ラヴファンタジッ!

悪ガキ大将の少年との揉め事はすぐに広まっていた。
もちろん、大将少年が全面的に悪いことには違いないのだが……

「聞いたか? あの4属性姉妹もアモルに味方したらしいぜ」

「本当かよ? ラヴちゃん、シオンちゃん、エレテだけでも許せねえってのに……」

アモルの男子陣からの評判はどんどん落ちていく。
一方で女子陣はというと……

「えーっ! アモルくんが3人を助けてくれたの!?」

「そう、アモルカッコよかったんだから!」

ラヴ、シオン、エレテの3人は他の女子たちに囲まれ話で盛り上がっている。

「ねえ、4属性姉妹も助けてくれたっていうのは本当?」

「……本当」

エレテが答えると、女子たちは3人を交互に見て、

「またライバルが増えたね」

と小声で言う。
ラヴ、シオン、エレテがアモルを気にしているのはもはや周知の事実であった。


一方、そんなことは気にもせず、アモルは一人昼食をとっていた。

「う~ん。この世界でもカレーライスは美味しい。……うん?」

アモルの向かい側の席に人が座る。それは……

「あ、アモルくん。ここ、いいよね?」

4属性姉妹のスイであった。

「構いませんけど……何か用ですか?」

「ううん? 君と同じく昼食をとりにきただけだよ?」

「そうですか……?」

昨日の今日なので何かあるかと思ったアモルだったが、
スイはそんなそぶりは見せず、アモルの目の前で食事を始めた。

(考えすぎか……)

スイを時々見つつ、アモルはカレーを食べ終える。

「では、お先に失礼します。スイ先輩」

「スイでいいよ」

「そういうわけにも……」

困りながら、アモルは先に食堂から抜け出した。


食堂から出て教室に帰ろうとするアモルが、次に目にしたのは……

「……フウ先輩?」

「すーすー……」

中庭の椅子で寝ているのはフウであった。

「……気持ちよさそうに寝てるな」

と、横を通りすぎようとして、

「……ん」

フウが目を覚ました。

「……」

「……お、おはようございます」

目が合って、アモルは戸惑いつつ挨拶する。

「おはよう。……キミも寝る?」

「え? いや、ボクは大丈夫です。というかそろそろ午後の授業が始まりますよ」

「……そう」

フウはゆっくり立ち上がり、学舎の方にゆっくり歩いていく。

「マイペースというか、のんびりしてるな」

アモルはフウの後ろ姿を見送り、自身も教室に走った。


放課後になり、寮へ戻ろうとするアモルに声がかけられる。

「よう、アモル!」

「あれ、ヒノ先輩?」

「ヒノでいいって。それより今、時間あるか?」

「はあ。ありますけど」

そう軽く返事をしたら、ヒノの体力トレーニングに長々と付き合わされたアモル。

「はあ……はあ……アモル、お前、体力あるなあ」

「ふう……ヒノ先輩も、元気ですね」

アモルは自分とここまで体力が互角なヒノに驚きと尊敬を感じるのだった。


「おかえり」

「ってあれ、アス先輩?」

トレーニングから帰ってきたアモルに声を掛けたのはアス。

「アス先輩、何でここに?」

「君がヒノのトレーニングに付き合ったと聞いてね。ほら」

アスはアモルにタオルを差し出す。

「あ、ありがとうございます」

アモルは汗をタオルで拭いながら、アスに質問する。

「アス先輩は……いや、あなたたち姉妹は、ボクに何か用があるんですか?」

「うん?」

「昼のスイ先輩から、今日はあなたたち姉妹によく会います。偶然とは思えないんですが」

「ふむ……」

アスが手を顔に当て考えるような仕草をとる。

「スイのような言い方になるが……君が気になるから、というのはどうだい?」

「……本当だったら嬉しいですけど」

「フフ、まんざら嘘ではないさ」

アスは微笑みながら、アモルに背を向け帰って行く。

「あ、タオル……。明日、返すか……」


そして確かに次の日、アモルはアスにタオルを返した。
しかし、それからしばらく間……。

「あ、アモルくん」

ときにはスイに。

「……ん、アモル」

ときにはフウに。

「よう、アモル」

ときにはヒノに。

「やあ、アモル」

ときにはアスに。
アモルは、やけにというほど4姉妹に遭遇し声を掛けられる。

(やっぱりこれはなにかあるな……)

アモルじゃなくても気づきそうなワザとらしい連続の出会い。
さすがにアモルも気になってくる。

(仕方がない……。強硬手段で行くか)

アモルはラヴ、シオン、エレテに相談する。
4姉妹の行動が気になっていた3人も、協力をすぐに承諾した。


その日の夜、寮の4姉妹の部屋。

「今日も特になにもなかったね」

「ん……」

「学園内で何か起こっても困るのだが……」

「そもそも、母上の予言が間違ってたんじゃねえの?」

4姉妹の話し声が聞こえる。順番にスイ、フウ、アス、ヒノだ。
会話に夢中で外の様子に気が付いていないようだ。

「ここが、4姉妹の部屋だね」

「……気づかれてないみたい。ラヴさん、行ける?」

「任せて、愛の女神の力、見せてあげる!」

ラヴが扉の前で指をくるっと回す。
するとカギがあっさりと開く音を鳴らした。

「さすがだね、ラヴ。(愛の女神関係ない気もするけど……)」

後ろにいたアモルがラヴを褒める。ラヴは小さく喜んだ。

「よし、行くよ……!」

4人は勢いよく扉を開けた。

「なになに!?」

スイが驚いた表情で出てくる。

「ラヴちゃん、シオンちゃん、エレテちゃん。それに、アモルくん!?」

「お邪魔しますよ」

「ここ、女子寮」

「要件が済んだらすぐ消えますよ」

アモルはそう言うと、4姉妹の前に立った。

「一応、聞いておこう。ここまでして何故ここに?」

アスが冷静に問う。

「聞かなくてもわかっているでしょう。アス先輩ならわかってるんじゃないですか?」

「む……」

嫌味を含んだ言い方に、冷静なアスも少しムッとした表情を見せる。

「なあ、アス。ここまで来られたんだ。話すしかないんじゃないか?」

壁際にいたヒノが、アスに聞く、と同時にスイ、フウの方も見る。

「……そうだね。アモルくんにも聞いてもらった方がいいかも」

「うん……」

スイとフウも同意する。アスはやれやれと首を振った。

「はあ、そうだね。彼もここまで乗り込んできたし、その勇気に免じるかな」

アスが手招きして、ラヴ、シオン、エレテも部屋に招き入れる。

「さて、何故ボクたちがキミ、アモルに構うか? かな?」

「ええ」

アモルは4姉妹をそれぞれ見て頷いた。

「それにはまず……」

「オレたちの母上の話をする必要があるな」

スイとヒノが話を続ける。

「オレたちの母上はな、この辺りでは有名な予言者らしいんだ」

「予言者……?」

「ああ、オレは信じてないんだけどな。有名らしいぜ?」

「はあ……」

さすがのアモルもその辺りの事情はわからない。

「その母様がね、わたしたちが産まれるときに予言したらしいの。
わたしたちの前にいずれ『運命の子』が現れる……」

「だけどその子は『宿命の子』でもある。という予言だ」

スイとアスが続けた。

「『運命の子』? 『宿命の子』?」

ラヴたち3人はもう訳が分からない。

「……その『運命の子』『宿命の子』というのがボクと関係があるんですか」

「そうだね……」

アスがラヴたちの方を見る。

「すまないが、この先は、できればアモル一人に聞いてほしいんだが」

「「「えー?」」」

ラヴたちは揃って嫌そうに叫んだ。
普段あまり大声を出さないエレテすら。

「……わかりました。ラヴ、シオン、エレテ。お願い」

「むーっ。わかった」

「アモルが言うなら仕方ないわね」

「……後で」

そう言って3人は先に部屋を出る。

「……ラヴやシオン、エレテには聞かせられない話なんですか?」

「聞かせられない、というより聞いてもわからない、かな」

「オレたちもよくわかってないしな」

「うん……」

4姉妹も歯切れが悪い言い方だ。

「キミなら逆にわかると思ってね。先程の『運命の子』『宿命の子』は――」
『運命の子』『宿命の子』は――」

アスがそう言おうとした時だった。
寮の外でものすごい豪音が響く。

「な、なに!?」

「爆発!?」

4姉妹も状況が分からず慌てる。

「アモル!」

「今の何!?」

部屋の外で待っていた、ラヴ、シオン、エレテも驚き戻ってくる。

「みんな、落ち着いて! 何かあったら学園から連絡魔法が来るはずだから」

皆を落ち着かせるようにアモルが声をあげる。
そしてすぐ後に予想通り魔法による拡声が届く。

『学園にモンスターの襲撃です! 生徒の皆さんは寮から出ないように!』

「モンスター!?」

「襲撃って……」

放送が逆に皆を不安にさせ、寮の他の部屋もざわめきだす。

「スイ、フウ、アス。オレたちの出番だな」

「うん!」

「……うん」

「寮から出ないようにと言われたが」

ヒノの言葉に、スイとフウは頷き、アスも言葉とは裏腹に外に出る準備をする。

「先輩たち、何を!?」

アモル驚きを気にせず、まずヒノが窓から飛び降りる。

「これはね、わたしたちの役目なの。アモルくんたちはここにいて!」

続いてスイが飛び立つ。

「……説明は、後でする」

そしてフウが。最後にアスが飛び降りた。
一気に4姉妹の部屋が静かになる。

「先輩たち……」

アモルの額に冷や汗が流れる。
このままでいいのか、という予感と共に。

「アモル」

ラヴがいつもの明るさではなく、真剣な表情でアモルを見つめた。

「アモルの思ったようにして」

「! ……うん!」

アモルはラヴの言葉に頷くと、自身も窓の縁に足をかけた。

「アモル」

「アモル!」

「アモルくん」

ラヴ、シオン、エレテが揃ってアモルの名を呼んだ。
アモルは窓の縁に乗りながら振り向く。

「「「気を付けて」」」

3人の言葉に頷き、窓から飛び立った。



「おらおらーっ!」

ヒノが自慢の炎魔法を放ちながらモンスターに突撃していく。

「ヒノ! 突っ込みすぎ!」

「援護するボクたちの身にもなってほしいね」

「……うん」

ヒノの後ろから、スイ、アス、フウが、
それぞれ自身の得意な魔法を放ちながらモンスターに攻撃する。

「しょうがねえだろ! 数が多いんだ。一気にやらねえと!」

「それはそうだけど……」

「しかしあまりにも多すぎる。先生たちは何をしているんだ……」

「……! 後ろ」

フウが珍しく声をあげるも遅い。4姉妹はモンスターに囲まれていた。

「っ! おらあっ!」

ヒノが炎魔法で正面のモンスターを吹き飛ばすも、群れは消えず囲みは解けない。
モンスターたちはじりじりと、4姉妹への囲みを狭めていく。

「くっ……。スイ、フウ、アス! もっと魔法を放て!」

「やってるよ! でも……」

「なんだ、この数は。……まさかこれが」

「……『大災厄』?」

4姉妹に恐怖の感情が押し寄せる。
勢いよく飛び出したものの、ここまでの数とは予想外だった。

「っ……」

モンスターの手が4姉妹に伸びようとした、その時だった。
群れの一角が吹き飛び、道を開く。

「先輩たち、大丈夫ですか!」

その開いた一角から、アモルが勢いよく、4姉妹の傍に勢いよく近づいた。

「アモルくん!?

「何故ここに……!?」

4姉妹がそれぞれ驚く中、アモルはそれを遮ると

「すみません! 飛びます!」

「飛ぶ……って、きゃああっ!?」

スイが問う前に、アモルは4姉妹をまとめて抱くように手を回すと、
凄まじい跳躍力でモンスターの群れから飛んでいく。

それをモンスターの陰から見つめる謎の人物が……。

「あの身体能力……間違いない。あの少年があの方の仰った――」

謎の人物の呟きは、周りのモンスターの雄たけびに消える。

「うるさいわね。もういいわ、帰るわよ」

謎の人物がそう言うとモンスターたちは一気に学園の外に消えていった……。



4姉妹を抱えたアモルは、学園の建物を登り屋上に着地する。

「大丈夫でしたか?」

アモルが4姉妹をそっと降ろす。
それぞれアモルから離れるが、フウだけはアモルの袖を握って離れない。

「……フウ先輩?」

「……怖かった」

フウのその言葉に釣られるように、スイがアモルに抱き着いた。

「ス、スイ先輩!?」

「怖かった…怖かったよ!」

スイはアモルの胸に顔を埋め泣き続ける。

「バ、バカ……泣くんじゃねえよ。オレたちの……使命だろ」

ヒノがアモルに背を向けながら言うが、その声は震えていた。

「アモル……すまない。少しこうさせてくれ……」

アスもヒノを引っ張ってアモルの傍による。
冷静なアスも震えながらアモルの手を握った。

「先輩たち……」

自分の傍で泣き続ける4姉妹を見てアモルは気づく。

(そうだ……先輩たちだってどんな事情があっても、
ボクと一つしか変わらない女の子たちなんだ。
あれだけモンスターに近づかれたら怖かったに決まってる……)

アモルは飛ぶときは別の力で、そっと優しく4姉妹を抱きしめる。
静かな屋上に4姉妹の泣き声だけが聞こえていた――。

「「アモル!」」

と思っていたら、屋上の扉が勢いよく開き、ラヴとシオンが、その後ろから遅れてエレテが現れる。

「あ」

アモルが何かしたわけではないが、アモルの周りには泣き続ける4姉妹。

「アモル……」

「なにしてるの……」

「い、いやこれは……モンスターの群れから逃げてきたわけだし、ね?」

「……アモルくん」

3人の視線にアモルは目を逸らす。
4姉妹の泣き声、それとは別のラヴたちの視線。
アモルは苦笑いしつつ皆を見るしかなかった。
モンスターの襲撃の関係から、学園は一時休校となった。
生徒たちは基本的に寮で待機となっている。

そんな中、アモルと4属性姉妹は、許可を貰い学園から離れていた。
4属性姉妹の実家に向かうためである。

「今回のモンスター襲撃もだけど……」

「オレたちの母上に聞いた方が早いと思うんだ」

馬車に揺られながらスイとヒノが告げる。

「でも……実家って遠くないんですか?」

「大丈夫……。3日くらい」

(それは近いのか遠いのか……)

フウの返事に困るアモルだったが、アスが引き継いだ。

「きみやシオンの実家よりは遠いだろうが、
学園に通っている者たちはもっと遠いところから来ている人もいる。たいしたことはないさ」

そうなのか、と思いつつ、アモルは学園に残してきたラヴ、シオン、エレテが気になった。
エレテはともかく、ラヴとシオンは自分がいないでどうしているかな、と。

「ラヴちゃんたちが気になる?」

「ええ、まあ……」

スイに問われて、アモルは内心驚いた。そんなに表情に出ていたかと。

「アモル、きみ、自分が思っているほど表情や気持ちを隠すの上手くないぞ」

「えっ!?」

アスにそう言われアモルは驚きが声に出た。
転生前……護時代は『何を考えているかわからない子』とよく言われていたからだ。

「ふふっ、でも気持ちが正直なのはいいことだよ?」

「そうそう。オレらの母上みたいに、何考えてるかわからない人ばっかりは困るぜ?」

ヒノのその言葉を聞き、アモルは質問してみることにした。

「先輩たちの母親ってどんな人なんです? 予言者なのは聞きましたけど」

「母上はなぁ……」

「少なくとも一般的な母親ではないだろうな」

「というよりね。わたしたちもあまり姿をみたことないの」

「うん……」

4姉妹それぞれ反応は違うものの、苦手意識があるような雰囲気だ。

「その母上がな、幼いころのオレたちに珍しく姿を見せた日に言ったんだよ」

「間もなくボクたちに『運命の子』が現れる……」

「だけどその子は『宿命の子』でもある」

「守ってあげなさい……って」

「『運命の子』『宿命の子』……」

前にも4姉妹が言った言葉。

「ま、詳しくは改めて母上に聞いてくれ」

揺れる馬車はゆっくりと進んでいく。
アモルは今更ながら、狭い馬車で4姉妹に囲まれていることに緊張していた。

(ラヴたちと一緒の時とは違う緊張と恥ずかしさ……)

アモルは隠れるように、毛布に身をくるみ眠りに落ちた。



「でっかい……」

4姉妹の実家、屋敷を見て、アモルの最初の一言がそれであった。

「え、あの……。先輩たちお嬢様なんです?」

素の声で、アモルは4姉妹を見ながら聞いた。

「ん? 知らなかったのか?」

「……4属性姉妹は知ってたのに」

「エレメント家。ボクたちが4属性姉妹と呼ばれる理由の2つ目だ」

「4つのエレメント。4属性を司るエレメント家だよ」

「知りませんでした……」

学園の噂でしか知らなかったアモルは、己の無知を嘆いた。

「おおーう! 帰ったか、娘たちぃ!」

その屋敷から怒声かと思うような声を上げ、大男が走ってくる。

「あれは……?」

「あー……父上だ」

ヒノが言い終わると同時に大男、いや4姉妹の父親が
4姉妹をまとめてその巨大な腕で抱きしめる。

「だーっ! 父上、暑苦しい!」

「キツイよ、お父さん!」

「ん……」

「まだこの前ぶりでしょうに……」

4姉妹はそれぞれ離れようとしているが、その巨腕からは逃れられないようだ。

(父親、全然似てないな……)

アモルはそんなことを思いながら親子の様子を眺める。
巨体で髭面の男と、抱かれている4姉妹はまるで似ても似つかない。

「そして、貴様が……」

4姉妹の父親がアモルを鋭く睨む。

「貴様が! 我が娘たちの! 運命の子とかいう奴かぁ!」

4姉妹を離し、父親が鋭い眼光と大声でアモルに近づいてくる。
アモルは直感した。

(殺される……!?)

だが父親はアモルに近づき肩を掴むと

「そうかそうか! 君が運命の子かぁ!」

そう言いながらアモルを、まるで赤子のように持ち上げた。

「わわわ……!?」

予想外の歓迎ムードに、アモルは逆に驚くしかない。

「ふむ! 少し華奢過ぎる気もするが見た目、雰囲気は悪くない! 運命の子として認めてやろう!」

「は、はあ……」

4姉妹の父親に持ち上げられたまま、アモルは頷く。
その時だった。

「そこまでにしなさい。ゴンノスケ」

屋敷の方から女性の声が響く。
4姉妹の母親だろうか。しかしアモルはというと。

(この人、ゴンノスケっていうのか……。ゴンノスケ・エレメント?)

父親の名前の方に反応していた。

「おお! 我が愛妻よ! すまぬ!」

ゴンノスケはアモルを降ろすと、4姉妹の真ん中に立たせる。

「運命の子、アモルくんだったか。娘たちと共に我が妻の元へ行くがよい!」

「わかりました」

4姉妹の案内のもと、アモルは屋敷の中へと入っていく。
予言者という4姉妹の母親。果たしてどんな人物なのか……。
4姉妹の案内を受け、アモルは屋敷の奥へ奥へと入っていく。

(すごいな……。一人だと迷子になりそう)

迷路のような廊下をひたすら通りながら、アモルは周りを見渡し思う。

「普段はこんな奥までは行かねーけどな」

「お母さんの部屋……『予言の間』だけ奥にあるの」

「予言の間……」

「……着いた」

話している間に大きな扉の前にたどり着くアモルたち。
扉の装飾、意匠、どれをとってもただの部屋ではないと一目でわかる。

「ここが……」

扉の雰囲気、威圧を感じ取るアモル。
4姉妹もめったに来ないのか、部屋の前で固まっている。
そこに――

「よく来ました、『運命の子』アモル。そして、娘たち」

部屋内から透き通った声が届く。

「入りなさい」

「は、はい!」

促されるまま、アモルは扉をノックすると、ゆっくりそっと戸を開けた。
開く音が響く中を、アモルと4姉妹は入っていく。

「失礼します……」

部屋内に入りアモルは思う。
扉の大きさの割に、部屋内はそこまで広くはないと。
そして部屋の中央に、4姉妹の母親であるだろう女性が座っていた。

「改めまして。ようこそアモル」

「!」

女性を見てアモルが第一に思ったこと、それは……。

(美人……!)

4姉妹もそれぞれ違う美しさ可愛さがあるが、
アモルの目の前にいる4姉妹の母親はまた違う美しさがあった。

「おいアモル! 母上に見惚れてんじゃねえ!」

「そ、そうだよ! たしかにお母さん、美人だけど」

「まったく、キミはラヴやシオンというものがありながら……」

「うん……」

「い、いやそういうわけじゃ……」

と言いつつも、アモルの目は泳いでいる。そこに詰め寄る4姉妹。
そこに4姉妹の母が睨みを利かす。

「そこまでにしなさい、娘たち」

静かな、しかし場を一喝する声。
その声に4姉妹だけでなく、アモルも姿勢を正し静かになった。

「では改めて。始めまして、アモル。彼女たちの母、『エリス』といいます」

(エリス……。エリス・エレメント?)

「そうです」

「!」

アモルの心の声を読むように、4姉妹の母、エリスは囁いた。

「……じゃ、じゃあエリスさん。聞かせてくれるんですか。
予言のこと、ボクを『運命の子』『宿命の子』と呼ぶことを」

「ええ」

そう言うとエリスは懐から、何枚かの札のようなものを取り出す。
エリスはその札を並べながら語りだした。

「今から数年前、この『神札』に予言が下りました。数年の後、この大陸に『大災厄』が訪れると」

「『大災厄』……?」

「ええ。天変地異なのかモンスターの襲来なのかはわかりません。
ただ、この『大災厄』によりこの大陸は破滅の危機を迎える、と」

「破滅!?」

アモルの驚きを気にもせず、エリスは続ける。

「ですがその破滅に対抗できる人物が現れる、と出たのです。
異界の記憶を持ち、女神と契約を結んだ男児、と」

「!」

アモルにはその意味がすぐに理解できた。
『異界の記憶』とは元の世界のこと。『女神と契約』はラヴとの契約のことだと。

「オレたちにはさっぱりわかんなかったんだけどよ。母上の札に反応したんだよ」

「アモルくん。キミがね」

「その表情。キミは意味が理解できているようだね」

「ん……」

4姉妹がそれぞれアモルを見る。

「……そこまではわかりました。では『運命の子』『宿命の子』というのは?」

「続けましょう。
その男児は我が娘たちとも契約を結ぶと出ています。これが『運命の子』
そして――」

そこでエリスは一瞬口を止めた。

「――そして運命の子の選択は『大災厄』に影響し、大いなる運命の渦となる。
……これが『宿命の子』の所以です」

エリスは札を懐にしまうと一息をつく。
それを見ながらアモルは、先程の一瞬口を止めたのが気になり問う。

「その宿命の選択というのはわからないんですか」

「……ええ」

少し間を置いた回答に、アモルは何かあると感じ、仕方なく質問をやめる。

「終わりですか……?」

「そうですね。予言の方は」

そう言うとエリスは娘たち4姉妹を見る。
その目は暗に出て行けと言っているようだ。

「出て行けってよ。行こうぜ」

「……うん」

「ま、またね、お母さん!」

「お元気で」

4姉妹は先に部屋を出ていく。
静かな部屋にエリスとアモル二人きりになり、アモルは緊張する。
すると、エリスは大きく息を吐き……。

「ふぅー! 疲れたぁ!」

と、大きく口を開いた。

「え、え?」

突然のエリスの変化に、アモルは驚きを隠せない。

「ああ、アモル。すまない、驚かせたな」

「は、はあ……?」

「これが素の私だよ。さっきまでのは客向けに演じてるだけさ」

その言葉に、アモルは一つ疑問を投げる。

「先輩たち……いえ、娘たちにもですか?」

「……そうだね。娘たちにもいずれこの私を見せないとね」

その表情はどこか悲しげに見えた。
だがすぐにちょっと邪悪な笑顔を浮かべ、エリスはアモルに近づき囁く。

「ところで……娘たちで誰が一番気になる?」

「えっ!?」

突然の問いにアモルは慌てる。

(確かに先輩たち、みんな可愛いけど……)

「ふふ~ん。ヒノはね、あれで小さいころはね――」

アモルを無視し娘語りを始めるエリスであった。
「娘たちー! またいつでも戻ってくるんだぞー!」

屋敷から出発する馬車に向かって、4姉妹の父、ゴンノスケが叫ぶ。
横には元の態度に戻った、母、エリスの姿があった。

「父上の声、ここまで聞こえてくるぜ」

「さすがお父さん、だね」

「……お母さんが出てるの珍しい」

「そうだね。普段は出てこないのに」

4姉妹がそれぞれ両親を見ながら話しあう。
その横で、アモルはエリスに言われたことを考えていた。

(……宿命の選択……か。ボクのこれからの選択でそんなに未来が変わるのか?)

馬車の外を眺めるアモル。その横からヒノが肩を叩いた。

「どうしたんだよ、アモル!」

「お母さんに何か言われたの?」

「うん、まあ……」

半分くらいは、4姉妹の話をされただけ……とは言えず、宿命の選択の話を少し話すアモル。

「ふむ。宿命の選択か」

「それが……『宿命の子』」

「でもどんな選択なんだろうな?」

「それがわからないから、アモルくん、悩んでるんじゃない」

皆それぞれ考え始める。
学園への帰路1日目は『宿命の選択』の話で過ぎていった。

そして帰路2日目のこと。

「ねえ、何か騒がしくない?」

「そうだな、モンスターの叫びか?」

「近くはないようだが……」

「……ねえ、あれ」

フウが指さした先には確かにモンスターの群れ。

「こちらには気づいていないみたいだ」

「なら、放っておいても大丈夫じゃない?」

4姉妹はそれぞれ頷き、馬車は先に進もうとする。
学園での出来事から、むやみにモンスターに関わらないように、と。

「待って、あれ!」

アモルもモンスターの群れの間を指す。
よく見るとモンスターの群れの中に、倒れている少女の姿があった。

「先輩たちはここに。ちょっと行ってきます!」

「ちょ、ちょっと!?」

スイの制止を無視し、アモルは馬車から飛び出す。

「まったくしょうがない。彼を援護するよ」

「おう!」

「……うん」

「わ、わかった!」

4姉妹も馬車を止め、アモルの方へ走り出した。


「グルルル……」

モンスターの一匹が倒れている女の子に手を伸ばそうとした刹那。

「させないっ!」

以前、4姉妹を助けた時のように、アモルはモンスターを吹き飛ばしていく。

「グルアァッ!」

モンスターの一匹がアモルへ攻撃しようとした時――

「アモル! 突撃しすぎだ!」

「気持ちはわかるけどね」

4姉妹が追いつき、モンスターを追い払っていく。
モンスターが逃げ去った後、アモルは少女の様子を見る。

「う、う……ん?」

「あ、気がついた?」

アモルが手を差し出し、少女を立たせる。

「大丈夫? えっと……」

「わたしは『アーマ』」

「大丈夫だった? アーマ? あ、ボクはアモル」

「助けてくれたの?」

少女アーマは、笑顔を向けるとアモルに抱き着いた。

「ありがとう! アモルくん!」

「ちょ、ちょっと! アモルくんから離れて!」

スイが慌ててアーマを引きはがす。

「え、えっと。アーマはこの辺の人?」

「わたし? わたし、家出してきたの」

「家出?」

アーマの話によると、両親と喧嘩して家出してきたとのこと。
ここがどの辺りかもわからないらしい。

「困ったね」

「どうするんだアモル」

アスとヒノがアモルを睨む。

「えっと……」

アモルの中で答えは決まっていた。
だが、アモルの中で謎の選択肢が浮かぶ。

1:学園に誘う

2:4姉妹の家の方に連れていく

3:ここに置いていく

(なんだ……? なんでこんな選択が浮かぶ? 決まっている。ボクは――)

「先輩たち、彼女を学園に連れて行ってはいけませんか?」

「学園に?」

「でも生徒じゃないよ?」

「学園側に何とか聞いてもらいます」

4姉妹はため息をつく。
こうなったらアモルはもう聞かないだろうと。

「わかった。好きにするといい」

「オレ達は手伝わねえぞ」

「ありがとうございます!」

こうしてアモルは新たにアーマを連れ、4姉妹と共に学園への帰路につく。

(絶対、ラヴやシオンに怒られるよアモル……)

と、4姉妹全員が思いながら。



「アモル、おかえりー!」

「おかえり、アモル!」

「……お、おかえりなさい」

学園ではすぐに、ラヴ、シオン、エレテが出迎えてくれた。
しかしシオンはすぐ4姉妹を見ると。

「何も! なかった! ですよね!?」

と、大声で聞いた。

「いや……」

「何もなければよかったんだがなあ」

「まったく」

「うん……」

「「「何かあったんですか!?」」」

4姉妹の反応に、シオンだけでなくラヴ、エレテも詰め寄る。
4姉妹は諦めて馬車を指した。

「初めまして、皆さん!」

馬車からアーマが降りてくる。

「「また、誰か増えた―!?」」

シオンそしてエレテも叫ぶ。
4姉妹はラヴが叫ばないことに意外さを感じた。
そのラヴは、珍しく顔を真っ青にしてアーマを見ている。

「ラヴ? どうかした?」

さすがにアモルもラヴの様子に気づき声を掛ける。
ラヴはふらつきながら、アモルを少し離れたところに呼んだ。

「アモル。あの子、どこから連れてきたの」

真っ青だが真面目な表情で質問してくるラヴに、アモルはありのまま顛末を話した。

「そう……」

それを聞くラヴはアモルの正面に立ち、静かに囁く。

「アモル。愛を集めてとは言った。でもあの子はダメ」

「……え、な、なんで?」

「お願い。何も聞かずに。あの子は――」

「どうしました?」

「「!?」」

いつの間にかアモルとラヴの近くにアーマが来ていた。

「い、いやなんでもない。ラヴが気分が悪いって言うから、
保健室に連れて行ってくる。ごめん、アーマ。すぐ戻るよ」

アモルはラヴを引き連れ保健室へと向かう。
その後ろ姿をみて誰にも聞こえないような声でアーマが呟いた。

「なるほど。見習いでも女神というわけね。私に感づいた……かしら」

その声は少女の姿とは思えない、大人の声であった。
「あの子、アーマだっけ? よくわからないけど、絶対何かある!
お願い、アモル。わたしの言うことを信じて!」

保健室でラヴが、アモルに必死に訴えかける。
アモルもさすがに、ラヴの必死さに心が動くが……。

「わかった、わかったけどさ、ラヴ。
今からここを追い出すなんて、それはそれで酷くない?」

学園に連れてきたのはアモル自身だ。
それをいきなり追い出すのは当然ためらわれる。

「……そうね。アモルの言うこともわかるわ。なら!」

ラヴがアモルにビシッと指差した。

「アモル、ちゃんとあの子を見張ってて! わたしも協力するから!」

「う、うん」

「これは妥協だからね! 本当は追い出したいんだから!」

そう言うとラヴはベッドに横になった。
少しすると寝息が聞こえてくる。
それを確認するとアモルはアーマやシオンたちの所へ戻るため駆け足で行く。

(でも、ラヴがあそこまで気にするなんて、アーマ、彼女は一体……)

校舎近くで待機しているアーマを見ながら、アモルは冷や汗をかいていた。



だがそれからしばらく、ラヴの不安もアモルの心配も杞憂なほど、何も起きなかった。
アーマは、アモルの説得で学園側が入学を許可し、アモルと同じクラスになった。
モンスターの襲来での休校も無事に解除され、アモルたちはまたいつもの日常を過ごしていた。

「ねえ、アモルくん。ここ教えてくれな~い?」

「ちょっと、アーマ! アモルに変な近づき方しないで!」

「そ、そう! そういうの良くない……!」

アモルに近づくアーマと、それを止めるシオンとエレテ。
それを少し離れた所から睨むラヴ。と、さらに離れた場所から見つめる4属性姉妹。
一見、平和な時間が過ぎているように見えた。

そんな中、アモルたちの学園の長期休日が近づいてきた。
学園から離れ実家に帰ることもできる長期休日。
アモルとシオンも家に帰ることになっていた。

「そうですか。アモルくんとシオンも帰るんですね」

エレテは学園に残る組なので、少し寂しそうにする。
そんな時、アーマがある提案をした。

「ねえ、じゃあ休日前にみんなでパーティーしない?」

「パーティーを?」

アーマの提案にアモルが反応する。

「そう! 皆でパーティーをして長期休日前を盛り上げるの!」

「それは……」

アモルはラヴをちらっと見る。
ラヴはアモルに近づくと小声で囁いた。

「わたしも彼女を見張ってるから、アモルも油断しないならいいよ」

「そう? なら、アーマ。シオン、エレテも。パーティーする?」

「する!」

「……したい」

シオンとエレテが頷く。と、いきなり教室の扉が開き。

「オレ等も参加していいか!?」

「いいよね、アモルくん!」

「……パーティー参加」

「混ざっても構わないかな」

4姉妹が雪崩れ込んできた。

「先輩たちも……。まあ、いいですけど」

「ありがとう!」

そして長期休日の前日にパーティーが行われることになった。



パーティー前日、調理室。
調理室では女子たちが、パーティーのために料理やお菓子を作っていた。
4姉妹たち、ラヴはシオンと。そしてアーマはエレテと協力して料理をしている。
ラヴは時々、アーマの方を確認しながらも、基本的には料理に集中していた。
ラヴもシオンもエレテも4姉妹も、それぞれがアモルのために。

「エレテちゃん、これちょっと味薄くない?」

「え、そ、そうですか?」

味見をするアーマがエレテに呟く。
エレテは別の料理に取り掛かっていたので、アーマの方を見れずに言った。

「じゃ、じゃあ砂糖をスプーン一杯だけ足してもらっていいですか?」

「ん、わかった」

アーマは言われた通りに、砂糖を少しだけ足していった。

「ところで……」

砂糖を足したアーマがエレテの耳元で囁く。

「みんなもそうだけど、この真剣さ……。やっぱりエレテちゃんもアモルくんが好きなの?」

「……! ケホッケホッ! な、なんですか急に」

「こらこら。大声出すと他に聞こえちゃうよ?」

大人のお姉さん的対応で、アーマはそっと指でエレテの口を押える。

「そ、それは……。でもラヴちゃんやシオンちゃんがいるし……」

「フフ、関係ないわ。自分の思いが全てよ」

まるで大人の女性のような対応にエレテは思わず「は、はい」と頷いていた。



翌日のパーティーは大きな盛り上がりをみせていた。
お酒……は飲めないので皆ジュースで乾杯し、作ってきた料理を摘まむ。

「おらー、アモル飲め飲め!」

「飲んでますよ、 ヒノ先輩!」

「どう~、アモルくん楽しんでる~」

「楽しんでますけど、なんでスイ先輩酔ってるみたいになってるんですか!」

「……美味しい」

「フウ先輩も飲んでますね!」

「アモル。そんなに大声を出さなくてもいい……ヒック」

「アス先輩まで何で酔ってるみたいなんですか!」

「ねえ……アモル。わたしのこと好き~?」

「シ、シオンまで酔ってるの?」

「ね、ねえ、アモルくん。これ食べて?」

「エ、エレテ? 頂きます。……美味しい!」

「! よ、よかった」

皆それぞれ盛り上がり、アモルは油断していた。
ラヴとアーマがその場にいないのに気づかないほど……



学園校舎裏でラヴとアーマが対峙する。

「ラヴちゃん、こんなところに私を呼び出してどうしたんですかあ?
今頃、アモルくんも皆も料理食べ始めてますよ?」

茶化すように言うアーマだが、ラヴの表情は真剣そのものだった。

「アーマ。貴女はいったい何者なの?」

「何者って……アモルくんに助けられた一人の家出少女ですけど?」

「そんなわけない!」

ラヴの怒声が校舎裏に響く。

「みんなは感じてないみたいだけどわたしにはわかる。
貴女の奥にある禍々しい魔力。それは一体なんなの?」

「……」

アーマはその質問に少し間を置くと、口元を釣り上げた。

「さすが、見習いでも女神様は誤魔化せないわね」

アーマの声が突如、大人めいた女性の声に変る。
ラヴはとっさに臨戦態勢をとった。

「フフ……可愛い女神様。でもそんな構えじゃあ……」

アーマが指を鳴らす。突如現れた魔法陣がラヴを囲んだ。

「これは? うあっ!?」

「フフ、しばらくおとなしくしてて頂戴ね。ラヴちゃん?」

魔法陣に身動きを封じられたラヴ。
それを見るとアーマは高笑いしながら消えていく。
パーティー会場は静けさに包まれていた。
皆、飲み食いが終わり、それぞれ眠ってしまっていたからだ。

「う……ん……?」

そんな中、アモルがいち早く目を覚ますと気がつく。

「……やけに暗いな……? それに外が騒がしい?」

アモルは皆を起こす前に窓から様子を見る。

「……な」

そこは地獄のような光景だった。

モンスターの群れが生徒を襲い、対抗しようとした教師もやられていく。
魔法によるものか、嵐が校舎を襲い生徒たちを薙ぎ払っていく。

「み、みんな、起きて!」

アモルは皆を揺すり起こすが、皆、なかなか目を覚まさない。

(……おかしい。ボクも頭がくらくらする。眠り薬でも入れられたみたいな……)

頭が上手く回らない中、なんとか皆起き上がり、外の光景に恐怖する。

「な、なんだよ、これ……」

「この前のモンスター襲撃よりも多い……」

「……これは」

「本当に『大災厄』……」

4姉妹が以前の出来事に恐怖する。

「ア、アモル……」

「アモルくん……」

そしてシオン、エレテも恐怖でアモルに抱き着いた。

「二人とも、先輩たちも。まずは避難しましょう。ここにいつ来るかも――」

そこでアモルは気づいた。

「ラヴは? アーマもいない……?」

周りを見渡すが、シオンとエレテ、4姉妹以外誰もいない。

「アモル、あれ!」

シオンが空を指す。
禍々しい色の空の一角に魔法陣に磔にされたラヴの姿が見えた。

「ラヴ!」

アモルは皆を置き、窓から飛び出す。

「あ、待って、アモル!」

シオンたちも駆け出した。



校舎の屋上にアモルがたどり着く。
そこには磔のラヴ。そしてその前には……。

「あら、よく来たわね。ボーヤ?」

「誰だあなたは!」

そこには黒の装束を着た謎の女性がおり、ラヴの前に陣取っていた。

「あー、この姿だとわからないわよね。じゃあ――」

女が指を鳴らすと、瞬時に姿が小さくなる。

「これならわかるでしょ? アモルくん?」

「アー……マ?」

小さくなってアモルの前に立つのは、紛れもなくアーマであった。

「ア、アーマちゃん!?」

「アーマ…ちゃん?」

追いついてきたシオンとエレテも驚きを隠せない。
大人の女性が目の前で、少し前に仲良くなった少女に変貌したからだ。

「アモル、今のアーマからは……」

「アス先輩……わかっています。今のアーマからは禍々しさしかない」

アモルは覚悟を決め臨戦態勢で前に出る。
その後ろに4姉妹も立ち、シオンとエレテも覚悟を決める。

「あら、みんなして怖い怖い。ですが……」

アーマが再び指を鳴らす。

「今度は何を……うっ!?」

アモルが急に前のめりになる。
アモルだけでない。4姉妹もシオンとエレテも。

「これは……いったい……?」

「知りたいですか?」

アーマが懐からひとつの小瓶を取り出した。

「これは……まあ簡単に言うと、あなたたちを眠らせた薬です。
ですが眠らせるだけではありません。時限式であなたたちの力を弱める効果もあるのです」

「まさか……パーティーの料理に……?」

「ええ、そうです」

それを聞いてヒノが割り込んだ。

「ま、待てよ。いくらオレたちでもそんな怪しい薬、見逃すはずが……」

「ええ、普段ならそうでしょうね。
小娘とはいえ、有名な4属性姉妹を出し抜けるとは思いません。だから彼女に協力してもらいました」

アーマが指をさす。そこにいるのはエレテ。

「え……わ、わたし?」

「ええ、そうです」

アーマは小瓶を手で遊ばせながら語りだす。

「シオンちゃんとエレテちゃんがアモルくんの気を引こうと頑張ってるのは明白でした。
だから、ちょっと片方を手伝ってあげたんですよ。ね、エレテちゃん?」

エレテは思い出す。料理の最中、ちゃんとアーマを見ずに砂糖の追加をお願いした時を。

「あの時……」

「そう、その時です!」

「そ、そんな……」

力が抜けていくのと、自分のせいでアモルを苦しめたショックでエレテは後ろに倒れこむ。

「エ、エレテちゃん、大丈夫?」

シオンが手を出すが、エレテはショックで動けない。

「フフ……ありがとうございます。エレテちゃん」

「お前っ!」

ヒノが精いっぱい力を込め、炎魔法を放つ。
他の姉妹たちもそれぞれ魔法をアーマに放つが、アーマは軽々と手で払いのけた。

「無駄ですよ。万全の貴女たちならまだしも、弱体化している貴女たちでは――」

だがアーマはすぐに気付く。目前にいたアモルが消えている。

「おおおっ!」

「!」

背後に飛んでいたアモルが魔法弾を至近距離で放つ。
アーマも反応するが間に合わない。

「うぐっ……。弱体化しておきながらここまでの魔法を。ですが!」

傷を負ったが、アーマは構わずアモルを掴み投げ捨てる。

「いいでしょう。ここで一気にお終いにしてあげます!」

アーマが両手を掲げると、凄まじい魔力が収束していく。

「!」

アモルたち全員が気づく。
あれを撃たれたら皆、ひとたまりもないと。

「みんな、逃げ……うっ」

アモルが叫ぼうとするが薬の影響でふらついてしまう。
他の皆もそれぞれふらついたり倒れたりして動けない。

「死になさい!」

アーマの魔力が開放される。
逃げれない。誰もがそう思い、目を瞑るが……。

「……?」

轟音が聞こえる。だがまだくらってはいない。そう思いアモルが目を開けると――。

「ラ、ラヴ!?」

魔法陣に捕らわれていたはずのラヴが、アモルの前に立ち魔法を防いでいた。

「な、なにっ、いつの間に!?」

アーマも驚きを隠せない。

「さっきアモルが、あなたに魔法弾を当てたおかげでね!」

「あの時! ……だけど」

防いでいるラヴだったがジワジワ押され始めている。

「ラヴ、捕らわれていたあなたも全力ではないわね!」

「う、ううっ……」

どんどん下がっていくラヴに、アモルが近づこうとするが……。

「来ないでアモル!」

「な、なんで!?」

「アモルが来ても防ぎきれない。だから――」

ラヴは小さく呟く。
ラヴの声はアモルには聞こえなかった。しかし何を言っているのかはわかった気がした。

「ごめんね、アモル」

「え……?」

ラヴが力を込める。ラヴの全身が魔力で輝き始める。

「な、何をする気だ!? そんなことをすれば!」

アーマも驚きで声をあげるがもう遅い。
魔力を放っているのはアーマ自身なのだから。

「ラヴー!!」

アモルの叫びと同時に、ラヴを中心にアーマの魔力が拡散する。
それはまるで閃光のように。


生徒たちは成すすべなく、モンスターに蹂躙されていく。
助けに来た教師たちも嵐に飲まれる。
その日、学園はモンスターと嵐と魔力の光を受け崩れ去った……。
学園、そして大陸を巻き込んだ大災厄から三年……。
空は闇に覆われ、地上はモンスターが跋扈し、人々は脅かされていた。

「ううっ……ラヴ……」

とある海辺の村の家の一室。ベッドの上でアモルはうなされていた。
それを見守る一組の老婆と青年。

「なあ、婆さん。まだこいつを見てやるのか? もう三年も目を覚まさずうなされ続けてるんだぜ?」

「しかしねえ。見捨てるわけにもいかないでしょう?」

老婆は、アモルの額に置いている濡れた布を取り換える。

「それに……私の勘だとそろそろ目覚めてくれる気がするんだよ」

「それも言い続けて二年くらいだけどな……」

青年はやれやれと首を振った。
そこに、駆け込んでくる別の男性。

「二人とも、またモンスターの群れが来たぞ。早く避難穴へ!」

「ちっ、またかよ。婆さん!」

「はいはい。わかってますよ」

青年たちがアモルを担ぎ、老婆はゆっくりと避難穴へ向かもうとする。しかし――

「グアアアッ!」

「げっ、もうこんな所までモンスターが!」

青年たちと老婆は別の道に向かおうとするが……。

「ガアアアッ!」

「うわっ、こっちにも!?」

「おいおい、囲まれてるぜ……」

モンスターの群れはいつの間にか村中に入り込んでいた。

「おいおい、こんなに入り込んでるなんて聞いてないぞ……」

「……婆さん。あんたは嫌がるだろうが手段がないこのガキを……」

「まさか……囮にする気かい!?」

「それしか……ねえだろ!」

青年二人は勢いをつけると、モンスターの群れの一角にアモルを投げ捨てる。

「ガアッ?」

モンスターの群れがアモルに気を取られている隙に、青年たちは老婆を担ぎ走り出した。

「グルル!」

モンスター数匹がアモルを喰らおうと近づいていく。
その手がアモルに伸びようとしたところで、光が走った。

「な、なんだ!?」

その光に、逃げていた青年たちも振り向いて驚く。
光が収まると、そこにはモンスター数匹を蹴散らすアモルの姿があった。

「……ここは? 『僕』はいったい……」

アモルの姿は三年で成長。背は大きくなり、声は少し低くなっていた。

「お、お前さん。目が覚めたのかい?」

背負われている老婆が声を掛ける。
しかしアモルには何のことかわからない。

「この婆さん、ずっと眠っていたお前の面倒を見てたんだぜ? 三年もな」

「三年……」

「そ、それより!」

青年が周りを指す。
そう、モンスターの群れはまだ残っている。

「わかっています。貴方たちはそこに」

青年たちの前から、アモルの姿が消える。
消えた、と思った数秒後には、モンスターの群れは崩れ去っていた。

「な、なんだ……? お前、何者だ?」

戻ってきたアモルに、青年たちは驚きながら質問する。

「僕は……アモル。学園の生徒です」



モンスター騒動が収まり、老婆の家でアモルは自身の事情を話すとともに、
この三年で起きたことを聞いていく。

「三年前、お前の言う学園で事件が起きた。それはわかるな?」

「モンスターの襲来。嵐の猛威。ですか?」

「それだけじゃない。ものすごい魔力の大爆発が起きたんだ」

「魔力の……大爆発……?」

アモルはすぐに思い出し気づく。
アーマの攻撃から自分を守ろうとしたラヴ。
そのラヴの防御とアーマの攻撃がすさまじい爆発を引き起こしたのだと。

「そ、その後は? どうなったんですか?」

「学園は崩壊した。……したんだが」

「だが?」

「これは見た方が早いだろ。ちょっと来い」

青年の片方がアモルを呼び、家の屋根に登る。
そこから大陸中央に見える景色にアモルは驚いた。

「あれは……!?」

遠くのはず。
なのに『それ』ははっきりと見えていた。

「あれは……いったい……?」

「わからん。だがあそこが、お前の言う学園だった場所だ」

「な……?」

地図はないのであそこが本当に学園かはわからない。
だがこんな状況で青年や老婆が嘘を言う理由はない。

「戻るぜ」

青年が先に家に戻っていく。

「……あそこが学園……」

アモルに三年前の思い出が浮かんでいく。
ラヴが、シオンが、エレテが、ヒノが、スイが、フウが、アスが、頭に浮かんでは消えていく。

「でだ。学園が崩壊して『あれ』が出現して以来、この大陸はモンスターが大量発生」

「ここだけじゃなく、いろんな町、村が襲われてるってわけだ」

「そんなことが……」

これもアーマの仕業なのだろうか、と考えつつ、アモルは別の話に移る。

「あの、お婆さん。あなたが僕を助けてくれたって聞きましたが」

「ああ、そうだよ。川に洗濯に行ったらね、ボロボロのお前さんが流れてきたんだよ」

「助けてくれてありがとうございます。それで、あの、他にはいませんでしたか? 女の子が」

「ううん、残念だけどお前さんだけだねえ」

「そうですか……」



「もう行くのかい?」

「はい。お礼もできずに申し訳ないですが、僕はみんなを探しに行かなきゃならないんです」

そうかい、と老婆は頷くとひとつの袋を差し出した。

「これは?」

「食料と薬だよ。お前さんが強いのは昨日でわかってるけど、食料がないとね」

「お婆さん……。ありがとうございます! みんなを見つけたらお礼をしにきます」

「ほっほっ、待ってるよ」

老婆に手を振り、アモルは村を旅立つ。



いきなり学園跡に乗り込むのはさすがのアモルもしなかった。
老婆に教えてもらった道を頼りに、村と町を巡りみんなを探すのを最初の目的とした。

「いやあ、すまないね。助けてもらって」

「いえ。こちらも乗せてもらってありがとうございます」

途中、モンスターに襲われていた行商人を助け、
お礼に馬車に乗せてもらい、アモルは一番近い村にたどり着いた。

その村の人たちに聞いて回るも、村には誰も来ていない。
だが一人の村人がアモルに声を掛ける。

「あんた、アモルって言うんだって? 何日か前にいたよ。『アモルを探してる』って子」

「本当ですか!?」

「ああ。町に向かったはずだからもしかしたら追いつけるかもね」

「ありがとうございます!」

アモルは村を駆け出ていく。

「あの小僧……生きていたのか……」

それを見ている謎の人物に気が付かずに。
普通なら三日かかる道を一日半で駆け抜けたアモルは、
息を切らしながらも大きな町にたどり着く。

「ここに誰かが……」

アモルはまず町を見て回る。
大きな町だが、やはりモンスターの影響は大きいのであろう。
所々家屋が崩れ、町の人たちの活気もあまりない。

「すみません、人を探してるんですが――」

「……いえ、見てないねえ、君以外によそ者は」

「すみません人を――」

「う~ん見てないなあ。宿の人か酒場の人に聞くのがいいんじゃないかい?」

アドバイスに従い、アモルは酒場をのぞいてみる。
昼から酒を飲む酔っぱらいが主な客で質問は出来なかったので、有能そうな酒場のご主人に話を聞くことにする。

「あの、人を探しているんですが……」

それを聞いて酒場の主人の眉がぴくっと動く。

「もしや貴方はアモル殿?」

「え?」

「そのようですな。先程一人の女性が聞いてきました。
見かけたら宿に来るよう言伝を頂いておりました」

「あ、ありがとうございます! 宿に行ってみます!」

すぐさま酒場を出て走り、宿の扉を勢いよくを開けた。

「お客様、扉はゆっくりお開けください」

「あ、すみません……」

そっと扉を閉めると、宿の主人に質問する。

「アモルといいます。ここに僕を探している人が来ていませんか?」

「アモル……。ああ、そういえば」

宿の主人はカギをチェックしながら呟いた。

「二階の奥の部屋に行きなさい。おそらくまだ部屋にいるはずです」

「あ、ありがとうございます!」

アモルは二階に上がると、一番奥の部屋をノックする。

「はい?」

アモルの耳に聞いたことのある、しかし成長した声が届く。

「あ、アモル……だけど」

それを聞くと、扉が勢いよく開いた。

「アモル!?」

「え……も、もしかしてシオン?」

開いた扉の中にいるシオンの姿を、アモルは一瞬わからなかった。
三年前よりも背が伸びたのはもちろんだが、短かった髪が大きく伸びていたからだ。
可愛かった見た目も、美人と言える容姿になっている。

一方、扉を開けたシオンもアモルをすぐにわからず驚いていた。
シオンの記憶では、アモルと背丈はそこまで変わらなかったから。
それが自分を大きく上回る背丈と、声の低さ、カッコよさで驚きを隠せない。

「あ、でもその目。本当にアモル。……アモルなんだね!」

シオンは嬉し涙を浮かべながら、アモルに抱き着いた。

「シオン……!」

アモルも嬉しさで抱き返そうとして、一瞬戸惑いやめた。
シオンを軽くなでるが、すぐに引き離し、本題に入る。

「シオン。ラヴやエレテ、先輩たちはどうなったか知らない?」

その質問にシオンは寂しさと怒りで複雑な表情になる。

「……わかるよアモル。みんなが心配なのは。でも!」

シオンはアモルを押し飛ばすと、嬉し涙から怒りの涙で叫んだ。

「もう少し私との再会を喜んでもいいじゃない!」

そう言うと勢いよく扉を閉めた。

「あ……」

アモルはただ扉の前で立ち尽くすしかなかった。



「おや、どうしました? 何やら大声が聞こえましたが……」

宿の主人が心配そうに、しかしわかっているように様子を聞いてくる。

「ええまあ……怒らせてしまって」

そう言うとアモルは自分も宿に泊まれるか聞いてみるが、部屋はもう空いていなかった。

「仕方ない……野宿でいいか」

さっきシオンを怒らせた罰だな、と思いつつアモルは宿を出て町の外へ向かおうとする。
そして町の近くでたき火を付け、眠ろうとした時だった。

「アモル」

「……シオン?」

シオンがいつの間にか町の外まで追いかけて来ていた。

「なんでここに……」

「……さっきは怒り過ぎた。ごめん」

「いや、こっちこそ、ごめん」

アモルは改めてシオンに近づくと、そっと抱き寄せた。

「僕も、シオンと再会できて嬉しい。本当だよ」

「うん……うん……!」

シオンは再度、嬉し涙を零しながら、アモルに強く抱き着いた。



その後、シオンがどうしてもと言うので、アモルはシオンの部屋にお邪魔することにする。

「で、皆の行方だったよね」

「うん、僕は三年間、眠っていたらしいから。シオンなら知ってるかなと思って」

しかしそれを聞いてシオンも困った表情をする。

「ごめんねアモル。実は私もまだ特に情報がないの。
私が目覚めたのは一年前。遠くに飛ばされてて、この辺りに戻って来たのもつい最近で」

「そう……か」

「あ、でもね!」

シオンは荷物から地図を取り出すと机に置いて一か所を指差した。

「私たちがいる町はここなんだけど……。こっち。ここを見て」

シオンの案内通りに地図を見る。
シオンの指の先には、ひときわ大きな屋敷の図が書かれている。

「ここは、もしかして」

「そう、先輩たち、エレメント家の屋敷。アモルは行ったことあるでしょ?」

エレメント家の屋敷。
アモルが予言を聞くために、ヒノ、スイ、フウ、アスの4属性姉妹とともに行った姉妹たちの実家。

「確かに……。先輩たちの母親、エリスさんなら何か知っているかもしれない」

「それに先輩たち自身も戻ってるかもしれないよ」

「うん、じゃあ明日は屋敷に向かおう」

目標が決まり、アモルたちは眠ることにするが……。

「シオンはベッドで寝ていいよ。僕はこっちの椅子で眠るから」

そう言って椅子にもたれ掛かるアモルに、シオンは緊張しながら提案した。

「アモル……一緒に寝ない?」

「!?」

驚きでアモルは椅子から崩れ落ちる。

「シ、シオン? 僕たちも大きくなったんだし、そんなことは……」

「アモルとなら……一緒に寝るくらい平気だよ?」

「っ……」

成長したシオンの表情がすごく妖艶に見えて戸惑うアモル。
しかしゆっくりとベッドに近づくと、シオンの横にそっと座った。

「ね、寝るだけだからね!」

「うん。それでいいよ」

アモルはすぐに布団に潜るとシオンの方を見ずに目を閉じる。
最初は緊張していたアモルだったが、疲れていたのかすぐに眠りに落ちた。

寝息を立てるアモルにシオンがそっと近づく。
そしてそっとアモルの頬に口づけした。

「生きていてくれて……ありがとう。アモル」

そう言ってシオンもアモルの隣で眠りに落ちるのだった。