ザクザクと暗い森の中を進むのは……。

「んー、暗くて見えないですよ」
「もうすぐ拓けた丘にでるから、そこで確かめましょ」
と、スノウは言うけれど。

「竜族だよね」
「そうそう。私たちには見えるけどね」

「何ですかそんなチート……っ!」
「いや、チートだと思う。全体的に……」
そりゃぁもう、創世神が世界のためにスロライとか言い出すほどに。

「ほら、やつらが月夜に照らされる」
レインが告げれば、彼らは月夜の下に照らし出された。
「よくもまぁ……ヴィオルがカンカンなのも久々に見た」
ごく普通に言ってのけるレヴィラスだけど、多分レヴィラスたちも殺気だってる。今は単にヴィオルの信徒だからとヴィオルのメンツを立てているだけなのだ。

そして月夜の下に姿を現したのは……かつてヴィオルに化けてもらったような、竜の角や尾などの特徴を持つ人間……竜族だ。

「あ――――――っ!」
そしてファナが叫ぶ。

「ちょ、ファナ!?バレるって、張り込んでること……!」
「大丈夫よ。どうせレインがうまくやってるでしょ」
スノウの言う通りなのか、レインがニカリと嗤う。こちらは闇に紛れた茂みの中だが、俺たちはそもそも闇に目をとられない。ファナは闇に目が慣れた頃だろうか。

「そうそう、こちら側の声は闇から出ない限りは届かないよ」
「それなら……ファナ。あの人たち知り合い?」

「知り合いと言うか……竜族の里の戦士や剣士……あとムカつく女……っ!」
いや何その括り……!ジョブは……えぇと。

「……メイデンか……?」
ファナもそうだったはずだが……。いや、レヴィラスの眷属になったからもうジョブの役目からは解放されている。
元々竜族たちがそうしていただけで、ファナはレヴィラスを崇めていたからなぁ。
ヴィオルの信徒と言うくくりにも入らないだろう。

「そうですよ。私が里にいた時は竜巫女の次席でした。私が言霊の力を持つ特別なメイデンだったから竜巫女になったのを、敵視してきたんですけどね。……私は竜巫女になんて囚われず……レヴィラスさまの推し活に全力投球したかったです」
その言葉にレインがクツクツと苦笑し、レヴィラスは照れてる……?のかふいっと顔を背ける。

「そうですよ……!私この生活気に入ってますし……!」
「それは何よりねぇ」
「うん」
ファナを見つけられて良かったと思う。いや……彼女の魂はきっと、この世界で必然的に引き寄せられていたのだろうけど。何となくそんな気がするのだ。それとも創世神かな……。
聞いていて静観しているのか、寝ているのか……創世神の声は闇に溶けるように聞こえないが。

「でも、彼らは何でわざわざ神域に足を踏み入れたんだ」
ヴィオルの怒りを買うことくらい、分かるだろうに。

その通り、彼らの前に竜の翼をおろしたヴィオルは……完全に憤怒の表情を浮かべている。

「神域に分け入るとはどういうつもりであるか」

「ヴィオルさま……!」
「ヴィオルさまだ……!」
戦士や剣士たちが傅く中、メイデンの竜族はすっと背筋を伸ばす。え……、何をしてるんだ?

「ヴィオルさま……!わたくしは竜の里の竜巫女……ヴィオルさまの伴侶としてお仕えする存在にございます」

「は……伴侶……?」
今、ぽかーんとしてる。
「まぁ、巫女の本来の意味って神の伴侶だもんね」
と、レイン。
「巫女に祈られても結婚したことはないけど」
そりゃぁそうだ。
現し神も子孫を残すことはあれど、本当に珍しい。生まれ直して輪廻を巡ることはあれど、現し神とは人間とは比べ物にならないほどの長命種。
だから建前のようなものなんだけどな……。

「そうねぇ。私の場合は男衆だったけれど……子孫繁栄のために、私は人間同士の婚姻は許可してたし」
まさに現し神それぞれ。現し神の自由。創世神の場合は……捧げられた巫女を一度は娶ったが……。

「気にすんな」
レヴィラスにぽすんと頭を撫でられる。

「ソラがいるならそれでいい。大昔のことだ」
「……うん」
今はもう……レヴィラスも寂しくはないものね。

そして再び丘に目を映せば。

「だからわたくしが自らここに参ったのです」
いや、意味が分からないね……?メイデンの言葉に耳を傾けるが……竜巫女なら普通に祈りの言葉を唱えてヴィオルに祈れば良かったのではないか。

「私たちの里の竜巫女さまが突然姿を消してしまわれたのです……!」
それってファナのこと……!?

「いや、普通に家出しただけですよ。そしてもう戻りません。ブラックですし。竜巫女ブラック!」
今までのファナの話を聞く限りはそうなんだろうけど。

「どうか私の身と引き換えに、竜巫女ファナさまを竜の里にお戻し下さい……!」
「ほう……?」
ヴィオルが意味深に彼女を見た瞬間。

『せっかくファナがいい生け贄になって私が好き勝手できたのに、ファナがいなくなってから、私が竜巫女の仕事をしなけりゃならないじゃない!祈っても祈っても、ヴィオルさまなんて答えないし、本当はいないんじゃないかと神域に入ったら……やだ、イケメンだわ……!私は竜巫女だからこの方の花嫁ってことよね。面倒な仕事は全部ファナに任せて、私はイケメンをゲットして万々歳よ……!』
は……?彼女の心の声が、その場にでかでかと響き渡った。

ヴィオルは無効化したんだ。普段は人間が心の内に秘めてる本音を隠すガードを。

そして彼女はつまり……ファナに全部押し付けて自分は好き勝手しようと……!?

そしてその声がでかでかと響き渡ったったことで、周りの竜族たちも唖然としている。

「そんな……っ、ヴィオルさまが自ら神域にお招きくださったと言うお告げは嘘だったのか……?」
「そう考えればヴィオルさまのこの怒りよう、納得がいく……!」
「我らを騙したのか……!!」
周囲の戦士たちが怒りの声をあげたことに、メイデンもまたぽかんとしている。まさか先程の言葉が周囲に駄々もれだなんて思ってもみなかったのだろう。

「え……?何を言って……っ」
メイデンがしどろもどろになる中、戦士のひとりがヴィオルの前で傅く。

「お許しください、ヴィオルさま。我らはこのメイデンによって騙され、この神域に足を踏み入れたのです。どうか……怒りをお鎮めください」

「ちょ……っ、騙したって何よ!?そもそも……その、ファナもどっか行っちゃったし……とにかくファナよ!ファナが里に戻れば万々歳だわ!」
『私は楽して暮らせる……っ!』

「この娘はバカであるか?」
ヴィオル直球――――――っ!?

「そうですよ……!」
ん?あれ?ファナの声が遠くから聞こえる……って、隣にいな――――いっ!?
丘にいた――――っ!?いつの間に……っ!

「見た目がよくて乳が垂れてるだけのバカ女です……!」

『ファナさま……!?』
周りの戦士たちがファナの姿に驚愕する中、メイデンが叫ぶ。

「垂れてないわよ……!何なのよアンタ……!てかどうしてここに……は……っ、まさかアンタ……私よりも先に、ヴィオルさまの伴侶になったの……!?アンタみたいな混血が調子に乗って……っ!」

「我には伴侶などいぬし、娶るつもりもない。現し神は人間のように契りは結ばぬ」
ヴィオルがさらりと告げれば、メイデンが驚愕したように目を見開く。

「でも私は竜巫女です……!」
「だから何であるか……?あと、ファナはもう我が信徒ではない。ファナがどこで何をしようが、我が口を出すことはない」
ヴィオルの言葉に一蹴されたメイデンは言葉を失い、戦士たちはぽかんと口を開けている。

「そうだよ。ファナは神域で生きることを選んで、レヴィラスの眷属になった。もうアンタたちに囚われることはない」
ファナの隣に並べば……。
「ソラ……!そうです!私は自由に生きるのですよ」
ファナも嬉しそうに頷いた。

――――そうだな……。今度こそ……。

「何だ、このガキは……!ファナさまを返せ……!」
しかしひとりの戦士がこちらに食ってかかる。

「貴様こそ、我が主に『ガキ』とはいい度胸であるな」
ヴィオルの怒気に、竜族たちがハッとする。

「てめぇらごと壊してやってもいいんだぞ」
明らかに機嫌が悪そうなレヴィラスも斧を構えて俺を庇うように前に出る。

「何を……っ」
ただならぬ気配に、戦士たちが身震いをする。

「竜族だもの。よく聞いているんじゃないのかな?今のファナの主のレヴィラスだけど」
俺が告げ、

「そしてソラが俺たちの主だよ~」
レインがへらへらと嗤いながらレヴィラスの隣に立つが……相変わらず目は嗤ってない。
「そうよねぇ。私たちの主、レヴィラスのことを……そうね、祈りの言葉すらも受け継ぐあなたたちですもの。知らないとは言わせないわよ?」
月夜に照らされて妖艶な美しさを醸し出すスノウが美しく微笑む。まさしく人外のことわりのように、戦士たちは心を奪われそうな勢いだ。

「まさか……魔神……」
「最強の……っ」
それは、うん。正しい。

「それと……俺の眷属に手を出すのなら、竜族どもが贄になっても文句は言うまい」
「まぁ、我は従順に祈るならともかく……主がいればそれでよいのでな」
レヴィラスの言葉に続き、ヴィオルがさらりと告げれば、さすがに戦士たちも畏れおののく。竜の里で散々な扱いを受けてきたファナも、この場の彼らの崇拝する対象も、気分次第では見捨て捨て置くことを知ったのだ。

「あと……その娘が我への祈りの言葉を届けられないのであるなら……そもそも竜巫女の資格すらないのであろう?」
そうだよね……?ファナの祈りの言葉は確かにレヴィラスに届いていたわけで。レヴィラスは直接答えることはなかったけれど……。
ヴィオルはメイデンの声を聞いていない。ファナが祈ることがなかったから、ぶっちゃけ忘れかけてたのもあるのか……それとも祈りを届けられる稀有な竜巫女としてファナが偶然生まれただけなのか。

「それに……このような神域にまで分け入ってくるとは……ここがどういう場所かも分かっておらぬのか?」
ここは単なる竜神が住まう神域じゃなくて、創世神から与えられた、ヴィオルたちと魔神が暮らす神域。むげに足を踏み入れることは……世界への翻意にもとられかねないのだ。

「お……お許しください……!」
呆けているメイデンに対し、戦士たちがヴィオルの前で額を地に押し付けている。

「ふむ……そなたは何か望みはあるか?」
ヴィオルがファナを見る。

「あの、わたくしは……っ」
声を挙げたのはまさかのメイデン!?

「神の前で不敬であるな……その声、封じてやろうか?」
「え……っ」

「いいんじゃねーの?ファナにもそうしてたんだろ?」
思えば……レヴィラスの言う通りかも。

「その代わり……心の声は常に周囲に響くようにしてやろう」
ヴィオルがほくそ笑めば。

次の瞬間、メイデンが口をぱくぱくさせるが。

『何で私がこんな目に!?ファナなんて元々は……下等な奴隷の人間の血を引いてるくせに……っ!』

それは言ってはいけないことだと、戦士たちも分かっているように青ざめる。特に魔神の前では……。

地球での俺が……それを望まないから。しかし、魔神の魂は怒りを覚えている。

「出ていけ。命までは取らないが……二度と神域に足を踏み入れるな。神域の中で死なれては不快だ。生きて外まで弾き出してもらえるだけ、ありがたいと思え」
まぁ、来るときは命懸けだっただろうから……本当に感謝して欲しいものだ。

「後世にしっかりと語り継ぐがよい。この娘の告げたことが我が主の怒りを買うことくらいは……分かる脳を持っているようであるからな」
ヴィオルの言葉に血の気の失せた戦士たちはこくこくと頷く。一方でメイデンは……。

『本当に周囲に聞こえてるの!?』
『何で私の心の声が……?』
『いやあぁぁぁっ!戻してえぇぇっ!』
そう、今さら叫ぶがどうでもいい。それが彼女が背負った業である。かつて世界を救った巫女を侮辱したのだ。それでも神域の外に放り出してあげるだけありがたく思うがいい。

「去れ」
そう告げれば、不思議な力が神域に満ち、そして一瞬で侵入者たちが神域の外に弾き出されたのが分かった。

「……元の神域に戻ったか」
静かになったのならそれでいい。

「えっと……帰ったんですか?竜族」
「そうだよ。命が惜しければまた押し掛けることはないよ」
「それなら、連れ戻されることもない……!」
「むしろ、それはダメよねぇ」
クスクスとスノウが微笑む。

「だってファナちゃんは……」
「スノウ」
スノウを制すれば、含むような笑みを向けてくる。

「私がどうかしたのですか?」
「……いや、ファナも俺たちの家族の一員ってことだよ」
何せやっと3代越しの願いが叶ったのだ。

「はい、ソラ」
ファナに手を差し出せば、ファナも笑顔でこくんと頷く。

そして俺たちの屋敷へと……還るのだ。