「服はレヴィラスがいくつかサイズを用意しておりますな」
そう言ってヴィオルが部屋のソファーに広げてくれたのは、西洋風……と言うよりもアジアの民族衣装のようだ。
和服以外にもこう言うのがあったんだ。
「これは勇者たちが持ち込んだものとは……違う?」
ずいぶんと昔からあった……ような……?
「いえ、こちらはそれとは違うものですな。スノウが着ている着物はまさに、ですが」
「やっぱり……そうなんだ」
巻き衣のようなものや、詰襟、袷のあるチュニックのような上衣の生地が長めにある衣装。チュニック自体はヨーロッパのはずだが、刺繍や飾りなどの装飾や鈕などはアジア風で、横にスリットが入っている。
さらにズボンは揺ったりしたデザインのものが多く、こちらでは白か、上着と同じ色のものを選ぶことが多いようで、白いもでサイズがいろいろなものが多い。
「ソラはどれがお好みか」
「えぇと……」
今までは古びても着られるものを適当に着ていた。みんながいらないと言った古着。俺が着たものはおさがりでも着たくないと言われていたから。あとは制服くらい……かな。それも古着だったはずだ。それも、成長期があるからと最初からぶかぶかの……。その方が制服を取り替える必要がないと言う理由で。そしてその後俺が着た古着を着たコはいないと思う。俺の地球での、施設での扱いはそんなもんだった。
「どれでも……サイズが……合えば……?」
こう言うのはちゃんと答えた方がいいのだろうが。明らかに新品……だよな。そんな服を大量に用意されたら……どうすればいいか分からなくなるような環境にはいたからな……。
「ではこれなどどうだろうか……!」
ヴィオルがさっと差し出してきたのは……。全身東洋竜と雲がふんだんに刺繍された豪華すぎる上衣……っ!
ど……どんだけ自分大好きを推してくるの……!?
「いや、もっと地味なやつ……これとか」
あまり装飾のない、ベージュの上衣。それから……白いズボン。
「では、それにいたしましょう」
うーん……何だか最初からこうすれば俺が選べると分かっていたような……。見抜かれて……た?
でも、そんなところも、嬉しくて。気遣われたことなんて今までなかったから。
「上空は寒いでしょうから、これも」
こちらの服に着替えてみれば、脚にレッグウォーマーとブーツ、さらにはフード付きのコートを着せられる。
「えっと……これも用意してあったの?」
「ソラのためになら、何でも」
さらりと言ってのけるヴィオル。ブーツのサイズだって……俺のサイズを知らない以上……多分たくさん用意していたのだろうか……。
厚手の靴下とレッグウォーマーを付けてぴったりなサイズが用意されていたし……。
「まぁ、手配はほぼレヴィラスですが。しかし昔は代々の主がレヴィラスに用意しておりましたな」
「……うーん……そう、だったっけ」
その頃の代々の服のセンスとかは不明だが……でもレヴィラスの服って……服……。
レヴィラスって最初服着てたっけ。
「レヴィラスは最初真っ裸だったと記憶しておりまする」
その情報いるぅ――――――――っ!?
いや、そうだったかもだけど。レヴィラスは服を着ることも……知らなかったからな……。てか、堂々と真っ裸っめ……。
「最初は見かねた初代が初代の服を。サイズが全く合いませんでしたが」
うーん……そうだったのか。レヴィラスは最初から成人の身体を持っていた気がするけど……初代は俺より身長……いや先代も多分……でかかった気がする。俺の身長が……低いのかな。
「その後、サイズの合う服を用意しておられた」
「そうか……」
うーん……俺ってもう、背は伸びないのかな……。
俺が背のことを気にしていることに、ヴィオルが気づいたのか……。
「我としては抱き抱えられるサイズはありがたいですな」
「あー……うん?」
「さて、しっかりと帽子とフードもかぶってくだされ」
ヴィオルが俺の頭に帽子を被せると、その上からフードを被せてくれる。
「では、参りましょうか」
「……うん。……あ、でもレインたちは……いいのかな……?」
「さぁて……?我としてはソラを独占できる時間にわくわくしておりますゆえ、特に考えてはおりませぬ」
「……」
めっちゃ笑顔で言われたんだが。レインとスノウには内緒で行くつもり満々だったのか……。でもそれにもちょっと懐かしい感覚は……あるのだ。
「言わずに参りましょうか。せっかくのソラとの2人っきりの上空散歩。ソラの装束をハーパンやらショーパンやらと茶々を入れられたらかないますまい」
「あー……うん、それは確かにそうだね」
せっかくレヴィラスが用意してくれた衣装で落ち着いたのに、あの不毛な争いが持ち込まれたら困る……。
まだ帰って来ないってことは……まだやってるんだろうしなぁ……と、扉の方を見つめていれば。
「では、ソラ」
「……っ」
視線を戻せば、身体がふわりと宙を舞う。一瞬何が起こったのか、パニックになりかけたが、身体を包み込む体温が意識を平常に保つ。
ヴィオルに抱き抱えられている……。と言うかこれ、俗に言うお姫さま抱っこでは……!?多分……多分代々の俺もさすがにレヴィラスにすらしたことないと思うんだが!?
いやしかし、これ以外に一緒に飛ぶなら……縦抱きかおんぶ……くらいしかないかも。おんぶ……よりは、ましか……うん、きっとましだろうから……。
「でも、ここまだ屋内……」
外に出てから……と、思えば。ふわりと冷たい風が頬を掠める。
「ひぁ……っ」
そこはもう、上空。見渡す限りの青い空に、白い雲。
「転移はまだ慣れませぬか?慣れないと酔いを起こすそうで」
酔い……転移での酔いと言うか、この高さや浮遊で酔いそうなのだけど。
「いや……それは、いいけど。転移なんて使えたんだ」
「ソラに仕える身。これくらい使えねば。あの変態もハーパンニーソは買いに行けませぬ」
「……」
うん、そうかも。何せ周りは森だらけである。
「下にあるのが……今までいた屋敷……?」
「そうですな」
目眩がしそうな高さだが、ヴィオルがしっかりと支えてくれることは分かるので、少し安心する。
それにしても……屋敷だけでもどでかい……そして周りは見渡す限りの鬱蒼とした森。
「あれ……」
「どういたしましたか?」
「あの建物は……?」
鬱蒼とした森の中から飛び出る、まるで城のような……建物がある。
「あれは魔神城。以前の我々の住み処でございまするが、生まれ直しても我々にとっては思い出の地。魔法で朽ちぬよう保管しているのです」
魔王……城じゃなくて魔神城だと言う事実にも驚きだが、しかし魔王……はやっぱり違うな。魔神城でいい。それがしっくりくるから。
でも……思い出の地……か。
ずっとずっと大事に保管してくれていたんだ……。
「森の向こうは……」
どうなっているのだろうか……。
「では、早速向かいましょう」
そう言うと、ヴィオルの翼が大きくはためくのが分かった。
心地よい冷たい風が頬を撫でる。
「風はいかがか?一応バリアは貼ってあるものの、完全になくすと空気がなくなるゆえ」
いや、何か恐いのだけど!?それって呼吸できなくなると言うことでは……!?
まぁ、それでも。
「ちょうどいいよ。ありがとう、ヴィオル」
その心遣いは嬉しくて、ついついはにかむ。
「もったいのうお言葉」
ヴィオルも満足げに微笑んでくれる。
風や空気は冷たいけれど、どこか温かいな……。
「山が見えてきた」
見るからに雄大な、山々が折り重なるように広がる大自然。
「我らが暮らす森も主の許可なく入るものを拒み、そしてこの山脈が、より一層、許可なきものの立ち入りを阻むのです」
「……立ち入ろうとするのもすごいと思うけど」
ヴィオルのように空でも飛べなきゃ無理だろう。
「初代の頃は、一度山々を越えて来たそうですな」
初代の頃に……。
「そしてまだ、世界に魔王がいた頃は、異界より召喚された勇者パーティーがこの山脈を越え、森を掻き分け攻めてきたと伝えられておりまする」
あぁ……あー……この世界にもそう言うの、あるんだよね。何だか納得してしまった。
でも、もうこの世界には魔王がいない。魔王を超える異物が生まれてしまったから……。それこそが……魔神。
そして魔神が輪廻を巡るからこそ、それは生まれない。さらにそうすることで、ヴィオルたちも、レヴィラスたちも、こうして共にあれる。
その事実がすとんと頭に入ってくる。やはりこの世界に還って来てから……思い出すと言うか、代々の記憶が俺の中に溢れてくるのだ。
しかし、魔王のものはない。
あれらは俺たちのように魂を共有しない。しないけれど、記憶は踏襲する。その果てに生まれてしまったものが魔神と言う存在だけれど……。
魔神はその魂の上に覆い被さろうとせん代々の魔王の勇者たちへの恨み、憎しみ、苦しみをポイと捨ててしまった……ような気がする。事実は多分、知ってるんだけど。それらの感情に支配されることはなかった。
こうして俺が俺でいられるのも……初代と先代のおかげなのだろうな。
少なくとも俺の場合は……聴こえてくる力しか未だ、目覚めていないから。
「初代の頃に来て以来は……」
「一度も、この山々を越えてくることはありませぬ。創世神がそれを禁じ、代々の主たちも争うことを望まなかった」
故の森の中の隔絶された暮らし……なのだろうな。
「俺たちが外に出ても……大丈夫なのかな」
今さらだが。その創世神とやらは怒らないだろうか。
「それは特に禁じられてはおりませぬ。むしろ、禁じることなどできぬ。我らは……天界ではなく地上に根付く神ゆえに」
ヴィオルが今、ものすごいこと言わなかったかな……。でも魔神と言われるからには……神の、一種なのだろうが。そこら辺の記憶がまだハッキリとはしないのだ。
「ただ、我らの力が地上を侵さず、静かに暮らすことを創世神は推奨しておりまする」
す……推奨。言い方。でもそれが納得の言い方なのだろうな。そしてそれが、世界のためだから。
「もうすぐ山脈を抜け、人間たちの暮らす区域に入りまする。我が鱗に守られているとはいえ、騒がしいようでしたら……」
「あ……いや……だいじょぅ……」
表面上だけでもそう伝えようとしたのだが。
「この剣を、大地に突き立て黙らせましょう」
そう言って一旦空中で止まったヴィオルは、自身の周りに氷でできたような槍を何本も生じさせた。いや、黙らせるって物理的にいぃぃっ!?いや、恐いから……!!
俺たちが大人しくしてるのが世界のためなのに……!?あぁ……だから大人しく静かに……が創世神の推奨で、主の俺がいなくてはならないのだった……。
「それはいいから、静かに飛んでくれればいい」
「そうでございまするか……ソラがそう言うのであれば」
ヴィオルは氷の槍をふいっとどこかに消し、そして再び空を駆ける。
――――――その、最中だった。
(……、……っ)
脳に何かか細い声が響いてきたきがしたのだ。