それよりも……だ さっき夢の話が出たせいだろうか。
俺の頭には昨夜の不思議な夢が甦ってきていたのさ それは夢の中の出来事だった 俺と誰かが喋っている。
俺はベッドに横になっていたようだ。
だが誰なのかよく解らん。
どう見ても女性であるのは間違いない。
だが それだけだ 相手の声はよく聴こえなかった。
相手もまた喋らなかったので、俺達は無言のまま、暫くお互いの姿を見つめ合っていた……いや、俺はじっと見下ろされていたのか やがて相手が口を開いた。
それは優しい口調だった 私はね、今こうしてあなたと会話している自分が現実の存在であると信じきれないのよ。
これは私の意識が作り出した幻に過ぎないんじゃないかと不安に思っているの。
でも私はね、自分が夢の中の人間ではないと知っているのよ。
だから安心して欲しいわ。
だけどあなたには私が見えないんでしょう? だから私の存在は確認出来ないはずよ。
私は幽霊のようなものだと思えば良い。
あなたは 自分の意志で自由に動き回れるわけではないのよね。
それどころか肉体が存在しない……そう考えるしかない状態だもの 私はそうでもないのよ。
こうして存在しているのが証拠ね。
もっとも……実体は無いけれど、それについては仕方がないの。
そういう存在だから……ごめんなさい。
変な事を聞いてしまったわね。
もう何も言わずに黙って消えましょう。
あなたが眠っている時に現れて色々話すという事も出来るかも知れないけど、それは避けましょう。
そんなのはあなたが困るもの。
ではお休みなさい…… そう言ったきりその女性は口を閉ざしてしまうのさ そこで夢が終わって目が覚めたというわけだ。
その夢を見た後は気持ちの良い朝を迎えた そして今日一日 心穏やかに過ごす事が出来たんだよ。
何故なら夢が俺にとって心地よいものだったから。
その人の事を思い出すだけで幸せな気分になるくらいだ。
まあ……俺は別に彼女に惹かれていたりしていたわけじゃ無いんだけど、どうしてだかその人は妙に気にかかるのさ。
何故だろう? 由香里さんと別れた俺は部屋に戻った。
その前にシャワーを浴びたかったのでバスルームに入る 湯を出し始める。
熱いお湯だ 服を脱いで風呂場の鏡を覗き込んだ その時突然 激しい頭痛に襲われた 痛みに堪えきれず俺は悲鳴を上げてしまう だが痛いのは一瞬だった すぐ治まった。
俺は額に手を当てて「何なんだ?」と考えたが理由が解らない 俺は再び浴室に入り蛇口から出る水を止めた。
おや、こんなところにシャンプーがある。
何でこんなところにあるんだろう? と思ったら「由香里さんからのプレゼントだ」と気づいた
「ははあ、由香里さんが置いてくれたんだな」と思って手に取ってみて驚いた。
容器に入っているのはその一本だけではなかったのだ。
しかも 中身がほとんど空の状態になっている
「由香里さんが俺に使ってみたのかな?」と思ったけど、どうもおかしい。
由香里さんは俺に使ったものをわざわざ持ってきてくれるほど親切な人じゃあないし、第一、俺の家のどこにそれを置くというのか。
俺は首を捻ったが、結局解らずじまいだった。
そう言えば、昨日見た夢の中で彼女は「あなたが眠っている時に現れる」と言っていたが、本当なのかどうか 試してみる事にしたベッドに入って目を閉じ眠りに就こうとした。
だが上手くいかない。
眠れないのさ。
俺は何度も寝返りを打ったあげく とうとう起き出してリビングに行きテレビを点けた ニュースを見て時間を潰すつもりだったのさ。
だが、どのチャンネルに変えても大して面白い番組は無かった。
仕方なくニュース番組に切り替えて 適当に眺める事にした。
すると……
「あなた、眠ってるの?」といきなり話しかけられたものだから 驚いて「うわっ」と声を上げて飛び起きた 見ると由香里さんが立っていた
「お……おはようございます」と挨拶すると彼女は微笑みながら「お早よう。
今、目が覚めたところ?」と尋ねてきた
「ええ。
そうです」と答えると彼女は「そう」と言ってソファに腰を下ろした
「由香里さん、俺に何か用ですか?」と聞くと
「ええ、あなたにお願いがあって来たの」と言った
「俺に? 何でしょう?」
「あなたに頼みたい事があるのよ」
「俺に? 何でしょうかね」
「実はね、昨夜あなたの夢の中に出てきたのよ。
それであなたに会いに来たの。
そうしたら居ないじゃあない? それで家中を探してみたんだけど、何処にもいないのよ。
それでね、もしかするとまだ寝てるんじゃないのかなって思って 起こしに来てあげたのよ。
そしたら ちゃんと居るじゃあないの。
何だかホッとしちゃったわ。
それでね、昨夜話した事であなたが知りたい事があったから、それを聞こうとしてあなたの家までやって来たのよ。
それで……ね、もし良かったらで良いんだけど、ちょっと時間を取らせてもらえないかしら」
「ははぁ、俺に聞きたい事って言うのは何なんでしょう?」
「ええ、それがね あなたが子供の頃の話を聞きたくて……」
「子供の頃の? 俺の子供の頃の話がどうかしたんですか? 由香里さんは俺が子供の頃に会ったんですか?」
「ええ、そうよ」
「俺の子供の頃に?」
「ええ、そうよ」
「そうか」と呟いて腕組みをする
「あのね、どうしても聞きたいのよ。
駄目かしら」
「俺の子供の頃の事をですか。
どうしてまた……」
「うん、話せば長くなるんだけど、あなたに会ってみたいとずっと思っていたの。
それで昨夜、夢にあなたが出てきたのね。
それで、あなたが子供の頃の事を教えてくれたんだけど、どうも信じられなくてね。
それであなたの子供の頃の事を詳しく教えて欲しいのよ。
それで納得できたら帰ろうと思うんだけど……」
「ははあ……」俺は考えた。
しかしどう考えても解らない。
俺は子供の頃の記憶が無いのだから だから正直に「俺は記憶に無いんですよ。
子供の時の事は何も覚えていないんです」と言うしかなかったところがだ。