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それから事はトントン拍子に運んでいった。
私は、家が引き払われてすぐに、少ない荷物を持って幸宅へと移った。
父には、友達の家に行くのだということは伝えなかった。やはり子ども同士のカップルに同棲は無理だったのだ、と鼻で笑われそうな気がして、癪だったからだ。
母とは一度も顔を合わせないまま、引っ越しの日になった。別々に行くのだと言う父の言葉に、相変わらずだな、と冷めた気持ちで思った。
家を出る前に、一度振り返って、一切の物がなくなった家の中を見渡した。
不思議なほどに、寂寥感みたいなものは湧いてこなかった。
タイムリープ前の私――今となっては、夢のように思える――は、いよいよ家を出る時、自然と涙が出ていた。きっと未練が残っていたのだろう。
あの時代の私は、物理的に距離を取れば悲しみも断ち切れる、と思って、東京に出たがったのだったな。そんなことをふいに思い出した。
もうここの敷居を跨ぐことは、二度とない――。心の中でそう呟きながら、外へと足を踏み出した。
胸を占めていたのは、清々しいまでの解放感だった。目に浮かんでいたのは涙などではなく、これからの生活への希望だった。
幸の家での日々は、良い思い出しかない。
私が来た当初は、二人で度々夜ふかしをした。あげく揃って遅刻して――それがおかしくてまた笑い合った。
幸の家で暮らすにしたがって、八代と会う回数も増えていった。私は仕事する彼を、気づかれないようにこっそり見るのが、結構好きだった。
夏祭りには、三人で行った。その時私は、雑踏の中でマミを見つけたが、気まずそうに目を反らされてしまった。
マミは、幸が学校に通えるようになってから、一度だけ教室に来た。彼女は、自分が犯したことを全て明かし、ひたすらに謝った。
幸は、すんなりと謝罪を受け入れた。悲しそうな笑みを浮かべて、「許すよ」とだけ発した。
その言葉を聞くや否や、マミはそそくさと離れていった。お互いにもう関わりたくないのだ、と私は察して、それから何事もなかったように、幸とのお喋りに戻っていった。
そんなこんなで、月日はあっという間に過ぎていった。
卒業後は、近場にある会社に勤めた。特にストレスも感じない良い職場環境で、私は定年までそこで働いた。
幸とは、互いに結婚してからも、変わらずに仲良くしていた。そう、私は結婚したのだ。
八代と8年の交際期間を経て。
八代は釈放された理人君と共に、事業を始めた。それが軌道に乗ってきた頃、プロポーズされた。もちろん返事は「はい」以外になかった。
たくさんの祝福を受けて始まった私たちの結婚生活は、順風満帆なものだった。
たまに口喧嘩をしても、一時間も経たずに仲直りしたし、互いのことを常に気にかけていた。
私は、心の底で望んでいた家庭を持つことができた喜びを、毎日噛み締めていた。
満ち足りた日々の思い出は、数え切れないほどあるけれど――。
それに浸っている時間は、もうそれほど残されていないようだ。
それから事はトントン拍子に運んでいった。
私は、家が引き払われてすぐに、少ない荷物を持って幸宅へと移った。
父には、友達の家に行くのだということは伝えなかった。やはり子ども同士のカップルに同棲は無理だったのだ、と鼻で笑われそうな気がして、癪だったからだ。
母とは一度も顔を合わせないまま、引っ越しの日になった。別々に行くのだと言う父の言葉に、相変わらずだな、と冷めた気持ちで思った。
家を出る前に、一度振り返って、一切の物がなくなった家の中を見渡した。
不思議なほどに、寂寥感みたいなものは湧いてこなかった。
タイムリープ前の私――今となっては、夢のように思える――は、いよいよ家を出る時、自然と涙が出ていた。きっと未練が残っていたのだろう。
あの時代の私は、物理的に距離を取れば悲しみも断ち切れる、と思って、東京に出たがったのだったな。そんなことをふいに思い出した。
もうここの敷居を跨ぐことは、二度とない――。心の中でそう呟きながら、外へと足を踏み出した。
胸を占めていたのは、清々しいまでの解放感だった。目に浮かんでいたのは涙などではなく、これからの生活への希望だった。
幸の家での日々は、良い思い出しかない。
私が来た当初は、二人で度々夜ふかしをした。あげく揃って遅刻して――それがおかしくてまた笑い合った。
幸の家で暮らすにしたがって、八代と会う回数も増えていった。私は仕事する彼を、気づかれないようにこっそり見るのが、結構好きだった。
夏祭りには、三人で行った。その時私は、雑踏の中でマミを見つけたが、気まずそうに目を反らされてしまった。
マミは、幸が学校に通えるようになってから、一度だけ教室に来た。彼女は、自分が犯したことを全て明かし、ひたすらに謝った。
幸は、すんなりと謝罪を受け入れた。悲しそうな笑みを浮かべて、「許すよ」とだけ発した。
その言葉を聞くや否や、マミはそそくさと離れていった。お互いにもう関わりたくないのだ、と私は察して、それから何事もなかったように、幸とのお喋りに戻っていった。
そんなこんなで、月日はあっという間に過ぎていった。
卒業後は、近場にある会社に勤めた。特にストレスも感じない良い職場環境で、私は定年までそこで働いた。
幸とは、互いに結婚してからも、変わらずに仲良くしていた。そう、私は結婚したのだ。
八代と8年の交際期間を経て。
八代は釈放された理人君と共に、事業を始めた。それが軌道に乗ってきた頃、プロポーズされた。もちろん返事は「はい」以外になかった。
たくさんの祝福を受けて始まった私たちの結婚生活は、順風満帆なものだった。
たまに口喧嘩をしても、一時間も経たずに仲直りしたし、互いのことを常に気にかけていた。
私は、心の底で望んでいた家庭を持つことができた喜びを、毎日噛み締めていた。
満ち足りた日々の思い出は、数え切れないほどあるけれど――。
それに浸っている時間は、もうそれほど残されていないようだ。
