「どうしたの? 深刻な顔して。何かお悩みなのかな? 私に答えられることなら、なんでも訊いてよ」

 頼れるお姉さん、といった風に、彼女は胸を叩き、再びソファーに腰を下ろした。

 「どうぞ。ごめんね、ここしか座るとこなくて」

 この家、あんまり広くないからね、と照れたように言って、自身の横を叩く。ここに座れ、という指示だ。
 あまり距離が近くなりすぎないよう、ゆっくりとソファーに尻を沈ませる。

 「それで、話したいことってのは?」
 顔を覗き込んでくる彼女に、負けじと目をしかと合わせる。

 「幸のストーカーと会ったんです」
 樹里亜の口角が、わずかに動いた——かのように思えた。

 「その人は、理人君と言います。彼は、『幸』というアカウント名の人物と、SNSでずっと連絡をとっていた、と言っていました。理人君は、辛い時期に自分を鼓舞してくれた『幸』に執心していて、その思いの強さは、常軌を逸していました」
 「へぇ、怖いね」

 他人事のように相づちを打つ樹里亜に、カッとなる。

 「でも、幸はSNSをやっていないんです。つまり、誰かが幸を名乗っていた、ということです」

 それはあなたですよね? と言外に含ませる。樹里亜は相変わらず何食わぬ顔をしている。

 「幸を騙っていた人物は、6月1日に、理人君を幸の家に呼び出して、幸と接触させたり、人気のない丘で、二人を鉢合わせたりしました。何でそんなことをしたのか、わかりますよね?」

 今度は私が、彼女の顔を覗き込む。
 樹里亜は、初めて同様したように、私から視線をそらした。

 しかしそれは、数秒にも満たない時間で、すぐに狡猾な彼女は、質問の意図がよくわからない、といった様子で、困ったような眼差しを向けてきた。

 「ごめんね、まったくわからない。察しが悪くて、申し訳ないけど……」
 「幸を騙っていた人物は――長いので、『偽幸』と呼びます。偽幸は、理人君が幸を殺すことを、期待したんです。幸を殺すことが、彼女の目的でした。理人君は、そのための道具です」

 樹里亜は、感情の読み取れない表情で、黙っている。

 「偽幸の企みは、失敗に終わりました。でも彼女は、幸を葬ることを諦めたわけではありません。理人君が利用できない、と思った彼女は、事故に見せかけて、自分の手で殺すことにしたんです」
 「幸が学校の4階から落ちたのは、誰かのせいだった、ってこと?」

 どこか不機嫌そうな固い声色に、鳥肌が立つ。
 ここまできても、取り乱した様子がない樹里亜が、何か人の手には負えない怪物のように見えた。
 私は怪物の顔は見ずに、ただ口だけを忙しなく動かす。

 「マミから聞きました。幸が落ちた日、あなたが訪ねてきたことも、ずっとマミを自分の都合の良いように、誘導してきたことも、全部。マミを餓死させようとしたことだって、こっちはもうわかってる。どんなに頑張ったって、ここからは取り繕えない!」

 最後はほとんど叫ぶように言って、勢いよく立ち上がった。
 樹里亜を見下ろし、問いただす。

 「偽幸は、あんただよね? 樹里亜!」