エピローグ -THE HUNTER- 私は自分の無知に驚いたが、同時に安堵の溜息をつく
「やっぱり、あなたってすごいわよね。
あたしなんかじゃ到底真似できない。
そんなふうに思い詰めることもできないもん」
感心しきりという感じで由香里さんが言うけど、別に俺が特別なわけじゃない。
普通の人だってそうなんじゃないかな。
きっと。
たぶん。
うん……たぶんだけど 俺は少しばかり自惚れていたが、褒められたのが照れくさくて思わず否定した。
でも、「俺なんてまだまだですよ」というセリフも付け加えたいと思ったりして。
だけど結局口ごもりながら曖昧な言葉を口にするのが精一杯であった そんな私の様子を楽しげに見守りつつ、彼女は話題を変えるべく別の質問をしてきた
「あのね…… もしよければ、もう一度あなたのお話を聞かせてもらえないかしら? できれば最初から最後まで。
いいでしょう?」
それは魅力的な申し出だったが、私の方も疑問が残る なぜ私が彼女の事を知っているかと言うとだな まず最初に彼女が言った「初めまして」は「あなたの名前は聞いたことがある。

お会いできて嬉しい」という台詞の後に続くものだし 何より初対面の挨拶としてはおかしいのだよな、この言い方は だからといって「あなたの名前を知りません」とも言えんわけでして 困ってしまった俺は とりあえず名刺を渡したのだが…… あれは本当に俺が書いたのかと聞かれる始末だし 実は夢の中で見た出来事だったのですがとか言い出す訳にもいかなくて どうすれば良いのか考え込んだ挙げ句に
「あなたはとても美人なので、見覚えがあったのかもしれません。
それで記憶違いを起こしたようです」
という苦しい誤魔化しの言葉を吐くことになったわけだ ところが だ、そこで終わりにしなかった女がいた。
それが由香里さんだよ。
「あなたって面白いわぁ」と言い出して それ以来「今日は何の話をして下さるのかな?」と言っては毎夜訪ねてくるようになり 気がつけば俺が話して彼女が聞いている、という状態になっていたのだった 俺が話して彼女達が聞き、彼女達がそれぞれ語る。
俺と彼女らが出会った時とは正反対だな……そう言えば不思議な事に彼女たちはお互いに面識が無いはずなのに お互いの事は良く知っているようだ。
まるで姉妹みたいな関係に見えるときがある。
もしかしたら実際に血縁なのかも知れん。
それならば俺の知らない過去や秘密を共有していても納得できるし。
ただ だ、そんな事を言っておきながらも 俺自身にはまったく覚えがない。
まったくの別人であるような気すらしているくらいだ。
だがしかし、他人という事はないのだろうし、何か共通点でもあるのかと考え込んでしまうのが現状だ うーむ
「えっと…… じゃあ、今度は由香里さんの話をしてください。
お願いします」
こうなったら やけくそだ 俺だけ知られているなんて不公平ではないか! だから由香里さんからも聞き出そうと考えたんだ。
それに彼女は話し好きで自分の体験を話すのも大好きらしい
「そうねえ 何からお話すべきか迷ってしまうけど……」と前置きした上で話し始める内容は凄まじいもので、思わず聞き入ってしまいそうな勢いではあった。

「あらごめんなさい、話が逸れちゃったみたい」と言ったきり再び俺の過去の話に突入
「ところであなたって子供の頃から本を読むのが好きだっておっしゃっていたでしょう? どんな物語を読んできたのかしら? 参考までに教えて欲しいんだけど」
しまった そう来たか。
俺の読書遍歴から趣味がバレてしまうかもしれないが仕方ない。
これは逃げられない話題だ。
とはいえ俺の人生がそれほど面白い話でもない。
小学生の頃に読んだ本なら憶えてはいる。
確か『シャーロックホームズの冒険』だったと思うが、子供向けの読み物として書かれていたせいで事件の解決に至らない結末にモヤモヤしたものを覚えた。
あれは名作だったが同時に子供だましさを痛感させられてもいる
「うーん、小学生向けという事でしたらやはりシャーロックホームでしょうか。
もっとも私が読んでいた頃は児童向けに書き換えられていたようですけどね。
あのシリーズは今でも色々と読まれているようですね」
そう言う由香里さんに軽く説明する シャーロックホームズと言えば「シャーロック・ホームズと黒真珠」や「バスカヴィル家の犬」「緋色の研究」などが有名だよね、と言うのだが、何故か「まだ読んでないわ」との返事が来た
「今度貸すよ」と言ったところ嬉しそうにはしゃいでいたから良かったのだけど しかし彼女の場合どうなんだろうか。
俺はこの年で推理小説マニアを自称していた






りするが、女性でも同じ傾向が見られるものなのかどうか?
(さあどうですか)
などと自分でも解らんので彼女に尋ねてみると「そうねぇ……」と一言置いてから「あたしの好みからいくとねぇ……」と言い出した。
そこから先はマシンガンのように早かった。
まるで機関銃を撃ちまくるかの如くに、しかも途切れる事無く喋っているから さすがの俺でも追いつかなくなる。
さりとて止めることも出来ず、彼女の口の動きがピタリと止まった時にようやく「もう止めろ」という意思表示が出来たほどだったよ。
で、結局はこうなる 私は自分が好きだと思う本を彼女に紹介していく羽目に陥った。
まあいいんだけどね。
こうして夜は更けていったのだった…… 次の朝目が覚めた時はもうお昼を過ぎていて
「うひょお!」とか叫びながら慌てて起き上がったものだ。
由香里さんは「ふぅっ」とため息混じりで笑っているだけだったな うむ
「お邪魔しました」
「お休みなさ~い」という声を聞きながら俺は玄関のドアを閉じる。
また一人になったな 俺が部屋でごろっと横になると 昨夜の事が頭に浮かぶ あの人って…… 一体誰なんだ? 俺は何故会った事も話した事もないはずの女性のことを知っているのだろうか。
しかも妙に詳しいのが気持ち悪いというか。