遥か上空に届く声なんて……そうそうあるもんじゃない。

「……ヴィオル、何か聴こえるんだ……。それがちょっと気になって……」
どこか……懐かしいような。この世界に還ってきた魂が……訴えてくるような、不思議な感覚がする。

「ふむ、我の鱗に包まれながらもソラに雑音を届けるだと……?ソラへの妨害は我らへの妨害でもある!我らに敵意を向けるとは許しがたし……!!」
いや、違う違う!何か確実に物騒なこと考えてない……!?しかもまた周囲に氷の槍を出現させてるし……!

やっぱりヴィオルたちには主が必要……!レイン(ショタコン)は次元が別として、ヴィオルの思考は物騒すぎる!!
創世神もだからこそ俺を早くこちらに帰還させたかったのかもしれない……。俺もまた……こちらの世界に還って来られて、ヴィオルたちに会えて、再会できて救われた気がするのだ……。だからこそ、戻ってくる道標を作ってくれた創世神にも、俺を待っていてくれたヴィオルたちにも感謝しかない。

そしてこちらの世界では、スローライフは推奨されているけれど。それでもどうしてか、その声が届くのならば、何か意味があるのだと感じてしまう。

――――――それに。

「て……敵意はないと……思うよ」
こうして自分の意見を告げることも、地球ではできなかったことだけど。こちらの世界では、ヴィオルたちはちゃんと聞いてくれるし、俺に対して気味が悪いなんてことも思わない。

むしろその言葉が欲しいのだと、求めてくれる。
俺がみんなの言葉を拾うのを喜んでくれる。

だから、告げることもできるんだと思うんだ。

「……ふむ、そうであるか」
「むしろ……行った方がいいような気がする、から」

「ソラがそう言うのであれば」
ヴィオルが快諾してくれる。そして周囲の氷の槍もさっと空気に溶けるように消えていく……。どういうメカニズム……いや、魔法や異能何でもありの世界でそこを考えるのは……よしておこう。
ただでさえ、常識を逸することも起こり得る世界。世界の異物と呼ばれる存在だって、そうして生まれたものだもの。

「大体の場所は分かりまするか?」
「あっち……だと思う」
俺が指を差した方向に、ヴィオルが翼を傾け、ゆっくりと近付いていく。

(……、……)
あ……ちょっと近付いてきた。声が、まだ鮮明には聞き取れないけれど、大きくなってくる。

『……命で……とは、……ませぬ』
その声は、()()()と同じ色の魂の声。昔……まだ()()()()()頃に聞いた声。
脳裏にこびりつくかのように離れない。多分それは、忘れてはいけない大切なものだと魂が教えてくるように……。

そう、【初代】が感じたもの。
だからこそ、【初代】は選んだのだ。

――――――今を。

うぅん……。その言葉を今の言葉に直すと、確か……。
同じ魂の声を拾ったからか、初代が残したかった、受け継ぎたかったものが不思議なほど鮮明に蘇ってくる。

『私の命で足りるとは思いません』
神に祈るには、願うには……乞い願うには、対価が必要だ。それが()()が目の前にした神が求める対価だったから。

だが彼女は恐れなかった。
そして続けた。

『……ですがこの者たちは、この世界に自分の意思とは関係なく()ばれ、世界の宿命(さだめ)からも逃れることもできず、こうするしかなかった者たちです。どうか……彼らの命だけは、お救いください』

彼女の生い立ち、彼らにどのような扱いを受けたのか。初代は知ることができた。初代とは……この受け継いできた魂はそもそもそう言う存在だったからだ。

それでも彼女は、この世界を呑み込んだ悲劇から、失われつつあった神への祈りの言葉を口にした。

『毀《こほ》し(たま)へ、毀し給へ。

いざ、戦《たたか》はん、争《すま》はん。

命《いのち》の言の葉(ことのは)を響《とよ》めかさん。

いざ、祈《ね》ぐは。

いざ、乞ひ願ふ。

()げ。祈げ。

乞ひ願へ、乞ひ願へ。

()らば(こほち)の斧鉞《まさかり》を下し給ふ』

彼らが怒りを買い、
彼女が前にした、神への祈り。

()の祈りを……。

遠い、遠い昔の……もう何百年以上も昔のことなのに。今も記憶の中にある。

「ソラ」
「……っ」
ヴィオルの声に、ハッとしながらも、意識が太古から現代の空に戻ってくる。

「地上に近付きまする」
「うん」
ヴィオルの声に頷いて、前方を眺めれば。人間たちの住まう街の城壁が見えてくる。目指す場所は、その城壁の外であるが。
城壁の外の、森の入り口の高原とおぼしき場所を目指してヴィオルが降下していけば、何やら人影が見える。

数人の男女が、ひとりの少女を囲んでいる。
数人の男女はどこか東洋風の顔立ちだが、いかにも異世界な感じのマントを身に付けていたり、部分鎧を身に付けていたり、杖や剣を携えている。

そして目の前に座る少女は彼らから遠ざかるように地に腰をつけたまま後ずさる。

深い森の色のロングヘアーだが、頭の左右にお団子を作っている。そして服装は……和風ではない、どこか唐風に見える気がするのだが。

記憶ではこの世界は世界共通語があるはずだから、漢字のようなものはなかったはずだが……。しかし東洋風の衣装はあるようだ。俺の服もどちらかと言うとアジアンだし……。
探してみれば、広い世界だ。漢字のようなものも見つかるだろうか……?

――――――とは言え、まずは目の前の少女の件である。ヴィオルがゆっくりと着地すれば、優しく俺を下ろしてくれる。

俺にできることなんて限られてはいるだろうけど……。

「お前を手に入れれば、人智を超える力が手に入るんだろ!?ほら、早くその力を寄越してみろ!」
リーダー格の青年が叫ぶ。
何か……装備がRPGの勇者っぽい……。
――――――と言うか人智を超えるって……神にでもなる気か、挑む気か。それは創世神が召喚者に対して禁じたことである。彼らはいかにも召喚者たち……のように見えるし。
――――――さらには。

(顔だけはかわいいじゃねぇか、異世界はいい女がたくさんいるぜ)
こ……心の中が残念勇者っぽい。
ここを異世界と呼ぶのなら、確実に異界からの……地球からの召喚者だろうな。

「ねぇ、ほんとに手に入るの?この子全くしゃべんないじゃない、気味悪っ」
そして聖職者のような純白の衣装に金色のアクセサリーをじゃらじゃらつけた派手めな美少女が声を上げる。
聖女っぽいと思ったけど……さすがにあのアクセサリーは聖女ではないよね……?
それとも今時の聖職者がそうなのか……勇者っぽいリーダー格と同じく東洋風……日本人のような顔立ちだから、彼女の趣味なのか……。どちらにせよ、ヴィオルの方がよほど聖職者っぽい格好をしている……。
――――――しかも。
(何この女……っ。異世界ってレベル高めでちょっとびびったけど、こんなNPCまでこのルックス……!?でも大丈夫よ。私が一番美しいわ!)
何か色々失礼すぎるのだが。生きてる人間をNPC扱いなんて……。ここは本当の現実の世界で、ゲームの中ではないのだが。

「そうよ!こんなモブ、とっとと装備だけ奪ってさよならしましょうよ」
と、勇者の次に強そうな剣士風の……こちらも美少女。
(聖女のやつ……っ、絶対自分の方が美人よおほほほほとか心の中で叫んでるんだわ。あー、鬱陶しい!)
聖女……!?やっぱり彼女が聖女なのか……!?うぅーん……残念勇者もいるのなら、ちょっと違う感(ただよ)う聖女がいたとしても……おかしくはないよな。
……てか、女の子って……恐い……。聖女が心の中で思ってたこと、バレてる……!
この子たちは、心の声が聴こえるわけではないのに。あと、やろうとしていることが完全に追い剥ぎである……。

「だったらよぉ、まずはこいつを倒せばいいんじゃねぇ?」
と、大きいけども、よく見知っているものと比べるとだいぶ(もろ)そうなまさかりを持つ戦士風の青年。顔立ちは整っているが、何だか荒くれ者っぽい印象を覚える。
さらには……。

(倒したらもしかして、お決まりの○○?NPC相手なら何やっても許されるよな……!)
その戦士の心の声は、聞きたくもない最低なもので……。
いや、魔神たちや魔王だって、昔は色々やってきただろうけど……でも……やっぱり現代日本人の感覚からしたら、それは最低なものに代わりはない。

それに……何の対価でもなく、完全な私利私欲。
さすがにどうにかしなければ……でも、どうやって……?俺には何の力も……
レインたちは、あぁ言ってはくれたけど、やはり俺には心の声を聴くことしか……。

しかしその時、男女に囲まれていた彼女が彼らをキッと睨みながら……こう、叫んだ。

(((((うおぉぉぉぉぉ――――――――――っ!!破()の神レヴィラスよおぉぉっ!(こお)(こお)て、いたいけな乙女に迫る傍若無人な勇者どもに破()の鉄槌をおぉぉぉぉっ!!(たたか)はん、(すま)はん!勇者どもの内蔵を破裂させ、ミンチにさせたも――――――――――――おっ!!()らば(こおち)斧鉞(まさかり)を下したもおぉぉおぉ――――――――――ぉっ!!対価には……!この、勇者の右腕と聖女の右腕を捧げたも――――――――――おぉぉぉ――――――――――っ!!!)))))

いや……一体何叫んでるんだ……っ!?心の中とはいえ、その地上で強く祈れば、さすがに(うつ)(かみ)には……レヴィラスに届く……!ここは……そう言う世界だ。