自宅に戻って考える。
 八代は悪い奴じゃない――と思う。
 親友が心から信頼する人間を、私も信じてみることにした。
 事実、八代への感情が変化していくのを、自分でも感じ取っていた。

 八代が悪人じゃないなら、現代でああなってしまったのには理由があるはずだ。それを掴めれば大丈夫。
 ああ、きっと私は、八代によって起きた殺人を食い止めるために、タイムリープの力を天から授かったのだ。さながら天啓のように、そんな考えが思い浮かぶ。

 八代が殺人犯にならなければ、私だって刺されることもないのだから、これは現代の自分を助けることにも繋がる。
 やるしかない。何としてでも八代の人生を、正しい方へと持っていく。
 それにしても――あの彼が悪の道を行くことになった経緯とは、一体何であろうか。


 「勉強を教えてほしい?」
 「うん。すごく分かりやすかったからまた勉強会をしたいんだけど」

 定期考査が終わったあと、私は八代と会っていた。
 待ち合わせしたわけではない。近所のコンビニに行ったら、八代も買い物していただけだ。
 せっかくだから途中まで一緒に帰ろうということになり、初めて会った日のように私たちは並んで歩いた。
 テストはおかげさまで赤点回避できたという報告とお礼を伝えた。
 そして八代に、また勉強を教えてほしいとお願いしたのだ。

 「夏休みになるから、勉強にはちょうどいいしな」
 八代が呟いた。季節はすっかり夏休み目前になっていた。

 その間私が何をしていたかというと、特に大したことはしていなかった。
 ただ幸の家によく遊びに行くようにはなった。休日の午前中に幸の家に行くと、毎回ではないが八代がいた。
 そういう時に会話を重ねてきたから、多少仲良くなった……と思う。
 この数週間何も事件などは起きずに平和なものだった。ゆえに私が派手に行動することもなかったのだ。
 今は八代と仲良くなって、彼にとって信頼できる立場になることが大事だと思う。
 そのための勉強会の申し出だった。

 「八代は夏休みとか関係ないんでしょ? そんな暇無いなら無理にとは言わないけど」

 私としては、夏休みの課題の手助けにもなってくれるから一石二鳥なんだけど。

 「いや毎日とかじゃなかったら問題ない。人に教えんのも勉強になるしな」
 「いいの? ありがとう!」
 「どういたしまして」
 「じゃあ日程とかは後でメッセージで決めよ」
 「ん」

 ほどなくして八代と別れた。私はさっそくいつが良いか、場所はどこにしようかと思案し始める。
 

 「おまたせ」
 「おう」
 夏休み初日。私と八代は図書館の前で待ち合わせた。

 この図書館には学習室が2つある。
 黙々と一人で勉強する部屋。ここはいつもけっこうな人数がいる。
 もう一方は、友達と会話しながら学んでも良い部屋。
 しかし設計者の意図に反してこの部屋は、全然利用する者がいなかった。
 ワイワイと勉強したい人たちは、誰かの家に集まるので、わざわざ図書館で勉強会をしようとすることはないのだ。
 私たちは今日、そのあまり意味を為していない学習室で勉強をすることにした。
 入室したら案の定、無人状態だった。

 「集中しやすくていいな」
 「だね」
 大きな机にいくつかの椅子が囲むように設置してある部屋だった。そんなスペースが数ヶ所作られている。
 よっこらせと荷物が入ったバッグを椅子に置いて、その隣の椅子に座った。

 「じゃ始めるか」
 「よろしくお願いします」
 「どの教科にするんだ?」
 「えっと……とりあえず五教科持ってきた」

 テーブルに全教科分の課題を広げると、八代がうお……と引き気味にこぼす。

 「こんなに持ってきてどうすんだよ。重いだろ」
 「たくさん持ってくれば、理科に飽きたら歴史をやる、みたいに気分転換しながら進められるじゃない」
 「そんなにガッーとやるつもりなのか?」
 「いや無理だけど」
 「だろ? 絶対こんな要らねーって」

 準備だけ過剰に周到なのは、勉強を日常的にしっかりやっていない者の特徴かもしれない。そんなことをふと思った。

 「じゃあ数学。苦手なの最初にやっとけばあとは楽勝でしょ!」
 「やる気十分だな」
 「よーしやるぞ! あ、一問目からわかんない。助けて」
 「早い!」


 「そんでここをこうしたら楽なんだよ」
 「あ―そうすれば後の数問も解けそうだね。やった―」
 「ん。数学は半分くらい終わったな」
 数学のプリントの束を見つめて、八代が満足げに言う。
 「今年はギリギリに宿題しなくて良さそうだよ。ありがとう」
 「毎年ギリギリなのかよ」
 「締め切り迫らないとやる気出なくない?」
 「出るのを待つんじゃなくて、無理やりひねり出すもんなんだよやる気は」
 「えーそういうもん?」
 まあやる気ってのは、いつもなかなか出てこないしなぁ。
 「そろそろ休憩挟むか」
 「だね」


 「あ、花火大会のお知らせだって」
 カフェスペースに貼ってあったポスターを指差す。
 「誰と行くんだ?」
 「幸と二人で行くかな。お祭り好きって言ってたし」

 実際に高校1年の夏は、幸と花火大会に行ったのだ。
 来年も一緒に行こう、と帰り道で約束したのに、結局その日が幸とお祭りに行った最初で最後になってしまった。

 「八代は花火好き?」
 「好きだよ。祭りも好きだ」
 「へぇ。じゃあ幸と一緒に行ったこととかあるの?」
 「毎年そうだったよ。あいつ祭りの日だけ明らかに食う量がちげーんだ。すごい食いしん坊なんだよ」
 そういえばお祭りの日、幸は見かけによらず、すごい食べていた気がする。
 「屋台とかテンションあがるしね」
 「けど暑いのによくいつも以上に食えんなってビビった」
 「それは確かに」
 休憩を終えたあと、残りのプリントも終わらせて、数学は無事に全て片付けることができた。