***
「あはは、ごめんね。ワケわかんないよね。こんな荒唐無稽なこと言われたら、頭がおかしくなったんだ、って疑われても、しょうがないね」
語り終わった幸は、苦笑いを見せる。
私はといえば、あまりにも衝撃的な情報の数々を、整理するのに必死だった。
幸は、タイムリープをした。私を救うために。
自分が死ぬかもしれないのに、それでもかまわない、と本気で思ったのだ。
目頭が熱くなる。瞬く間に涙がこぼれ落ち、肩が震え出した。
「わっ! 悠ちゃん? 大丈夫?」
慌てふためく幸を、宥めるように笑いかける。
「良い親友を持って幸せだな、って思ったの。ありがとう、幸。私を助けてくれて」
幸は、目をぱちくりさせて、訊ねる。
「信じてくれるの? 今の話……」
「信じる」
八代が、力強く言う。
「そうか……幸も、タイムリープしたんだな」
「"も"ってことは――えっ、嘘……まさかエリちゃんも、こんな経験したことあるの?」
「ああ。俺も過去に戻って、やり直したことがある。――若葉もだ」
「えっ、えっ……?」
幸は、ひどく困惑した。ごもっともな反応だ。
八代と目を合わせて、互いに頷く。
「実はね――」
私たちは、タイムリープに関することとストーカー事件の顛末を、全部幸に話した。
「そっか……悠ちゃんは、未来から来た悠ちゃんだったんだね。まあ、どっちも私の親友ってことは、変わらないけどね」
幸がさらりと口にした言葉が、胸に温かく染みる。
「じゃあ、悠ちゃんが持ってたタイムリープ能力が、私に移った――ってことなのかな?」
「そうだろうね」
私が下敷きになったおかげで、幸は一命を取り留めた。
しかし、逆に考えれば、"私とぶつかったせいで"一時的には意識不明になった、とも言える。
瀕死の状態に追い込んだ人物に、能力は譲渡される。
前任のように意図したわけではないが、私は能力を人に移した。
それがこの結果に繋がったわけだ。タイムリープ能力があったから、私たちは今こうして顔を合わせている。
何だか、感慨深くなる。
まさかこんなふうに思う日が来るとは。数ヶ月前までは、まったく予想できなかった。
私が2022年にいた最後の日――あの日、指名手配されていた八代に、殺されかけて本当に良かった、なんて。
今の私の幸せは、全部八代のおかげだ。隣にいる彼が、とてつもなく愛おしかった。
「ありがとう、八代」
「は? 何だよ、藪から棒に」
八代が、戸惑ったように見返す。
「どれだけ感謝しても、し足りないんだもん。私の人生に八代が介入してくれて、本当に良かった」
「……そうかよ」
八代は、ぶっきらぼうに呟いて、顔を背ける。
照れているんだろう。付き合いが長くなったから、彼の心情の変化なども、大分わかってきた。
その時、幸がくすくすと笑い出した。
「どうしたの?」
「ふふ……だって――」
幸は、愉快そうに言う。
「私の願いが叶ったんだな、って思って。二人とも、明らかに雰囲気が変わったよ。私が意識不明になる前とは全然違う」
確かに幸のピンチがきっかけで、私と八代は大きく進展した。
もしも幸が意識不明にならなかったら、と想像してみる。
理人君は、幸の病室を訪ねないので、八代は弟と会えない。
そして、幸の告発で樹里亜の企みが明らかになり、理人君の苦悩ばかりを知ることになる。
そうなったら八代は、きっと自分を責めるだろう。理人君がやってしまったことに対して、責任を感じるのではないか。
そんな状態の彼に告白したとして、頷いてくれるわけがない。
八代は何も気に病まなくていいんだよ、といくら諭しても、納得してくれないはずだ。
奇しくも、幸が危ない目にあったおかげで、私たちは想いを通わせることができたのだ。
私は、そんな運命のいたずらを、感謝すべきか憎むべきかで、微妙な気持ちだった。
しかし――。
「二人のキューピッドになれたなら、私も昏睡状態になった甲斐があるってもんだよ」
幸が満足そうに言ったものだから、私も天の神様とやらに、一応感謝しておいた。
「それにしても臨死体験なんて、貴重なことだよねぇ」
幸が冗談めかして言う。
「何か不思議な力に無理やり起こされた、って感じだったんだよね……私が助かる確率って、たった20パーセントくらいだったんでしょ? これが奇跡ってやつなのかな」
そう言って、遠い目をする。
「きっとそうだよ。まあ、20パーセントならまだ望みある方かもしれないけど……でも医師に教えてもらった時は、すごく怖かったんだ。幸が――死んじゃったらどうしよう、って……」
昨日の苦しみを思い出して、言葉を詰まらせる私に、幸は「辛かったよね、ごめんね」と心苦しそうにする。
病人に気遣わせてはいけない、と思い、慌てて取り繕う。
「あ、でも八代がいたから。家に一人でいて心細かった時に八代が来て、それからずっと傍にいてくれて、だから――」
あたふたと説明すると、幸は衝撃を受けたように目を丸くして、それから微笑んだ。
「そっか。昨日、二人とも一緒にいたんだね」
「……ああ」
八代が、顔を赤くする。それが伝染して、私の頬にも熱が集まる。
そんな私たちを見て、「そっかそっか」と幸が頷く。
「全部わかったよ。二人ともおめでとう。結婚式には呼んでね」
すっかり元気になったらしく、いつもの調子でからかってきた。
「幸。これを受け取ってくれ」
八代が懐から、便箋を取り出す。
「理人からの謝罪の手紙だ。目を通してやってくれると、幸いだ」
「理人君――まさかストーカーの正体が、エリちゃんの弟だったとはね。世間は狭いね」
幸が改めて驚いたふうに、呟いた。
「わかった。身体が動かせるようになったら、読むね。あと——」
幸は、安心させるように、八代に笑いかける。
「理人君のこと。私、怒ってないからね」
「あんなに怖い思いしたのにか?」
「だって彼は、お姉につけ込まれた被害者じゃない。むしろこっちが謝りたいくらいだよ」
幸はそこで、顔を暗くさせて、一際低い声で言った。
「もういないお姉の代わりにね」
「幸……」
何を言えば良いのか、わからなくなる。何を言ったとしても、傷つけてしまうような気がした。
「お姉のやったことは、最低で決して許されないことだよ。マミちゃんにも謝らないと」
「幸が謝る必要は、ないよ。樹里亜が全部悪いんだから……」
「そうかもしれないけど、私は妹だから。たった一人の姉のために、出来ることをしたいの」
幸は、唇を噛み締める。
「私だってさすがに今回のことで、お姉のことが嫌いになったよ。そのはずなんだけど……変だね、嫌いな人が死んだことが、こんなにも悲しいなんて……」
そう言って、物思いにふけるように目を閉じた。
「あはは、ごめんね。ワケわかんないよね。こんな荒唐無稽なこと言われたら、頭がおかしくなったんだ、って疑われても、しょうがないね」
語り終わった幸は、苦笑いを見せる。
私はといえば、あまりにも衝撃的な情報の数々を、整理するのに必死だった。
幸は、タイムリープをした。私を救うために。
自分が死ぬかもしれないのに、それでもかまわない、と本気で思ったのだ。
目頭が熱くなる。瞬く間に涙がこぼれ落ち、肩が震え出した。
「わっ! 悠ちゃん? 大丈夫?」
慌てふためく幸を、宥めるように笑いかける。
「良い親友を持って幸せだな、って思ったの。ありがとう、幸。私を助けてくれて」
幸は、目をぱちくりさせて、訊ねる。
「信じてくれるの? 今の話……」
「信じる」
八代が、力強く言う。
「そうか……幸も、タイムリープしたんだな」
「"も"ってことは――えっ、嘘……まさかエリちゃんも、こんな経験したことあるの?」
「ああ。俺も過去に戻って、やり直したことがある。――若葉もだ」
「えっ、えっ……?」
幸は、ひどく困惑した。ごもっともな反応だ。
八代と目を合わせて、互いに頷く。
「実はね――」
私たちは、タイムリープに関することとストーカー事件の顛末を、全部幸に話した。
「そっか……悠ちゃんは、未来から来た悠ちゃんだったんだね。まあ、どっちも私の親友ってことは、変わらないけどね」
幸がさらりと口にした言葉が、胸に温かく染みる。
「じゃあ、悠ちゃんが持ってたタイムリープ能力が、私に移った――ってことなのかな?」
「そうだろうね」
私が下敷きになったおかげで、幸は一命を取り留めた。
しかし、逆に考えれば、"私とぶつかったせいで"一時的には意識不明になった、とも言える。
瀕死の状態に追い込んだ人物に、能力は譲渡される。
前任のように意図したわけではないが、私は能力を人に移した。
それがこの結果に繋がったわけだ。タイムリープ能力があったから、私たちは今こうして顔を合わせている。
何だか、感慨深くなる。
まさかこんなふうに思う日が来るとは。数ヶ月前までは、まったく予想できなかった。
私が2022年にいた最後の日――あの日、指名手配されていた八代に、殺されかけて本当に良かった、なんて。
今の私の幸せは、全部八代のおかげだ。隣にいる彼が、とてつもなく愛おしかった。
「ありがとう、八代」
「は? 何だよ、藪から棒に」
八代が、戸惑ったように見返す。
「どれだけ感謝しても、し足りないんだもん。私の人生に八代が介入してくれて、本当に良かった」
「……そうかよ」
八代は、ぶっきらぼうに呟いて、顔を背ける。
照れているんだろう。付き合いが長くなったから、彼の心情の変化なども、大分わかってきた。
その時、幸がくすくすと笑い出した。
「どうしたの?」
「ふふ……だって――」
幸は、愉快そうに言う。
「私の願いが叶ったんだな、って思って。二人とも、明らかに雰囲気が変わったよ。私が意識不明になる前とは全然違う」
確かに幸のピンチがきっかけで、私と八代は大きく進展した。
もしも幸が意識不明にならなかったら、と想像してみる。
理人君は、幸の病室を訪ねないので、八代は弟と会えない。
そして、幸の告発で樹里亜の企みが明らかになり、理人君の苦悩ばかりを知ることになる。
そうなったら八代は、きっと自分を責めるだろう。理人君がやってしまったことに対して、責任を感じるのではないか。
そんな状態の彼に告白したとして、頷いてくれるわけがない。
八代は何も気に病まなくていいんだよ、といくら諭しても、納得してくれないはずだ。
奇しくも、幸が危ない目にあったおかげで、私たちは想いを通わせることができたのだ。
私は、そんな運命のいたずらを、感謝すべきか憎むべきかで、微妙な気持ちだった。
しかし――。
「二人のキューピッドになれたなら、私も昏睡状態になった甲斐があるってもんだよ」
幸が満足そうに言ったものだから、私も天の神様とやらに、一応感謝しておいた。
「それにしても臨死体験なんて、貴重なことだよねぇ」
幸が冗談めかして言う。
「何か不思議な力に無理やり起こされた、って感じだったんだよね……私が助かる確率って、たった20パーセントくらいだったんでしょ? これが奇跡ってやつなのかな」
そう言って、遠い目をする。
「きっとそうだよ。まあ、20パーセントならまだ望みある方かもしれないけど……でも医師に教えてもらった時は、すごく怖かったんだ。幸が――死んじゃったらどうしよう、って……」
昨日の苦しみを思い出して、言葉を詰まらせる私に、幸は「辛かったよね、ごめんね」と心苦しそうにする。
病人に気遣わせてはいけない、と思い、慌てて取り繕う。
「あ、でも八代がいたから。家に一人でいて心細かった時に八代が来て、それからずっと傍にいてくれて、だから――」
あたふたと説明すると、幸は衝撃を受けたように目を丸くして、それから微笑んだ。
「そっか。昨日、二人とも一緒にいたんだね」
「……ああ」
八代が、顔を赤くする。それが伝染して、私の頬にも熱が集まる。
そんな私たちを見て、「そっかそっか」と幸が頷く。
「全部わかったよ。二人ともおめでとう。結婚式には呼んでね」
すっかり元気になったらしく、いつもの調子でからかってきた。
「幸。これを受け取ってくれ」
八代が懐から、便箋を取り出す。
「理人からの謝罪の手紙だ。目を通してやってくれると、幸いだ」
「理人君――まさかストーカーの正体が、エリちゃんの弟だったとはね。世間は狭いね」
幸が改めて驚いたふうに、呟いた。
「わかった。身体が動かせるようになったら、読むね。あと——」
幸は、安心させるように、八代に笑いかける。
「理人君のこと。私、怒ってないからね」
「あんなに怖い思いしたのにか?」
「だって彼は、お姉につけ込まれた被害者じゃない。むしろこっちが謝りたいくらいだよ」
幸はそこで、顔を暗くさせて、一際低い声で言った。
「もういないお姉の代わりにね」
「幸……」
何を言えば良いのか、わからなくなる。何を言ったとしても、傷つけてしまうような気がした。
「お姉のやったことは、最低で決して許されないことだよ。マミちゃんにも謝らないと」
「幸が謝る必要は、ないよ。樹里亜が全部悪いんだから……」
「そうかもしれないけど、私は妹だから。たった一人の姉のために、出来ることをしたいの」
幸は、唇を噛み締める。
「私だってさすがに今回のことで、お姉のことが嫌いになったよ。そのはずなんだけど……変だね、嫌いな人が死んだことが、こんなにも悲しいなんて……」
そう言って、物思いにふけるように目を閉じた。
