「おはよー」
「おはよう」
クラスメイトに挨拶しながら、席に座る。
「ねえ2組に転校生来るらしいよ、今日」
前の席の女子が話しかけてくる。
2組の生徒になったのか。数日前八代と話したことを思い出す。
「どっちかなぁ」
彼女の言うどっちとは、性別のことを指している。
「女子だよ」
「マジで? 何で知ってんの」
「知り合いのつてでちょっとね」
「そっか―。ちぇーイケメンじゃないのかぁ~」
興味を無くしたのか、前に向き直る。
同級生の発言で、八代のことが頭に浮かぶ。
八代は、なんだかいい人そうに見える。この時代にきて知り合ってから、美点しか今のところ見ていない。
もちろん一部分にしか過ぎないのかもしれないけど、極悪非道さを予想していた身としては、非常に肩透かしというか――予想外だった。
8年後に凶悪事件を起こし、通りすがりの私を殺すとは思えない人柄の良さだった。
窓際の席にいる幸を、盗み見る。
八代は、幸のことも本当に案じているようだった。私にはわからない二人の絆があると感じた。
幸に八代のことについて聞いてみよう。八代の人となりを探るため。
あ、そんなこと聞いたらまた勘違いされそう。
「エリちゃんのこと?」
昼休み。私と幸は、屋上の日陰に座って、昼食をとっていた。
今日の天気は、涼しいのに快晴なので、外で食べよう、となったのだ。
八代のことを教えてほしい、という私のお願いに、彼女はキラキラと目を輝かせた。
「えっとね! 血液型はO型で、好きな食べ物はカレー! 嫌いな食べ物は梅干しで、誕生日は10月の――」
「ちょっ、ちょっと待って。そういうことを聞きたいんじゃなくて……」
矢継ぎ早に語る幸に、何とか口を挟む。
「人間性に関することというか……悪いエピソードとかないの?」
「悪いエピソード? 普通良いことを聞きたがるんじゃないの?」
幸が、きょとんとしている。
「エピソードはないんだけど、出会って間もない頃は、ケンカのときエリちゃんがすごく怖く感じたなぁ。ほらちっちゃいときって些細なことでケンカになっちゃうじゃん?」
懐かしむように目を細める。
「男の子の知り合いが他にいなかったのもあって、口調の荒らっぽさとかにびくびくしてた」
顔立ちも相まって、より怒っているように思えただろう。
「でもそれにもすぐ慣れた。というか怖い人じゃないってわかってきたんだよね。エリちゃんはすごく優しいよ。昔からずっと」
「そうなんだ……」
にこにこと語る幸に、疑念はさらに深まる。
八代は本当に、私の考えているような極悪人なんだろうか?
「まあそういうわけだから安心して。エリちゃんは優良物件だから」
ああ、やっぱり勘違いされた。そういう風に思われても仕方ないけど。
「あっ! とっておきのエピソードがあるんだった。聞いたら惚れ直すこと間違いなしだよ!」
惚れてないけど――何だろう、気になる。
「じゃ話して」
「うん。えっとね――」
小学校低学年の頃だったかな。
エリちゃんと公園で遊んでた日に、同じクラスの女の子たちが来たの。
私はその子たちからちょっと意地悪されてたから、隠れようとしたんだけど、気付くのが遅かった。
彼女たちは私の方へ来て、悪口を言い始めたの。
その時エリちゃんは、忘れ物を取りに家に行っちゃってた。
早く帰って来て、と思いながらキョロキョロしてたんだけど、その態度が気に入らなかったのか、
「何ボーッとしてんの!」
ひとりの子にそう怒鳴られて、バチンと頬をはたかれた。
それが鶴の一声になって、他の子達も蹴ったり掴みかかったりしてきた。
堪えきれずにグスグス泣いていたら、エリちゃんが帰ってきてくれてね、女の子たちの間に割って入っていって、
「逃げろ!」
って叫んだの。けどエリちゃんを置いて逃げれなくて、
「でも……でも」
とかもじもじして渋ってたら、
「なんとかできるから、信じて待ってろ」
そう言って、ニカッと笑ってくれた。
エリちゃんがそういう笑い方をした時、いつも大丈夫になっていってたから、今回も安心して、私はようやくその場から離れることができた。
しばらく走り続けて、ふと結構な時間が経ったことに気付いたの。それで公園へ戻ってきたら、エリちゃんが一人で立っていた。
声をかけると、
「あいつらは逃げてった。もう大丈夫だ」
その言葉を聞いて、上級生のエリちゃんに諭されて、あの子たちも納得してくれたんだって思った。
それ以来、意地悪もされなくなったから。
「またああいうことがあったら言えよ」
エリちゃんは、そう言ってくれた。
これが私の中で、エリちゃんの株が爆上がりしたエピソードだよ。
「格好いいじゃん」
「でしょー?」
話を聞けば聞くほど善人に思えるんだけど?
私の中で、『何故?』が更新され続ける。
そんな私をよそに、幸はニコニコしながら、お弁当を口に運んでいた。
考えた末に八代のことは、交流を続けていって判断しようと思った。
まずはマミが転校してきたことを報告しておこう。
『マミが転校してきたよ。別のクラスだけど』
簡潔に書いて送信する。
『不幸中の幸いだな』
さほど間を置かずに返信がきた。
『うん。異変があったらまた連絡する』
『頼む』
やりとりが終わる。八代はメッセージでも変わらずちょっとぶっきらぼうな感じだな、と思った。
授業中は、あまり集中できなかった。ここ数日であまりにも考えることが多すぎる。