学園跡から無事に離脱できたアモルたち。
満身創痍ながらある程度距離が離れたところで、偶然通りがかった馬車に助けられつつ、
エレメント家の屋敷まで戻ってくることができた。

「おおー! スイ! 無事だったかぁ!」

屋敷に着いて早々、ゴンノスケの大声が響き渡る。

「お、お父さん。頭に響くから」

「……父様。スイは目覚めて間もない。それにみんな疲れてる」

「お、おう。すまん……」

ゴンノスケが慌てて声を小さくする。

「すいません。ゴンノスケさん。部屋をお借り出来ますか。
 みんなも……それにエレテを寝かしてあげたいんです」

アモルがそう言うと、ゴンノスケはすぐに屋敷の一部屋を開放した。



それから数刻、エレテはシオンたちが交代で看護し、
アモルも時々様子を見ながら、自身も休息を取っていた。

「アモル、今、大丈夫?」

休息中のアモルにシオンが声を掛ける。

「シオン? 今、エレテを見ていてくれてるんじゃ……」

「スイ先輩とフウ先輩が代わってくれたの。それよりもね……」

シオンは少しためらいつつ、アモルに語り掛ける。

「アーマの言っていた通り、エレテはかなり無理をしてたみたいなの。
 エレテの身体ね、傷は少ないけど、肉体の内側……神経系は酷い損傷らしいの」

「神経系って……どうやってそこまで?」

アモルの記憶では、シオンも、スイ、フウもそこまで医療知識はないはずだった。

「エリスさんよ」

「え、エリスさんが出てきてくれたの?」

エリスは奥の『予言の間』からめったに出てこないのは以前のことで知っていた。
エレテの様子を見てくれるためだけに出てきたとは考えづらかった。

「すごい人ね、エリスさんって。私たちじゃわからなかった箇所までテキパキと応急処置をしてくれたわ」

(エリスさん、予言もできて医療も出来て、先輩たちの話だと魔法にも精通してるって……)

その凄さに圧倒されつつ、だからこそあの素の性格を隠しているのかとアモルは感じた。

「あ、それでね。エリスさんが後で予言の間に来てほしいって」

「僕だけ?」

「ううん。特にそこは何も言われなかったけど」

アモルは「わかった」と頷くと、再度、少しだけ休息を取ってから皆を集めた。
エレテはゴンノスケの任せ、フウ、スイの案内で予言の間へと向かっていく。

「アモルくん。もしかして予言の間の場所、忘れた?」

スイは後ろにいるアモルに問いかける。アモルの目がわずかに泳いだ。

「……忘れてる」

その泳いだ目をフウは見逃してくれなかった。

「で、でもこの屋敷広いし、私も覚えれてないから!」

シオンがフォローになっているかわからない言い方でアモル側に付く。

「ふふっ、いいよ。私たちも昔はよく迷子になってたもんね、フウ?」

「……うん」

笑い合いながらそのまま四人は予言の間へと向かっていく。



予言の間に着くと、既に戸は開かれていた。

「エリスさん? 失礼しますよ……」

戸が開いたままなことが気になりつつ、アモルを先頭に四人は予言の間に入る。
エリスはいた。だが瞑想に集中しているのか、アモルたちにまるで気が付かない。

「エリスさ――」

アモルはエリスの肩に手を伸ばそうとし――とっさに後ろに下がっていた。

「あ、アモルか。すまぬ……」

エリスの持つ札が、まるで剣のような切れ味でアモルの髪を掠めていた。

「い、いえ……」

アモル、後ろにいたシオン。そして娘であるフウとスイも、エリスの一瞬の速度に驚いた。

(あそこで下がらなかったら、僕の顔に斬り跡ができるところだった……)

アモルは斬られた自分の髪を触りながらそんなことを考える。

「すまない。私が呼んでおきながら……」

「だ、大丈夫です。それより呼ばれた理由を聞きたいのですが」

アモルはすぐに本題を聞いた。

「うむ。先程見せてもらったエレテという子の話だ」

「シオンから聞きました。肉体内、神経系まで損傷していると」

「……それだけならまだよかったのだが」

エリスは辛そうに顔を背ける。

「エ、エレテに他に問題が?」

「あの子には……呪いが掛かっておる」

「呪い!?」

アモルだけでなく皆が反応する。

「呪いって……エレテは誰かに呪われているんですか!?」

「もしかしてアーマとの戦いで!?」

アモルとシオンが次々とエリスに質問する。
だがエリスは首を横に振った。

「言い方が悪かった。呪いが掛かっている、ではない。
 あの子自身が呪いを己にかけているのだ」

「己に呪いを……かけている?」

「うむ。古の魔法の一種にある。
 己に呪いをかけ、それと引き換えに莫大な能力を得る術だ。
 あのエレテという子はそれを自身にかけているのだ」

アモルは思い出す。
アーマの言う通り、以前のエレテにあれほどの速度や身体能力はなかった。
それに加え、あの時のエレテは時間がないかのように鬼気迫る勢いでアーマへ向かっていた。
全ては呪いのダメージを気にしていてのことだとしたら……と。

「エ、エレテの呪いは解けるんですか?」

心配するアモルに、エリスは希望ともいえる笑顔を浮かべる。

「それを知るためについ先程まで祈っていたのだ」

エリスは札を掲げ、術を詠唱し床に叩きつけた。
白紙の札に言葉が浮かび上がってくる。

「エリスさん、何て書いて……?」

「慌てない。今、読みます」

札を拾い、それを見てエリスは戸惑った表情を浮かべる。

「……スイ、フウ」

「は、はい!」

自分たちに声がかかるとは思っておらず、スイは裏声で返事をし、フウも驚きの表情を隠せなかった。

「すまないが、ゴンノスケをここに」

「え……? お父さん……を?」

「……うむ」

エリスも自身の予言の札を信じれていない様子で頷く。
数分後、予言の間にゴンノスケが現れた。

「おお! 我が愛妻エリス! ここに呼んでくれるとは珍しい!」

「ゴンノスケ。声を」

「む、すまぬ……」

またも大声を咎められるゴンノスケ。

「し、しかしエリス、我が愛妻。貴女がここに入れてくれるとなるとワシも驚くというものだが?」

「そ、そうだよお母さん。ここ予言の間はお父さんも私たちもめったに入れてくれなかったじゃない」

スイがゴンノスケを擁護すると、隣でフウも頷いた。

「……そうでしたね。いえ、私も動揺しているのです」

「動揺?」

エリスは札をゴンノスケに向ける。

「我が夫ゴンノスケよ。エレテ殿を救うには貴方の力が必要とのことです」

「「「「えっ」」」」

アモルたち四人の驚きが重なる。そして――

「なんとお!?」

ゴンノスケが一番の大声で驚いた。