車内は随分静かだった。人はまばらに座っており、年齢層は幅広い。多くの人が目元を赤く腫らしているが、どこか胸のつかえがとれたようにすっきりした表情をしている。
 そんな中、鼻をすする音が聞こえた。
 周りにいる人が皆、清々しい表情の中で、後ろの席に座る小さな男の子だけがめそめそと泣いている。
 気になって後ろの席に移動すると、男の子は目元をこすりながら教えてくれた。

「わかんない」
「なんでないているのかもわかんない」
「でもさみしい、ひとりがこわい」

 迷子だろうか、背中を擦ってなだめながら周囲を見渡す。バスの中に両親らしき人物は見当たらない。
 私は男の子と少しだけ話をして、自分の持っていた赤い傘を渡す。
 これでもう、ひとりぼっちにはならないだろう。

「あ、ありがと、お姉ちゃん!」

 ぱぁっと顔を明るくした男の子は、両手で大事そうに赤い傘を抱えた。心なしか、赤が鮮やかな色に変わった気がした。
 そうこうしているうちにバスが停まると、男の子は元気よく立ち上がって私の手を引っ張った。
 でも、私が一向に動こうとしないから、不思議そうな顔をして首を傾げる。

「お姉ちゃんは降りないの? 一緒にこられないの?」

 そうだね、と私は小さく頷いた。
 私は少し留まりすぎたから、今はそっちに行けないの。
 そう伝えると、小難しそうに頬を膨らませたが、すぐに何かを決意したような顔つきになる。

「いつか、この傘をさして一緒に歩こうね!」

 だからまたね、と。
 そう言って男の子は私の手を離してバスを降りていく。
 忙しないなぁ、と窓の外で走り出した彼の後ろ姿を見送ると、その方向に懐かしいものが見えた。
 ああ、きっとあの子は幸せになれる。そう直感した。家族と一緒にいた私が一番幸せだったのだから、間違いない。
 時間はとてつもなく儚くて、気付かぬうちに壊れてしまうもの。
 私の行動があの人たちにどう伝えられていたのか不安で仕方がなかったけど、私がいなくなった後も持っていた赤い傘を、あの時の寂しげな瞳を見てホッとした。
 一緒に居られた時間がたまらなく嬉しかったこと、忘れないよ。
 だから、もう私がいなくても大丈夫だよね。
 ……でももし。
 もしも、この先もずっと私のことをどこか片隅に覚えていてくれるのなら。
 赤い傘を見つけたときだけでもいいから、少しだけ。

 少しでいいから、私との時間を思い出してくれたら嬉しいなぁ。