今でも覚えている。いつでもそれは俺に思い出させる。圧倒的挫折感、そこからくる徒労感。絶望、諦め。色々な感情が、波のように押し寄せたのを。
今でも覚えている。それでも立ち上がらなければならないという、どこからともなく現れる使命感。希望、努力の証明、勇気。僕の体に巡る力強い意志を。
体はとうに限界を迎えている。全身を切り刻まれ、うち体の骨もいくらか折れている。それでも、弛まぬ闘志だけが体を支えている。剣はまだ折れていない。魔力も残っている。つまり、まだ戦える。
泥の中に体をつけている。倒れていることがわかる。でも、身体中に巡る血が再び立ち上がれと囁く。
ぬかるんだ地面を鷲掴みにし、何があっても離さなかった剣に力を込めて握り直して、ゆっくりと体を起こす。
この行動に同じようにボロボロになっている目の前の強敵は気圧される。それを見た俺はまだ、戦えると確信する。ゆっくりと、剣を前に出し、構える。何万回、何十万回と振り続けた剣ですら、重たく感じる。それでも、いつもの練成と変わらず正面に突き出し、そこからゆっくりと引いて、顔の近くで構える。
立っているのでやっとだった。でも、闘志はまだ燃え尽きていない。一挙手一投足が体に響く。血が流れ、骨が軋む。痛みという感覚はとうに消え去っている。ただ事実が頭を蝕む。
「無間流零の型」
魔力を剣の先に込めていく。ただ一点に。剣先に自信の持ちある魔力の全てを余すことなく詰め込む。
敵は、俺と変わらない。闘志に燃えているのだろう。返礼と言わんばかりに敵が持つ最大の力で対抗しようと構えてくれる。
これが俺の最後にして最大の力。これを超える力を多分出すことはない。
極限の集中下で行われる敵への注視は、周りのすべての情報を捨てていく。ただ一点、目の前の強敵に注がれる。
「楽しいな」
敵が何かこぼす。そして、思わず反応してしまう。
「ええ」
敵は喜ぶ。
「お前、名前は?」
「ユーリ。ユーリ・エルハルト」
「魔王ザンジバルの名において貴様を認めよう。好敵手よ。これが最後だ!」
刹那、お互いに踏み込む。たった一歩。お互いが最高速に加速する。
「無間流零の型無限刃」
剣が交差する瞬間、剣の先端に込められた魔力の塊が宙に滞空する。交差すると同時に体を回し、その勢いのまま刀身に滞空した魔力をぶつけ全体に纏わせる。やや紫色に光る刀身は通常の鋼の硬度を大きく超えて次に交差すると同時に敵の剣を叩き折る。刹那空気が止まり、その隙を逃すことなく、下から突き上げるように切り裂く。そして再び切り裂いた傷に刀身に込められた魔力を滞留させ、そのまま爆発魔法として作動させる。表面での爆発ではなく、内側からの魔力爆破。それだけでは大した威力にもならない。それでも、表面ではなく、内側で、それも、えぐられた内側で起こる爆発。行き場を失った爆発の威力は血管を通って全身をめぐる。どれだけ外側が堅かったとしても、内側まで魔法防護を張り巡らすことはできない。
巡っていく紫色の発行体はザンジバルの体につけられた傷から漏れ出し、それが原因となって傷口がさらに開いていく。
すでに敵を見据えるだけの体力は残っていない。傷だらけの剣に何とか体を預けてようやく立っている。すべて傷ついている。多分自分のまちょく回路すらどこか傷ついている。
目の前に立っている敵を何とか顔を上げて見据える。
「……楽しかったぞ」
体の六割が欠損した魔王がそこにいた。俺はこれにどんな顔をしたのか思い出せない。でもはっきりと一言伝えた気がする。
「また会おう。魔王ザンジバル」
「ああ……」
そこからの記憶はほとんどない。気が付いた時には修道院のベッドの上で寝ていた。
そこから自分がどうしたいのか正直わからない。
魔王を討伐した後の自分の状態を説明しておこう。
全身の激しい裂傷、内臓破損、魔力回路の一部断裂、左目失明。はっきり言って、剣士としても、魔術師としても大成することはない。それに、激しい戦いのせいか、記憶が混濁している。なにか、白昼夢の様に誰かに語りかけられるような夢を見る。誰かいたのかもしれないが何も覚えていない。これまで一度もなかった。誰かいたのかもしれない。それでも思い出せないし、最初からいなかったのかもしれない。わからない。しかし、目覚めたとき、だれもいないのならいなかったのかもしれない。
歩けるようになるまで目覚めてから二か月、旅ができるようになるまで半年かかった。そろそろ旅に出ようと支度していたが、ちょうど冬が近づいていたのもあってそれが明けるまで修道院で世話になった。
この期間は自分がどうしたいかを考えさせられた。剣を振ることはできるが、剣術を扱うだけの体力はまだない。それに、これまで使ってきた剣はすでに使えないくらい刃こぼれしている。着ていた服はボロボロだから捨てられている。修道士の服を充てられている。旅をするうえで宣教師をよそえば検問なんかも通れるだろうと。
「あなたはこれからどこへ向かわれるのですか?」
僕の世話をしてくれた修道女は穏やかな表情で訪ねてくる。
「決めてません。どうにもまだ、記憶が戻らなくて……。覚えていることを探る旅をしていこうかと」
「それはいいですね。私もその旅路について行ってもいいですか?」
正直言っていることの意味が分からなかった。そして、どこか、懐かしい気持ちになるが、すぐに、
「なんで?」
この言葉で頭が埋め尽くされた。
そして、この修道女は有無も言わさずついてきた。
今でも覚えている。それでも立ち上がらなければならないという、どこからともなく現れる使命感。希望、努力の証明、勇気。僕の体に巡る力強い意志を。
体はとうに限界を迎えている。全身を切り刻まれ、うち体の骨もいくらか折れている。それでも、弛まぬ闘志だけが体を支えている。剣はまだ折れていない。魔力も残っている。つまり、まだ戦える。
泥の中に体をつけている。倒れていることがわかる。でも、身体中に巡る血が再び立ち上がれと囁く。
ぬかるんだ地面を鷲掴みにし、何があっても離さなかった剣に力を込めて握り直して、ゆっくりと体を起こす。
この行動に同じようにボロボロになっている目の前の強敵は気圧される。それを見た俺はまだ、戦えると確信する。ゆっくりと、剣を前に出し、構える。何万回、何十万回と振り続けた剣ですら、重たく感じる。それでも、いつもの練成と変わらず正面に突き出し、そこからゆっくりと引いて、顔の近くで構える。
立っているのでやっとだった。でも、闘志はまだ燃え尽きていない。一挙手一投足が体に響く。血が流れ、骨が軋む。痛みという感覚はとうに消え去っている。ただ事実が頭を蝕む。
「無間流零の型」
魔力を剣の先に込めていく。ただ一点に。剣先に自信の持ちある魔力の全てを余すことなく詰め込む。
敵は、俺と変わらない。闘志に燃えているのだろう。返礼と言わんばかりに敵が持つ最大の力で対抗しようと構えてくれる。
これが俺の最後にして最大の力。これを超える力を多分出すことはない。
極限の集中下で行われる敵への注視は、周りのすべての情報を捨てていく。ただ一点、目の前の強敵に注がれる。
「楽しいな」
敵が何かこぼす。そして、思わず反応してしまう。
「ええ」
敵は喜ぶ。
「お前、名前は?」
「ユーリ。ユーリ・エルハルト」
「魔王ザンジバルの名において貴様を認めよう。好敵手よ。これが最後だ!」
刹那、お互いに踏み込む。たった一歩。お互いが最高速に加速する。
「無間流零の型無限刃」
剣が交差する瞬間、剣の先端に込められた魔力の塊が宙に滞空する。交差すると同時に体を回し、その勢いのまま刀身に滞空した魔力をぶつけ全体に纏わせる。やや紫色に光る刀身は通常の鋼の硬度を大きく超えて次に交差すると同時に敵の剣を叩き折る。刹那空気が止まり、その隙を逃すことなく、下から突き上げるように切り裂く。そして再び切り裂いた傷に刀身に込められた魔力を滞留させ、そのまま爆発魔法として作動させる。表面での爆発ではなく、内側からの魔力爆破。それだけでは大した威力にもならない。それでも、表面ではなく、内側で、それも、えぐられた内側で起こる爆発。行き場を失った爆発の威力は血管を通って全身をめぐる。どれだけ外側が堅かったとしても、内側まで魔法防護を張り巡らすことはできない。
巡っていく紫色の発行体はザンジバルの体につけられた傷から漏れ出し、それが原因となって傷口がさらに開いていく。
すでに敵を見据えるだけの体力は残っていない。傷だらけの剣に何とか体を預けてようやく立っている。すべて傷ついている。多分自分のまちょく回路すらどこか傷ついている。
目の前に立っている敵を何とか顔を上げて見据える。
「……楽しかったぞ」
体の六割が欠損した魔王がそこにいた。俺はこれにどんな顔をしたのか思い出せない。でもはっきりと一言伝えた気がする。
「また会おう。魔王ザンジバル」
「ああ……」
そこからの記憶はほとんどない。気が付いた時には修道院のベッドの上で寝ていた。
そこから自分がどうしたいのか正直わからない。
魔王を討伐した後の自分の状態を説明しておこう。
全身の激しい裂傷、内臓破損、魔力回路の一部断裂、左目失明。はっきり言って、剣士としても、魔術師としても大成することはない。それに、激しい戦いのせいか、記憶が混濁している。なにか、白昼夢の様に誰かに語りかけられるような夢を見る。誰かいたのかもしれないが何も覚えていない。これまで一度もなかった。誰かいたのかもしれない。それでも思い出せないし、最初からいなかったのかもしれない。わからない。しかし、目覚めたとき、だれもいないのならいなかったのかもしれない。
歩けるようになるまで目覚めてから二か月、旅ができるようになるまで半年かかった。そろそろ旅に出ようと支度していたが、ちょうど冬が近づいていたのもあってそれが明けるまで修道院で世話になった。
この期間は自分がどうしたいかを考えさせられた。剣を振ることはできるが、剣術を扱うだけの体力はまだない。それに、これまで使ってきた剣はすでに使えないくらい刃こぼれしている。着ていた服はボロボロだから捨てられている。修道士の服を充てられている。旅をするうえで宣教師をよそえば検問なんかも通れるだろうと。
「あなたはこれからどこへ向かわれるのですか?」
僕の世話をしてくれた修道女は穏やかな表情で訪ねてくる。
「決めてません。どうにもまだ、記憶が戻らなくて……。覚えていることを探る旅をしていこうかと」
「それはいいですね。私もその旅路について行ってもいいですか?」
正直言っていることの意味が分からなかった。そして、どこか、懐かしい気持ちになるが、すぐに、
「なんで?」
この言葉で頭が埋め尽くされた。
そして、この修道女は有無も言わさずついてきた。