両親を亡くした俺と理人は、親戚の家に住まわせてもらうことになった。

 新しい環境に馴染もうとする日々の中で、感傷に浸っている余裕はなかったんだ。

 しかも俺らを引き取ってくれた親戚は、以前にも話した通り、俺らを快く思ってくれなかった。

 最初は両親を亡くした俺らに、気を遣ってくれてたけど、次第に突然転がり込んできた異分子を排除したがっているような雰囲気を、感じるようになった。

 繊細な理人は、毎日しんどそうだった。ただでさえ、苦悩していた時期だったのに、そこにさらに不幸が振りかかって、以前とは別人のようになってしまった。
 口数がめっきり減って、常に沈んだ空気を纏うようになった。

 俺も自分のことで手一杯なとこはあったけど、悩みがないか尋ねたり、気晴らしに遊びに誘ったり――理人のためにできるだけのことをしていたつもりだ。――いや、理人のため、なんかじゃないな。

 全部自分のためだった。俺は、針のむしろのような家の中で、たった一人の家族にすがっていたんだ。
 理人を支えるつもりでいながら、俺の方があいつに寄りかかっていた。今振り返ってみると、そのことがよくわかるよ。

 親戚の態度が、ハッキリと煙たがるようなものに変わってから、ますます理人が心の拠り所になった。

 「あの兄弟も、一緒に死んでれば良かったのに」

 ため息と共に吐き出された言葉を、たまたま聞いちまった時、それほど落ち込まないでいられたのも、理人がいてくれたおかげだった。
 残された二人で、これから助け合って生きていこう。
 そう決意した矢先――理人が姿を消した。

 部屋から荷物がなくなっていたから、自分の意思でいなくなったことは、一目瞭然だった。

 「心配ね。警察に話しにいかないとね」

 そう言いながらも、親戚は嬉しそうだった。口元に手を当てる仕草も、喜びでつり上がる口角を隠すようにしか思えなかった。

 その後、「ちゃんと話しておいたから。捜してくれるって」と報告されたけど、本当に警察に相談したのかは、怪しいところだった。
 まあ、行方不明者届けを出したところで、捜索に力を入れてもらえるとは、思えなかったが。

 きっと理人のことは、どこにでもいる家出少年として処理されるはずだ。事故や事件性のないものに、そこまで真剣に動いてはくれないだろう。
 俺は周りに期待するのは諦めて、自分で探すことにした。
 といっても、大したことはできなかったが。

 昔、理人が住んでみたいと言っていた村まで、貯めていた小遣いを使って、電車で行ったりもしたが――現地の人にいくら聞き込みしても、それらしい人物は見かけてない、の一点張りだった。

 他にも、各地にある家出少年の溜まり場みたいなところを、しらみつぶしに巡って、その中に理人がいないか調べたけど、どこも空振りに終わった。

 そうやって過ごしているうちに、どんどん時間が経っていって――自分の進路を考えなければいけない時期が来ていた。

 何としても親戚の元を離れたい、という気持ちがあったから、働きながら勉強できる通信制にした。
 進路を決定したタイミングで、幸から「ウチで家事代行として働かない?」と誘われた。

 幸の両親が、海外住まいということは知っていた。学生の身で家のことに気を遣うのは厳しいから、家事代行サービスを利用している、ということも。

 「相場よりも高い給料を払えるし、エリちゃんなら、気心も知れてるから、私としても助かるんだけど……どう? いい話じゃない?」

 幸の提案は、渡りに船だったけど、俺のために相場より高い金を払わせるのは忍びないから、一度は断ろうとしたんだが――。

 「親からは、お金のことで遠慮はしないで、って言われてるし……それに私の家、普段誰もいないから、味気なくて……エリちゃんが来てくれるようになったら、きっと楽しくなると思うの」

 そう言うと幸は、寂しそうな顔をした。
 幸とは、中学に入ってから、交流が減っていた。だから樹里亜との仲も、クラスでの扱いも知らなかった。

 「仕事が終わった後、たまにでいいから残ってくれると嬉しいんだ。誰もいない家に帰るのって、結構侘しくて――そういうのも含めての高時給、ってことで……どうかな?」

 俺を助けようと思ったのも本当なんだろうけど、何よりも幸自身が望んでるようだった。
 幸は、両親は年に数回帰ってくるのみで、樹里亜とも最近は会うタイミングが合わないんだ、と言った。
 あのだだっ広い家で、一人きりなんだ、と。

 幸の両親は、なかなか帰ってこれないことを申し訳なく思って、せめて金銭面では子供に苦労をかけたくない、と思ってるんじゃないか、と幸との会話から感じた。

 「もし迷惑だったら、もちろん無理にとは言わないけど……」

 迷惑なんて、思うわけない。俺はありがたく幸の家で働かせてもらうことになった。
 それから中学卒業してすぐに、今住んでるアパートでの生活を始めた。
 中学の時よりもずっと忙しくなって、理人を捜す時間も減っていった。
 それに、俺はもう疲れてきていた。

 いつまでも理人の尻尾すら掴めない捜索を続けるうちに、だんだん希望が枯れてきていた。
 どれだけ必死こいて捜しても、全部無駄に終わるんじゃないか。大体あいつは、自分の意思で姿を消したんだ。
 ということは、こうして捜されること自体、理人にとっては、迷惑なんじゃないのか?

 その考えに思い当たった時、ぞわりとした。
 理人は、俺に何も言わずに出ていった。
 大切な家族と思っていたのは俺だけで、あいつはずっと俺のことを、親戚と同じように疎ましく感じていたんじゃないか?
 今ごろ、新しい場所で笑顔で過ごしているのかもしれない。兄の存在なんて、もう自分にとって、過去のことだと割りきっているのかもしれない。

 そんなことをぐるぐる考えていたら、親父が勤めてた会社から、連絡がきた。
 そう、日記のことだ。ほどなくして送られてきたそれを読んだ。

 読み進めていくうちに、日記を持つ手が、驚きと怒りで震えていった。