(まずい、こいつはかなり危険だ)
このままでは取り返しのつかない事態になるかもしれない。
何よりもまずいのは自分までもが「狼」と認識しられてしまうことだ。
それだけはなんとしても阻止しなければ!……その一心が、彼の脳裏に天啓をもたらすことになる。

狼とは本来夜行性であり、夜に行動する動物である。
では昼間、人目のある日中ならどうか。
答えは明白。
「おまえは昼に活動できるほど狼ではない!」……狼の誇りを傷つけられる発言が狼男の逆鱗に触れたらしい。
怒りに顔を紅潮させながら飛び掛かってきた狼男。
その動きを見切った御堂が繰り出された拳をかわしながらすれ違いざま、素早く懐に飛び込み腹パンを決めると、狼男は悶絶しながら床に倒れ込む。

その隙を逃すまいと追撃の蹴りを放った御堂だったが、相手が予想以上の反応速度で反撃してきたので思わず後ろへ跳んで回避した。

するとその拍子に、足元にあった雑誌を踏みつけてしまう。
あっ、と声を上げた時には遅かった。
表紙が開くとそこには、全裸の女性のセクシーショットが満載されていたのだ。
もちろんすべて修正なしのフルカラー。
しかも、狼男が苦手とするタイプ。

――しまった、これはヤバすぎる!

御堂は戦慄する。
狼男がこちらを指差し叫んだ。
さすがにこの手の攻撃手段は予想していなかったので対処が遅れたものの、何とか間に合った。
だが狼男は攻撃態勢に入ろうとしていたため、そのタイミングで発動させても意味がない。
そこで彼は別の方法を取ることにする。
狼男の動きがピタリと止まった。
……催眠状態に陥ったのだ。
これでも駄目だった場合は最後の手段として奥の手を使うつもりでいたが、幸いにしてそれは不要だったようである。
狼男の瞳から焦点が失われていき、そして意識が消失。
それと同時に、狼の毛皮が弾けるように霧散し元の男性の姿に戻っていった。
ふうっ、危機一髪だったな。
安堵のため息を吐いた後でふと周囲を見回すと……。
そこはまるで台風が通過した後のような惨状になっていた。
部屋の壁は粉々に破壊され瓦礫の山となっており天井や壁の一部まで完全に崩落して吹き抜けの状態になっているうえ床には大量の本が散乱している状態だ。
しかもあちこちが水浸しになっていてひどい有様である。
おまけに部屋の真ん中では巨大な狼が寝そべっているのだから、もうどう言い訳しても誤魔化し切れないレベルだ。
――なんてことだ。
御堂は頭を抱えそうになる。
自分はただ狼男を懲らしめようとして戦いを挑み、その結果こんな惨事を引き起こしただけだ。
狼男自身は狼になった記憶すら残っていまい。
狼化した瞬間のことを何も覚えていないはずだ。
なのになぜ自分が狼を倒したなどという誤解が生まれるのか理解できなかったが。
しかし御堂にとっては好都合な展開でもあった。
この現場を目撃したのは狼本人ではなく人間である。
目撃者がいる以上狼は退治され、世界に平和が訪れた。
それで済むのだから。
……こうして、草薙御堂が倒したはずの狼は再び復活を遂げるのだった。
――狼男との戦いから二日が過ぎた夜のことだった。
御堂の部屋のインターホンが鳴った。
訪問者だと思って玄関に向かう。
扉を開けるとそこに立っていたのは。
……狼だった。
比喩ではない、本物の狼がそこに立ってたのだ。
体長二メートル近くはあるだろうか。
全身真っ黒な体毛で覆われた体躯。
その頭部から突き出す三角形の大きな耳と、口から除く鋭く長い牙はまさしく狼のものだ。
その双眼からは狂気の光が灯り、明らかに正気とは思えない。
間違いない、この狼こそが今回の事件の犯人だ。
そして今度こそ本当に復活したらしい。
御堂は覚悟を決めて、戦闘に備えた。
……だがその時、狼の表情が悲しげなものに変わった。
次の瞬間、牙が引っ込み両目が通常のものに戻り狼は御堂に向かって話しかけてきた。
その顔に見覚えがあった。
この狼はあの時の!?まさかあれから数日しか経っていないというのにまた狼化してしまったのか? 御堂が狼と出会って狼化した時とは状況が違うようだが。
しかし今は狼が元に戻らない理由を追求している暇はない。
狼は敵意が感じられないし会話が成立しそうだからだ。
今のうちに話を聞こうと御堂は質問することにした。
狼男に変身した直後は理性を失うというが、それは本当なのか?どうして狼化したのか自分で自覚していないのか、と。
狼の答えは以下の通りだった。
……俺は確かに狼男に変身したが、すぐに狼としての理性を取り戻し人間に戻ることができた。
なぜ狼化する現象が起きたのか理由は分からない。
しかし今回は違う。
狼としての自我ははっきりと残っているのに狼の本能に支配されてしまった。
人間に戻ろうとしても体が言うことをきかない。
……狼男の状態での理性が残っているのならば、なんとかなるのではないか? それはやってみないと分からなかった。
とにかくもう一度だけ戦おう、話はそれからだと御堂が提案しようとしたとき、背後から何者かが現れた。
その人物は狼の首を掴むと、御堂が瞬きした直後に狼の姿をした者を一瞬で気絶させてしまったのである。
そして、その人物は御堂の方を向き、自己紹介をした。
――私の名前はルミエール・シド。
この家の主であり医者でもある。
実はこの娘が、この家の前で狼に襲われるところを見たんだ。
私は狼が恐ろしかったので逃げ出してしまい助けることができなかったのだが。
だが君のおかげで娘が無事だと分かり、心の底から感謝している。
そして狼に襲われた恐怖がまだ抜けきれないのか、この通り怯えていて話すこともできない状態だったんだ。
……この娘の話によると狼に襲われてから丸一日が経過するが未だに目を覚まさないらしいのだよ。
おそらく極度の精神的ショックを受けて昏睡状態のようだね。
とりあえず私がこの狼を調べておくよ。
安心してくれ、悪いようにするつもりはない。