「高林くん! 君は入社して何日経ったんだ!?」
今日も部長の叱責が飛ぶ。俺がミスをしたからだ。
いや。俺、ミスした?
回転が遅くなった頭でそう考えているうちに、部長は矢継ぎ早に俺を叱った。そして「やり直せ!」と書類を渡された。
え? やり直せって、これ作ったの俺じゃなくね?
「ひでー。高林の奴、完全に部長に目ぇつけられてるよな」
「部長のお気に入りの加山さんが、高林に気があるみたいなんだって」
「あー、それで」
「イケメンも良し悪しだよなー」
先輩たちが何かをぶつぶつ言っているのが耳に入ったが、脳までは届かなかった。
とにかく、やらないと。また部長に怒られる。
俺は初めて見る書類を最初から読み始めた。
「俺、悪くなくね?」
帰宅して俺はまさしに語りかけた。愚痴は言うまいと思っていたが、たまには愚痴を聞いてもらうのも家族らしくて良い、と開き直った。
まさしはゲージの中でうんうんと頷いた。やはり日本語がわかるようだ。
「部長のばーか」
まさしにそう言うと、まさしはさらにうんうんと頷いた。そのことに心が落ち着いてきた。
俺は悪くない。けど、その時は頭がうまく回らなかった。子供の頃からそれほど機敏ではなかったけれど、ここまで鈍くさくはなかった。
この会社に入社してからだ。
毎日毎日、意味不明のことで叱責される。思考がまとまる前に無理矢理仕事を押しつけられる。
会社に俺の思考が奪われている気がする。
「部長のばーか」
もう一度言ってみた。まさしは今度は心配そうに眉を寄せた。その顔が、まさしじいちゃんを思い起こさせた。
「あー。じいちゃんがいたらなあ」
俺はごろりと仰向けに寝転んだ。
「遼一! そんな会社やめちまえ!」
じいちゃんならそう言ってくれたかもしれない。何事にも自信たっぷりで元気が有り余っているじいちゃんならば。
祖父じいちゃんはスポーツも得意だった。どんなスポーツでもとても六十三とは思えない動きを見せていた。半年前には趣味のひとつである登山に行った。そしてそのまま、帰ってこなかった。
その日は急に天候が悪化してしまった。多分遭難してしまったのだろう。そう皆は言っていた。俺は信じていないが。
「ブチョウノバーカ」
俺は飛び起きた。空耳か?
じりじりとまさしの元へ寄る。
「ブチョウノバーカ」
間違いない。まさしが言っている。
「すげえ! まさし、お前天才!」
俺はテンションが上がった。都市伝説じゃなかった!
「他にもなんか、別の言葉……」
しゃべれる言葉が「ブチョウノバーカ」などという寂しいものだけではまさしがかわいそうだ。それ以前に人に見られた時も困る。
「えーと、そうだな。何を……」
「わふー……」
俺が考えているうちに、まさしはへそ天で眠ってしまった。