翌日の放課後。私はファミレスで八代と向かい合っていた。
 幸は、今日はお姉さんがいるらしいので自分の家に帰った。

 家にいるときも鍵をかけることと、誰か訪ねて来ても相手を確認してから出ることを再三伝えて、幸と別れた。

 幸を送り届けた後、八代に近いうちに時間を取れないかメッセージしたら、『今日なら空いてる』と返信が来た。 
 『会って話せない?』と私が送って、じゃあファミレスでとなった。
 私たちのいる店に他に学生はいなかった。学生はみんな駅近のファストフード店か、格安のイタリアンレストランに行く。
 それを見越してか、八代がここを指定した。

 「すいてるね」
 「まだ5時にもなってないからな」

 何とはなしにそんな会話をする。この時間じゃ学生が来なければ、店内はガランとしている。
 互いにドリンクバーで飲み物とおしぼりを用意し終わり、いよいよ本題を切り出した。

 「それで聞かせて貰いたいんだけど。“あの事”って何なの?」
 「ああ。少し長くなるけど……」
 八代は静かに話し始めた。

 ***

 幸と襟人は同じ中学に通っていた。
 幸が中学1年のときだ。       
 幸のクラスで盗難騒ぎがあった。女子の体操着や水筒、靴などがなくなることが多発していた。
 犯人は男子だろうと皆がそう思った。そういう発想になるのは、自然なことだ。

 それで女子は疑心暗鬼になって、男子たちを敵視した。
 当然男子側も、女子のそんな態度に嫌気が差す。
 盗難は少し経ったら落ち着いたが、クラスには常にギスギスした空気が漂っていた。
 表面的には平穏を保っていても、裏では女子と男子の戦争状態だ。

 そんな中で、隠れて付き合っていたカップルがいた。
 カップルの女子の方、折野(おりの)マミは幸の友達で、幸には交際のことを打ち明けていた。

 そこで幸は、マミのためにも、またみんなで仲良くできるようにクラスメイトに訴えかけた。
 もうこの状態から解放されたい、という考えの生徒も多く、クラスの者たちは、幸の意見に次々と賛成していった。
 反対派もその勢いに押されて、渋々ではあるが、同意してくれた。

 こうして嫌な空気はなくなるかと思われたが――。
 数日後に、また女子の体操着がなくなった。

 クラスは混乱に包まれて、誰一人冷静な状態ではなかった。
 それで、一人の生徒が持ち物検査をしようと言い出した。教師がいない中、生徒主導で。
 それでカバンの中を、学級委員の男女がチェックしていくことになった。
 女子の学級委員が女子のカバンを、男子の学級委員が男子のカバンをという風に。

 幸のカバンをチェックしているときに、女子の方の学級委員が、「あった!」と教室中に届く声で叫んだ。
 幸のカバンの中には、失くなった女子の体操着があった。
 まったく見に覚えのない幸は、大層驚いた。

 周りも予想外のことに、「え? 何で女子が女子の体操着を……」とザワザワ話す。
 幸が自らの潔白を証明すべく、弁解しようとした時、
 「やっぱりね!」
 という甲高い声が、ざわついた空気を切り裂いた。
 声の主は、折野マミだった。

 「先輩が言ってた! 妹が変な大人の男と会い続けてるって」
 幸は、それにもまったく覚えがなかったが、マミは勢いよくまくし立てた。
 幸の姉は、幸のひとつ上で、彼女の部活の先輩だった。

 「変態にわたしたちの身に付けてた物を売ってたんでしょ。先輩が幸の金遣いが最近荒くなってておかしいって話してたんだ」
 「違うよ! 全部知らない……。私はそんなこと」

 「けど実際にこうして証拠が出てきたよね」
 別の生徒が口を挟む。
 それに呼応して、あちこちから、
 「そうだよね……」
 「でも薄井さんが、またみんなで仲良くしようよ、って私たちに話してくれたんじゃない」
 「あれは何だったの?」
 「全部計画の内だったのかも。クラスの空気を最悪にして後から耳障りの良いこと言って、人気者になろうとしたんじゃ……」
 「なるほど~」
 「もっと早くこうすれば良かったね」
 「男子の仕業としか思ってなかったけど、売るって手口もあったな」

 次々に、幸を犯人視していく声があがっていく。
 友達だったはずのマミは、こう続けた。

 「わたしはね、友達だから幸を疑いたくなかった。先輩から不穏な話を聞いても幸を信じたかった」
 だんだん涙声になっていく。
 「けどまた大事なクラスメイトの物が盗まれた。もう黙って見過ごせないよ……」
 そしてうるうると涙をたっぷり溜めた瞳で、幸を見る。

 「またみんなで仲良くしようって……クラスの為を想ったようなこと言ってたのに。あれもどうせ自分の株を上げる為だったんだね」
 「マミちゃん……、何言って」
 「ヒドイよ……。そんな子じゃないって信じてたのに」

 マミはうう……とうなだれ、しゃくりあげた。
 周囲が一転して、静寂に包まれる。

 「サイテー」
 誰かが小さく洩らした。
 「私の靴返してよ」
 「私の体操着も変態に売ったんだよね。ありえない。人として終わってるよアンタ」
 怒りと嫌悪が教室に溢れる。

 「ううっ……ケンちゃん」
 マミは、隠れて付き合っていた彼氏にしなだれかかっていた。
 泣き顔を彼氏の胸に押し付ける、友達に裏切られた悲劇のヒロインの姿に、クラスメイト全員が同情し、味方についた。

 「謝ってよ。マミと、みんなに謝れよ」
 そうだそうだ。土下座しろ。どーげーざ、どーげーざと数を増していくコールと手拍子。

 幸は、もう一言も口が聞けなかった。頭の中は混乱の渦で、考えるべきことを考えられなかった。

 みんなが私を責めてる――何で? とにかく謝らなくちゃ。土下座――みんなが望んでる――。
 幸は、床に手をつけて深々と頭を下げた。

 「ごめんなさい」
 幸は謝罪してしまった。
 それはつまり自分が罪人だと認めてしまったことになる。後からどんなことを言おうが聞き入れてもらえない。
 幸は、謝るべきではなかった。土下座するべきではなかった。
 周りにいる全員に責め立てられ、はやし立てられたとしても。

 それから幸への迫害が始まった。
 持ち物を隠されたり壊されたり。朝教室に入ると顔をしかめられて、すかさず罵倒やひそひそ話をされた。
 そのような行為は、幸が卒業するまで続いた。

 ちなみにマミはその後、親の仕事の都合ですぐに転校していった。元々転勤族だったらしい。
 幸は、このことを襟人はおろか誰にも話すことはなかった。
 襟人も学年が違うこともあり、異変に気付くことはなかった。

 定期的に幸の家に行く現在とは違って、幸との交流も少なかったので、なおさら気付きにくい。
 襟人は卒業後に、幸から初めて一連の出来事を打ち明けられて、驚愕した。