「ゴホッゴホッ……」
巨大病院の一室。ベッドで横になり咳き込んでいる少年。
少年『護(まもる)』は謎の不治の病に侵され、余命はわずかだと診断されている。
両親は行方不明。施設で育った護には、施設の職員くらいしか見舞いには来ない。
だが護は気にしていなかった。幼いころから大人びていた護は、このまま死んでも構わないと思っていた。
だが、そんなある日……。
「う……ん……」
護が目を開けると、そこは真っ白な空間。いつもの病室ではない。
すぐに護は感じた。「ああ、これは夢だ」と「あるいは天国に来たのかな」とも。
「う~ん。夢といえば夢かな? でも天国じゃないよ?」
突然、空間に可愛らしい声が響く。
「誰?」
驚きはせず、淡々と護は質問する。
「あっれー? そこはもう少し驚いてほしいなあ」
声が響くと、護の目前に光の玉が現れ輝きだす。
輝きが収まると、そこには桃色の長い髪の少女が立っていた。
「……きみは?」
無感情で発せられる問い。
「もう! なんでそんな覇気がないの!
わたしみたいに可愛い子が目の前に来たらもっと喜ぶとか、赤くなったりするでしょ!」
「……可愛いのはわかるよ。でもきみみたいに可愛い子に会っても意味ないから」
それを聞くと少女は真面目な表情になり聞いた。
「もうすぐ死んじゃうから?」
「そうだよ。ボクだってきみみたいな可愛い子と出会えたことに喜びたいよ。
でもボクはもうすぐ死んじゃうから。意味なんてないよ」
それを聞くと少女は後ろを振り向きながら。
「ふっふっふ。じゃあもし生きれるなら。君は素直に、欲望に正直に生きるかい?」
「何言って――」
護の言葉を遮るように、少女は護に向かって光を放つ。
「これは……」
「どう? 夢の中だけど身体の苦しさ、消えたんじゃない?」
護は頷く。
「その光はね、異世界の物なの」
「異世界……?」
異世界という単語自体は、護も知っていた。
だが実際に自分が浴びた物が異世界の光と言われてもピンとこない。
「君を苦しめていた不治の病。正確には病じゃないの。この世界、仮に『現実世界』と呼ぶわ。
現実世界と身体の相性が悪い者に稀に起こる世界のシステムみたいなものなの」
「じゃあ……」
「そう。このままだとどうあがいても死ぬのは確定」
「そうなんだ……」
希望が見えたと思ったが、また絶望に護は顔を落とす。
「待って待って! 続きを聞いて! 確かにこのままだと君は死ぬ。だからわたしが来たの!」
「え……?」
「さっきの異世界の光で苦しさ消えたでしょ? それは君と異世界の相性が良かったから。だからね――」
少女が護に手を伸ばす。
「君がいいなら、わたしが異世界に案内してあげる!」
手を伸ばす少女の表情に嘘偽りはない。護は直観的にそう感じた。護には少女が神々しく見えていた。
「きみは一体……」
「わたしは愛と生命の女神……の見習いの『ラヴ』!」
「女神……」
護に少女が神々しく見えたのは当然だった。本当に神様だったのだから。
「で、どうするの?」
「ボクは……生きれるなら異世界に行きたい!」
「よーし、決まり! じゃあいくよー!」
ラヴは目の前に魔法陣を描く。
「君は異世界のとある村の少年になる! 名前は……『アモル』!」
「アモル……」
復唱している護に、ラヴが近づく。そして――。
「アモル!」
「うん? っ!?」
ラヴは不意打ち気味に、護に口づけした。
「な、なにを!?」
「ふふっ、契約かな。わたしと護……アモルを繋ぐ契約」
「契約って――」
問い返そうとする護だったが、突如ふらついた。
「あ、そろそろ転移が始まるよ」
ふらつく護を支えながらラヴが言った。
「転移したての頃は記憶がごちゃごちゃするけどすぐに慣れるから。またね!」
その声が聞こえるか聞こえないかというところで、護の意識は完全に消えた。
「―ル! ――モル!」
声が聞こえた。ラヴではない。別の女の子らしき声。
「――モル! アモル!」
「う……ん……」
護、いやアモルが目を覚ます。
病院ではない。見たことのない天井。
「よかったぁ。アモルが気づいた」
アモルはベッドに横になっていた。その横には少女がいる。
ラヴとは違う。後ろで髪を束ねた女の子。
「えっと……」
アモルは少女を見る。
少女も不安そうにアモルを見る。
「ど、どうしたのアモル? やっぱり頭ぶつけた?」
「いや……」
アモルは混乱している頭を整理する。
女神見習いのラヴに異世界に転移させてもらった。アモルという名になった。
そして……。
「大丈夫だよ。シオン」
少女に向けてそう呟いていた。
「!」
少女、シオンは嬉しそうに回りながら「おかあさーん!」と叫びながら部屋を出ていく。
その間にアモルは情報整理の続きを始める。
「ボクはアモル。この世界に転移してきた護。
さっきの子は、ボク、アモルの幼なじみのシオン。孤児のボクを引き取ってくれて一緒に暮らしてる
シオンがボクを心配していたのは、ボクが木から落ちたから。よし、だいぶわかってきた」
情報を整理していると、部屋に足音が近づいてくる。
またシオンかな、とアモルが思っていると。
「……」
「……」
確かにシオンだった。だがもう一人いる。シオンの母ではない。
「……なんで?」
シオンの横には普通の少女っぽい姿のラヴがいた。
「……なんで?」
アモルの問いが部屋に響く。
シオンの横にいるのは、普通の衣服に身を包んだラヴ。
『なんで?』とは『なんでここに?』といったところだろうか。
「アモル、この子、誰?」
シオンが不機嫌そうにアモルを睨みながら聞く。
シオンとしては、幼なじみの自分以外にこんな可愛い子がいるなんて聞いていない、といったところだ。
「アモルを助けたって言ってるんだけど……」
現実世界のこととはいえ、アモルがラヴに助けてもらったのは間違いない。
「えっと、まあそんなところ……かな?」
アモルはベッドから起き上がると、素早くラヴに近づき。
「ごめん、シオン! ちょっと二人だけで話させてね!」
そう言って、ラヴの手を引きながら外に出ていく。
「なんなの、いったい……」
不満そうにシオンはアモルを見送った。
「で、なんでここに?」
「なんでって、話の続きをしにきたの」
「話って……」
アモルも、転移させてくれた礼は言わなくてはいけない、とは思っていた。
だが、他に話があるのかと疑問に思う。
「契約の話の続き!」
「契約って……あのキス? まだ何かあるの?」
ラヴは勢いよく頷くと説明を始めた。
「あのね。異世界に送るために契約したんだけど、タダじゃないの」
「えっ」
そんなの聞いてないとばかりにアモルはラヴを見る。
「安心して! 悪いことにはならないから!
アモルにはね、わたしのお手伝いをしてほしいの」
「手伝い?」
「そう! 正確には、わたしが女神見習いからランクアップするための協力!」
それくらいなら……とアモルは「わかったよ」と頷いた。
「で、なにをすればいいの?」
「それは――」
ラヴはすっと近づくとアモルに再び口づけした。
「っ!? なになに!?」
動揺するアモルに、ラヴは顔を赤く染めながら言う。
「アモルには『愛』を集めてほしいの」
「愛……?」
「言ったと思うけど、わたしは『愛』と『生命』の女神……の見習い!
わたしの契約者として、アモルには愛を集めてほしいの」
「でも愛って、具体的には?」
問うアモルに、ラヴは手を大きく回しながら言った。
「わかりやすく言うと、ハーレムを築くってこと!」
その答えにアモルは咳き込んだ。
「ハ、ハーレムって……」
「愛を集めるの! それくらいしなきゃ! 話終わり! それじゃあ――」
ラヴはアモルを回らせ、シオンの家に向ける。
「まずはあの子の愛を手に入れておいで!」
そう言ってアモルの背中を勢いよく押した。
「あら、アモル、おかえりなさい」
シオンの母、アモルにとっても育ての親が笑顔で出迎える。
「アモルも隅に置けないわね。いつあんな可愛い子と知り合ったの?」
「ははは……」
苦笑でごまかしつつ、アモルは本題に入る。
「あの、シオンは……?」
「ああ、部屋に戻ってるはずだよ」
それを聞くと、アモルは急いでシオンの部屋に向かう。
「シオン。いるよね?」
アモルがノックしながら部屋内に呼びかける。しかし返事はない。
「シオン? 入るよ」
アモルが部屋を開けると、そこには枕で顔を隠すシオンの姿が。
「シオン? あの、さっきの子、ラヴって言うんだけど、話終わったから……」
「……キス」
「え?」
シオンが枕をどけて顔を見せる。
その表情は、怒りとも、何か恥ずかしいとも、言える赤さで染まっている。
「さっきの子。ラヴ?とキスしてた」
「見てたの? えっと、あれは……あいたっ!?」
アモルの顔に枕が直撃する。
「アモルのバカ! エッチ! スケベ! すけこまし!」
「ちょっ、シオン、話を聞いて。あとすけこましってどこで覚え……。痛い痛い!」
落ち着くまでアモルはシオンに物をぶつけられまくっていた。
「というわけで、あの子は女神様なんです。ボクを助けてくれました。それ以上はありません」
「……」
シオンの前で正座しながらアモルは事情を説明した。
もちろん、転移してきた、などは言わなかったが。
「……嘘っぽい」
「……だよね」
アモル自身もそう思っている。
女神だのハーレムだの信じられないだろう。
「でも……」
「うん?」
シオンはアモルに笑顔を向けて言った。
「アモルは嘘はつかないってわかってるから」
その笑顔にアモルはドキッとする。
転移で記憶が混ざっているとはいえ、幼なじみの少女の可愛い笑顔だ。
まだ少年のアモルはドキドキするしかない。
「でも!」
急にシオンが睨みながら叫んだ。
「あの子が神様でもいいし、ハーレム?を作ってもいいけど――」
シオンはまだハーレムの意味がよくわかっていない。
が、顔が赤くなりながらシオンは言葉を続けた。
「アモルは渡さないからね!」
そう言うと、シオンは布団に潜って隠れてしまった。
恥ずかしすぎて出てこれないのは、アモルにもわかった。
「あらあら」
部屋の戸の前でシオンの母が笑顔で様子を見ていたのは、アモルもシオンも気づいていなかった。
それから数日。平穏な日が続いた。
アモルも記憶が上手く繋がり、無事異世界に馴染んできた……と思っていたある日。
「そういえば二人とも。準備はどう? 進んでる?」
食事中、シオンの母が質問する。
アモルはすぐに何のことかが出てこなかった。
「学園に行く準備でしょ。バッチリ。アモルは?」
「え、あ、ああ。もう少し、かな」
ごまかしつつ、アモルは記憶から引っ張り出した。。
もうすぐこの家から離れ、町にある学園に通いに行くのだと。
「アモル、学園でもうちの娘をよろしくね?」
「もう、おかあさん!」
親にからかわれ顔を赤く染めるシオン。それを笑顔でアモルは見守る。
その日の夜。
アモルが荷物の準備をしていた時だった。
部屋の窓から『コンコン』と音がする。
「え? ここ2階……」
とりあえず窓を開けるアモル。
「アーモルッ!」
窓を乗り越えるように、ラヴがアモルに飛びついてきた。
「ラヴ!? どこから入ってきてるの!? ていうかラヴは普段どこにいるの!」
「秘密! でも、もうすぐいる場所同じになるよ!」
「え?」
ラヴがその場でくるっと回る。
するとラヴの着ていた服が一瞬で制服に変わった。
「その制服って……」
「そう。アモルやあのシオンって子の学園の制服!」
「まさか……」
「うん! わたしも学園に通う!」
「……本気で?」
「もちろん!」
アモルは嬉しいような、複雑なような表情を浮かべる。
「でもなんで?」
「もちろん、アモルを見守るため!」
と言った後に少し顔を赤くすると。
「それと、一緒にいるため!」
と言って抱き着いた。
「う、うん。わかったよ。止めはしないけど……」
苦笑しつつも、アモルは嬉しそうにするのだった。
「いってらっしゃい! 体調に気を付けるのよー!」
「うん!」
「はい!」
「はーい!」
町行きの馬車に手を振るシオンの母。
返事の手を振る3人。
「……なんでいるの?」
シオンが同じ馬車に乗っているラヴを睨む。
「同じ学園に向かうからだよ?」
「……そうなの?」
シオンが今度はアモルを睨む。
「そうなんです……」
学園に来るのは知っていたが、同じ馬車で行くとは……。
と、アモルは頭を抱える。
「ラヴ……だっけ? アモルは渡さないから!」
シオンがビシッとラヴを指差し宣言する。
「ふふっ、いいよー! わたしも負けないから!」
ラヴは気にせずにそれを受け止めるのだった。
「「「学園についたー!」」」
3人は学園の前で喜びの手を挙げる。
ラヴもシオンも仲良く、気にせずに。
「えっと……あ、二人とも、クラスも一緒みたいだ」
「「わーい!」」
ラヴとシオンが左右からアモルに抱き着く。
「ちょ、ちょっと……二人とも、周りの人がみてるから」
二人を引き離しつつ、しかし手は繋ぎ、アモルは教室へと向かうのだった。
教室につくとさっそく、ラヴ、シオンは落ち込んだ。
「「アモルの隣じゃない……」」
と、二人そろって落ち込む。
「まあまあ、とりあえず席に座ろう。ね?」
そう言った後、アモルはラヴにこっそり囁く。
(ハーレムを目指すなら、他の子が隣の席でもいいでしょ)
(そうだけど……)
「じゃあ、また後で!」
アモルは二人を鼓舞すると、自分の席に向かう。
「ここだ。隣は……」
アモルの隣には、ショートヘアの女の子が本を読んでいた。
邪魔しちゃ悪いかなと、静かにアモルは横に座る。
「……あ」
隣の少女がアモルに気づく。
少女は少しアモルを眺めると。
「クラス票の前で左右から挟まれてた人」
と、小さく呟いた。
それを聞きアモルは苦笑する。
「あ、ボクはアモル。よろしくね。きみの名前は?」
「エレテ。よろしく、アモルくん」
そう言うと少女、エレテは本を読むのに戻る。
その後、教室で自己紹介や教師の話があり、初日の学校は終わる。
そして今度は学園の寮だ。当たり前だが男女別。
「「アモル―! また後で!」」
ラヴとシオンが手を振る。まるで今生の別れのように。
「アモル、いいよな、あんな子たちに好かれてて」
アモルの周りを他の少年たちが囲む。
さっそく一派閥が出来ていた。
「でも残念! ラヴちゃんの隣は俺!」
「シオンちゃんの隣は僕!」
聞いてもいないのに、自慢してくる少年たち。
無視して寮に入ろうとしたところで、大将らしき少年が言った。
「でもおまえの隣は、無愛想でブスのエレテ!」
「!!」
その言葉にアモルは振り向き睨む。
「会ったばかりだから詳しくないけど、少なくともブスは違うね」
それだけ言ってアモルは寮に入っていく。
その数日後、アモルはラヴとシオンに挟まれ、昼食を取っていた。その時……。
「本、返して」
アモルの耳にその声が聞こえた。
「ラヴ、シオン。ごめんちょっと……」
二人に謝りながら、アモルは駆け出す。
「返して」
「へっ! やだね、エレテの分際で!」
教室の隅で先日の少年大将が、エレテの本を取り上げている。
「やめなよ」
それをアモルは見過ごせずに声を掛けた。
「ああん? お前、この前の……」
「本、返してあげなよ」
アモルはただそれだけ言った。
だが少年は嫌味に笑いながら
「いやだって言ったら」
と本を持つ手を上にあげる。
身長は少年の方が上、アモルには届かない。
……と、少年は思っていた。
「……返せ」
アモルはそう言うと、すっと飛び上がり、少年の手から本を取り返す。
「なっ!?」
軽々取り返されたことに驚き、しかし少年は怒った。
「てめえっ!」
少年が殴り掛かる。
だがそれを、アモルはさっと避けると、その腕を掴み投げ飛ばした。
「おわっ!?」
倒れた少年に近づき、アモルは冷たい声で囁く。
「二度とこんなことするな」
「っ!」
少年は起き上がりつつ
「覚えてろ!」
と捨て台詞を残し走り去る。
「はい、本」
アモルは笑顔に戻るとエレテに近づき、本を手渡す。
「あ、ありがとう」
本を受けとり、自分の机に戻るエレテ。
それを見て、ラヴとシオンの所に戻るアモル。
その戻っていくアモルを、エレテが頬を染めながらこっそり見ているのを、アモルは気づかなかった。
先日の一件以来、アモルの近くには、ラヴとシオンに加えエレテが来るようになった。
「でも、いいなー。エレテはアモルの隣の席で」
「エレテ、ラヴも! アモルは渡さないから!」
「わ、私はそういうのじゃ……」
三人の様子を、アモルは近くから微笑ましく見守っている。
しかし一方で、アモルには別に考えていることがあった。
(ラヴのおかげで、ボクはこの世界に転生したわけだけど……)
アモルは自分の身体を眺めたり、手を握ったりする。
(この前、エレテの本を取り返したときもそうだ。ボクにはこんな力はなかった。
生前の『護』の身体にも……この『アモル』の身体にも……)
いろいろ考えながら、アモルは一つ気がつく。
(そういえば……ラヴにキスされた後からかな。この力がみなぎるのは。
ラヴの契約って、もしかしてボクにも影響がある……?)
アモルがラヴの方を見ると、ラヴが微笑みながらこっそり手を振っていた。
昼休みに、アモルはこっそりとラヴを呼び出すと、先程のことを質問した。
「あれ、言ってなかったっけ? ……ああ! 言ってなかった! ごめん!」
ラヴは慌てながらアモルに頭を下げると、説明を始めた。
「アモルが愛を集めてくれると、わたしの女神の力が上がっていくの」
「それは、女神見習いからランクアップするためって……」
「それもなんだけど、女神の力が上がることで、契約者であるキミにも影響があるの。
だから、力が上がったのは、愛が集まってキミの力も上がった、のだと思う!」
(思う……?)
最後の一言が少し気になるアモルだったが、力が上がったことは間違いない。
(この身体で、ボクは、転生前の分も生きてみせる!)
アモルは自分に宣言する。
しかしまだアモルは知らなかった。自身が手に入れた力。その力量を……。
アモルたちが通う学園。
そこの授業は教科書による学習、体育、そして『魔法学』が存在している。
アモルは勉強こそ他の皆と大きな差はなかったが、体育、魔法学は別だった。
基礎体力測定――
「アモル君、まだ疲れてないのかい?」
「え? はい、まだいけますよ」
「いや、しかしねえ……」
教師が周りを見渡させる。
そこには、既にへとへとに疲れ切っている他の生徒たちが。
「あ、す、すみません。気づかなくて」
アモルは慌てて動きを止め、皆の中に戻るのだった。
魔法学――
「えー、今日は基本中の基本の魔法『ファイヤ』から教えていきます」
教師の説明の後、皆それぞれ、的に向かって『ファイヤ』を放つ。
アモルも、ラヴ、シオン、エレテに見守られながら、的に向かい手をかざす。
「ファイヤ!」
その言葉と共に放たれたのは間違いなく『ファイヤ』。しかしその威力が桁違いだった。
他の生徒の『ファイヤ』が的に当たって揺れるだけなのに対し、アモルの『ファイヤ』は的を吹き飛ばし粉砕していた。
周りの生徒の反応はそれぞれだった。
一部の生徒は驚き、恐怖、一部の生徒は、尊敬の眼差しを向けていた。
その夜、アモルはベッドで横になりながら一人考える。
(体育の時も、魔法の時も……これもラヴとの契約の力?)
アモルは天井に向けて手を伸ばす。
(ラヴと、シオン、エレテも? 三人だけでこの力。
もっと愛が集まったらボクはどこまで行くのだろう……)
アモルの中には不安があった。だが昂ぶりも存在していた。
(ラヴを女神にする。シオンもエレテも守る。ボクの力はきっとそのためにある!)
アモルが決意の拳を握る。
そして眠りに就こうとした時だった。
アモルの部屋の窓に小さく『コン』と音が鳴る。
「……? ラヴかな」
アモルが窓を開けると、目の前に物体が飛んでくる。
それをアモルは反射神経の良さで受け止めた。
「手紙……?」
アモルが手紙を開く。
『憎きアモルへ。学園の体育場で待つ』
「誰からか書いてないな……ん?」
『来なかったら、ラヴちゃんやシオンちゃん、エレテをどうするかわからないからな!』
手紙の下の方に書いてあるそれを読み、アモルは手紙を握りつぶした。
学園の体育場横の木。そこにはラヴとシオン、エレテがロープで結ばれ捕まっていた。
「「ちょっと! 放しなさいよ!」」
ラヴとシオンが叫ぶ。エレテは震えて声が出ないようだ。
「おとなしくしててくれよ~、ラヴちゃん、シオンちゃん。
今からアモルをボコって、真に強いのは誰か教えてやるからさ!」
話を聞かず一人で妄想する少年。
先日、エレテに嫌がらせをしていた大将少年であった。
「誰をボコるって?」
夜の月に照らされて、アモルがゆっくりと現れる。
「「アモル!」」
「アモル……くん」
「へっ! 待ってたぜ、アモ――」
大将少年の言葉を無視し、アモルは木に近づくと、ロープを一瞬でほどいた。
「ありがとう、アモル!」
「さっすが、アモル」
「ありがとう、アモルくん」
三人に感謝されるアモル。その後ろから大将少年が怒りながら拳を振り上げた。
「無視すんじゃねえっ!」
だが背後からの一撃を、アモルは振り向きながら軽く受け止め、逆に押し飛ばす。
「うおっ!?」
押し飛ばされ尻もちをつく大将少年だったが、怒りでしぶとく立ち上がり、アモルの方に向き直る。
アモルはその様子を、冷たい目で見ていた。
「ねえキミ。もうこんなことしないって約束して帰ってくれない?
そうしたらボクも、今日のことなかったことにするからさ」
アモルが淡々と言い放つ。
しかしその言い方が逆に大将少年の怒りに火をつけた。
「ふざけやがって! おい、おまえら!」
アモルたちの周りを、大将少年の下っ端少年たちが現れ囲む。
「……これは、隠れるのが上手いね、キミたち」
囲まれている状況ながら、アモルは思ったことをそのまま口走っていた。
「けっ、やるぞ、おまえら!」
大将、下っ端の少年たちが一斉にアモルに襲い掛かろうとした、その時。
「ファイヤ!」
「ウォータ!」
「ウインド」
「ストーン」
次々と魔法が放たれる
「う、うおおおっ!?」
手加減されているとはいえ魔法を受け、少年たちはそれぞれ吹き飛んでいく。
それをアモルたち4人は驚いて見ていた。
「大丈夫だったか?」
魔法を放った一人、赤髪の女の子がアモルたちに声を掛ける。
「あ、はい。ありがとうございます。えっとあなたたちは……」
アモルが聞こうとして、横にいたエレテが声を出した。
「1学年上のクラスの4属性姉妹……さん?」
その言葉に、姉妹はそれぞれ頷いて答えた。
「4属性姉妹って確か……」
アモルも思い出した。噂で聞いたことを。
「魔法の基本属性の4つ。火、水、風、地。
人によって得意属性が違うけど、血縁関係は同じ属性が得意なことが多い。
だけど、きみたちは……」
「そう! オレは火の魔法が得意な『ヒノ』! よろしくな!」
元気いっぱいの赤髪の少女が先頭に出る。
「わたしは水の魔法が得意の『スイ』。よろしくね」
青い髪で長髪の少女がヒノの後ろから手を振る。
「……風魔法が得意。……『フウ』」
スイのさらに後ろに隠れるように、緑髪の子が顔を出す。
「最後に、ボクは地魔法が得意の『アス』。よろしく」
一番後ろから、茶色の髪の子がゆっくりとアモルの前に近づいた。
「その4属性姉妹の皆さんが、何故ここに?」
アモルの質問にアスが、ラヴ、シオン、エレテの方を、ヒノがアモルの方を見る。
「消灯時間になったのに部屋にいない子たちがいる。
と、連絡が回ってきてね。どう探そうかと思っていたら……」
「アモル、だっけか。お前が走っていくのが見えてな。
何かあったと思って、オレらで後を追った、ってわけだ」
「えっ」
アモルは驚いた。自分は気配には敏感な方だと思っていたからだ。
「よっぽど、その子たちのことが心配だったんだね。
すごく急いでたから、わたしたちに気が付かなかったんじゃないかな」
「うん……」
スイの言葉に同意するようにフウが頷いた。
「それは――」
「アモル、心配してくれたの! 嬉しいなあ」
「うんうん。アモルはそうだって思ってた!」
ラヴとシオンが素直に喜ぶ中、エレテが小声で
「ゆっくりこっちに向かって来てたけど……」
と呟きながら、アモルを見つめた。
「いや、それはね……」
「カッコつけたかったんだろ!」
言葉に詰まるアモルの背をヒノが強くたたく。
「いや、そんなことは……」
「照れんなって!」
ヒノが続けざまにアモルの背をたたく。その勢いにアモルはむせる。
「……そうなの?」
エレテの瞳がアモルをじっと見つめる。
その純粋な目にアモルは――
「……そうです」
認めるしかなかった。
「え、そうなの? アモル?」
「意外、アモルもそういうこと気にするんだ」
ラヴ、シオンも詰め寄ってきて、アモルは恥ずかしさに顔を逸らす。
「ふふっ、アモルくんも男の子ってことだよ。可愛い同級生に弱い、ね」
スイが笑顔でアモルたちを見る。
ラヴ、シオン、エレテは喜びながらアモルを囲む。
「ふむ。まあそれはそれとして君たち、いやボクたちもか。
そろそろ寮に戻った方がいい。他の生徒が心配しているよ」
アスが、喜ぶラヴたちを冷静に諫める。
「あ、そうだった」
「アモル、今日はありがとう!」
「……また明日」
ラヴたち3人は先に駆け出し寮に帰っていく。
アモルはそれを笑顔で見送る。
「お前もだよ、アモル」
ヒノが今度はアモルを急かすようにたたく。
「わ、わかってますよ」
アモルも駆け出し、少し進んだところで4姉妹に振り返った。
「さっきは、ありがとうございました。
ボク一人だったらラヴたちにケガさせてたかもしれないので。それじゃあ!」
そう言うと、アモルは寮に帰っていく。それを見送る4姉妹。
「……どう思うよ。スイ、フウ、アス」
「わたしはいい子だと思うけどな。フウはどう思う?」
「ん……」
スイの問いにフウは笑顔で頷く。
「そう簡単に決めるのは早計だと思うけど……まあ、悪い子ではなさそうだね」
アスもゆっくり頷いた。
「じゃあ、決まりだな」
4姉妹は改めて、もうだいぶ遠くにいるアモルの背中を見る。
「アモルくん。彼が……」
「オレたちの……」
「ボク等の……」
「……運命の子」
そして最後に揃って呟く。
「「「「そしてアモル。彼は……宿命の子」」」」
その声が夜の光に吸い込まれていった。
悪ガキ大将の少年との揉め事はすぐに広まっていた。
もちろん、大将少年が全面的に悪いことには違いないのだが……
「聞いたか? あの4属性姉妹もアモルに味方したらしいぜ」
「本当かよ? ラヴちゃん、シオンちゃん、エレテだけでも許せねえってのに……」
アモルの男子陣からの評判はどんどん落ちていく。
一方で女子陣はというと……
「えーっ! アモルくんが3人を助けてくれたの!?」
「そう、アモルカッコよかったんだから!」
ラヴ、シオン、エレテの3人は他の女子たちに囲まれ話で盛り上がっている。
「ねえ、4属性姉妹も助けてくれたっていうのは本当?」
「……本当」
エレテが答えると、女子たちは3人を交互に見て、
「またライバルが増えたね」
と小声で言う。
ラヴ、シオン、エレテがアモルを気にしているのはもはや周知の事実であった。
一方、そんなことは気にもせず、アモルは一人昼食をとっていた。
「う~ん。この世界でもカレーライスは美味しい。……うん?」
アモルの向かい側の席に人が座る。それは……
「あ、アモルくん。ここ、いいよね?」
4属性姉妹のスイであった。
「構いませんけど……何か用ですか?」
「ううん? 君と同じく昼食をとりにきただけだよ?」
「そうですか……?」
昨日の今日なので何かあるかと思ったアモルだったが、
スイはそんなそぶりは見せず、アモルの目の前で食事を始めた。
(考えすぎか……)
スイを時々見つつ、アモルはカレーを食べ終える。
「では、お先に失礼します。スイ先輩」
「スイでいいよ」
「そういうわけにも……」
困りながら、アモルは先に食堂から抜け出した。
食堂から出て教室に帰ろうとするアモルが、次に目にしたのは……
「……フウ先輩?」
「すーすー……」
中庭の椅子で寝ているのはフウであった。
「……気持ちよさそうに寝てるな」
と、横を通りすぎようとして、
「……ん」
フウが目を覚ました。
「……」
「……お、おはようございます」
目が合って、アモルは戸惑いつつ挨拶する。
「おはよう。……キミも寝る?」
「え? いや、ボクは大丈夫です。というかそろそろ午後の授業が始まりますよ」
「……そう」
フウはゆっくり立ち上がり、学舎の方にゆっくり歩いていく。
「マイペースというか、のんびりしてるな」
アモルはフウの後ろ姿を見送り、自身も教室に走った。
放課後になり、寮へ戻ろうとするアモルに声がかけられる。
「よう、アモル!」
「あれ、ヒノ先輩?」
「ヒノでいいって。それより今、時間あるか?」
「はあ。ありますけど」
そう軽く返事をしたら、ヒノの体力トレーニングに長々と付き合わされたアモル。
「はあ……はあ……アモル、お前、体力あるなあ」
「ふう……ヒノ先輩も、元気ですね」
アモルは自分とここまで体力が互角なヒノに驚きと尊敬を感じるのだった。
「おかえり」
「ってあれ、アス先輩?」
トレーニングから帰ってきたアモルに声を掛けたのはアス。
「アス先輩、何でここに?」
「君がヒノのトレーニングに付き合ったと聞いてね。ほら」
アスはアモルにタオルを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
アモルは汗をタオルで拭いながら、アスに質問する。
「アス先輩は……いや、あなたたち姉妹は、ボクに何か用があるんですか?」
「うん?」
「昼のスイ先輩から、今日はあなたたち姉妹によく会います。偶然とは思えないんですが」
「ふむ……」
アスが手を顔に当て考えるような仕草をとる。
「スイのような言い方になるが……君が気になるから、というのはどうだい?」
「……本当だったら嬉しいですけど」
「フフ、まんざら嘘ではないさ」
アスは微笑みながら、アモルに背を向け帰って行く。
「あ、タオル……。明日、返すか……」
そして確かに次の日、アモルはアスにタオルを返した。
しかし、それからしばらく間……。
「あ、アモルくん」
ときにはスイに。
「……ん、アモル」
ときにはフウに。
「よう、アモル」
ときにはヒノに。
「やあ、アモル」
ときにはアスに。
アモルは、やけにというほど4姉妹に遭遇し声を掛けられる。
(やっぱりこれはなにかあるな……)
アモルじゃなくても気づきそうなワザとらしい連続の出会い。
さすがにアモルも気になってくる。
(仕方がない……。強硬手段で行くか)
アモルはラヴ、シオン、エレテに相談する。
4姉妹の行動が気になっていた3人も、協力をすぐに承諾した。
その日の夜、寮の4姉妹の部屋。
「今日も特になにもなかったね」
「ん……」
「学園内で何か起こっても困るのだが……」
「そもそも、母上の予言が間違ってたんじゃねえの?」
4姉妹の話し声が聞こえる。順番にスイ、フウ、アス、ヒノだ。
会話に夢中で外の様子に気が付いていないようだ。
「ここが、4姉妹の部屋だね」
「……気づかれてないみたい。ラヴさん、行ける?」
「任せて、愛の女神の力、見せてあげる!」
ラヴが扉の前で指をくるっと回す。
するとカギがあっさりと開く音を鳴らした。
「さすがだね、ラヴ。(愛の女神関係ない気もするけど……)」
後ろにいたアモルがラヴを褒める。ラヴは小さく喜んだ。
「よし、行くよ……!」
4人は勢いよく扉を開けた。
「なになに!?」
スイが驚いた表情で出てくる。
「ラヴちゃん、シオンちゃん、エレテちゃん。それに、アモルくん!?」
「お邪魔しますよ」
「ここ、女子寮」
「要件が済んだらすぐ消えますよ」
アモルはそう言うと、4姉妹の前に立った。
「一応、聞いておこう。ここまでして何故ここに?」
アスが冷静に問う。
「聞かなくてもわかっているでしょう。アス先輩ならわかってるんじゃないですか?」
「む……」
嫌味を含んだ言い方に、冷静なアスも少しムッとした表情を見せる。
「なあ、アス。ここまで来られたんだ。話すしかないんじゃないか?」
壁際にいたヒノが、アスに聞く、と同時にスイ、フウの方も見る。
「……そうだね。アモルくんにも聞いてもらった方がいいかも」
「うん……」
スイとフウも同意する。アスはやれやれと首を振った。
「はあ、そうだね。彼もここまで乗り込んできたし、その勇気に免じるかな」
アスが手招きして、ラヴ、シオン、エレテも部屋に招き入れる。
「さて、何故ボクたちがキミ、アモルに構うか? かな?」
「ええ」
アモルは4姉妹をそれぞれ見て頷いた。
「それにはまず……」
「オレたちの母上の話をする必要があるな」
スイとヒノが話を続ける。
「オレたちの母上はな、この辺りでは有名な予言者らしいんだ」
「予言者……?」
「ああ、オレは信じてないんだけどな。有名らしいぜ?」
「はあ……」
さすがのアモルもその辺りの事情はわからない。
「その母様がね、わたしたちが産まれるときに予言したらしいの。
わたしたちの前にいずれ『運命の子』が現れる……」
「だけどその子は『宿命の子』でもある。という予言だ」
スイとアスが続けた。
「『運命の子』? 『宿命の子』?」
ラヴたち3人はもう訳が分からない。
「……その『運命の子』『宿命の子』というのがボクと関係があるんですか」
「そうだね……」
アスがラヴたちの方を見る。
「すまないが、この先は、できればアモル一人に聞いてほしいんだが」
「「「えー?」」」
ラヴたちは揃って嫌そうに叫んだ。
普段あまり大声を出さないエレテすら。
「……わかりました。ラヴ、シオン、エレテ。お願い」
「むーっ。わかった」
「アモルが言うなら仕方ないわね」
「……後で」
そう言って3人は先に部屋を出る。
「……ラヴやシオン、エレテには聞かせられない話なんですか?」
「聞かせられない、というより聞いてもわからない、かな」
「オレたちもよくわかってないしな」
「うん……」
4姉妹も歯切れが悪い言い方だ。
「キミなら逆にわかると思ってね。先程の『運命の子』『宿命の子』は――」
『運命の子』『宿命の子』は――」
アスがそう言おうとした時だった。
寮の外でものすごい豪音が響く。
「な、なに!?」
「爆発!?」
4姉妹も状況が分からず慌てる。
「アモル!」
「今の何!?」
部屋の外で待っていた、ラヴ、シオン、エレテも驚き戻ってくる。
「みんな、落ち着いて! 何かあったら学園から連絡魔法が来るはずだから」
皆を落ち着かせるようにアモルが声をあげる。
そしてすぐ後に予想通り魔法による拡声が届く。
『学園にモンスターの襲撃です! 生徒の皆さんは寮から出ないように!』
「モンスター!?」
「襲撃って……」
放送が逆に皆を不安にさせ、寮の他の部屋もざわめきだす。
「スイ、フウ、アス。オレたちの出番だな」
「うん!」
「……うん」
「寮から出ないようにと言われたが」
ヒノの言葉に、スイとフウは頷き、アスも言葉とは裏腹に外に出る準備をする。
「先輩たち、何を!?」
アモル驚きを気にせず、まずヒノが窓から飛び降りる。
「これはね、わたしたちの役目なの。アモルくんたちはここにいて!」
続いてスイが飛び立つ。
「……説明は、後でする」
そしてフウが。最後にアスが飛び降りた。
一気に4姉妹の部屋が静かになる。
「先輩たち……」
アモルの額に冷や汗が流れる。
このままでいいのか、という予感と共に。
「アモル」
ラヴがいつもの明るさではなく、真剣な表情でアモルを見つめた。
「アモルの思ったようにして」
「! ……うん!」
アモルはラヴの言葉に頷くと、自身も窓の縁に足をかけた。
「アモル」
「アモル!」
「アモルくん」
ラヴ、シオン、エレテが揃ってアモルの名を呼んだ。
アモルは窓の縁に乗りながら振り向く。
「「「気を付けて」」」
3人の言葉に頷き、窓から飛び立った。
「おらおらーっ!」
ヒノが自慢の炎魔法を放ちながらモンスターに突撃していく。
「ヒノ! 突っ込みすぎ!」
「援護するボクたちの身にもなってほしいね」
「……うん」
ヒノの後ろから、スイ、アス、フウが、
それぞれ自身の得意な魔法を放ちながらモンスターに攻撃する。
「しょうがねえだろ! 数が多いんだ。一気にやらねえと!」
「それはそうだけど……」
「しかしあまりにも多すぎる。先生たちは何をしているんだ……」
「……! 後ろ」
フウが珍しく声をあげるも遅い。4姉妹はモンスターに囲まれていた。
「っ! おらあっ!」
ヒノが炎魔法で正面のモンスターを吹き飛ばすも、群れは消えず囲みは解けない。
モンスターたちはじりじりと、4姉妹への囲みを狭めていく。
「くっ……。スイ、フウ、アス! もっと魔法を放て!」
「やってるよ! でも……」
「なんだ、この数は。……まさかこれが」
「……『大災厄』?」
4姉妹に恐怖の感情が押し寄せる。
勢いよく飛び出したものの、ここまでの数とは予想外だった。
「っ……」
モンスターの手が4姉妹に伸びようとした、その時だった。
群れの一角が吹き飛び、道を開く。
「先輩たち、大丈夫ですか!」
その開いた一角から、アモルが勢いよく、4姉妹の傍に勢いよく近づいた。
「アモルくん!?
「何故ここに……!?」
4姉妹がそれぞれ驚く中、アモルはそれを遮ると
「すみません! 飛びます!」
「飛ぶ……って、きゃああっ!?」
スイが問う前に、アモルは4姉妹をまとめて抱くように手を回すと、
凄まじい跳躍力でモンスターの群れから飛んでいく。
それをモンスターの陰から見つめる謎の人物が……。
「あの身体能力……間違いない。あの少年があの方の仰った――」
謎の人物の呟きは、周りのモンスターの雄たけびに消える。
「うるさいわね。もういいわ、帰るわよ」
謎の人物がそう言うとモンスターたちは一気に学園の外に消えていった……。
4姉妹を抱えたアモルは、学園の建物を登り屋上に着地する。
「大丈夫でしたか?」
アモルが4姉妹をそっと降ろす。
それぞれアモルから離れるが、フウだけはアモルの袖を握って離れない。
「……フウ先輩?」
「……怖かった」
フウのその言葉に釣られるように、スイがアモルに抱き着いた。
「ス、スイ先輩!?」
「怖かった…怖かったよ!」
スイはアモルの胸に顔を埋め泣き続ける。
「バ、バカ……泣くんじゃねえよ。オレたちの……使命だろ」
ヒノがアモルに背を向けながら言うが、その声は震えていた。
「アモル……すまない。少しこうさせてくれ……」
アスもヒノを引っ張ってアモルの傍による。
冷静なアスも震えながらアモルの手を握った。
「先輩たち……」
自分の傍で泣き続ける4姉妹を見てアモルは気づく。
(そうだ……先輩たちだってどんな事情があっても、
ボクと一つしか変わらない女の子たちなんだ。
あれだけモンスターに近づかれたら怖かったに決まってる……)
アモルは飛ぶときは別の力で、そっと優しく4姉妹を抱きしめる。
静かな屋上に4姉妹の泣き声だけが聞こえていた――。
「「アモル!」」
と思っていたら、屋上の扉が勢いよく開き、ラヴとシオンが、その後ろから遅れてエレテが現れる。
「あ」
アモルが何かしたわけではないが、アモルの周りには泣き続ける4姉妹。
「アモル……」
「なにしてるの……」
「い、いやこれは……モンスターの群れから逃げてきたわけだし、ね?」
「……アモルくん」
3人の視線にアモルは目を逸らす。
4姉妹の泣き声、それとは別のラヴたちの視線。
アモルは苦笑いしつつ皆を見るしかなかった。
モンスターの襲撃の関係から、学園は一時休校となった。
生徒たちは基本的に寮で待機となっている。
そんな中、アモルと4属性姉妹は、許可を貰い学園から離れていた。
4属性姉妹の実家に向かうためである。
「今回のモンスター襲撃もだけど……」
「オレたちの母上に聞いた方が早いと思うんだ」
馬車に揺られながらスイとヒノが告げる。
「でも……実家って遠くないんですか?」
「大丈夫……。3日くらい」
(それは近いのか遠いのか……)
フウの返事に困るアモルだったが、アスが引き継いだ。
「きみやシオンの実家よりは遠いだろうが、
学園に通っている者たちはもっと遠いところから来ている人もいる。たいしたことはないさ」
そうなのか、と思いつつ、アモルは学園に残してきたラヴ、シオン、エレテが気になった。
エレテはともかく、ラヴとシオンは自分がいないでどうしているかな、と。
「ラヴちゃんたちが気になる?」
「ええ、まあ……」
スイに問われて、アモルは内心驚いた。そんなに表情に出ていたかと。
「アモル、きみ、自分が思っているほど表情や気持ちを隠すの上手くないぞ」
「えっ!?」
アスにそう言われアモルは驚きが声に出た。
転生前……護時代は『何を考えているかわからない子』とよく言われていたからだ。
「ふふっ、でも気持ちが正直なのはいいことだよ?」
「そうそう。オレらの母上みたいに、何考えてるかわからない人ばっかりは困るぜ?」
ヒノのその言葉を聞き、アモルは質問してみることにした。
「先輩たちの母親ってどんな人なんです? 予言者なのは聞きましたけど」
「母上はなぁ……」
「少なくとも一般的な母親ではないだろうな」
「というよりね。わたしたちもあまり姿をみたことないの」
「うん……」
4姉妹それぞれ反応は違うものの、苦手意識があるような雰囲気だ。
「その母上がな、幼いころのオレたちに珍しく姿を見せた日に言ったんだよ」
「間もなくボクたちに『運命の子』が現れる……」
「だけどその子は『宿命の子』でもある」
「守ってあげなさい……って」
「『運命の子』『宿命の子』……」
前にも4姉妹が言った言葉。
「ま、詳しくは改めて母上に聞いてくれ」
揺れる馬車はゆっくりと進んでいく。
アモルは今更ながら、狭い馬車で4姉妹に囲まれていることに緊張していた。
(ラヴたちと一緒の時とは違う緊張と恥ずかしさ……)
アモルは隠れるように、毛布に身をくるみ眠りに落ちた。
「でっかい……」
4姉妹の実家、屋敷を見て、アモルの最初の一言がそれであった。
「え、あの……。先輩たちお嬢様なんです?」
素の声で、アモルは4姉妹を見ながら聞いた。
「ん? 知らなかったのか?」
「……4属性姉妹は知ってたのに」
「エレメント家。ボクたちが4属性姉妹と呼ばれる理由の2つ目だ」
「4つのエレメント。4属性を司るエレメント家だよ」
「知りませんでした……」
学園の噂でしか知らなかったアモルは、己の無知を嘆いた。
「おおーう! 帰ったか、娘たちぃ!」
その屋敷から怒声かと思うような声を上げ、大男が走ってくる。
「あれは……?」
「あー……父上だ」
ヒノが言い終わると同時に大男、いや4姉妹の父親が
4姉妹をまとめてその巨大な腕で抱きしめる。
「だーっ! 父上、暑苦しい!」
「キツイよ、お父さん!」
「ん……」
「まだこの前ぶりでしょうに……」
4姉妹はそれぞれ離れようとしているが、その巨腕からは逃れられないようだ。
(父親、全然似てないな……)
アモルはそんなことを思いながら親子の様子を眺める。
巨体で髭面の男と、抱かれている4姉妹はまるで似ても似つかない。
「そして、貴様が……」
4姉妹の父親がアモルを鋭く睨む。
「貴様が! 我が娘たちの! 運命の子とかいう奴かぁ!」
4姉妹を離し、父親が鋭い眼光と大声でアモルに近づいてくる。
アモルは直感した。
(殺される……!?)
だが父親はアモルに近づき肩を掴むと
「そうかそうか! 君が運命の子かぁ!」
そう言いながらアモルを、まるで赤子のように持ち上げた。
「わわわ……!?」
予想外の歓迎ムードに、アモルは逆に驚くしかない。
「ふむ! 少し華奢過ぎる気もするが見た目、雰囲気は悪くない! 運命の子として認めてやろう!」
「は、はあ……」
4姉妹の父親に持ち上げられたまま、アモルは頷く。
その時だった。
「そこまでにしなさい。ゴンノスケ」
屋敷の方から女性の声が響く。
4姉妹の母親だろうか。しかしアモルはというと。
(この人、ゴンノスケっていうのか……。ゴンノスケ・エレメント?)
父親の名前の方に反応していた。
「おお! 我が愛妻よ! すまぬ!」
ゴンノスケはアモルを降ろすと、4姉妹の真ん中に立たせる。
「運命の子、アモルくんだったか。娘たちと共に我が妻の元へ行くがよい!」
「わかりました」
4姉妹の案内のもと、アモルは屋敷の中へと入っていく。
予言者という4姉妹の母親。果たしてどんな人物なのか……。
4姉妹の案内を受け、アモルは屋敷の奥へ奥へと入っていく。
(すごいな……。一人だと迷子になりそう)
迷路のような廊下をひたすら通りながら、アモルは周りを見渡し思う。
「普段はこんな奥までは行かねーけどな」
「お母さんの部屋……『予言の間』だけ奥にあるの」
「予言の間……」
「……着いた」
話している間に大きな扉の前にたどり着くアモルたち。
扉の装飾、意匠、どれをとってもただの部屋ではないと一目でわかる。
「ここが……」
扉の雰囲気、威圧を感じ取るアモル。
4姉妹もめったに来ないのか、部屋の前で固まっている。
そこに――
「よく来ました、『運命の子』アモル。そして、娘たち」
部屋内から透き通った声が届く。
「入りなさい」
「は、はい!」
促されるまま、アモルは扉をノックすると、ゆっくりそっと戸を開けた。
開く音が響く中を、アモルと4姉妹は入っていく。
「失礼します……」
部屋内に入りアモルは思う。
扉の大きさの割に、部屋内はそこまで広くはないと。
そして部屋の中央に、4姉妹の母親であるだろう女性が座っていた。
「改めまして。ようこそアモル」
「!」
女性を見てアモルが第一に思ったこと、それは……。
(美人……!)
4姉妹もそれぞれ違う美しさ可愛さがあるが、
アモルの目の前にいる4姉妹の母親はまた違う美しさがあった。
「おいアモル! 母上に見惚れてんじゃねえ!」
「そ、そうだよ! たしかにお母さん、美人だけど」
「まったく、キミはラヴやシオンというものがありながら……」
「うん……」
「い、いやそういうわけじゃ……」
と言いつつも、アモルの目は泳いでいる。そこに詰め寄る4姉妹。
そこに4姉妹の母が睨みを利かす。
「そこまでにしなさい、娘たち」
静かな、しかし場を一喝する声。
その声に4姉妹だけでなく、アモルも姿勢を正し静かになった。
「では改めて。始めまして、アモル。彼女たちの母、『エリス』といいます」
(エリス……。エリス・エレメント?)
「そうです」
「!」
アモルの心の声を読むように、4姉妹の母、エリスは囁いた。
「……じゃ、じゃあエリスさん。聞かせてくれるんですか。
予言のこと、ボクを『運命の子』『宿命の子』と呼ぶことを」
「ええ」
そう言うとエリスは懐から、何枚かの札のようなものを取り出す。
エリスはその札を並べながら語りだした。
「今から数年前、この『神札』に予言が下りました。数年の後、この大陸に『大災厄』が訪れると」
「『大災厄』……?」
「ええ。天変地異なのかモンスターの襲来なのかはわかりません。
ただ、この『大災厄』によりこの大陸は破滅の危機を迎える、と」
「破滅!?」
アモルの驚きを気にもせず、エリスは続ける。
「ですがその破滅に対抗できる人物が現れる、と出たのです。
異界の記憶を持ち、女神と契約を結んだ男児、と」
「!」
アモルにはその意味がすぐに理解できた。
『異界の記憶』とは元の世界のこと。『女神と契約』はラヴとの契約のことだと。
「オレたちにはさっぱりわかんなかったんだけどよ。母上の札に反応したんだよ」
「アモルくん。キミがね」
「その表情。キミは意味が理解できているようだね」
「ん……」
4姉妹がそれぞれアモルを見る。
「……そこまではわかりました。では『運命の子』『宿命の子』というのは?」
「続けましょう。
その男児は我が娘たちとも契約を結ぶと出ています。これが『運命の子』
そして――」
そこでエリスは一瞬口を止めた。
「――そして運命の子の選択は『大災厄』に影響し、大いなる運命の渦となる。
……これが『宿命の子』の所以です」
エリスは札を懐にしまうと一息をつく。
それを見ながらアモルは、先程の一瞬口を止めたのが気になり問う。
「その宿命の選択というのはわからないんですか」
「……ええ」
少し間を置いた回答に、アモルは何かあると感じ、仕方なく質問をやめる。
「終わりですか……?」
「そうですね。予言の方は」
そう言うとエリスは娘たち4姉妹を見る。
その目は暗に出て行けと言っているようだ。
「出て行けってよ。行こうぜ」
「……うん」
「ま、またね、お母さん!」
「お元気で」
4姉妹は先に部屋を出ていく。
静かな部屋にエリスとアモル二人きりになり、アモルは緊張する。
すると、エリスは大きく息を吐き……。
「ふぅー! 疲れたぁ!」
と、大きく口を開いた。
「え、え?」
突然のエリスの変化に、アモルは驚きを隠せない。
「ああ、アモル。すまない、驚かせたな」
「は、はあ……?」
「これが素の私だよ。さっきまでのは客向けに演じてるだけさ」
その言葉に、アモルは一つ疑問を投げる。
「先輩たち……いえ、娘たちにもですか?」
「……そうだね。娘たちにもいずれこの私を見せないとね」
その表情はどこか悲しげに見えた。
だがすぐにちょっと邪悪な笑顔を浮かべ、エリスはアモルに近づき囁く。
「ところで……娘たちで誰が一番気になる?」
「えっ!?」
突然の問いにアモルは慌てる。
(確かに先輩たち、みんな可愛いけど……)
「ふふ~ん。ヒノはね、あれで小さいころはね――」
アモルを無視し娘語りを始めるエリスであった。