「これがシャワーが出るレバー、こっちが蛇口。温度はこのレバーを回せば変えられる」
屋敷の俺の部屋だと言う、だだっ広い空間に連れられてきて、まずは部屋に備え付けの浴室にやって来た。

お風呂に入れるのは2日にいっぺん入れればいいところだった。みんな俺とは入りたがらないし、施設の子どもたちや職員が使った後、浴室が空いたのが夜遅くなると音がうるさいからと入れさせてもらえない。けれど浴室の掃除だけは毎日やらないといけなくて。掃除でシャワーの音が出ても、俺が入るのは、許してもらえなかった。

まぁ、シャワーの使い方くらいはもちろん分かる。こちらでもそれほど変わることはない。

「けど、基本魔力で動くから、ソラが出ろと命じて魔力を込めれば、ソラが好む温度で出てくるよ」
「……お湯も……?」
「うん。もちろん」
そう……なのか。地球ではシャワーを浴びれても、お湯はほとんど使わせてもらえなかった。ボイラーの音のせいもあるかもだけど……。本音を言えば、ただの嫌がらせだろうけど。それで風邪を引いて熱が出るのは日常茶飯事で。学校へ行かず、施設で位置つけられた雑事をこなす以外は屋根裏の部屋でひとり過ごすことも多かった。
――――――学校も俺が奇妙な子だと分かっていたから、あまり来て欲しくなかったようで。俺の不登校に何か言ってくることはなかった。
……むしろ、担任からの『来ないでほしい』と言う心の声は聴こえてきたっけ。

「……だけど、魔法の使い方は……」
さすがに分からない。

「ん?大丈夫。念じれば出るよ。それとも一緒に入ろうか?」
「……いいの?」
「もちろん……!」
(そのナマ足を……目に焼き付ける……!)
……それはマジでやめてほしい。

2人で脱衣所で服を脱いでから、再びシャワーの前で。

「……」
お湯……出る……?出て。
そう念じれば。

「……わっ、つっめたっ!?」
「あ……ごめんなさい……っ」
ほぼ冷たい水だった。
これが普通だったから……でもレインも一緒なのに……!普通のお湯って、どのくらいだろうか……。

「ほら、ソラ」
シャワーの柄を持つ俺の手に、レインの手が重なり、ゆっくりと水が湯気を纏い始める。

「どう?」
恐る恐る指を差し出せば。

「あったかい……」
「これでイケそうかな?」
「うん」
これなら身体を洗えそう……と、思った時だった。

(異界ではソラにあれでシャワーを浴びさせてたのか……?この世界なら、そのようなことをしたやつらは全員……)
ひえぇっ!?

(レイン、恐い恐い……!)
そう、レインに訴えかければ。
「え?そーぉ?わりと普通じゃない?」
「じゃないからぁっ!」
先代の俺がどうだったかは知らないが、地球で……日本で生まれ育った俺にはさすがに物騒すぎた。

「そうだ、こっちのソープの種類は分かる?」
あんなに物騒なことを思っておきながら、レインはけろっとしていた。……ほんとに普通の話題だったのか、あれ。いや、まさか……?

「前の俺の時からもだいぶ変わってるからね。前の生の時だって、500年の間にずいぶんと変わったし」
前の……ってことは、一代前の、先代のレインガルシュってことだよね。同じ魂だけど、違う人格。まだ思い出せない、先代の主……俺も、同じ魂だけど、別人。

――――――しかも。

「ごひゃくねん……」
「そうだねぇ。これだけはなかなか。でも俺たちは、ソラがまた新たに転生の時を迎えるまで、また500年一緒だよ」
それが……この世界の輪廻なのだと……ハッとした。もちろん普通の人間は地球の人間とそう変わらない寿命だろう。けれど俺は……俺たちは、そうじゃない。世界の輪廻でそう決められている。この青年期の姿で、ずっと。だから地球で過ごすことが可能な時間のタイムリミットが来たのだ。その輪廻からは逃れられないから。でも……。

「うん、ひとりじゃない」
もう、ひとりぼっちじゃないから。

「そうそう」

レインは笑顔で頷くと、ソープの説明を初めてくれた。

「シャンプー、コンディショナー、ヘアートリートメント、洗顔用石鹸、ボディソープ、泡石鹸」
いや、種類ありすぎなのでは……!?
女子じゃあるまいし……でもレインは見た目は外国のイケメンモデル並みで……。やっぱりあぁなるには、これだけ必要なんだろうか。
レインの真似をして頭の先から足の爪先まできれいになれば。

(むっちむちの……ふとも……)
「見ないでレインのバカっ!」
慌てて太ももを手と腕で隠せば。

「ぐふっ」
(その『バカっ』はむしろサービス……!)
うえぇ~~……。

「まぁ気を取り直してお風呂入ろっ!」
気を取り直したいのはむしろ俺の方なのだが……。

「お湯……お湯に入れるの……?」
浴室自体広々としていて圧巻だが、奥に広がる大きな湯船にも……入れるのか。施設では俺が入る前に風呂の栓を抜かれることが普通だったから、入ったことがない。修学旅行では宿泊宿の湯船に入れるそうだけど、修学旅行はお金がかかるから、他の子の修学旅行費に回されて、俺の分はないから行ったことはない。日本人なのに、湯船にも入ったことがないなんて……何だか今さら泣けてくるが。

「ちょうどいい温度にはなってるから。調整したい時は魔力で」
とことん便利な世界だな……。でもせっかくレインがちょうどいいと言ってくれているし……。
恐る恐る湯に足の指先を入れてみれば。

ちゃぷん。

「あったかい……」
「温度は良さそう?」

「……うん」
そのまま身体も湯に浸かれば。

「きもちぃ」
「でしょ?」
レインも続いて入ってきて、微笑んでくる。
広い湯船でまったりと過ごすのは……本当に初めてのことで。

「のぼせるといけないから、上がろうか」
レインにそう声をかけられなければ、思わず時間を忘れるところだった。

※※※

「バスローブなんて……初めて着た」
しかも俺の髪と目の色と同じ黒。そして着心地もいい。

「ソラのために用意したものだからね~」
レインはレインで先ほどのような軍服のような装いに戻ってしまったが。

「あ……もしかして……ハーパンが、よかった……?調達してこないと……!」

「いや、いらないから……!」
ほんっとこのひとは……!

「他の眷属神たちが集まるまで、少しベッドで休んでいてね。ソラの部屋は特注で、あまり異能が発動しないようになってるから安心して」
「それって……」
声があまり聞こえないってこと……?そう言えばレインも……静かだな。

「壁に埋め込まれた紫の鱗。これにはそう言う効果がある。まぁソラの方が強いから、本気を出すと意味ないけど、気休めに……ね」
また……俺が強いって……。
いや、だからこそ俺は……世界の輪廻に囚われているん……だよね。それは何となく分かる。そして俺がより快適に過ごせるようにと言う、眷属神たちの……レヴィラスの……願い。

ひとりになった部屋の……何人が寝られるんだと言うベッドの上。ふかふかで、生地もきもちぃ……。今までの古い布団と、冬でも薄い掛け布団みたいなのとは、違う。もちろん暖房なんてのもなくて。
でもここは快適だ。快適な……俺の在るべき本来の世界。

「レヴィラス……」
レヴィラスは……あの詩を繰り返し、繰り返し、謳っていた。

レヴィラスは俺の魂が送られた地球を壊したかったのか……それとも、俺のことを懐かしんでくれていたのか……。

それでも今はあの悲しげな詩の響く闇は見当たらない。

俺がこの世界に還ってきて……レヴィラスは今、何を願っているのだろうか……。

そんなことを思いながら……。俺の意識はふかふかな布団の中へと(いざな)われていった。