大学の最寄り駅に姿を現したのは及川先輩だった。先輩は一言「ついて来てくれ」とだけ言って歩き出してしまう。色々言いたいことはあったけど、後を追いかけるしかなかった。
クリスマスムードの街並みを進み、一件の店の前で先輩が足を止める。それは以前、手が届かない憧れを見つけたアクセサリーブランドのお店。
「予約してるから、ちょっと待ってろ」
そう言ってお店の中に入った先輩は何かを受け取るとすぐに出てくる。そして、私に向き合った先輩は無造作にそれが入った箱を私に差し出した。
「嘘、なんで……」
箱の中に入っていたのは、手が届かないと諦めた四葉のクローバーをあしらったネックレス。先輩は私と視線を合わせる事無く頬をかく。
「クリスマスプレゼント、ってことで」
「でも、先輩には……」
デートに行く相手が、という前に先輩が鞄から何かを取り出す。それは昨日部室で先輩が読んでいた雑誌だった。
「ここ二ヶ月くらい、部活終わったらバイトして、朝起きたら研究室に行ってってストイックな生活だったんだ。ちょっと今日一日付き合ってくれ」
「でも、私じゃなくて」
先輩は小さく息をついて、首を横に振る。
「誰かの言う通り俺は陸上バカだから。こういうときどこ行けばいいのかもわからなくて勉強してた」
誰かの言う通り。私は及川先輩に対して直接その言葉を伝えたことはない。だとしたら何で。いや、昨日その言葉を伝えた相手が一人だけいる。
――何か陸上バカって感じの先輩で。
まさか、そんなはず。あんな風に穏やかに話したり笑ったりするアワキさんの正体って。
「及川ってローマ字にして、逆から読んでみ」
どこか投げやりな及川先輩の言葉が止めだった。途端に恥ずかしさが込み上げてくる。私は本人に向かって、好きになったとか失恋したとかって相談をしていたなんて。
「それ買うためにバイトしようと思って。部活終わった後にできて、心理学で勉強したことつかえそうで初めてさ。キャラづくりして働いてたけど、まさか相手がお前だったなんて」
先輩はまた視線を合わせずに頬をかく。多分私は色んな相談をしたし、先輩も先輩と思ってみればキザな返しをしていた。恥ずかしくてプスプスと頭から煙でも出てきそうな気がする。でも、それよりも。
ポロリとまた涙が溢れてきた。それを見た先輩が慌てて頭を下げる。
「研究室に戻るって嘘ついてバイトしてたのは謝る。まさか勘違いされると思ってなくて……でも、どうしてもそれを実咲にプレゼントしたくて」
珍しく先輩が早口だった。穏やかでゆっくり話すアワキさんと同一人物だとは信じられないくらい。
「もうすぐ卒業だって思ったら、すごい痛くて。卒業してからも今までみたいに実咲と話せる関係でいたいって、そんな風に思ったの初めてで」
もうダメだった。涙が止まらない。
「ごめん。結局実咲のこと、傷つけた」
「違います」
「だけど、俺のせいで」
「違います。心理学専門なのに、わからないんですか?」
そっと手を伸ばす。先輩の服を掴んで、グッと引き寄せる。
「嬉しいんです」
暖かな温もりに顔をうずめて、自分に言い聞かせるように繰り返す。
「先輩が同じこと考えてくれてたのが嬉しいんです。好きになった人が全部先輩だったってことが、わけわからないくらい嬉しいんです」
先輩の腕に包まれると、もう冬の寒さは感じなかった。
「ね、これ。つけてみてもいいですか?」
顔を上げると、どこか照れたような表情を浮かべつつ及川先輩は昨夜アワキさんがしてくれたように頷いた。
貰ったばかりのネックレスをつけて顔を上げると、ポンと頭の上に手が置かれる。
「やっぱり、よく似合ってる」
真正面から言われるとくすぐったい。
だから、私も先輩が照れそうなことを――今伝えたいことを伝えよう。
「卒業しても、大丈夫です。例え日本の端と端にいたって、今度はアバターなしでいつでもお話しできますし。それに、私は足速いんです。すぐに先輩に追いつきますから」
クリスマスムードの街並みを進み、一件の店の前で先輩が足を止める。それは以前、手が届かない憧れを見つけたアクセサリーブランドのお店。
「予約してるから、ちょっと待ってろ」
そう言ってお店の中に入った先輩は何かを受け取るとすぐに出てくる。そして、私に向き合った先輩は無造作にそれが入った箱を私に差し出した。
「嘘、なんで……」
箱の中に入っていたのは、手が届かないと諦めた四葉のクローバーをあしらったネックレス。先輩は私と視線を合わせる事無く頬をかく。
「クリスマスプレゼント、ってことで」
「でも、先輩には……」
デートに行く相手が、という前に先輩が鞄から何かを取り出す。それは昨日部室で先輩が読んでいた雑誌だった。
「ここ二ヶ月くらい、部活終わったらバイトして、朝起きたら研究室に行ってってストイックな生活だったんだ。ちょっと今日一日付き合ってくれ」
「でも、私じゃなくて」
先輩は小さく息をついて、首を横に振る。
「誰かの言う通り俺は陸上バカだから。こういうときどこ行けばいいのかもわからなくて勉強してた」
誰かの言う通り。私は及川先輩に対して直接その言葉を伝えたことはない。だとしたら何で。いや、昨日その言葉を伝えた相手が一人だけいる。
――何か陸上バカって感じの先輩で。
まさか、そんなはず。あんな風に穏やかに話したり笑ったりするアワキさんの正体って。
「及川ってローマ字にして、逆から読んでみ」
どこか投げやりな及川先輩の言葉が止めだった。途端に恥ずかしさが込み上げてくる。私は本人に向かって、好きになったとか失恋したとかって相談をしていたなんて。
「それ買うためにバイトしようと思って。部活終わった後にできて、心理学で勉強したことつかえそうで初めてさ。キャラづくりして働いてたけど、まさか相手がお前だったなんて」
先輩はまた視線を合わせずに頬をかく。多分私は色んな相談をしたし、先輩も先輩と思ってみればキザな返しをしていた。恥ずかしくてプスプスと頭から煙でも出てきそうな気がする。でも、それよりも。
ポロリとまた涙が溢れてきた。それを見た先輩が慌てて頭を下げる。
「研究室に戻るって嘘ついてバイトしてたのは謝る。まさか勘違いされると思ってなくて……でも、どうしてもそれを実咲にプレゼントしたくて」
珍しく先輩が早口だった。穏やかでゆっくり話すアワキさんと同一人物だとは信じられないくらい。
「もうすぐ卒業だって思ったら、すごい痛くて。卒業してからも今までみたいに実咲と話せる関係でいたいって、そんな風に思ったの初めてで」
もうダメだった。涙が止まらない。
「ごめん。結局実咲のこと、傷つけた」
「違います」
「だけど、俺のせいで」
「違います。心理学専門なのに、わからないんですか?」
そっと手を伸ばす。先輩の服を掴んで、グッと引き寄せる。
「嬉しいんです」
暖かな温もりに顔をうずめて、自分に言い聞かせるように繰り返す。
「先輩が同じこと考えてくれてたのが嬉しいんです。好きになった人が全部先輩だったってことが、わけわからないくらい嬉しいんです」
先輩の腕に包まれると、もう冬の寒さは感じなかった。
「ね、これ。つけてみてもいいですか?」
顔を上げると、どこか照れたような表情を浮かべつつ及川先輩は昨夜アワキさんがしてくれたように頷いた。
貰ったばかりのネックレスをつけて顔を上げると、ポンと頭の上に手が置かれる。
「やっぱり、よく似合ってる」
真正面から言われるとくすぐったい。
だから、私も先輩が照れそうなことを――今伝えたいことを伝えよう。
「卒業しても、大丈夫です。例え日本の端と端にいたって、今度はアバターなしでいつでもお話しできますし。それに、私は足速いんです。すぐに先輩に追いつきますから」