「ありがとう……大丈夫になってきた」
「それは、良かった」
しばらく泣き続けた後、落ち着いてきた私は、八代から身体を離した。
遅れてやってきた羞恥心が、頬を赤く染める。もじもじと指を弄びながら、詫びる。
「ごめんね。見苦しいものをお見せして……」
「気にすんな。俺の方こそ、勝手に抱きしめたりして、悪かった」
正座した状態で頭を下げてくる彼に、慌てて首を振る。
「八代が申し訳なく思う必要は、全然ないよ。八代になら、ああいうことされても、まったく嫌じゃないし。それどころか――」
余計なことまで口走りそうになり、言葉を飲み込む。
「とにかく。別に気にしなくていいから。嫌だったら、ちゃんと拒否するし」
視線を微妙に反らして、伝える。八代は、安心したように「おう」と頷いた。
「ていうか――どうして会いに来たの? まさか近くにいるなんて思わなかったから、すごいびっくりしたんだけど」
「それは――」
彼がどこか気まずそうにしながら話す。
「家に帰る途中で、ちょっと……若葉にそばにいてほしくなってきて――医師から聞いた話は、ショックが大きすぎたからな……一人で悩むのは、しんどすぎる気がしたんだ」
確かに、二人で一緒に悲しんだ方が、苦痛は和らぐのではないかと思う。八代が来てくれたおかげで、私はだいぶ楽になった。
「一人じゃ耐えられそうになくてな……どんどん鬱々としていく渦中で、若葉に会いたい、と思ったんだ」
そう言って、恥ずかしそうに頬を掻く。
自身のことを、女々しい奴だ、と思っているのかもしれない。
しかし、彼がそんなふうに弱っている姿を私に見せてくれるのは、とても嬉しいことだった。
心を開いてくれている、という実感が湧いてきて、胸の内が温かいもので満たされる。
「私も。――私も、八代を求めてた。ついさっきまで、すごく苦しかったけど、八代の声を聞いた瞬間、安心感に包まれて……会いに来てくれて、ありがとう。本当に、本当にありがとう」
どれだけ言葉を尽くしても、足りないような気がする。目頭が熱くなるのが、わかった。
繰り返される感謝の言葉を受けた八代は、私の一番好きな表情を見せた。
「そうか。若葉も同じ気持ちだったんだな。――好きな奴と同じ感情を共有できるのって、こんなに幸せなことなんだな」
噛み締めるように、八代はそう言った。
「ねえ、八代。……今日泊まっていってくれないかな?」
「え?」
「瀕死のマミに遭遇した日――病院から帰ってきたら、いつも通りの家が、すごく怖く感じたの。しんとした空間に一人ぼっちでいると、何かが襲ってきそうな感じがして……震えながら夜を過ごした。今日もそんなふうになりそうな気がして……一人になりたくない」
話しながら、鳥肌が立ってきた。あんな夜は、もう体験したくない。
「それは……」
八代が、言葉を詰まらせる。それから、「いやぁ……」と小さく唸った。
煮え切らない彼を、少々不思議に思う。
なんとなく、八代なら二つ返事で了承してくれるのではないか、と思っていたから。
私が八代の部屋に泊まったこともあるのだし。まあ、あの時はしょうがなかったのだけれど……。
それに、幸もいたとはいえ、八代は私の家にも一度泊まったことがある、と考えたら、この要望にも、難色を示さないのでは――と考えていた。
「親なら今日は帰って来ないから、心配いらないよ」
両親の帰宅を危惧しているのかも、と思って、安心させるように告げたのだけれど――八代はさらに、困った顔をする。
「親が帰って来ない方が、問題っつーか……というか若葉は、平気なのかよ」
「平気? 何が?」
「そりゃあ、その……男と一晩中二人きりでも、大丈夫なのか、ってことだよ。そっちの方が、一人でいるよりも、よっぽど怖いんじゃないか?」
「もちろん他の人だったら、ありえないけど……私は八代を信用してるから、全然気にしない」
曇りなき眼で、一刀両断する。
「ていうか二人きりで一晩過ごしたことなんて、前にもあったじゃない。今回だって、問題なんて起こらないんじゃ――」
「俺んちに泊まった時とは、もう何もかも違うだろ」
私の抗議に被せるようにして、八代が言う。
「あの時の俺と若葉は、ただの友達でしかなかった。まあ、片想いはしてたんだが。でも今は――互いに異性としての好意を確認した状態だろ」
ようやく八代の言いたいことが、わかった。
「そんな状態の私たちが、一晩中一緒にいるのは、危険だってこと?」
「そうだよ。正直……若葉がウチに泊まることになった日だって、内心ヤバかったんだからな」
咎めるような口調で言われる。
「『帰りたくない』なんて言われて、しがみつかれてさ、動揺がバレないように必死だったよ。――好きな奴にそんなことされたら、誰だって冷静さを失うに決まってる」
私の目には、あの日の八代は、終始余裕そうに映っていたけれど、実際のところはそうでもなかったらしい。
「それでも、片想いだったから、なんとか理性を保ててたんだ。――それに、ただでさえ色々なことがあって、互いに冷静じゃないだろ?」
確かに今日は、ショッキングな出来事が起こりすぎた。
私からの秘密の開示に、自身の暗い過去の告白。恋の成就に、幼馴染みの命が危ないという事実の発覚。
まだ午前中だと言うのに、八代にとって、今日はてんやわんやだった。もちろん私にとっても。
「お互いにこんな状態なら、確かに泊まりは良くないかもね……」
「だろ? 夜になる頃には、気持ちが落ち着いてくるかもしれないし、ちょっと待ってみようぜ」
夜が来るまでの時間なら、たっぷりある。私は、頷いた。
「そうだね。もう少ししたら、気が変わるかもだし。穏やかな心境になることを、祈るよ」
「ああ、そうだな」
「そういえば、八代は大丈夫なの? 八代だってしんどかったから、私に会いに来たんでしょ?」
ようやく彼を心配する余裕が出てきた。
「すっかり元気――ってわけにはいかないけど、こうやって若葉と話してるうちに、だんだん持ち直してきた」
「そっか。――良かった」
「それは、良かった」
しばらく泣き続けた後、落ち着いてきた私は、八代から身体を離した。
遅れてやってきた羞恥心が、頬を赤く染める。もじもじと指を弄びながら、詫びる。
「ごめんね。見苦しいものをお見せして……」
「気にすんな。俺の方こそ、勝手に抱きしめたりして、悪かった」
正座した状態で頭を下げてくる彼に、慌てて首を振る。
「八代が申し訳なく思う必要は、全然ないよ。八代になら、ああいうことされても、まったく嫌じゃないし。それどころか――」
余計なことまで口走りそうになり、言葉を飲み込む。
「とにかく。別に気にしなくていいから。嫌だったら、ちゃんと拒否するし」
視線を微妙に反らして、伝える。八代は、安心したように「おう」と頷いた。
「ていうか――どうして会いに来たの? まさか近くにいるなんて思わなかったから、すごいびっくりしたんだけど」
「それは――」
彼がどこか気まずそうにしながら話す。
「家に帰る途中で、ちょっと……若葉にそばにいてほしくなってきて――医師から聞いた話は、ショックが大きすぎたからな……一人で悩むのは、しんどすぎる気がしたんだ」
確かに、二人で一緒に悲しんだ方が、苦痛は和らぐのではないかと思う。八代が来てくれたおかげで、私はだいぶ楽になった。
「一人じゃ耐えられそうになくてな……どんどん鬱々としていく渦中で、若葉に会いたい、と思ったんだ」
そう言って、恥ずかしそうに頬を掻く。
自身のことを、女々しい奴だ、と思っているのかもしれない。
しかし、彼がそんなふうに弱っている姿を私に見せてくれるのは、とても嬉しいことだった。
心を開いてくれている、という実感が湧いてきて、胸の内が温かいもので満たされる。
「私も。――私も、八代を求めてた。ついさっきまで、すごく苦しかったけど、八代の声を聞いた瞬間、安心感に包まれて……会いに来てくれて、ありがとう。本当に、本当にありがとう」
どれだけ言葉を尽くしても、足りないような気がする。目頭が熱くなるのが、わかった。
繰り返される感謝の言葉を受けた八代は、私の一番好きな表情を見せた。
「そうか。若葉も同じ気持ちだったんだな。――好きな奴と同じ感情を共有できるのって、こんなに幸せなことなんだな」
噛み締めるように、八代はそう言った。
「ねえ、八代。……今日泊まっていってくれないかな?」
「え?」
「瀕死のマミに遭遇した日――病院から帰ってきたら、いつも通りの家が、すごく怖く感じたの。しんとした空間に一人ぼっちでいると、何かが襲ってきそうな感じがして……震えながら夜を過ごした。今日もそんなふうになりそうな気がして……一人になりたくない」
話しながら、鳥肌が立ってきた。あんな夜は、もう体験したくない。
「それは……」
八代が、言葉を詰まらせる。それから、「いやぁ……」と小さく唸った。
煮え切らない彼を、少々不思議に思う。
なんとなく、八代なら二つ返事で了承してくれるのではないか、と思っていたから。
私が八代の部屋に泊まったこともあるのだし。まあ、あの時はしょうがなかったのだけれど……。
それに、幸もいたとはいえ、八代は私の家にも一度泊まったことがある、と考えたら、この要望にも、難色を示さないのでは――と考えていた。
「親なら今日は帰って来ないから、心配いらないよ」
両親の帰宅を危惧しているのかも、と思って、安心させるように告げたのだけれど――八代はさらに、困った顔をする。
「親が帰って来ない方が、問題っつーか……というか若葉は、平気なのかよ」
「平気? 何が?」
「そりゃあ、その……男と一晩中二人きりでも、大丈夫なのか、ってことだよ。そっちの方が、一人でいるよりも、よっぽど怖いんじゃないか?」
「もちろん他の人だったら、ありえないけど……私は八代を信用してるから、全然気にしない」
曇りなき眼で、一刀両断する。
「ていうか二人きりで一晩過ごしたことなんて、前にもあったじゃない。今回だって、問題なんて起こらないんじゃ――」
「俺んちに泊まった時とは、もう何もかも違うだろ」
私の抗議に被せるようにして、八代が言う。
「あの時の俺と若葉は、ただの友達でしかなかった。まあ、片想いはしてたんだが。でも今は――互いに異性としての好意を確認した状態だろ」
ようやく八代の言いたいことが、わかった。
「そんな状態の私たちが、一晩中一緒にいるのは、危険だってこと?」
「そうだよ。正直……若葉がウチに泊まることになった日だって、内心ヤバかったんだからな」
咎めるような口調で言われる。
「『帰りたくない』なんて言われて、しがみつかれてさ、動揺がバレないように必死だったよ。――好きな奴にそんなことされたら、誰だって冷静さを失うに決まってる」
私の目には、あの日の八代は、終始余裕そうに映っていたけれど、実際のところはそうでもなかったらしい。
「それでも、片想いだったから、なんとか理性を保ててたんだ。――それに、ただでさえ色々なことがあって、互いに冷静じゃないだろ?」
確かに今日は、ショッキングな出来事が起こりすぎた。
私からの秘密の開示に、自身の暗い過去の告白。恋の成就に、幼馴染みの命が危ないという事実の発覚。
まだ午前中だと言うのに、八代にとって、今日はてんやわんやだった。もちろん私にとっても。
「お互いにこんな状態なら、確かに泊まりは良くないかもね……」
「だろ? 夜になる頃には、気持ちが落ち着いてくるかもしれないし、ちょっと待ってみようぜ」
夜が来るまでの時間なら、たっぷりある。私は、頷いた。
「そうだね。もう少ししたら、気が変わるかもだし。穏やかな心境になることを、祈るよ」
「ああ、そうだな」
「そういえば、八代は大丈夫なの? 八代だってしんどかったから、私に会いに来たんでしょ?」
ようやく彼を心配する余裕が出てきた。
「すっかり元気――ってわけにはいかないけど、こうやって若葉と話してるうちに、だんだん持ち直してきた」
「そっか。――良かった」
