「アルファ・ルーセル。君は本日限りでクビです」
「そ、そんな……」

 無情にも告げられたクビ宣告。
 俺は愕然とした声を漏らす。

「聞こえなかったか? 頭だけでなく耳まで悪いようだな」

 宰相のシモーヌが、バカにしたようなせせら笑いを浮かべる。

「アルファ・ルーセルの官僚としての役職、およびルーセル家の貴族としての爵位、それら全てを本日を持って抹消とする」

 宰相のシモーヌはニヤリと笑うと、俺の目を見て言い放った。

「ーーつまり、追放だ」

◆◆◆

 俺はクレモン王国の王都で、小貴族をやっているアルファ・ルーセル。

 ルーセル家は貴族とは名ばかりで、領地も持たない貧乏貴族だ。
 もちろん民からの税収などない。

 悲しいかな、当主の俺が自ら汗水流して働かないことには、食っていくこともできないのである。

「はぁ、忙し過ぎる……今日で80連勤、ほとんど休みなしだ」

 俺は書類作業を手早く済ませながら、大きなため息をつく。

 俺の役職は政務官僚。王都のインフラに関する業務をしている。

 インフラ担当といいつつ、俺の部署はその仕事の雑多さから『庶務』と呼ばれている。

「アルファ様、手を止めている場合ではありません! 書類がこんなにも溜まっているのですよ!」
「はいはい、ちょっと休憩してただけじゃんかよ……」

 とんでもない量の書類仕事が山積みだ。
 庶務には、王都中のインフラに関するあらゆる問題や市民からの訴えが集まってくる。

 それを朝から晩までとにかく捌くのが、俺の仕事。

 めちゃくちゃ忙しいうえに、しかも薄給。
 庶務は貴族や官僚の中じゃ、誰もやりたがらない雑務の代表だ。

「ーーアルファ様、上下水道ですが西地区で漏水の報告が数件挙がっております」
「あー、西地区は職人が不足していてトラブルが続いてるな。余裕がある東地区のギルドに依頼して職人を手配するように伝えてくれ。あとは西地区のギルドの職人募集の要件を緩和して、新規応募者を増やす政策を取ろう」

「ーーアルファ様、南の関所で商人が通行税が高いと揉めているようです」
「ふむ、南となると農作物の貿易だな。最近不作が続いて儲けが減っていると聞く……。一時的に一定割合を政府が買い上げて、最低売り上げを保証する政令を出そう。とりあえずの折衝には卸売のルロワを行かせてくれ。良い卸先を紹介すれば納得してもらえる」

 こんな調子で、次々とやってくる王都での問題を捌いていく。

「本来であれば、政策の決定権など俺にはないんだがな……」

 上級貴族たちは遊び呆けていて、書類や部下の報告など全く見ていない。

 結局俺の指示や作成した書類がそのまま素通りするので、実質的に俺が王都のインフラ政策の大部分を決めていると言っても過言ではないのだ。

 王都のインフラといえば、国を左右するような重要な仕事のはず。
 絶対にもっと健全な運営をすべきなのだが……日々の業務に忙殺されてしまい、なかなか組織として改善できていないのが現状だ。

「ーーアルファ様、王都の東地区で通り魔事件が報告されています。どれも夜に事件が起き、被害者は刃物で突然切りつけられたと証言しているようです」
「それはーー俺が行こう」

 そう、人手不足ここに極まれり。

 時には俺自身が街に出て仕事をすることもしばしばだった。