「あれ、実咲ちゃん。クリスマスイブまで部活?」
 講義を終えて練習に向かう途中で後ろから呼びかけられる。振り返ると、どこか疲れた顔をした姫香先輩が立っていた。
「はい、クリスマスナニソレって感じです」
「私も高校の時はそんな感じだったかなあ」
 姫香先輩は高校の陸上部時代の先輩で、大学ではすっぱり陸上を辞めた人だった。だからか、高校時代より大学時代の方がよく話すようになっていた。
「先輩も今年は忙しそうですね」
「噂には聞いてたけど、卒論ってすごいタフ。平気な顔して部活行ってる及川君が信じられない」
 姫香先輩が乾いた笑いを浮かべる。そういえば、姫香先輩は及川先輩と同じ研究室なんだった。
「及川先輩も部活終わった後に研究室戻ったり、大変そうですね」
 卒論に専念していても大変そうな姫香先輩の様子を見ると、改めて及川先輩のタフさを思い知らされる。
「部活終わった後?」
 姫香先輩がキョトンとした顔で首をかしげていた。
「はい。卒論が大変だって、最近は部活が終わったらすぐに」
 私の答えを聞いて、姫香さんは顎に手を当てて何かを考え込む。それから少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「あのね、及川君は部活行ったらそのまま帰ってるよ? その分、朝早く来て卒論進めてるみたいだけど」
 姫香さんの言っていることが理解できなかった。だって、最近の及川先輩はいつも足早に部室を後にする。研究室に行っていないのなら、いったい先輩はどこに行ってるのだろう。そして、どうしてそのことを私に隠しているのだろう。
 胸の奥がざわざわとする。誰かと話し足りない時と同じようなポッカリと空虚な感じに包まれた。
「えっと、そろそろ練習の時間なので」
 その空虚な感じに答えを出すのが怖くて、その場から逃げ出すように姫香先輩に頭を下げる。
「うん、練習頑張って。あっ、そうだ」
 姫香先輩が私の胸元を見て表情を切り替え、ニッと笑顔を浮かべてみせる。
「実咲ちゃん、そのネックレス似合ってるね」
 買ったばかりのシンプルなネックレスは、私の胸元で所在なさげに揺れていた。