「ラント、逃亡期間の話を聞きたい。研究所まで同行してくれ」
「……わかった」

 現場の片付けや地元民への説明に追われる武装した男達を、まるでテレビの向こう出来事のようにぼんやりと眺める。

 彼女はもう居ないのだ、もう、逃げる必要もなかった。彼女の居ない世界は暗く、最後に見た赤だけが鮮烈に残る。

 連れ戻された白い建物では、あの日花盗人だった僕を追い回していた喧騒もなく、大仕事を終えたとばかりに弛緩した空気が漂っていた。

 僕は逃亡期間中して来たことを、全て話した。いっそ死刑にしてくれれば彼女の元へ行ける気がしたのだが、僕が殺してきた男達も、最後はオルタンシアが食っていたのだと聞いた。

 死体は綺麗に食われてしまっていたが、血痕と衣類等は残っており身元も判明。現場近くで化け物の目撃情報があった為、その痕跡を辿ってここまで僕達を追い詰めたのだという。

「……よって、まあ、食われる段階で被害者が死んでいたかは証明出来ない。だから、お前は殺害については不問だ。全て紫陽花姫の責任になる」
「そんな……」
「ただし、実験体を逃がした挙げ句民間人まで死んだんだ。お前はその責任で逃亡日付けでの解雇となる」
「ああ……それは、構わない……僕にはもう、生きる意味もない」
「いいや、生きていて貰わんと困る。解雇は表向きだ」
「は……?」
「紫陽花姫の洗脳の影響を調べたい。今度はお前が、実験体になるんだ」
「……」

 そうして僕は、あの日彼女が居たような無機質な部屋に押し込められた。
 他の部屋には、人工的に挿し木するようにして増やされた『別の紫陽花姫』が何体も居るのだと聞かされたが、会う気にはなれなかった。僕の愛したオルタンシアは、彼女だけだ。

 彼女はこの狭い部屋で、自分を実験動物扱いする僕に何を想っていたのだろう。
 恋人ごっこをして、僕をいいように操って、最後は食うつもりだったのだろうか。彼女が向けてくれた言葉も笑顔も、全て洗脳により生み出された都合のいい幻想だったのだろうか。
 相手が化け物だったと知っても尚残るこの感情も、全て偽物なのだろうか。

「オルタンシア……僕の花、僕の、愛……」

 それでも僕は、あの愛しかった日々を、あの悲しくも美しい花の光景を、この檻の中で一生忘れることはないだろう。