***
八代は、最後の言葉を吐き出した後、語り疲れたように嘆息した。
私の中には、様々な感情が渦巻いていたが、彼の話を全て聞いた上で、はっきりと確信したことがあった。
八代は、やっぱり良い奴で、そんな彼を私は大好きだということだ。
それを伝えるために、口を開く。
「ねぇ八代。全部聞き終わって、改めて思ったんだけど、八代は善良な人間だよ。胸が痛くなるくらいに。やっぱり私は、八代のことが大好きだよ」
「は?」
八代がすっとんきょうな声をあげる。私の言葉を、理解できない、というようなその態度に、小さく笑みがこぼれた。
「話聞いてただろ? 何でそう思えるんだよ。タイムリープの件で、俺の本性は浮き彫りになった。善良なのは、所詮見せかけだけだったんだよ。本当の俺は、……っ!?」
その先を口にすることは許さない、と言うように、八代の唇を人差し指で押さえつける。
「ちょっと黙ってて。黙って——私の言うことを聞いてて」
八代は、少し不満そうにしながらも、頷いた。それを確認してから、指を離す。
「八代が、親父さんを殺したい、と思ったのは、当然だよ。実際に親父さんを殺していたとしても、事情を知れば、誰も八代を責めることなんて、できないと思う」
あの状況で、殺意に支配されない人間が、一体どれほどいるだろう。話を聞いているだけの私でも、はらわたが煮えくり返りそうだったのに。
「私なんて、小学生の頃はずっと、『両親を殺して私も死のうか』とか本気で考えてたんだよ。八代の方こそ私のことを過大評価してるけど、私、全然褒められた人間性してないからね」
八代を励まそうとしたら、軽い口調になってしまった。結構勇気を出して明かした秘密が、やけにあっさりと響く。
物騒なカミングアウトに、八代は目を見張った。
嫌悪されただろうか、と怖くなり、目を見ることが出来なくなった。逃げるように空を見上げて、言葉を紡ぐ。
「まだ諦めがついてない頃だったんだ。愛してくれないのが悲しくて、これから先も私のことを見てくれないなら、いっそ――と思ったんだけど、結局怖くて出来なかった。その『怖かった』って感情も、親を殺すのが怖かったとかじゃないんだ。自分が死ぬ恐怖と、もし未遂で終わったら、恐ろしい折檻をされるに違いない、っていう不安で、実行出来なかったの。だから――」
決して口外してはならない、と決めていたことを開示してまで、八代に伝えたかった思いを告げる。
「私も、八代と同じなんだよ」
隣で、息を飲んだ気配がした。
目線は上空に向けたまま、続ける。
「ううん。八代の方が、“出来た人間”だと思う。私は、両親に殺意を抱いていたことも、自分のことしか考えてなかったことも、罪深く感じることもなく、過ごしていたんだから」
私は、自分が傷つけられたことしか考えていなかった。殺人を企てている己に対して、罪悪感など持っていなかった。
娘を愛してくれない両親が、全て悪いのだ。だから恨みを募らせた娘に殺されたとしても、しょうがないんだ。そんなふうにさえ思っていた。
八代のように、自身の攻撃性を恥じることなんてなかった。
「死ぬのが怖い――それは当然の感情だし、危ない賭けに出れないことも、当たり前だよ。卑下するようなことじゃない」
だからそんなに気に病まないで。自分を追い詰めないで。
「それに、お袋さんが亡くなったのも、理人君が別人みたいになったのも、親父さんが全面的に悪いのに、自分が不甲斐ないのが良くなかったんじゃないか、なんてことまで考えて――立派だよ、八代は」
自身が恥ずかしくなるくらいだ。だから――。
「八代にとっては、欠点を晒したつもりなのかもしれないけど――私は話を聞いて、ますます八代のことが、好きになったよ」
そして私の中で、彼の隣にいたい、という気持ちが、より確かになっていった。
彼が今までずっと、後悔を背負って生きていたことを思うと、たまらない気持ちになった。
その苦しさを、私は痛いほど知っている。
自分に非がないことはわかっていても、あの時何か出来たのではないか、何か変えられたんじゃないか。
そんな考えにとりつかれて、心に淀みを抱える。そして、自己嫌悪に苛まれる日々が始まる。
だからこそ、他人が言わないといけないのだ。
私は、八代に向き直った。怖じ気づきながらも、しかと目を合わせる。
「八代は、何も悪くないよ」
呪縛から解き放つのは、大切な人からの言葉だ。私が彼に救われたように、今度は私が彼を暗闇から連れ出したい。
「だから――もう思い詰めなくて、いいの」
八代の手を取る。
彼の手は、冷たく強ばっていた。
私の体温を分けるように、両手で包み込み、彼の指を軽くなぞる。
八代は、躊躇うような表情をしていた。視線を右往左往させて、私の言葉にどこか信憑性を持てない様子だった。
やっぱり、これまでの彼の考えを変えるのは、並大抵のことではないみたいだ。
それでも良い。一回で救えないのなら、何度でも諭すまでだ。
彼から決して目をそらさずに、言葉を投げかける。
「助けられなかったことばかり、気にしてるみたいだけど、八代はタイムリープで、理人君の命を救ったじゃん」
ピク、と八代の手が震える。
「あの時の八代がいたから、今があるんだよ。八代がもっと昔に戻ってたとして、今よりも良い未来になってる保証なんて、どこにもない。八代は今、不幸なの? 何もかもなくして、やり直したいって思ってる?」
八代は、ハッとした表情をして、「いいや……」と否定する。
「俺は、幸せだよ。もちろん気にかかってることはある。幸だってまだ目が覚めてないし……でも、今の状況全てをなかったことにしたいなんて、思わない。――絶対に」
最後の言葉と共に、深く頷く。
「事件の前に戻ってたら、見送りの時に見た理人は、存在しなかった。そんなの嫌だ」
そう言って、目を閉じる。まぶたの裏に、見送りの時の理人君を、浮かべているようだ。
理人君は、まだ痛む傷を抱えながらも、罪を償おうとしている。
彼がしたことは、許されないことだ。しかし、自身の過ちに向き合おうとしている今だからこそ、見えるものもあるんじゃないか。
理人君は、きっと胸の痛みを乗り越えられる。私は、確信に近い思いを抱いていた。
今回のことがあったから、八代と理人君は強く結束できたんだと、私は思っていた。
「でも、理人と再会して、また笑顔が見れたのも、若葉のおかげなんだよな。若葉が過去を変えようと動いてくれなかったら、きっとどうにもならなかった」
八代が頭を下げる。
「本当にありがとう。今幸せだって思えるのは、若葉がいてくれたからだ。若葉の行動が、俺たち兄弟を良い方向に導いてくれた」
その言葉で、私のミッションはひとつ片付いたのだ、と実感できた。
八代は、最後の言葉を吐き出した後、語り疲れたように嘆息した。
私の中には、様々な感情が渦巻いていたが、彼の話を全て聞いた上で、はっきりと確信したことがあった。
八代は、やっぱり良い奴で、そんな彼を私は大好きだということだ。
それを伝えるために、口を開く。
「ねぇ八代。全部聞き終わって、改めて思ったんだけど、八代は善良な人間だよ。胸が痛くなるくらいに。やっぱり私は、八代のことが大好きだよ」
「は?」
八代がすっとんきょうな声をあげる。私の言葉を、理解できない、というようなその態度に、小さく笑みがこぼれた。
「話聞いてただろ? 何でそう思えるんだよ。タイムリープの件で、俺の本性は浮き彫りになった。善良なのは、所詮見せかけだけだったんだよ。本当の俺は、……っ!?」
その先を口にすることは許さない、と言うように、八代の唇を人差し指で押さえつける。
「ちょっと黙ってて。黙って——私の言うことを聞いてて」
八代は、少し不満そうにしながらも、頷いた。それを確認してから、指を離す。
「八代が、親父さんを殺したい、と思ったのは、当然だよ。実際に親父さんを殺していたとしても、事情を知れば、誰も八代を責めることなんて、できないと思う」
あの状況で、殺意に支配されない人間が、一体どれほどいるだろう。話を聞いているだけの私でも、はらわたが煮えくり返りそうだったのに。
「私なんて、小学生の頃はずっと、『両親を殺して私も死のうか』とか本気で考えてたんだよ。八代の方こそ私のことを過大評価してるけど、私、全然褒められた人間性してないからね」
八代を励まそうとしたら、軽い口調になってしまった。結構勇気を出して明かした秘密が、やけにあっさりと響く。
物騒なカミングアウトに、八代は目を見張った。
嫌悪されただろうか、と怖くなり、目を見ることが出来なくなった。逃げるように空を見上げて、言葉を紡ぐ。
「まだ諦めがついてない頃だったんだ。愛してくれないのが悲しくて、これから先も私のことを見てくれないなら、いっそ――と思ったんだけど、結局怖くて出来なかった。その『怖かった』って感情も、親を殺すのが怖かったとかじゃないんだ。自分が死ぬ恐怖と、もし未遂で終わったら、恐ろしい折檻をされるに違いない、っていう不安で、実行出来なかったの。だから――」
決して口外してはならない、と決めていたことを開示してまで、八代に伝えたかった思いを告げる。
「私も、八代と同じなんだよ」
隣で、息を飲んだ気配がした。
目線は上空に向けたまま、続ける。
「ううん。八代の方が、“出来た人間”だと思う。私は、両親に殺意を抱いていたことも、自分のことしか考えてなかったことも、罪深く感じることもなく、過ごしていたんだから」
私は、自分が傷つけられたことしか考えていなかった。殺人を企てている己に対して、罪悪感など持っていなかった。
娘を愛してくれない両親が、全て悪いのだ。だから恨みを募らせた娘に殺されたとしても、しょうがないんだ。そんなふうにさえ思っていた。
八代のように、自身の攻撃性を恥じることなんてなかった。
「死ぬのが怖い――それは当然の感情だし、危ない賭けに出れないことも、当たり前だよ。卑下するようなことじゃない」
だからそんなに気に病まないで。自分を追い詰めないで。
「それに、お袋さんが亡くなったのも、理人君が別人みたいになったのも、親父さんが全面的に悪いのに、自分が不甲斐ないのが良くなかったんじゃないか、なんてことまで考えて――立派だよ、八代は」
自身が恥ずかしくなるくらいだ。だから――。
「八代にとっては、欠点を晒したつもりなのかもしれないけど――私は話を聞いて、ますます八代のことが、好きになったよ」
そして私の中で、彼の隣にいたい、という気持ちが、より確かになっていった。
彼が今までずっと、後悔を背負って生きていたことを思うと、たまらない気持ちになった。
その苦しさを、私は痛いほど知っている。
自分に非がないことはわかっていても、あの時何か出来たのではないか、何か変えられたんじゃないか。
そんな考えにとりつかれて、心に淀みを抱える。そして、自己嫌悪に苛まれる日々が始まる。
だからこそ、他人が言わないといけないのだ。
私は、八代に向き直った。怖じ気づきながらも、しかと目を合わせる。
「八代は、何も悪くないよ」
呪縛から解き放つのは、大切な人からの言葉だ。私が彼に救われたように、今度は私が彼を暗闇から連れ出したい。
「だから――もう思い詰めなくて、いいの」
八代の手を取る。
彼の手は、冷たく強ばっていた。
私の体温を分けるように、両手で包み込み、彼の指を軽くなぞる。
八代は、躊躇うような表情をしていた。視線を右往左往させて、私の言葉にどこか信憑性を持てない様子だった。
やっぱり、これまでの彼の考えを変えるのは、並大抵のことではないみたいだ。
それでも良い。一回で救えないのなら、何度でも諭すまでだ。
彼から決して目をそらさずに、言葉を投げかける。
「助けられなかったことばかり、気にしてるみたいだけど、八代はタイムリープで、理人君の命を救ったじゃん」
ピク、と八代の手が震える。
「あの時の八代がいたから、今があるんだよ。八代がもっと昔に戻ってたとして、今よりも良い未来になってる保証なんて、どこにもない。八代は今、不幸なの? 何もかもなくして、やり直したいって思ってる?」
八代は、ハッとした表情をして、「いいや……」と否定する。
「俺は、幸せだよ。もちろん気にかかってることはある。幸だってまだ目が覚めてないし……でも、今の状況全てをなかったことにしたいなんて、思わない。――絶対に」
最後の言葉と共に、深く頷く。
「事件の前に戻ってたら、見送りの時に見た理人は、存在しなかった。そんなの嫌だ」
そう言って、目を閉じる。まぶたの裏に、見送りの時の理人君を、浮かべているようだ。
理人君は、まだ痛む傷を抱えながらも、罪を償おうとしている。
彼がしたことは、許されないことだ。しかし、自身の過ちに向き合おうとしている今だからこそ、見えるものもあるんじゃないか。
理人君は、きっと胸の痛みを乗り越えられる。私は、確信に近い思いを抱いていた。
今回のことがあったから、八代と理人君は強く結束できたんだと、私は思っていた。
「でも、理人と再会して、また笑顔が見れたのも、若葉のおかげなんだよな。若葉が過去を変えようと動いてくれなかったら、きっとどうにもならなかった」
八代が頭を下げる。
「本当にありがとう。今幸せだって思えるのは、若葉がいてくれたからだ。若葉の行動が、俺たち兄弟を良い方向に導いてくれた」
その言葉で、私のミッションはひとつ片付いたのだ、と実感できた。
