「アルファ兄様、聞きましたよ。東地区の通り魔事件。お兄様自ら犯人を捕まえたそうですね」
「ああ、戦闘は専門じゃないんだが……俺のスキルはああいう対人戦闘に有利だからな」
「そんなこと言って、書類仕事から逃げたかっただけじゃないですか? 代わりに仕事が私に全て回ってきましたのよ?」
「そ、それはすまん……だが国民が危険な目に遭っているのを見過ごすことはできないからな!」
「……」
ジト目で俺を睨んでいるのは、俺の妹であるエマ・ルーセル。
俺とともに政務官僚として庶務の仕事を執り行っている。
両親は早逝してしまったので、俺と妹の二人で家督を支えているのだ。
「冗談です。アルファ兄様が常識外の仕事量をこなしているのはみんな知っています。私なりに心配しているのです」
「心配? まあ通り魔は凶器を持っていたが、盗賊崩れのならず者で、剣術もまともに身につけていない、大した相手じゃなかったよ」
「それもですが……普段の仕事量です。このままではアルファ兄様が過労死してしまいます。もっと国王や上級貴族に組織改革を訴えるべきです!」
エマはそう言うと憤ったように両手をブンブンと振る。
「まあまあ、昨今は近隣の国との小競り合いが続いて、どこも疲弊して人手不足なんだ。国民のための仕事と思えば、苦労も報われるよ」
「またそんな人の良いことを言って……上級貴族の連中が、庶務を『王都に必要のない、穀潰し』と陰口を叩いているのを聞きました!酷いと思いませんか!」
「みんなが必要ないと思うということは、それだけ生活が安定していてるということなんだ。本格的に戦争が始まったらそうも言ってられないさ」
不満そうにぷくーっと頬を膨らませるエマ。
「まあエマの不満も分かる。新しく就任した宰相のシモーヌ様を通じて、国王に人員と予算の確保を奏上してみよう」
エマの頭をポンポンと撫でる。
納得していないようだったが、ひとまず怒りはおさまったようだ。
◆◆◆
俺は謁見を行い、王の間でベルナール国王とシモーヌ宰相を前にしていた。
「ベルナール国王陛下、シモーヌ宰相。此度は庶務の人員と予算の確保について申し上げたく存じます」
「ーー庶務の人員と予算の確保?」
シモーヌ宰相は、俺の申し出に眉をぴくりとあげた。
「なるほど、面白いことをおっしゃる」
「……面白い、ですか」
何故か愉快そうにクックックっと笑いをあげるシモーヌ宰相。
俺は不穏な空気を察した。
「ちょうど良い、アルファ・ルーセル。貴方にこちらからも話があったのです」
シモーヌ宰相はそう言うや否や、懐から書類の束を取り出した。
「庶務が使用している予算は王都の中でも群を抜いています。一体何に使っているのですか?」
「庶務部にはあらゆる事案が舞い込んできます。一つ一つの案件は小さくても、それが積み重なって大きな額になることもあります。ただインフラは国民の生活に直結する重要な事案が多くーー」
「黙りなさい、何を知ったふうな口を」
シモーヌ宰相は俺の言葉を遮り、ハエでも追い払うように煩わしそうに手を振った。
「そもそも、国の予算を使っていちいち小さい案件に対応する必要なんてないんですよ。水道の工事だの、病院の修理だの……そんなのは下々の者が自分たちで解決すべき問題だ」
「しかし、国民は重たい税のために日々働くことを強要されています。その分、そういったインフラを整えて生活を守ることが我々の義務でーー」
「やかましいっ! この期に及んで見苦しいですよ」
シモーヌ宰相は鬼のような形相で怒声を上げる。
「それに、庶務には予算が不正に使われた形跡がある。アルファ・ルーセル、貴方には横領の容疑がかけられている」
「そ、そんなはずありません! 収支は全て書類に残しているはずで……」
「書類? 実は先日より調査隊に調べさせていましたが、そんなものはありませんでしたよ。なんて杜撰な仕事だ」
シモーヌ宰相はニヤリと蛇のような笑みを浮かべる。
恐らく調査隊というのも宰相の息がかかった人間だろう。
正規の書類は闇に葬られ、下手すれば偽造された証拠を挙げられかねない。
「潔く認めなさい。国王の温情で貴族の地位を与えられたくせに、どうでも良い仕事ばかりして国の予算を無駄にしたうえ、さらには横領で私服を肥やしていたと」
「ご、誤解です! 国王陛下っ!」
俺は救いを求めるように国王に目をやる。
そうだ、祖父の代から長年支え続けた国王であれば理解してもらえるはずーー
「アルファ・フォーレよ。お主の祖父の代から貴族位を与え、目をかけてやった。だが此度の裏切り、許されるはずもない」
国王の目は怒りに燃えていた。
「貴様のような無能は、王都から追放だ! 貴族位ももちろん剥奪、フォーレ家は取り潰しだ!」
「そ、そんな……」
俺は高らかに宣言されたそのセリフに、膝から崩れ落ちた。
◆◆◆
その後、俺は王室から摘み出され、シモーヌ宰相から、今日中に荷物をまとめて城から退去することを命じられた。
今後、王都への出入りは一切禁ず、という国王直々の命令である。
逆らえるはずはない。
「王都ともお別れか……いったい、どこに行けば良いんだ」
貴族といっても下級も下級。賃金も格安だったから、生活の足しになる高級品など一つも持っていない。
それに両親を早くに亡くし、仕事に忙殺されてきた俺と妹のエマには、親戚付き合いや頼れるアテもない。
行く宛も思いつかず、途方に暮れながら城の廊下を歩いていると、
「待ってください! アルファ!」
突然、背後から呼び止められた。
何事かと驚いて振り返ると、なんとそこにはソフィア王女が執事とともに、こちらに駆け寄ってくるところだった。
「良かった、間に合いましたっ……」
ソフィア王女は国王の四女。
位としては第四王女に位置する、次期女王候補のお方である。
本来なら俺のような下級貴族、口を聞くことすら許されない。
ましてや今の俺は追放される身。
「ソフィア王女、どうされましたか。私などに声をかけてくださるなんて……」
「そんな風に自分を卑下しないでください。私はアルファの仕事ぶりを評価していたんです」
整った美しい顔を悲しみに曇らせ、うなだれるソフィア王女。
「追放なんて間違っています! お父様はあのシモーヌとかいう新しい宰相に騙されているのです」
「……王女はお優しい方ですね」
本気で憤っている様子のソフィア王女に、思わず笑みが溢れる。
ソフィア王女は誰にでも優しく、その地位を鼻にかけない謙虚な態度で、その美貌も相まって人々からの信頼も厚い。
一説には王都内でファンクラブもあるそうだ。
貴族や王族は高慢な態度の人間が多い。
特にソフィア王女の三人の姉は傲慢で有名で、国民からの評判も悪い。
「でも俺は追放された身。俺と話している姿を貴族に見られでもすれば、ソフィア王女のお立場が危うくなります」
「ーーアルファ、貴方に頼みたい仕事があるのです」
ソフィア王女は真面目な顔つきでそう言った。
「仕事……ですか。でも俺は王都を追放。貴族たちから目の敵にされているし、無理ですよ」
「大丈夫です。優秀な貴方にしか頼めない仕事です」
なぜか自信満々の様子。
「サントマリーという村の領主をお願いしたいのです」
「サ、サントマリー……ですか」
聞き馴染みのない村の名前に、俺は混乱した。
「ええ、サントマリーで間違いありません。というのも、この村はあまりに辺境すぎて……王都から馬車で何日もかかるような場所にあるのです。
だから手間を嫌って、貴族や役人は仕事をしたがらないのです。本来は街や村の統治は貴族しか認められませんが、ここにはそういった条件がありません」
「ーーはあ、なるほど」
確かに王国の端っこだもんな。
手間だけかかって税収が見込めない田舎の管理は、貴族たちが嫌がる仕事の典型だ。
お偉方からすれば、そんなのは下っ端にやらせる仕事だとでも思っているのだろう。
「ただ今回に限っては都合が良いのです。
というのも、このサントマリー村の領主は王家直属で、貴族や官僚をいちいち通す必要がありません。あれこれ命令する権限がそもそもないのです」
「誰でも良いと思っていたからこそ、本来の国の命令系統から外れているのか……ルールの抜け穴だな」
俺は思わず感心したようにため息を漏らした。
まさかこんな抜け道のように利用されるとは誰も思っていなかったのだろう。
「ああ、戦闘は専門じゃないんだが……俺のスキルはああいう対人戦闘に有利だからな」
「そんなこと言って、書類仕事から逃げたかっただけじゃないですか? 代わりに仕事が私に全て回ってきましたのよ?」
「そ、それはすまん……だが国民が危険な目に遭っているのを見過ごすことはできないからな!」
「……」
ジト目で俺を睨んでいるのは、俺の妹であるエマ・ルーセル。
俺とともに政務官僚として庶務の仕事を執り行っている。
両親は早逝してしまったので、俺と妹の二人で家督を支えているのだ。
「冗談です。アルファ兄様が常識外の仕事量をこなしているのはみんな知っています。私なりに心配しているのです」
「心配? まあ通り魔は凶器を持っていたが、盗賊崩れのならず者で、剣術もまともに身につけていない、大した相手じゃなかったよ」
「それもですが……普段の仕事量です。このままではアルファ兄様が過労死してしまいます。もっと国王や上級貴族に組織改革を訴えるべきです!」
エマはそう言うと憤ったように両手をブンブンと振る。
「まあまあ、昨今は近隣の国との小競り合いが続いて、どこも疲弊して人手不足なんだ。国民のための仕事と思えば、苦労も報われるよ」
「またそんな人の良いことを言って……上級貴族の連中が、庶務を『王都に必要のない、穀潰し』と陰口を叩いているのを聞きました!酷いと思いませんか!」
「みんなが必要ないと思うということは、それだけ生活が安定していてるということなんだ。本格的に戦争が始まったらそうも言ってられないさ」
不満そうにぷくーっと頬を膨らませるエマ。
「まあエマの不満も分かる。新しく就任した宰相のシモーヌ様を通じて、国王に人員と予算の確保を奏上してみよう」
エマの頭をポンポンと撫でる。
納得していないようだったが、ひとまず怒りはおさまったようだ。
◆◆◆
俺は謁見を行い、王の間でベルナール国王とシモーヌ宰相を前にしていた。
「ベルナール国王陛下、シモーヌ宰相。此度は庶務の人員と予算の確保について申し上げたく存じます」
「ーー庶務の人員と予算の確保?」
シモーヌ宰相は、俺の申し出に眉をぴくりとあげた。
「なるほど、面白いことをおっしゃる」
「……面白い、ですか」
何故か愉快そうにクックックっと笑いをあげるシモーヌ宰相。
俺は不穏な空気を察した。
「ちょうど良い、アルファ・ルーセル。貴方にこちらからも話があったのです」
シモーヌ宰相はそう言うや否や、懐から書類の束を取り出した。
「庶務が使用している予算は王都の中でも群を抜いています。一体何に使っているのですか?」
「庶務部にはあらゆる事案が舞い込んできます。一つ一つの案件は小さくても、それが積み重なって大きな額になることもあります。ただインフラは国民の生活に直結する重要な事案が多くーー」
「黙りなさい、何を知ったふうな口を」
シモーヌ宰相は俺の言葉を遮り、ハエでも追い払うように煩わしそうに手を振った。
「そもそも、国の予算を使っていちいち小さい案件に対応する必要なんてないんですよ。水道の工事だの、病院の修理だの……そんなのは下々の者が自分たちで解決すべき問題だ」
「しかし、国民は重たい税のために日々働くことを強要されています。その分、そういったインフラを整えて生活を守ることが我々の義務でーー」
「やかましいっ! この期に及んで見苦しいですよ」
シモーヌ宰相は鬼のような形相で怒声を上げる。
「それに、庶務には予算が不正に使われた形跡がある。アルファ・ルーセル、貴方には横領の容疑がかけられている」
「そ、そんなはずありません! 収支は全て書類に残しているはずで……」
「書類? 実は先日より調査隊に調べさせていましたが、そんなものはありませんでしたよ。なんて杜撰な仕事だ」
シモーヌ宰相はニヤリと蛇のような笑みを浮かべる。
恐らく調査隊というのも宰相の息がかかった人間だろう。
正規の書類は闇に葬られ、下手すれば偽造された証拠を挙げられかねない。
「潔く認めなさい。国王の温情で貴族の地位を与えられたくせに、どうでも良い仕事ばかりして国の予算を無駄にしたうえ、さらには横領で私服を肥やしていたと」
「ご、誤解です! 国王陛下っ!」
俺は救いを求めるように国王に目をやる。
そうだ、祖父の代から長年支え続けた国王であれば理解してもらえるはずーー
「アルファ・フォーレよ。お主の祖父の代から貴族位を与え、目をかけてやった。だが此度の裏切り、許されるはずもない」
国王の目は怒りに燃えていた。
「貴様のような無能は、王都から追放だ! 貴族位ももちろん剥奪、フォーレ家は取り潰しだ!」
「そ、そんな……」
俺は高らかに宣言されたそのセリフに、膝から崩れ落ちた。
◆◆◆
その後、俺は王室から摘み出され、シモーヌ宰相から、今日中に荷物をまとめて城から退去することを命じられた。
今後、王都への出入りは一切禁ず、という国王直々の命令である。
逆らえるはずはない。
「王都ともお別れか……いったい、どこに行けば良いんだ」
貴族といっても下級も下級。賃金も格安だったから、生活の足しになる高級品など一つも持っていない。
それに両親を早くに亡くし、仕事に忙殺されてきた俺と妹のエマには、親戚付き合いや頼れるアテもない。
行く宛も思いつかず、途方に暮れながら城の廊下を歩いていると、
「待ってください! アルファ!」
突然、背後から呼び止められた。
何事かと驚いて振り返ると、なんとそこにはソフィア王女が執事とともに、こちらに駆け寄ってくるところだった。
「良かった、間に合いましたっ……」
ソフィア王女は国王の四女。
位としては第四王女に位置する、次期女王候補のお方である。
本来なら俺のような下級貴族、口を聞くことすら許されない。
ましてや今の俺は追放される身。
「ソフィア王女、どうされましたか。私などに声をかけてくださるなんて……」
「そんな風に自分を卑下しないでください。私はアルファの仕事ぶりを評価していたんです」
整った美しい顔を悲しみに曇らせ、うなだれるソフィア王女。
「追放なんて間違っています! お父様はあのシモーヌとかいう新しい宰相に騙されているのです」
「……王女はお優しい方ですね」
本気で憤っている様子のソフィア王女に、思わず笑みが溢れる。
ソフィア王女は誰にでも優しく、その地位を鼻にかけない謙虚な態度で、その美貌も相まって人々からの信頼も厚い。
一説には王都内でファンクラブもあるそうだ。
貴族や王族は高慢な態度の人間が多い。
特にソフィア王女の三人の姉は傲慢で有名で、国民からの評判も悪い。
「でも俺は追放された身。俺と話している姿を貴族に見られでもすれば、ソフィア王女のお立場が危うくなります」
「ーーアルファ、貴方に頼みたい仕事があるのです」
ソフィア王女は真面目な顔つきでそう言った。
「仕事……ですか。でも俺は王都を追放。貴族たちから目の敵にされているし、無理ですよ」
「大丈夫です。優秀な貴方にしか頼めない仕事です」
なぜか自信満々の様子。
「サントマリーという村の領主をお願いしたいのです」
「サ、サントマリー……ですか」
聞き馴染みのない村の名前に、俺は混乱した。
「ええ、サントマリーで間違いありません。というのも、この村はあまりに辺境すぎて……王都から馬車で何日もかかるような場所にあるのです。
だから手間を嫌って、貴族や役人は仕事をしたがらないのです。本来は街や村の統治は貴族しか認められませんが、ここにはそういった条件がありません」
「ーーはあ、なるほど」
確かに王国の端っこだもんな。
手間だけかかって税収が見込めない田舎の管理は、貴族たちが嫌がる仕事の典型だ。
お偉方からすれば、そんなのは下っ端にやらせる仕事だとでも思っているのだろう。
「ただ今回に限っては都合が良いのです。
というのも、このサントマリー村の領主は王家直属で、貴族や官僚をいちいち通す必要がありません。あれこれ命令する権限がそもそもないのです」
「誰でも良いと思っていたからこそ、本来の国の命令系統から外れているのか……ルールの抜け穴だな」
俺は思わず感心したようにため息を漏らした。
まさかこんな抜け道のように利用されるとは誰も思っていなかったのだろう。