音が耳に入ってきた。自分の部屋を確認したのだろう。

 ここを開けられるのも、時間の問題だ。
 どうしよう! どうすれば――。
 そしてとうとう幸の部屋の扉が開かれた。