「わからん」

イフリートのその一言に、周り皆、固まった。

「な、何でわからないんですか?」

アモルが聞き返すと、イフリートは腕を組み目を瞑る。

「アモルよ。我々、精霊は普段精霊界というところにいる」

「……? はい、習いました。精霊界にいるのを契約で呼び出せるようにするって」

「そうだ。つまり契約者がいなくなると我らはこの地にはいなくなる。わかるな?」

「……! じゃあ、邪神ダークがどうなったか知らないのは……」

「そう、契約者は敗れ我は精霊界に戻っていたからだ」
 
イフリートの協力で戦力に大幅な増加が見えたところでのイフリートの情報にアモルたちは暗くなる。
それに気づき、イフリートが続けた。
 
「だが……」

「……なにかあるんですか!?」
 
「あの時の戦いは、我だけでなく他の大精霊もいた。
 水のウンディーネ、地のタイタン、風のシルフィード。
 絶対とは言えんが、あいつらならばあの時にダークがどうなったかを知っているかもしれん」

「じゃあ、次の目的は……」

 イフリートが頷く。

「我とヒノが契約したように、残る姉妹たち、スイ、フウ、アス、だったな?
 お前たちも大精霊と契約を交わすのだ」
 
「わたしたちが……」

「大精霊と……」

「契約……」

スイ、フウ、アスが顔を見合わせる。
 
 「で、できるかな?」

戸惑うスイ。

「……わからない」

フウも緊張している。
だがアスはというと……。

「そうだね! ヒノが! 勉強が一番苦手なヒノが、大精霊と契約したのに!
 ボクたちが契約できないわけがない!」

よほど自身の召喚術を上回られたのが悔しいのか、アスは熱く叫んだ。
それを聞くと、スイとフウも……。

「そうだね、ヒノだけに負けてられない!」

「……うん!」

姉妹のうち三人が結束の握手をする。

「……そんなにオレが先を越したの悔しいか?」

一人寂しく、ヒノはイフリートの下で呟いた。 
 


「……ハッ!?」
 
何もない闇の空間。そこでアーマは目を覚ました。

「目が覚めたか。アーマよ」

闇の奥から響く声。

「ダ、ダーク様……」
 
アーマは立ち上がり、ダークに頭を下げようとした。

「よい。あそこでイフリートが出てくるとはワシにも想定外であった」

「はっ……」

イフリートに吹き飛ばされたことを責められると思っていたアーマは内心ほっとした。
 
「だが奴ら……。エレメント家の姉妹たちは他の大精霊とも契約を結ぼうとしている様子。アーマよ」

「はっ! 契約が結ばれる前に、今度こそ奴らを排除してみせます!」
 
そう宣言し、アーマは闇の空間から消える。
残るは何もない闇の空間のみ。そこにダークの声のみが響く。

「アーマをここまで退かせるとは。イフリートの力もあろうが……」

闇の空間にエレメント四姉妹、エレテ、シオン、そしてアモルが映る。

「アモル……か。この小僧こそ、ワシが一番警戒すべき者かもしれん。ならば……」
 
闇の空間に、捕らえられたラヴが出現する。
 
「女神見習い……ラヴだったか。 愛と生命の女神はワシに加担する気になったか?」

「……誰が、アンタなんかに……!」

「……」

闇の空間にダークの吐息が響く。それを合図とするかのように、ラヴに闇の稲妻が落ちる。

「う、うああああっ!?」

「女神も非情よな。見習いが苦しんでいるにも関わらず、無言を貫くとは」

(……アモル)
 
稲妻の威力にラヴは気を失う。
気を失う直前も、ラヴはただアモルのことを考えていた。


 
「ラヴ!?」

直感的にアモルは空を見上げていた。 
 
「アモル?」

「アモルくん、どうしました?」
 
エレメント家の屋敷に入ろうとしていた、シオンとエレテがアモルの方に向き直る。

「い、いや。なんでもないよ。入ろう」

アモルたちは、ヒノが戻ってきて姉妹が揃ったこともあり、一度エレメント家に戻ってきていた。
休息と、他の大精霊の場所を知るためでもあった。
 
「うおおおおん! 我が娘たち、皆無事でよかったぞおおおお!」
 
四姉妹はさっそく、父、ゴンノスケの巨腕に抱きしめられている。

「さ、先に、エリスさんの所に行ってるね」
 
アモルは四姉妹とゴンノスケの様子に苦笑いを浮かべつつ、屋敷の奥へ逃げる。

「アモル。娘たちに案内されずによくここまで来れました」
 
「あれ、そういえば」

屋敷の奥、エリスの部屋にはいつも姉妹に案内されないと道がわからなかった。
それが今日はささっとエリスの部屋までたどり着いていた。
 
「ここに迷わず来れるなら、将来、屋敷の主になれますね?」

「はは、冗談を……」
 
屋敷の主になる。
それはエレメント家の誰かに嫁ぐということで、アモルは少し恥ずかしくなった。

「そ、それより。もうその話し方、やめてもいいんじゃないですか。
 スイ先輩やフウ先輩にも、この前、素を知られたじゃないですか」

「いえ、まだヒノとアスには見られていません。
 それにこの話し方は予言者としての威厳のためです」

エリスは、ヒノとアスが来ていないことを確認し、さらに姿勢服装を整える。 

(ヒノ先輩とアス先輩には、もうスイ先輩とフウ先輩が喋ってるんだけどね)
 
アモルは内心笑った。

「なんですアモル。笑みが漏れていますよ」

「いえ、なんでも。それより……」

アモルが言葉を言い終わる前に、エリスは札を取り出していた。

「もう出ておる。大精霊の場所。三体とも」
 
エリスは一枚ずつ札を置き始めた。

「水の大精霊ウンディーネ。大滝の壺に」

「地の大精霊タイタン。荒野の大岩に」

「風の大精霊シルフィード。森の澄み渡る風に」
 
そう言って、置いた札をアモルに改めて差し出した。
 
「この札は?」

「持っていきなさい。精霊との契約の際、役に立つでしょう」

アモルは頷くと、三枚の札を懐にしまう。

「それと、ヒノにはこちらの札を渡しなさい」

エリスはさらに一枚、赤い札を取り出す。

「こっちは?」

「ヒノ……いえ、イフリートが見ればわかるでしょう」

エリスは赤い札もアモルに渡すと、ゆっくりと座り直した。

「ふう。少し疲れました。アモル、戻ってよいですよ」

「はい、ありがとうございました。エリスさん」

アモルがエリスの部屋を出ると、廊下から四姉妹が駆けてきた。

「あーっ! もう話終わっちまったかぁ」

「残念。スイとフウが言ってた母様の素を見たかったのに」
 
その様子を見てアモルは思う。
ゴンノスケが四姉妹を抱いていたのは、エリスのために押さえていたのではないかと。
 
「まあいい。で、アモル。大精霊の話は聞けたのか?」

「もちろん、皆にも話すよ。戻ろう」

アモルは、いまだにエリスの部屋に入ろうとしているヒノを抑えつつ、屋敷の居間に戻っていくのであった。