「我が主よ!」
「ひぃっ!?」
今度は何だ……!?いや、分かるけど。ここは俺に害を成すものが入ってくることはないと。知っている。眷属神たちが……それを許すことはない。特にレヴィラスは……レヴィラスは、確か。

しかし今は目の前の眷属神である。

「あの……」
「まだご記憶が定かではないとはお聞きしております」
開け放たれた入り口から入り、丁寧に扉を閉めたのは……。
美しい銀髪に切れ長のアメジストの瞳を持つ美男で、頭にはよくある魔族のような黒い角が生えている。背中からは折り畳まれた竜の翼が生え、その色は紫。また後ろから伸びている太く長い竜の尾の鱗も紫で、彼が長い脚で優雅に動く度に尾もまた流麗に動くのだ。レインとはまた違った意味で顔立ちの整った……まるで外国のモデルのようである。

「我が主にお仕えする竜神ヴィオル。ただいま参上いたしました」
そう言って俺の腰掛けるベッドの脇にさっと跪いて親愛の礼を示した彼は、その見た目の通り、竜の眷属神。

「うん、ヴィオル……俺は、ソラでいい」
「では、そのように呼ばせていただこう、我が主。いや、ソラさま」
さまを付けられるのは……。あ、そうだ。

「レインみたいに、呼び捨てでいいよ」
何だか兄がいたらああいう感じかな、と思った通り、レインはとてもフレンドリーだ。俺にハーパンニーソを穿かせようとしなければもっと……いや、それも今生のレインらしさなのだろうか……。……穿きたくはないけど。

そしてヴィオルにもできればそう呼んでほしいのだが。ヴィオルは結構……礼儀正しい……?でも、竜ってそうかもと言う感覚もある。もちろん荒くれ者もいるだろうが、恐らく……代々の主に仕えた竜神は、礼儀正しく真面目で……。

「何と……っ、レインとは、レインガルシュのことか……!うぐ……レインガルシュめ……!主をそのようにか……!?しかし……うーむ」
自由奔放、豪快、戦闘狂……ちょっとと恐い単語も思い浮かんだのだが、そんなイメージの強い代々のレインガルシュとは対極のような関係……なのだが。服装も、レインガルシュは軍服や騎士のような格好を好むが、ヴィオルは聖職者のような服が好きだったな……。眷属神だけど。
今も黒一色だが、縦襟で膝下まである長い胴着の下に揺ったりとしたズボンを履いており、胴着自体は横にスリットが入っているので歩きやすくなっているし、尾や翼を出す場所もしっかりと装備されているらしい。
そして首には聖職者が身に付ける銀色のアクセサリーを下げている。
こちらの聖職者と言えば……こう言う格好や、胴着が足元まであるもの、いかにもなファンタジー風メイデン、神官、司祭服もある……。まぁ記憶の中のものとは変わっている可能性もあるが、ヴィオルの服はそこまで変わっていないスタイルのようだ。

「レインガルシュだけに主の寵愛を渡すわけには……っ」
そして対極のような存在だからか、何故かライバル視してるんだよなぁ……。そこも何となく懐かしいと言うか、微笑ましいと言うか。

因みにスノウは……代々のスノウは神秘的だったり奥ゆかしかったり。レインガルシュとヴィオルの熱と冷の争いみたいなのをちょっと離れたところから静観してたかなぁ……。今は……入ってきそうな勢いで、今も俺にショーパンタイツやつんつるてんをとレインと謎の眷属神会議に行ってしまったし。

――――――あ、でもレヴィラスは特別枠だったので、2人の痴話喧嘩のような喧騒の対象外……だったはず。

さすがに()()()相手に嫉妬したり、争いに巻き込んだりはしなかった。レヴィラスは……生まれたてで、身体は成人に見えても、そうではなかったし、2人もそれを理解していた。
今生のレヴィラスは……どうなのだろう?まだ再会できていないレヴィラスに思いを馳せていれば。

「では、ソラと」
ヴィオルもそう呼ぶことに賛成してくれるらしい。

「お会いできて嬉しゅうございます」
「う……うん」
少なくともヴィオルは……ハーパンとかショーパンは言ってこなさそうで安心した。

あ……そうだ。

「あの、ヴィオル。レヴィラスに会いに行きたいのだけど」
レヴィラスは……まだここに来られないようだけど。それでも会いたいと思ってしまうのは……保護者、だから?むしろ日本では、地球では俺の方が保護者を必要としているような感じだけども。

「レヴィラスに……ですか」
「その……ダメ、かな」

「そのようなことは。ソラの、主の意思を汲み取らない眷属神はおりませぬ。特にレヴィラスは……主は代々あれに対して過保護でしたから」
「……ん、うん」
否定などなできるはずもなく。
レヴィラスはずっとずっと……。

自身の掌を見つめると思い出す。記憶の中にある手はもっと大きくて、指も長いけれど。今ここにあるのは日本人の、ふにふにした短い指の生えた掌でしかない。

「まぁ、今生はそうでもありますまい」
「そう……なの?」
まぁ、グレイやブランを遣わしてくれたと言うことは、彼らの主も務めているわけだから、結構成長している……?

「むしろソラの方が保護者が必要な感じがしまする」
それは……否定できない。お風呂もレインがいなくては入れなかったし。

「日本では……向こうの世界ではそう言った年齢だったから」
代々の記憶も曖昧で、まだ全てを思い出せない。

「その、ヴィオルたちがいてくれて、心強い……よ」
「それはなにより。我らとしても嬉しゅうございまする」
うん……眷属神よりも主の方が保護者必須と言う状況なのだが……。でも頼りにできる彼らがいるのはありがたい。

「ではレヴィラスの元に行くとしましても……まずは着替えを、ですな」
「あ……うん」
完全にこれ、寝巻きだものね。

……はっ、待って。まさか。

俺はハッとしてヴィオルの意識に意識を向ける。

(……は……か)
あれ、何だろう……?

(ソラ、どうした)
今度ははっきり……聞こえる……?

「あ……あの、ごめん」
「謝ることなど。我の意思を聞こうとしてくださったのだろう?とても懐かしく、嬉しく思いまする」
眷属神たちにとっては……やっぱり嬉しいこと……のようである。

「ありがとう……」
「いえ」
にこりと微笑むそのヴィオルの顔は……。
俺なんかが向けられていいのか悩む、女子が卒倒しそうな美しさであった。

「やっぱりこの部屋の中は広いにくくなっているね」
「それもありますが……恐らくは我が鱗の影響かと」
「えっ」
「壁に所々紫の鱗が埋め込まれているでしょう」
「うん……っ」
確かに……そうだよね。壁の装飾も見事だが、その紫の宝石……いや鱗を中心としている感じがする。

「その他はレヴィラスが集めてきた素材を用いておりますが」
レヴィラスが……?
いつの間に素材回収なんてできるようになったんだろう……。前は壊しまくってた……いや、それが本質だったような気もするのだが。

「あれには我が鱗を使っておりまする」
「ヴィオルの……!?」
確かにヴィオルの鱗も紫……!

「い……痛くない……?」
「……そのような心配は初めてでありまするな……ですが、ソラらしい所なのであろう」
俺……らしいところ……か。
先代たちはもっと……何と言うかボスっぽかったイメージが……いや、感覚があるのが確かに分かるのだ。

「あれは自然に生え変わるものを選んでおりまする。ソラを迎えるにあたり、レヴィラスに集めておいてくれと頼まれましてな」
レヴィラスが……?素材を集めるくらいだ。素材にまで詳しくなってる……?

「それなら……安心だけど。ヴィオルの鱗は……あ」
何か、思い当たるものがあるような。確かヴィオルの鱗は。

「その鱗は魔法や異能を無効化する」
もちろん、俺のも。だからこそここの装飾に使われている。

「そうですな。だが、ソラが本気を出せば、鱗の効果など意味を成すまい。気休めです」
「それでも……ありがたいよ」
眷属神たちの……レヴィラスからの心遣い。

「その鱗を纏っているから、ヴィオルの中は分かりづらい……?」
それもヴィオルの鱗特製装飾の部屋の中である。

「我が心を知りたければ、いつでも覗いてくだされ」
そうヴィオルが告げればその通り、ヴィオルの意識ごと入ってくるような不思議な感覚を覚える。

「美しい、渓谷だね」
脳裏に映されたのは、多分……。

「我が生まれ故郷。いつかソラにも見せて差し上げたい」
「うん……俺に行ければ、だけどね」
苦笑を返せば。

「真の力が目覚めれば、瞬間移動も空を飛ぶことも容易いことでございまする」
そう……そう…~なのだろうな。今は分からないし、どうすればよいのかも分からない。

「でも、ご心配なされますな。今回は我がソラを抱っこして飛ぶゆえ」
あ……うん。運んでくれるのはありがたいが……抱っこか。

「それに、外はソラにとっては騒がしい」
確かに……地球にいた時のような【アレ】が大量に入ってくるのだ。

「我が腕の中の方が安心でありましょう」
そうかも。ヴィオルの鱗の効果で守られるはずだ。

「いやはや、懐かしいですな。昔は歴代の主たちがレヴィラスに」
あぁ……何かそれ、分かる……。レヴィラスと共に飛んでいたかもしれない。レヴィラスは特に、代々にべったりだったもの。

「今回は、我がその役目を賜れる。とてもありがたいことでございまする」
「うん……まぁ」
抱っこされるの……俺だけども。

けど、レヴィラス……。
もうすぐレヴィラスに、会えるんだよな。

『コオテ……コオテ……、……(こほ)て』

「……っ」
今、聴こえたのって……。

「……ら、我が主!……ソラ!」
ハッ。今、何か……意識がよく見知った闇の中に潜っていたような……?けど、ヴィオルに呼ばれて戻ってきた。

「な……何でもない……!あの、レヴィラスのところへ行かないと……!」
「えぇ、では早速着替えをいたしましょう。上空は冷えます。竜ならともかく、今の主は人間の身体()です。服はレヴィラスがいくつな用意しているはずですので」
レヴィラスが服の用意まで……?

……じゃぁレインがハーパンニーソを買いに行く必要は……そもそもなかったのでは……。