「あ、あの……ちょっと……さすがにそれはまずいから……っ」
ことの重大さに、慌てて彼女の側に駆け寄る。万が一その祈りが、願いがレヴィラスに届いたら……彼女は……っ。

「……っ!?」
(え……?)

「あ……」
彼女が驚いたようにこちらを見ている。や……やってしまった……。これはもう取り返しがつかない……。彼女は声を外に出していないのに、俺が彼女が心の中で唱えた祈りの言葉のことを言ってしまえば……そんなの……っ。

「……っ」
(まさか、あなた()他人の声が聴こえるの?)
え……あなた()??

「……っ!」
彼女がすっくと立ち上がり、胸元で手を組み見つめてくる。
その空色の瞳は透き通るように美しく、吸い込まれそうなのだが。その前に。

「……」
(あなたも……っ、破()の神レヴィラスさまへの推し神活動をしませんか……!?あぁ、これが噂の……オフ会……!)
いや何かいろいろと違う……!!
てか推し神活動って何だ……。
だけど俺が伝えたいこと以外は、彼女には届いていない。この力は便利なものなのか、それとも魔神仕様なのか。俺が自分の意思で放たない心の声は届かないようになっているようだ。レインやヴィオルたちに、俺の心の声……念話のようなものを飛ばすときと同じで。

「あの……とにかくさっきのは危険だから……むやみに……」
「……」
(あぁ……危険……ゾクゾクする素敵な匂いがします……!うおぉぉっ、我が右目が疼くぅ……っ!!)
ダメだ逆効果だこれ!てか中二……?この世界でも中二思考ってあるの……か!?

あれ、この子の魂……。

(前世は……地球にいたのか……)
初代との邂逅の後……彼女の魂は地球に渡ったのか……?
世界間の移動と言うのはいろいろと誓約がある。この世界→地球の場合は、魂だけならば神の導きのもとでなら例外的に渡ることができる。この世界での能力を魂の中に封じることで許可されるが、魂にこの世界の魔力や異能などが刷り込まれていることに代わりはないので、いずれは俺のように転移、そして彼女のように転生と言うかたちで戻って来なければならない。

逆に地球→この世界の場合は、魂を器……肉体ごと持ってこられる。
しかし持ってきた際に魂と肉体がこちらの世界に馴染むよう変質する。それゆえに変質した肉体を地球に持ち込めないので、元の世界……地球には帰れない。帰れるとすれば、こちらで変質した部分を封じ込めた魂だけで、肉体を持ち込めないため、生まれ変わることになるのだ。

(そんなことまで……!?)
あ、まず。これは聞かせてはいかなかったかも……。

(もしやあなたも……っ!前世からの運命的な出会い的なイベントですか……!?)
そ、そうくるの……!?彼女の前世は……知らないけれど、でも【初代】の記憶は彼女の魂を知っている……。
そのことには気が付いていない……と言うか、彼女は少なくとも(うつ)(かみ)ではない。普通の人間だし、勇者や聖女のように、そこまで特出した能力は感じない……。
あとは……喉……。あそこに何かあるくらいだ。
恐らく彼女がしゃべらないのも……。

(いや、俺は日本人だけど。どちらかと言うと転移……だよ)
(は……っ、確かに……!)

彼女の納得にほっとしていたら、その場に他にいた人物たちの声が響いてきた。

「ちょっと、突然現れて何なの?」
(何この2人、お互い見つめあっちゃって、キモ)
剣士の少女だ。

さらには。

「お……お前……っ!」
勇者が俺を指差してくる……!?

(こいつ、間違いない……!)
何か……勘ぐられた……?勇者のチートか何かだろうか……。

「お前、寒咲(かんざき)空だ!」
は……?何で俺のフルネームを知ってるんだ……?他人のステータスを視るスキルだろうか?それでもこの勇者に俺のステータスが見れるとは思えないのだが。

(間違いねぇ。こいつ噂になってた……っ!)
う……噂……ねぇ。まぁ何と言われていたかは予想がつくけれど。

「俺のこと、分かるだろ!」
御手洗(みたらい)(さぐる)に決まっているだろう……!?)
「その……すみませんが……知りません」
名前はその……聴こえて来たけども。決まってると言われても……。有名人なのだろうか……?えらく顔立ちは整っているが……そんな有名人と関わりを持つ機会なんてなかったしなぁ……。
施設の関係者くらいは……聞き覚えがあるとは思うけど……。

彼のことは、……知らない。

「なんだと……!?気色悪いくせに、生意気だぞ……!この……っ」
()らしめてやる……!)
ひ……っ。
勇者の剣幕と、こちらにずんずんと近付こうとせん言動にぶるりと身を震わせるが……。次の瞬間、見慣れた紫の鱗と、翼の内側の闇色が俺の視界を塞いだ。

「ヴィオル」
名を呼べば、俺を翼の内側に隠しながら、ヴィオルが勇者たちの方を向き、睨む。

「ひ……っ、化け物……っ!?」
ば、化け物って……。さすがにそれは失礼では……。

(何で……何であいつまでこの世界にいるんだよ……!それにこんな化け物まで連れて……!)

一応地球ではなるべく目立たないように生活していたつもりだったのだが……フルネームを覚えられてそこまで言われるほど……何か関わりがあったのだろうか……。全くわからん……。

いや……分かるかな……。
本来【初代】も【先代】も持っていた力だ。そしてだからこそ、【初代】は【彼女】のことを()()した。

(やだ……っ、でも顔はイケメン……!)
(勇者なんて目じゃないほどの魔獣……!誘ったら家来になってくれないかしら……!)
聖女と剣士……あぁ、彼女は魔法と剣士に適正のある魔法剣士だ……。何となくその情報が入ってくる。2人がヴィオルを好き勝手言ってるが。まぁヴィオルは月すら霞むようなイケメンだとは思うけど……家来とは。ヴィオルが聞いたら激怒するな……これ。あと、魔獣扱いだなんて不敬すぎる。

あぁ、そうだ。勇者。勇者は俺とどう関わっていたのかを知ろうと思ったんだった……。

この勇者……御手洗(みたらい)(さぐる)と、言ったか。

「……」

そっか……このひと……俺を気味が悪いと聞き付けて、バケツで水をかけたり、机に罵詈雑言を書いたひとか……。
今までにそう言うひとも多かったから、別に覚えてなかった。むしろその後俺が掃除をさせられたり、机は学校の備品なのだからと落書きを消すようにと教師に言い付けられて、帰りが遅くなったことで施設のひとたちに怒鳴られる……。もちろん晩ご飯は抜き。そっちの方が印象に残っていたから……()()は覚えてなかったな。

「ソラがやることを我はそれを尊重する。だからこそ静観していたが。ソラに敵意を向けるのなら、黙って見ているわけにもいくまい」
あぁ、殴ってこようとしたことだけじゃなくて、敵意を向けた時点でヴィオルたちの敵対案件になっていたか……。うん、昔からそうだったかもしれない。

「魔獣がしゃべった!?」
(高位魔獣……魔族ってことか……!)
勇者が叫ぶ。
しゃべる魔獣はいるが、そもそもヴィオルは魔獣じゃない。あと、魔族は種族名で、彼らは魔獣のくくりには入らないのだが。
魔王になる素質を持つものは魔族から出ることが多く、魔神の根幹も元を辿れば魔族である。だからこそ彼らは昔から人間と言うくくりの種族たちと対立してきた。
でも今は……【初代】が争うことをやめてからは、平和……なはずだし、創世神がまず勇者に魔族と争うことを使命としていない。
今召喚される勇者パーティーたちは、魔獣による災害や天災に於ける対策のために呼ばれているはずだ。

「魔獣なら、私の家来になりなさい!あなたをテイムしてあげるわ!」
(チャンス到来!ついに私の天下が来たのね……!)
と、魔法剣士。いや、何言ってんの……!?

(ソラよ)
ヴィオルが俺に念話を飛ばしてくる。
ヴィオルの鱗に守られていても、強い意思は伝わるし、何より俺とヴィオルは主従の関係で結ばれているから、その念話を繋ぐことは、他者よりもずっと容易なのだ。……俺も拒みはしないから。

(どうしたの?ヴィオル)
(この不敬な人間どもを駆逐してもよいであろうか)
やっぱりヴィオルの沸点も限界値を超えそう……!?顔は無表情だが、ヴィオルに於いて言えば、無表情ほど恐いものはない。

(取り敢えず……その、吹き飛ばしてくれればいい)
ここから去ってくれるのであれば、それで充分だ。

(では、吹き飛ばして木っ端微塵に粉砕……)
(なるだけ無傷でお願い)

「……」
(何故このような不敬なものたちに情けを……っ)
あうぅ……ヴィオルの気持ちも分かるけど……。

(召喚されたのなら、創世神が絡んでいるかもしれない。魔神は創世神と争うことを望まない)
そう、伝えれば。

(確かに……そうではあるな……)
ヴィオルも渋々頷き、翼をはためかせて腕を勇者たちに向ければ。

竜が暴れんばかりの暴風が、彼らにだけ吹き付けられる。


『ぎゃあぁぁぁあぁぁあ――――――――――っ!!』
思い思いの悲鳴を上げながら、勇者パーティーが城壁の向こう……街の中目掛けて飛ばされて行った。

「まぁ、着地に於いては我の知るところではないゆえ」
「……うん、ヴィオル」
それくらいは……勇者や聖女のチートで何とかなるだろ。街の中に聖職者もいるだろうし。

そうして高原に残ったのは……俺と、ヴィオルと……彼女である。

彼女はヴィオルをじっと見つめる。や……やっぱり驚い……

「……!」
(ヴィオル……まさか……竜神ヴィオルさま……!)
ヴィオルを、知ってる……?

(でも私の推し神は、破戒の神・レヴィラスさまですから!!)
そう心の中で叫んだ彼女は……服の中から団扇のようなものを取り出し、対抗するように掲げた。

その団扇には日本語が書かれている。

【破戒の神・レヴィラスさま・LOVE】

……。は、ハカイの【戒】の字……!
いやある意味合ってはいるけど……彼女の求めるハカイの字とは……違ってたあぁぁぁ――――――――っ!!