それから、親父の意思に反して、能力は俺に渡っているという事実が発覚した。

 日記を読んで、心中事件の時の違和感に合点がいった。過去を繰り返しているのか? と思ったのは、その通りだった。

 『この糞男を殺せる状況を作ってくれ』

 瀕死の状態で、俺はそう願った。
 すでに移っていた能力が、死の間際のその願望に反応したんだろうな。
 そして、俺が刺される前に——親父に立ち向かえる状況にまで、戻してくれた。
 そのことに気付いて、絶望と後悔に苛まれた。

 過去に戻れるならば、事件の日よりも前に、戻りたかった。そうなるように、願うべきだったんだ。
 そうすれば、お袋も助かって、みんなで親父から離れられて――理人だって元気になっていたはずなのに。
 あの時の俺には、親父を殺したい、という思いしかなかった。もしも立ち上がる力があったなら、絶対に手にかけていた。

 だからな、若葉が思っているよりも、俺は悪人なんだよ。若葉が未来での事件について話してた時も、どこか納得していた。殺人犯になってる自分を、思い浮かべることができたんだ。俺は人殺しになる可能性を、秘めている、と。

 それに日記を読み終わった時、俺も親父のように、誰かに移せばいいんじゃ――なんて考えがよぎったんだ。
 もちろん、能力を譲渡するには、他人を傷つける必要がある。そんな非道なことを、真っ先に思いついたんだ。親父のことをどうこう言えないな、と思った。

 思いとどまった理由も、良心が働いたからじゃない。
 戻った結果、理人も死ぬかもしれない。俺がタイムリープする前のように。
 全員死んで、終わりかもしれない。
 今よりも最悪の未来になることを恐れて、譲渡はしないことに決めた。

 この選択だって、理人のためだけじゃない。俺自身が死ぬのが怖かった、というのが、結局一番の理由なんだ。
 もう一度事件が起きれば、今度こそ親父に殺されるかもしれない――。
 そう思うと、過去に戻ることなど、考えられなかった。

 俺は、若葉が思うよりもずっと、自分勝手な奴なんだ。
 いつだって善人でありたい、と思っていたし、実際に自身を善側の人間だと認識していたけれど、日記を読んだ日から、自分の本性がよくわかった。
 俺は、家族を助けられなかった。俺が殺意にのまれる人間だったせいで――どうしようもない人間だったせいで、大事なチャンスを棒に振った。

 理人が何も相談せずにいなくなったのも、当然だったのかもしれない、と思った。あいつは、俺の本当の性格を見抜いていたから、心を許せなかったのだろうか、と。
 そんな思いがのしかかって、理人の捜索に以前よりも身が入らなくなった。

 あいつは俺に会いたくないんだ。考えれば考えるほどそう思えてきて、毎日鬱屈した気分で、過ごすようになっていった。
 このままずっと、過去を引きずって生きていくんだろうな、と思った。
 でもそれが、当然の報いなんだろう、とも。

 このまま暗い気持ちを抱え続けることが、贖罪になるなら、無理に明るくなろうとしなくてもいい。
 むしろ、何も気に病まずに暮らすなんて、許されることではない。
 一生後悔しながら、生きていこう。
 そう決意した時に――若葉に出会った。

 ガキの頃に一度だけ会ってから、何となく忘れられなかった奴だったってわかった時、久しぶりに心が踊る感覚がした。
 それから若葉と会っていくうちに、その感覚は強くなった。表情にハリが出るのが、自分でもわかるほどだった。

 再会した若葉は、良い意味で変わってないように見えた。昔公園で助けてもらった時と同じ、強い正義感と深い思いやり――そして高い行動力で幸を支えていて、そんな若葉を俺はすぐに信頼するようになった。
 だから、祭りのおかしなテンションに乗せられて、つい過去のことを一部だけ話した。

 今まで一人で苦しんでいたことを、打ち明けたくなっちまったんだ。若葉なら、俺の悩みを自分のことのように、真剣に受け止めてくれて、怒ったり悲しんだりしてくれる、と確信に近い思いがあったからだと思う。

 結局、後悔を一人で抱え続ける強さが、おれにはなかった、ってことなんだろうな。
 さすがにタイムリープのことは、言わないつもりだったけど、『弟さんもまた会いたいって思ってるはずだよ』って若葉に言われた時、気持ちが変わった。

 何もかもぶちまけてしまいたい衝動にかられた。こいつになら、どんな秘密も打ち明けられる、とさえ思った。
 今考えると、あの時は冷静じゃなかった。気持ちが高ぶり過ぎていたんだと思う。
 若葉があまりにも、優しかったから。
 それに若葉は、俺がずっと欲しかった言葉をくれたんだ。

 『八代は絶対良い兄だっただろうから、弟さんもまた会いたいって思ってるはずだよ』

 俺は、理人に兄として認められていたかった。家族と思っていてほしかった。
 俺がいて良かったと、あいつが思ってくれてたら、この上なく幸せなんだ。
 だからその言葉で、少し救われた気がした。若葉に話そうとした俺の判断は、間違ってなかったんだ、と思った。

 再会してから――いや、小学生の頃初めて会った時から、若葉に抱いていた唯一無二の感情が、肥大化していくのがわかった。
 俺は、初恋を自覚した。

 公園での出会いが何となく忘れられなかったのも、特別な感情があったからなんだ、とやっと気付いた。
 若葉にも俺のことを好きになってもらいたい。そして、心から信頼し合える間柄になりたい。
 そのためには、ありのままの自分を見せなければならない。若葉に自分の全部を受け入れてもらいたい。

 俺はあの日、若葉に告白しようとした。その後で、タイムリープのことや抱えてきた後悔を、全て話すつもりでいた。
 でも、いざ口に出そうとした瞬間、若葉が折野を見つけて、折野を追おうとして。それを俺も後から追いかけたら、ヤベー状況に出会って――祭りどころじゃなくなったよな。

 それから、バタバタしていって、若葉と再び会う機会が訪れたのは、9月になってからだった。