ラヴファンタジッ!

「スゥー……スゥー……」

眠っているアスに皆でゆっくり近づく。

「アスせんぱーい」

アモルはアスの耳元で囁く。しかしアスは起きない。

「気持ちよく眠ってますね」

「これだけ気持ちよく寝ていると起こすのが申し訳ないような……」

エレテの言うこともわかると思いつつここまで来た以上はと、アモルは息を吸った。

「アス先輩! 起きてください!」

普通の図書館だったら大声を出さないで下さいと怒られる勢いで、アモルは叫ぶ。
幸いというかどうみても、この部屋にはアモルたち以外の部外者はいなさそうであった。

「うん……? アモルの声? こんなところに……?」

アスは寝ぼけた様子で、ずれていた眼鏡をかけ直す。
そしてアモルと目が合った。

「おはようございます、アス先輩」

「……っ! アモル!?」

アスは珍しく思いっきり動揺した。
勢いよくバタバタと本棚の陰に隠れると、髪や眼鏡、服を整え直し戻ってくる。

「お、おはよう。アモル」

「はい、おはようございます先輩」

アモルは軽く笑いながら返事をする。皆も。

「こ、こらアモル、笑うな! そこ! スイもフウもだ!」

「ご、ごめん。アスもそういうところあるんだなって」

「……うん。アス。そういうの気にしないと思ってた」

スイとフウも珍しいものを見たとばかりに笑い続ける。
アスは流れを断ち切るように咳払いした。

「コホン! で、アモル皆も。ここに何をしに?」

「何って……アス先輩を探しに来たんですよ」

「探しに……ああ」

言われてアスは気が付いた。

「そうか。ここに入ってだいぶ経つから気が付かなかった」

「アス先輩……。一応、聞きますけど、だいぶってどのくらいです?」

アモルはなんとなく予想ができた。

「ボクが目覚めて少ししてからだから……一年半くらいか」

「一年半!?」

皆が驚く中、アモルは呆れてため息をつく。

「それは僕らも見つけれないし、前にここに来たエレテも見つけられないね……」

エレテも頷く。
そもそもエレテもこんな奥の場所、知る由もなかった。

「というか、アス先輩は何故こんなところに? ここ『禁止区域』って書いてありましたけど……」

「うん? そうか、アモルたちはほんとにボクを探しに来ただけなのか」

「そう言ってますけど……」

アスは積んである本を動かし一冊を掘り出す。
『神々の戦争』と表題には書いてある。

「すごそうなタイトルの本ですね」

「読んでみるんだ」

アスに言われるがまま、アモルは『神々の戦争』を読んでいく。
タイトル通り、大昔に神たちの戦争があった、という話だ。
アモルはページを捲る速度を上げだんだん流し読みになっていくが、とあるページで動きを止めた。

「……世界の破滅を目論む『邪神ダーク』は邪精霊『アーマ』をスパイとして送り込み、正の神々を惑わした」

「アーマ!?」

シオンやエレテたちの声が暗い部屋に響く。

「ボクは大災厄から目覚めた後、改めて大災厄の事を知るためにここに入れてもらった。
 そしたらいろいろ興味深い情報が出てきてね」

アスは積んである本を次々と順番に並べていく。

「アモル。時間があるならここに並べた本、全部を読んでほしい」

「全部って……え?」

並べられた本は、どれも現実世界の分厚い辞書のような大きさばかりであった。

「これ……を?」

アスが無言で頷く。

「わ、わかりました。
 本当は急ぎたいんですけどアス先輩が言うなら重要な本なんでしょう?」

覚悟を決め、アモルは順番に本を開き始めた。



寝らずに一日中、アモルは本を読み続けた。
アスが並べた本等は、確かに『禁止区域』にあるにふさわしい内容ばかりであった。

(ここに出てくる『愛と生命の女神』ってラヴより大昔の女神様……ってことだよな。
 そして――)

アモルがとあるページで止まる。
そこに描かれている禍々しい悪魔のような存在。

(邪神ダーク……。数千年に一度、どこかの世界に現れ滅びをもたらす存在。
 邪精霊アーマを使い、世界に災厄を起こし滅ぼそうとする……か)

アモルの脳内に自分を騙した女の姿が浮かぶ。
大災厄を起こし、今なお学園跡でラヴを捕えて待つ存在を。

(……ということは、学園跡で感じたアーマよりも禍々しい気配。まさか邪神ダークなのか……?)

あのアーマと本に載っている存在が同一人物ならありえる話である。

(ただ、あそこに邪神ダークがいるなら何故出てこない?
 大災厄は起きた。邪神ダークが本当にいるならとっくにこの世界は滅ぼされてもおかしくないはず)

その答えも本が知っていた。

「……邪神ダークは以前の戦いで、コガネ神の命と引き換えに力の大半を失った。
 コガネ神は命を失った今も黄金の森となり世界を見守っている!」

アモルは、ゴンノスケとともに向かった黄金色の森を思い出す。
そういえばあそこには神社もあった。あそこは昔はコガネ神を祀るためのものだったのかもしれない。

そして……。

「まさか一日で読み終わるとはね……」

今度はアスが呆れていた。
確かに調べる必要があったアス自身と違い、アモルの読む本は決まっていた。
だがそれでももう少し日にちが掛かるような本の大きさと冊数ではあった。

「じゃあ次にするべきこともわかったね?」

「ええ、でもまずはヒノ先輩を見つけてからです」

それを聞きアスは今更、人数を見た。

「ああ、ヒノはまだ見つかっていなかったのか」

「気づいてなかったんですか?」

「暗いし、寝起きだったからね……」

起きてから一日経った、とはアモル言わなかった。



『禁止区域』の扉を開け、元の図書館に戻ったところで、全員が気がついた。

「アモル……」

「うん。焦げ臭いし……」

現在地からもわかった。静かだった図書館が騒がしい。

「み、皆様。お戻りになられたのデスね!」

受付人形が無表情ながら慌てた様子で向かってくる。

「何があった――」

質問しようとした時だった。受付人形が吹っ飛ばされる。
受付人形の後方にモンスターが現れたのだ。

「受付さん!」

エレテが心配するが、飛ばされた受付人形は無事着地する。

「だ、大丈夫デス。それよりもモンスターを」

「わかってる!」

アモルがモンスターに突撃しながら叫んだ。

「シオン、フウ先輩は僕に続いて! エレテ、スイ先輩、アス先輩は消火を!」

皆頷きそれぞれ飛び出していく。
モンスターは数も多いがそれよりもアモルたちに困ったことがあった。

(広すぎてどこまでモンスターが入り込んでいるかわかりづらい……!)

モンスターを倒してもまた遠くにモンスターが現れる。
消火をしてもまた別の位置が燃えている。
このままでは埒があかない。その時。

「皆様、聞こえマスか。緊急事態デス。これより一分後、緊急モードを起動させます」

「緊急モード?」

質問したいが肝心の受付人形は近くにはいない。

「緊急モード起動後、しばらく皆様は退出できなくなりマス。お急ぎの方は急ぎ退出を」

「えっ!?」

それは困る。今出れないと、アモルたちはヒノのところへ向かうのが遅くなってしまう。

「アモル。こっちだ!」

「アス先輩!?」

アスがエレテ、スイとともに戻ってくる。
そしてそのまま付いてくるようにと走り出した。

「アス先輩。どっちへ!?」

「出口に決まっているだろう」

アモルはアスについて行きながら質問した。

「出口、わかるんですか!?」

「キミたちも案内されたんだろう」

「あんな道、覚えられませんよ!」

本当に覚えているのかと考えながら走っていると、確かに出口が見えてきた。

「合ってた!?」

「キミはボクの記憶力を信じてなかったのか?」

そう言って皆、世界図書館から脱出できた。
それとほぼ同時だった。

「緊急モード、起動シマス!」

図書館の扉が閉まる。窓も何もかもが封鎖される。そして……。

「世界図書館が……」

「地中へ沈んでいく……」

確かに地中に沈めば、もうモンスターは入ってこない。
ただ、もしも取り残されたら、中で人は生きていけるのだろうかとアモルは思った。
「あらー。脱出してきたのね」

アモルたちの上空から、妖しい声が響きわたる。

「この声は……」

「アーマ!」

上空からアーマが見下ろしていた。

「久しぶりね。そうでもないかしら?」

アーマは見下ろしながら、アスに気が付いた。

「あら~。アスちゃんもいる」

「……悪いかな」

アスも眼鏡を光らせアーマを睨み返した。

「そうねえ。私にとっては悪いわねえ。
 ヒノちゃんまで戻ってくるとエレメント家の四姉妹が戻るし……
 それは面倒ねえ」

それでも余裕そうに見えるアーマに、アモルは言った。

「エレメント家の四属性がかつてのお前を滅ぼしたから」

「!?」

アモルの言葉にアーマは珍しく大きく反応した。

「な、何故それを……」

「何故って……それが知られるのを恐れて、こうして世界図書館を攻撃したんだろ?」

アーマはそれを聞き、すぐに自分が優位と言いたげな表情に戻る。

「フフ、そうよ。エレメント家からこっちに来ないと思ったら世界図書館に向かってるんですもの。
 でも昔から結界の越え方がわからなかった」

そして高笑いする。

「そしたら丁寧にアモルくんたちが攻略してくれるんですもの。こんなに笑える事はないわ!」

だがアモルの表情は崩れない。

「確かにそこは僕たちのミスだ。結果、図書館にモンスターが入り込んでしまった。けど……」

アモルが後方の、図書館があった方を指す。

「図書館がこうなること。そして僕が情報を知ってしまったことは痛手じゃないかな?」

「くっ……」

アーマの顔が怒りの表情になっていく。

「なら……ここで貴方をやればいいだけの事よ。アモルくん!」

アーマが怒りのまま大鎌を取り出し突撃してくる。
アモルも戦闘態勢を取ろうとして、アスが前に出た。

「アス先輩……?」

「アモル。ここはボクに任せてくれないか?」

以前だったら断るところだったが、アモルはアスの自信ありげな表情を信じることにし大きく頷いた。

「よし」

アスが杖を構える。だが既にアーマは接近している。

「遅い!」

アーマの大鎌がアスに振り下ろされ……なかった。

「こ、これは!?」

地面から生えた巨大な岩の手がアーマの大鎌を掴み、アスへの攻撃を防いでいた。

「いでよ、大地に宿る岩の意思……『ゴーレム』!」

アスの目の前、アーマの真下の地面が大きく膨らんでいく。
地面が割れ岩の化身『ゴーレム』が出現する!

「精霊召喚だと!?」

アーマは驚きながら、ゴーレムの巨腕に掴まれ投げ飛ばされた。

「今の内だ、アモル!」

「はい!」

アモルはすぐに魔法の絨毯を広げると皆を乗せ飛び立つ。
アーマが追おうとするが巨大なゴーレムが行く手を塞ぎ通さない。

「くっ……おのれ……!」

アーマは目の前のゴーレムを壊すまで戦うしかなかった。



絨毯の速度は一定なので変わらずゆっくりと進んでいく。

「でもアス。いつの間に精霊召喚なんて覚えたの?」

「……そう。ずっと図書館にいたって言ってた」

スイとフウがアスを睨む。
属性が違えどずっと同じくらいの実力と思っていた姉妹がいきなり大技を使えるようになっていたらこうもなろう。

「いつって……図書館の本の中にあったから習得しただけだが」

サラッと言うアスに、スイとフウが掴みかかった。

「ずーるーいー! 教えてよー!」

「……教えろー」

掴まれ揺らされ続けるアスはついに折れて

「わかったわかった。ヒノが見つかってからね」

と首を揺らし続けた。

それからしばらくかかったが、リート火山には無事何事もなくついた。

「ついた……けど……」

「あっつい!」

まだ火山の麓にも拘わらず、尋常じゃない暑さであった。

「スイ先輩、水魔法は……?」

アモルが水を求め冗談半分でスイに聞く。
しかしスイもきつそうにしながら。

「すぐぬるま湯になっちゃうよ?」

とだけ返した。

「本当にヒノはここにいるのか?」

アスが一見冷静そうな表情で呟く。しかし顔は汗だくであった。

「エリスさんが言ったので間違いはないと思いますけど……」

そう言いながら先に進んでいくアモルの前に看板が見えた。

「看板だけど……」

「左って書いてあるけど……」

「あまり綺麗じゃないね……」

アモル、シオン、エレテがそれぞれ突っ込む。
しかしそれを見て姉妹たちが「あーっ」と叫んだ。

「その汚い字!」

「……間違いない」

「ヒノの字だ」

「そ、そうなんですか……」

それから少し歩くごとに、雑な看板が置いてあり、アモルたちを案内する。
そしてついに洞窟のような穴を見つけた。

「ここみたいだ」

「そうだけど……」

火山内ということもあり、熱気がさらに増していた。
ここに入るのは骨が折れる。

「けど……行くしかない」

アモルは覚悟を決め一歩一歩洞窟へと入っていく。

「……」

暑さもありアモルたちは無言のまま洞窟内を進んでいく。
所々に溶岩が見え、とても人が入って持つ場所ではない。

「……っ。あ、あれ」

道を抜け、他より広い一角に出たアモルたち。そこには……。

「ヒ、ヒノ先輩!」

奥に見える滝でヒノが滝に打たれていた。

「ん?」

声に気づいたようにヒノが目を開ける。

「おお! アモルじゃねえか! それにみんなも!」

ヒノが水から上がってくる。

「っていうかみんな揃ってるってことは、オレが最後かよ!」

「いや普通、火山にいるなんて思いません……」

アモルは暑さで乾いた声で突っ込む。

「ああ、アモル、みんなも。水が欲しいならそっちのを飲むといいぜ」

ヒノが指した先に確かに水が湧き出ている場所がある。

「でもこれ熱いんじゃ……」

「いいから!」

ヒノが背中を勢いよく叩いたので、アモルは水に突っ込んだ。

「って冷たい!?」

「何故かわかんねえけど、ここで唯一冷たい水だ。たっぷり飲めよ」

言われるまでもなく、皆一気に水を飲む。

「ぷはぁ。生き返るー!」

「ふむ。火山のこんな位置でこれほど冷たい水が出るとは……?」

スイが水を楽しみ、アスは何故?と疑問に思う。

「ところでヒノ先輩はもしかして……」

「おう! ここで修業してたんだ!」

ヒノがグッと指を上げる。

「成果はバッチリみたいですね」

「まあな! 外に出たら見せてやるよ!」

「帰りがまた大変ですけどね……」

また溶岩だらけの洞窟内を戻ると考えると、アモルはやる気を失いそうになる。

「心配すんな! 帰りは楽だぜ!」

こっちだ、とヒノが案内する。
そこは先程ヒノが打たれていた滝であった。

「みんな! 早く入れよ!」

「えっ、このまま?」

ヒノは先程打たれていた時もそうだが、服のまま滝へ入っていく。
仕方なく、アモルや皆もそのまま滝の流れる水に入った。

「よし、みんな入ったな。息を吸っておけよ」

そう言うとヒノは滝の中にある何かを押した。

「え?」

突然、床が開き、アモルたちは流されるように落ちていく。

「なにー!?」

「ははっ、おもしれーだろ!」

その流れていく様は、現実世界のウォータースライダーがこんな感じなんだろうなとアモルは思いながら流れていく。

しばらく流れるとひとつの水溜りに流れ落ちる。
その水はちょうどいいくらいの暖かさだ。すぐにアモルは気づいた。

「温泉だ!」

アモルの言葉に皆それぞれ反応する。

「温泉? これが……?」

「聞いたことがあるよ。地中から湧く暑いお湯。それの気持ちよいくらいの温度があるって」

「へー、これ温泉って言うのか」

「気持ちいいね」

それからしばらく、皆、服のまま温泉を満喫するのであった。
「ふあー! 気持ちよかったあ!」

「……温泉。いい……」

皆それぞれホカホカになりながら温泉から上がってくる。

「でさ、ヒノ先輩。修行の成果って?」

「おう! ……ちょうどよく相手が来たみたいだぞ」

ヒノもアモルも気づいた。この気配は間違いなく。

「こんな暑いところにいたのね……」

またしてもアーマが飛んできた。
しかしさすがのアーマも暑さの影響か、いつもより覇気がない。

「よー、あの時は世話になったな」

「……っ。ついにヒノちゃんまで合流しちゃったのね」

アーマは苛ついていた。
ついにヒノまで合流していたこと。それもある。
だがそれだけではなかった。

(結局、あのゴーレムを倒すのにあの方の手を煩わせてしまった……)

そう、アスが呼び出したゴーレムはかなりの時間アーマを足止めした。
結果、アーマ、いやアーマの主が手を出したのだった。

(これ以上、あの方に迷惑はかけられない)

アーマは大鎌を展開する。そしてさらに……。

「出なさい、下僕たち!」

合図を送ると、大量のモンスターがアモルたちの周りを囲んだ。

「これは……」

「この下僕たちの数! そして私がいれば! もうあの方に迷惑はかけない!」

アーマの突撃に合わせるように、モンスターたちもアモルたちに押し寄せていく。

「へっ! まさにオレの見せ場だな!」

ヒノが杖を構える。魔力が集まっていく。
アモルとアスはすぐに気づいた。

「これは……」

「まさか!」

アスの驚きも当然だった。
ヒノがやろうとしていることは……。

「来てくれよ! イフリート!」

ヒノと皆を守るように炎が展開される。
そしてヒノの上空から火の精霊イフリートが降臨した。

「精霊召喚!」

「しかも火の精霊イフリート!?」

アスが以前呼んだ『ゴーレム』も、岩の精霊として上位の精霊だ。
しかしイフリートは四大属性の火を司る大精霊である。

「イフリート、ですって!?」

アーマも驚き動きが止まる。
だがすぐにモンスターたちに告げた。

「退きなさい! 下僕たち! 焼き殺されますよ!」

だが間に合わない。
集結しすぎたモンスターたちは勢いがありすぎて急に止まれない。

「いくぞ」

イフリートの炎が周りを焼き尽くす。
アモルたちの周りに近づいていたモンスターたちは皆、灰も残らぬほどの威力に消滅した。

「す、すごい……」

アモルたちも驚きで動けない。
周りにいたモンスターを全滅させたこともだが、
それでいて、アモルたちにはまるで熱さを感じさせなかったこともだ。

「どうだ、アモル! オレの力、すげーだろ!」

「ヒノよ、我の力だ」

ヒノが杖を掲げながら喜ぶと、イフリートが友人のように突っ込みをいれる。
まるで、長年の戦友のように。

「さて」

イフリートの巨体がアーマに向いた。

「久しいな、アーマよ」

「!」

イフリートの声に、呆然状態だったアーマが反応する。

「この程度で唖然とするとは……貴様本当にアーマか?
 昔の貴様は下僕のモンスターなど、使い捨ての物のように扱っていたろうに」

「だ、黙れ、イフリート!
 貴様こそ何故そこの小娘、ヒノに召喚されている!?」

アーマだけでなく、皆が聞きたかったことだった。

「何をおかしなことを聞く。
 我々が召喚される。それは契約したからだが?」

「っ……! そういう意味じゃない!
 何故小娘と契約していると聞いている!」

その問いにヒノが答えた。

「ここで修行してたら仲良くなったからだよ、悪いか!
 あと、小娘って呼ぶんじゃねー!」

その回答にアーマはさらに驚く。

「仲良くなったから……だと?」

アーマは苛立ちながら大鎌を構え、ヒノに突撃する。

「ふざけるな! そんなあっさりと大精霊と契約できるなど!」

それにはアスやスイ、フウも同意したが黙っておく。

「させぬ」

イフリートがアーマの大鎌を受け止める。 

「ぐっ!」

「ぬう!」

巨体のイフリートだが、アーマの実力もすごいもの。
大鎌を抑えるのにイフリートも久方ぶりに力を込めた。 
 
「なるほど、力は衰えてないらしい」

「貴様も! 小娘との契約とのわりには変わらぬ怪力を!」
 
イフリートはアーマの大鎌を押さえながらヒノを見て、すぐにアーマをの方に視線を戻す。

「忘れたかアーマよ。我ら精霊との契約の力はただ魔力で決まるのではない。
 契約者との意思疎通、相性で決まる。それで言えば我とヒノの相性は――」

イフリートが片手でアーマの大鎌を押さえこむ。

「――最高クラスだ!」

イフリートの炎の鉄拳がアーマに直撃した。

「がはっ!?」

イフリートの一撃を受けアーマは火山地帯から大きく吹き飛ばされていく。
 
「す、すごい……」
 
アモルたちは皆、吹き飛んでいったアーマの方向と、イフリートを交互に見る。
 
「……これじゃあ、前回、ゴーレムを呼んだボクの立場がないじゃないか」

冷静なアスが珍しく不貞腐れたような表情でヒノを睨む。 
 
「……そこのヒノの姉妹よ。ゴーレムも気難しい精霊。呼び出せるのはすごいことだ。誇るがいい」

「だってよ?」

イフリートとヒノがアスを見て微笑んだ。

「で、でも、これなら……」

シオンとエレテが割って入り、アスとヒノ、イフリートを見る。

「アス先輩とゴーレム、ヒノ先輩とイフリート。
 アーマも吹き飛ばせるくらいなら――」
 
「今ならラヴを救出できるかもしれない!」

アモルもイフリートを見上げ、希望の目を向ける。
だがすぐに、イフリートは巨体の首を横に振った。
 
「ど、どうして!?」

「アモル……と言ったか。我の力を頼りにしてくれるのはありがたい。
 だが我やゴーレムだけでは不可能だ。あそこにいる奴にはな」

「邪神ダークは……そこまで……?」
 
「知っていたか」

イフリートは学園跡の方角の闇を見る。

「邪神ダーク。過去の戦いでコガネ神により力の大半を封印された。それは知っているか?」

「ええ、図書館の本で」

「だがな。その力の大半を封印されていてもなお、
 過去の戦いでは我らをも上回る力を奴は持っていたのだ」
 
「で、でも、それじゃあどうやって昔は、邪神ダークを倒したんですか!?」

その問いに、イフリートはアモルを見下ろすと一言。

「わからん」

とだけ呟いた。
 
「わからん」

イフリートのその一言に、周り皆、固まった。

「な、何でわからないんですか?」

アモルが聞き返すと、イフリートは腕を組み目を瞑る。

「アモルよ。我々、精霊は普段精霊界というところにいる」

「……? はい、習いました。精霊界にいるのを契約で呼び出せるようにするって」

「そうだ。つまり契約者がいなくなると我らはこの地にはいなくなる。わかるな?」

「……! じゃあ、邪神ダークがどうなったか知らないのは……」

「そう、契約者は敗れ我は精霊界に戻っていたからだ」
 
イフリートの協力で戦力に大幅な増加が見えたところでのイフリートの情報にアモルたちは暗くなる。
それに気づき、イフリートが続けた。
 
「だが……」

「……なにかあるんですか!?」
 
「あの時の戦いは、我だけでなく他の大精霊もいた。
 水のウンディーネ、地のタイタン、風のシルフィード。
 絶対とは言えんが、あいつらならばあの時にダークがどうなったかを知っているかもしれん」

「じゃあ、次の目的は……」

 イフリートが頷く。

「我とヒノが契約したように、残る姉妹たち、スイ、フウ、アス、だったな?
 お前たちも大精霊と契約を交わすのだ」
 
「わたしたちが……」

「大精霊と……」

「契約……」

スイ、フウ、アスが顔を見合わせる。
 
 「で、できるかな?」

戸惑うスイ。

「……わからない」

フウも緊張している。
だがアスはというと……。

「そうだね! ヒノが! 勉強が一番苦手なヒノが、大精霊と契約したのに!
 ボクたちが契約できないわけがない!」

よほど自身の召喚術を上回られたのが悔しいのか、アスは熱く叫んだ。
それを聞くと、スイとフウも……。

「そうだね、ヒノだけに負けてられない!」

「……うん!」

姉妹のうち三人が結束の握手をする。

「……そんなにオレが先を越したの悔しいか?」

一人寂しく、ヒノはイフリートの下で呟いた。 
 


「……ハッ!?」
 
何もない闇の空間。そこでアーマは目を覚ました。

「目が覚めたか。アーマよ」

闇の奥から響く声。

「ダ、ダーク様……」
 
アーマは立ち上がり、ダークに頭を下げようとした。

「よい。あそこでイフリートが出てくるとはワシにも想定外であった」

「はっ……」

イフリートに吹き飛ばされたことを責められると思っていたアーマは内心ほっとした。
 
「だが奴ら……。エレメント家の姉妹たちは他の大精霊とも契約を結ぼうとしている様子。アーマよ」

「はっ! 契約が結ばれる前に、今度こそ奴らを排除してみせます!」
 
そう宣言し、アーマは闇の空間から消える。
残るは何もない闇の空間のみ。そこにダークの声のみが響く。

「アーマをここまで退かせるとは。イフリートの力もあろうが……」

闇の空間にエレメント四姉妹、エレテ、シオン、そしてアモルが映る。

「アモル……か。この小僧こそ、ワシが一番警戒すべき者かもしれん。ならば……」
 
闇の空間に、捕らえられたラヴが出現する。
 
「女神見習い……ラヴだったか。 愛と生命の女神はワシに加担する気になったか?」

「……誰が、アンタなんかに……!」

「……」

闇の空間にダークの吐息が響く。それを合図とするかのように、ラヴに闇の稲妻が落ちる。

「う、うああああっ!?」

「女神も非情よな。見習いが苦しんでいるにも関わらず、無言を貫くとは」

(……アモル)
 
稲妻の威力にラヴは気を失う。
気を失う直前も、ラヴはただアモルのことを考えていた。


 
「ラヴ!?」

直感的にアモルは空を見上げていた。 
 
「アモル?」

「アモルくん、どうしました?」
 
エレメント家の屋敷に入ろうとしていた、シオンとエレテがアモルの方に向き直る。

「い、いや。なんでもないよ。入ろう」

アモルたちは、ヒノが戻ってきて姉妹が揃ったこともあり、一度エレメント家に戻ってきていた。
休息と、他の大精霊の場所を知るためでもあった。
 
「うおおおおん! 我が娘たち、皆無事でよかったぞおおおお!」
 
四姉妹はさっそく、父、ゴンノスケの巨腕に抱きしめられている。

「さ、先に、エリスさんの所に行ってるね」
 
アモルは四姉妹とゴンノスケの様子に苦笑いを浮かべつつ、屋敷の奥へ逃げる。

「アモル。娘たちに案内されずによくここまで来れました」
 
「あれ、そういえば」

屋敷の奥、エリスの部屋にはいつも姉妹に案内されないと道がわからなかった。
それが今日はささっとエリスの部屋までたどり着いていた。
 
「ここに迷わず来れるなら、将来、屋敷の主になれますね?」

「はは、冗談を……」
 
屋敷の主になる。
それはエレメント家の誰かに嫁ぐということで、アモルは少し恥ずかしくなった。

「そ、それより。もうその話し方、やめてもいいんじゃないですか。
 スイ先輩やフウ先輩にも、この前、素を知られたじゃないですか」

「いえ、まだヒノとアスには見られていません。
 それにこの話し方は予言者としての威厳のためです」

エリスは、ヒノとアスが来ていないことを確認し、さらに姿勢服装を整える。 

(ヒノ先輩とアス先輩には、もうスイ先輩とフウ先輩が喋ってるんだけどね)
 
アモルは内心笑った。

「なんですアモル。笑みが漏れていますよ」

「いえ、なんでも。それより……」

アモルが言葉を言い終わる前に、エリスは札を取り出していた。

「もう出ておる。大精霊の場所。三体とも」
 
エリスは一枚ずつ札を置き始めた。

「水の大精霊ウンディーネ。大滝の壺に」

「地の大精霊タイタン。荒野の大岩に」

「風の大精霊シルフィード。森の澄み渡る風に」
 
そう言って、置いた札をアモルに改めて差し出した。
 
「この札は?」

「持っていきなさい。精霊との契約の際、役に立つでしょう」

アモルは頷くと、三枚の札を懐にしまう。

「それと、ヒノにはこちらの札を渡しなさい」

エリスはさらに一枚、赤い札を取り出す。

「こっちは?」

「ヒノ……いえ、イフリートが見ればわかるでしょう」

エリスは赤い札もアモルに渡すと、ゆっくりと座り直した。

「ふう。少し疲れました。アモル、戻ってよいですよ」

「はい、ありがとうございました。エリスさん」

アモルがエリスの部屋を出ると、廊下から四姉妹が駆けてきた。

「あーっ! もう話終わっちまったかぁ」

「残念。スイとフウが言ってた母様の素を見たかったのに」
 
その様子を見てアモルは思う。
ゴンノスケが四姉妹を抱いていたのは、エリスのために押さえていたのではないかと。
 
「まあいい。で、アモル。大精霊の話は聞けたのか?」

「もちろん、皆にも話すよ。戻ろう」

アモルは、いまだにエリスの部屋に入ろうとしているヒノを抑えつつ、屋敷の居間に戻っていくのであった。

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