――娘がこの世から去って数年後。
僕と妻の間に新しい命が宿った。笑ってしまうほど元気に動き回り、でもその分泣き虫な男の子だ。
今度こそ家族の時間を大切にしたいと、会社から育児休暇を強引に奪い取ってきたことを妻に伝えたらすごく驚かれた。僕は今までどれほど最低な奴だと思われていたんだろう。
妻もようやく少しずつ現実を受け入れようとしているのか、また二人で話す機会が増えてきた。「いつまでも俯いていられない」と妻らしい言葉が出てきたときは心の底から安堵した。
月日は流れ、息子を保育園に預けることになると、必要な物を買い出しに行ったある日。
息子が真っ先に持ってきたのは赤い傘だった。
今の時代、性別の偏見が緩和されてきた世の中だから別に構わないが、息子が持ってきたものは大人用の大きな傘だ。
子供用の小さなものにしよう、と伝えると、「これがいい!」と駄々をこねた。
「約束したの! お姉ちゃんといっしょに歩くって!」
お姉ちゃん?
近所に子どもはいないし、保育園には数える程度しか預けていない。それとも親戚のことかと朧気な記憶を引っ張り出すが、どこも男兄弟だった気がする。
妻も珍しく困惑して、「お姉ちゃんって誰のこと?」と問えば、息子はむすっとした表情で教えてくれた。
「おうちの棚にかざっている写真のお姉ちゃん」
「ぼくね、まっくらなところにいたときひとりぼっちでさみしかったんだ」
「そしたらお姉ちゃんがきてくれて、これをくれたの」
「真っ赤な傘をさしていたら、パパとママが見つけてくれるって。だから同じ赤い傘をさがしたら、ママのお腹の中にいたの!」