それから慌ただしくなったが、私は夢の中にいるみたいに、現実味が薄く、ふわふわした感覚でいた。
 救急車の中で、即死だと告げられた時も、返答できたか定かじゃない。

 救急車には、大和さんも乗っていた。事故の音に驚き駆けつけたら、無惨な姿になった恋人を見つけ、悲鳴を上げて膝から崩れ落ちた。
 彼は、ずっと取り乱していた。別の人とキスした口で、樹里亜を呼び続け、別の人を抱き締めていた手で、樹里亜の手を握っていた。

 大和さんは、ひとしきり樹里亜を悼んだ後、何食わぬ顔で日常へ戻っていくのだろうか。
 公園で愛を叫んでいた、あの女性と共に。

 数人の救急隊員でひしめき合う車内の中で、私だけが彼の態度を、疑わしく思っていた。



 その後、私は数日の間、家に引きこもっていた。
 学校に行く気なんて、到底湧かなかった。あの平和で賑やかな場所にいたら、情緒がおかしくなる。

 時間が経つにつれて、だんだんと元の感覚を取り戻していくと、八代に会わなければ、と思った。

 八代からの連絡は、あの日以来、一度もきていなかった。
 その後どうなったのか。報せがない、ということは、よほど忙しくなったのか。
 樹里亜の訃報は、八代のところに届いたのだろうか。

 ベッドから抜け出し、メッセージを打つ。
 あの後どうなったの、と送信する直前に、送ろうとしていた相手から、メッセージがきた。

 『今まで連絡できなくて、すまない。色々ありすぎて、忘れちまってた。本当に悪い』

 すぐに続きが送られてくる。

 『明日、学校が終わった後に会えないか? 直接会って話した方が良いと思うんだ』

 そういえば明日は平日か。カレンダーを見て気付いた。

 『学校は休むよ。八代が空いてる、っていうなら、できる限り早めがいい』

 学校など、行っている場合ではない。
 聞きたいことも、話したいこともたくさんある。
 明日の午前6時に公園で、ということになった。

 外の空気を吸おうと、部屋の窓を開ける。いつの間にかすっかり暗くなっていたみたいだ。
 机の上の置き時計を見ると、もう23時だった。時間の感覚さえ、よくわからなくなっていたんだな、と驚く。

 机には、八代の父の日記も置いてある。それを手に取り、鞄の中にいれた。
 明日、八代に返そう。そして、思わず持っていってしまった理由についても話そう。

 私が、タイムリーパーということも、どうやって過去に来たのかも、私がいた8年後の世界のことも。
 全て、打ち明けるべき時だ。

 そして、八代にも尋ねたいことがある。
 タイムリープ能力を、すでに使ったかどうかについて。

 8年後の八代は、自分では過去に戻れなかったから、私を刺した――。そう思っている。
 ならば、八代の人生のどこかで、能力を使った時があったわけだ。この時代の時点で、使用済みの可能性もある。

 あとは、あの後理人君がどうなったのか。それももちろん気になっていた。

 「寝よ……」
 窓を閉め、再びベッドに戻る。

 眠れるかどうかは、わからなかったけれど、明日は早いのだから、そろそろ睡眠に入らなければ。
 ざわざわとした気持ちで、瞼を閉じた。