――しかし、幸せはそう上手く続くはずがない。
雨の降るある日の定時終わり。いつものように退勤し、バスに乗り込んで揺られていると、突然バスが急停止した。
何かに頭から突っ込んでいくのを抑えるブレーキ音が甲高く響く。車内にいる乗客は悲鳴を上げ、勢いで席から振り落とされないように座席にしがみついた。
何が起きたのかと顔を上げた途端、窓の外に目を疑った。
視界に入ってきたのは、宙に舞う赤い傘と、冷たいコンクリートに横たわる娘の姿だった。
その後の調べで、バスを運転していた乗務員がハンドル操作を誤り、停留所に突っ込んだそうだ。当時は雨が強く、タイヤがスリップしたらしい。ブレーキを踏んでようやく止まったのは、ちょうど停留所から離れようとした乗客の列に突っ込んだ後だった。
僕は慌ててバスを降り、娘のもとへ向かった。
何度も名前を呼ぶと、うっすらと虚ろな目が開く。僕がいるとわかったのか、最後に小さく笑みを浮かべて静かに息を引き取った。
その日を境に生活は逆戻りになった。
妻はショックを受けて口を閉ざした。もうしばらく話をしていない。僕は再び仕事に打ち込むことで、あの日を思い出さないようにしてきた。
娘が死んだ。――その事実は変わらない。
不運な事故だったと片付けられるほど、僕らはどん底に突き落とされ、地獄のような毎日を送っていた。
――だから、あの停留所で赤い傘を持った君を見たとき、すごく驚いたんだ。