***
件の話を聞いた私は絶句した。
「そんなことがあったなんて……」
「ああ。俺も幸から聞いたときに同じような反応になったよ」
テーブルの上でグッと拳を握りしめる八代。
「犯人は結局わかってないの?」
「わかってない。幸の件があってからは、さすがに盗難は起きなかったが」
「まあ自分じゃない人が犯人になってくれたんだから、やめにするよね……」
けどさ、と私は八代に尋ねる。
「何で幸のお姉さんは嘘の情報を話してたの?」
「いや、幸の姉貴のくだりは全部元友達の作り話だと思うぞ」
八代が苦々しく吐き捨てる。
「実は折野の彼氏が、幸がクラスのために動く姿を見て、幸に惚れちまったんだよ。俺は彼氏の方と一緒の委員会だったから、相談されてた」
「彼女がいるのにあなたの幼馴染みのこと好きになっちゃいました~って?」
「そうだ。そいつは彼女とは別れずにキープにしときます、つって自己完結してたけど」
「うわ……」
「それで察した折野が、彼氏が幸を嫌いになるように仕組んだ」
「自分が悲劇のヒロインになって、彼氏の庇護欲も刺激できるしね。でも他の人の作戦って可能性だってない?」
「最近、俺は折野に会ったんだ。会ったってより喫茶店で偶然隣のテーブルになっただけだけど」
何日か前、喫茶店にて――。
『ケンちゃんとも別れちゃったな~。受験期と共に、消滅しちゃった。せっかく努力もしたのにぃ』
『努力?』
女子高生の二人組が、そこそこの声量で話していた。
『うん。わたし村中だったんだけど~』
村中とは、村山中学校の略で、幸と八代の母校だ。
『ケンちゃんがわたしの友達を好きになっちゃったのね。わたしもうカーッとなって』
それでさぁと女子高生は、楽しそうに笑いながら言った。
『ちょうどうちのクラスで盗難騒ぎ起きてたからさ、その友達のカバンに体操着入れて犯人にしたんだよね』
『うわ、えげつな~』
『もちろん真犯人がまた盗みをやるかもって不安もあったけど、元々盗難もなくなってきた時だったから大丈夫かなって』
『私が犯人だったら、その子が罪被ってくれんだったらラッキーって思うしー。再犯はなさそうだよね~』
『そ。んで、“クラス一の嫌われ者”に告白なんてリスキーなことは、ケンちゃんも出来ずに、その子を無事諦めてくれたってわけ』
『マミ頭良すぎ~』
「そんな会話が聞こえてきたんだ。それで折野の企みだった、って事実を知ったんだ」
「それはすごい偶然だったね……」
「俺も驚きでつい声が出そうになったよ」
「そのマミって子ホントに性根が腐ってんね。信じられない」
「ああ、絶対許せない奴だ。それで本題はここからなんだが……」
本題? これは前置きに過ぎなかったのか。
「折野が、近々そっちの高校に転校するんだって喫茶店で話してたんだ」
「え!」
そういえば1年の時に転校生がきたことがあった。1―4には来なかったけれど――。
「折野は幸を嫌ってると思うんだ、きっと」
「もちろん。恋愛が絡んだ年頃の女子は怖いからね」
「だから若葉に頼みがある」
八代が、凛とした強い眼差しでこちらを射抜く。
その真剣な様子に、心臓がどくん、と高鳴る。
「折野が幸に何かしないか、注意して見ていてほしいんだ。頼む」
「それはもちろんいいけど……」
「ありがとう。あとさ」
八代は照れたように、わずかに顔を赤らめて言う。
「幸はあの一件の後、人と接するのが怖くなったって言ってたから、若葉がいるってわかって安心したよ。ありがとう」
「確かに幸、出会って最初の頃は、ちょっとびくびくしてるような感じだったな……。他の子たちともあまり話さないし」
あれはトラウマのせいだったのか。
「幸はすごく大事な親友だから。絶対に守るから安心して」
私が強く言い切ると、八代が少し驚いたように目を見張る。
しかしすぐに嬉しそうな顔になり、じんわりと大切に噛みしめるように、呟いた。
「そうか。――よかった」
ファミレスを出た後、私と八代は途中まで一緒に帰ることになった。
私は今日一日で、八代に対する恐怖心が薄れていくのを感じていた。
「あ、私ここで曲がる」
「そうか。今日はありがとな」
「うん。マミのことで何かあったら連絡するよ」
「こっちも今朝の男について、なんかわかったら連絡する」
「あっそうか。その問題もあったんだった。私も調べてみるよ」
「危ないからほどほどにしとけよ」
「うん。じゃあね」
別れてそれぞれの帰路につく。
そういえばストーカー(仮)の件もあるんだ。
けれど幸の知り合いじゃないなら、突き止めようがないのではないか。
警察に任せるのが正解なんだろうけど、あまり身を入れて捜査してくれないだろうな。
しかし私の記憶では、幸は怪我して登校したあとは、特に何も変化はなかった。
その後もしつこく付きまとわれていたら、相談したり様子がおかしかったりなどの変化はあるはず。
ならばストーカー(仮)は、これっきり姿を見せないのではないか。現れないならそれに越したことはないけど。
それよりもマミの方を気にするべきかもしれない。
何せ8年前のことなので、私もはっきりしたことは覚えてない。
だって幸に何かあった記憶がないのだ。誰かに虐げられていたとか、強く敵視されていたりとかはなかった。
少なくとも表面的には、幸にも悩んでいる様子はなかった。
幸は、ババ抜きで勝ったことがないくらい分かりやすい子なので、何か抱えてるものがあるなら気づかないはずがない、と思う。
全部杞憂に終わるかもしれない。ストーカー(仮)もマミのことも。
そうなることを祈る。
件の話を聞いた私は絶句した。
「そんなことがあったなんて……」
「ああ。俺も幸から聞いたときに同じような反応になったよ」
テーブルの上でグッと拳を握りしめる八代。
「犯人は結局わかってないの?」
「わかってない。幸の件があってからは、さすがに盗難は起きなかったが」
「まあ自分じゃない人が犯人になってくれたんだから、やめにするよね……」
けどさ、と私は八代に尋ねる。
「何で幸のお姉さんは嘘の情報を話してたの?」
「いや、幸の姉貴のくだりは全部元友達の作り話だと思うぞ」
八代が苦々しく吐き捨てる。
「実は折野の彼氏が、幸がクラスのために動く姿を見て、幸に惚れちまったんだよ。俺は彼氏の方と一緒の委員会だったから、相談されてた」
「彼女がいるのにあなたの幼馴染みのこと好きになっちゃいました~って?」
「そうだ。そいつは彼女とは別れずにキープにしときます、つって自己完結してたけど」
「うわ……」
「それで察した折野が、彼氏が幸を嫌いになるように仕組んだ」
「自分が悲劇のヒロインになって、彼氏の庇護欲も刺激できるしね。でも他の人の作戦って可能性だってない?」
「最近、俺は折野に会ったんだ。会ったってより喫茶店で偶然隣のテーブルになっただけだけど」
何日か前、喫茶店にて――。
『ケンちゃんとも別れちゃったな~。受験期と共に、消滅しちゃった。せっかく努力もしたのにぃ』
『努力?』
女子高生の二人組が、そこそこの声量で話していた。
『うん。わたし村中だったんだけど~』
村中とは、村山中学校の略で、幸と八代の母校だ。
『ケンちゃんがわたしの友達を好きになっちゃったのね。わたしもうカーッとなって』
それでさぁと女子高生は、楽しそうに笑いながら言った。
『ちょうどうちのクラスで盗難騒ぎ起きてたからさ、その友達のカバンに体操着入れて犯人にしたんだよね』
『うわ、えげつな~』
『もちろん真犯人がまた盗みをやるかもって不安もあったけど、元々盗難もなくなってきた時だったから大丈夫かなって』
『私が犯人だったら、その子が罪被ってくれんだったらラッキーって思うしー。再犯はなさそうだよね~』
『そ。んで、“クラス一の嫌われ者”に告白なんてリスキーなことは、ケンちゃんも出来ずに、その子を無事諦めてくれたってわけ』
『マミ頭良すぎ~』
「そんな会話が聞こえてきたんだ。それで折野の企みだった、って事実を知ったんだ」
「それはすごい偶然だったね……」
「俺も驚きでつい声が出そうになったよ」
「そのマミって子ホントに性根が腐ってんね。信じられない」
「ああ、絶対許せない奴だ。それで本題はここからなんだが……」
本題? これは前置きに過ぎなかったのか。
「折野が、近々そっちの高校に転校するんだって喫茶店で話してたんだ」
「え!」
そういえば1年の時に転校生がきたことがあった。1―4には来なかったけれど――。
「折野は幸を嫌ってると思うんだ、きっと」
「もちろん。恋愛が絡んだ年頃の女子は怖いからね」
「だから若葉に頼みがある」
八代が、凛とした強い眼差しでこちらを射抜く。
その真剣な様子に、心臓がどくん、と高鳴る。
「折野が幸に何かしないか、注意して見ていてほしいんだ。頼む」
「それはもちろんいいけど……」
「ありがとう。あとさ」
八代は照れたように、わずかに顔を赤らめて言う。
「幸はあの一件の後、人と接するのが怖くなったって言ってたから、若葉がいるってわかって安心したよ。ありがとう」
「確かに幸、出会って最初の頃は、ちょっとびくびくしてるような感じだったな……。他の子たちともあまり話さないし」
あれはトラウマのせいだったのか。
「幸はすごく大事な親友だから。絶対に守るから安心して」
私が強く言い切ると、八代が少し驚いたように目を見張る。
しかしすぐに嬉しそうな顔になり、じんわりと大切に噛みしめるように、呟いた。
「そうか。――よかった」
ファミレスを出た後、私と八代は途中まで一緒に帰ることになった。
私は今日一日で、八代に対する恐怖心が薄れていくのを感じていた。
「あ、私ここで曲がる」
「そうか。今日はありがとな」
「うん。マミのことで何かあったら連絡するよ」
「こっちも今朝の男について、なんかわかったら連絡する」
「あっそうか。その問題もあったんだった。私も調べてみるよ」
「危ないからほどほどにしとけよ」
「うん。じゃあね」
別れてそれぞれの帰路につく。
そういえばストーカー(仮)の件もあるんだ。
けれど幸の知り合いじゃないなら、突き止めようがないのではないか。
警察に任せるのが正解なんだろうけど、あまり身を入れて捜査してくれないだろうな。
しかし私の記憶では、幸は怪我して登校したあとは、特に何も変化はなかった。
その後もしつこく付きまとわれていたら、相談したり様子がおかしかったりなどの変化はあるはず。
ならばストーカー(仮)は、これっきり姿を見せないのではないか。現れないならそれに越したことはないけど。
それよりもマミの方を気にするべきかもしれない。
何せ8年前のことなので、私もはっきりしたことは覚えてない。
だって幸に何かあった記憶がないのだ。誰かに虐げられていたとか、強く敵視されていたりとかはなかった。
少なくとも表面的には、幸にも悩んでいる様子はなかった。
幸は、ババ抜きで勝ったことがないくらい分かりやすい子なので、何か抱えてるものがあるなら気づかないはずがない、と思う。
全部杞憂に終わるかもしれない。ストーカー(仮)もマミのことも。
そうなることを祈る。