「人面犬は初めてですか?」
 店員が尋ねた。俺は頷く。
「では、簡単にご説明を。人面犬を飼おうという方で誤解されている方が多いので」
 ここは人面犬専門ショップ。人面犬は一昔前に怪談として流行った。しかし近年になって、人面犬にも色々な性質のものがいるということ、基本的におとなしく人なつっこいということが判明した。人間に近い動物として、人面犬は昨今人気が高まっていた。
 店員は続けた。
「まず、人面犬は人語を解しません」
「えっ、そうなの!?」
 俺は驚いた。やはり人面犬が喋るというのは都市伝説だったのか。
 驚いた俺を値踏みするように店員は警戒心を露わにした。
「はい。勝手にそう誤解して、人面犬に愛想を尽かされて逃げられたお客様からのクレームが絶えませんので。ここはしっかりとご理解お願いします」
「はい……」
 俺はわずかにがっかりとした。
 実は人面犬を話し相手にしようと思っていたのだ。
 ーー誰かに仕事の愚痴を聞いてもらいたかったんだけどな。
 店員は俺に対する警戒をより露わにした。
「人面犬は癒やしマシーンではありません。人面犬に家族として接することのできない方はお断りいたします」
「家族……」
 帰宅するなり会社や上司の愚痴ばかり零す家族。こちらの話には全く聞く耳を持たない。それを幼い頃から近くで見てきた俺は考え込んだ。家族に対してそんなことはしたくない。 が、俺が今しようとしていたのは、まさにそれだった。
 俺に果たして人面犬が飼えるだろうか。
 その時だ。
「わうん! わうん! わうん!」
 ゲージの中で、一匹の人面犬が鳴き出した。嬉しそうにちぎれんばかりに尻尾を振っている。
「あら」
 店員は目を丸くした。
「あなたを気に入ったみたいです」
「え? 俺?」
 俺はきょとんとした。なんとはなしに俺はその人面犬に近づいた。
「わうん! わうわう!」
 瞳をきらきらさせて、ゲージにしがみついている。体はだいぶ大きくて顔はアラ還のおじさんのようだった。
「まさし……」
「わう!」
 思わず呟いた名前に、人面犬はさらに嬉しそうに尻尾を振った。
 店員が契約書を取り出した。こちらにペンと朱肉を寄越す。
「たまにいるんですよね。お客様みたいに人面犬に気に入られる人が」
 店員は苦笑した。
「え、でも俺、飼える自信がな……」
「大丈夫です」
 店員は断言した。
「この人面犬があなたと暮らしたいとアピールしています。あなたがよほど不適合者でない限りは、うまくやれるでしょう」