「そう言えば……」
「どうしたの?ファナ」

「所々で見掛けるこの鐘、何でしょう」
雑貨を売る露店でファナが指差したのは……。

キーホルダーとして売られていた、銅鐸のようなデザインの鐘。大きさはいろいろとあるけれど、タマゴ大のものをひとつ手に取る。

表向きは怒りの顔が彫られているが……裏返せば、悲しみの顔が彫られている。
だけど、これは……。

「これは、裏面は怒り、表面は哀しみの顔を表す戦神レインガルシュの鐘だよ」

「え……っ、この怒った顔って裏なのですか?みんな怒った顔を向けてますよ」
「うん……みたいだね。こっちの怒った顔は戦いに於ける勝利を願うものだから、人気が出るんじゃないかな……?」

「そうだねぇ。今でも勝負事や魔物との戦いへも御守りとして持つ人間はいるよ?あんまり表面は人気が出ないんだけど……でも昔からのものだから、ちゃんと表の顔も彫ってあるみたいだ」
そう、カラカラと笑うのはレインだ。

「それにしても……欲しいの?それ?」
意外そうな顔をするレイン。
「だって、必勝祈願の御守りみたいなものじゃないですか……!」
まぁ……今は御守りではあるようだけど……元々の意味とはちょっと違うかな……?

「そう?お互いそれ持ってたら、勝てなくなっちゃうけど」
「は……っ」
レインの言葉にファナがハッとする。

「それは元々、戦いの始まりを知らせる鐘だから。まぁ、勝負事への闘志を奮い立たせる……意味の方が理にかなってるんじゃないかな?」
そうそう。昔これは戦場に運ばれた鐘である。

「では、気合いを入れるためにも……っ」
「……買わなくても……あるけど……?ここではさすがに出せないけど、屋敷に帰ったら出してあげられるよ」
「へ?レインさんもキーホルダー持ってるんですか?」

「いや、キーホルダーじゃなくて本物だけど」
「……本物……?」
ま、まさかファナ……レインの本名知らない……!?教えてなかったかもだけど!

「あの……ファナ。レインの本名、レインガルシュだよ」
「え……それってこの鐘の……神さま……!?」
「だから現し神だって」
レインがニカっと嗤う。

「お前ほんと分かってねぇのか今日帰ったら説教してやろうか」
レヴィラス!?静かに聞いてたと思えばいつの間に……っ!

「いや、その……ファナも少しずつ知っていくと思うし……!急がなくていいんじゃない?」
何せ……俺たちが生きる時間は……果てしなく長いのだ。

「ソラがそう望むなら、いい」
「……うん」
レヴィラスは本当は優しいんだよね。

「欲しいなら買ってあげるけど」
「じゃぁレインさん……!おひとつ……!」
レインの……鐘か。

「俺も買っていい?」
「……ソラも?俺はソラの眷属神だし、欲しいのならいくらでも捧げるけど」
さらりと言ってくるな……。
レインは……スノウと同じように人々の生活に近く、今でも長らく信仰を集める現し神だ。
誰もが喉から手が出るほどに欲しいほど……。何せレインをつけたら敵なしだからな……。尤も人間同士なら……と言う意味でだが。

「いや、その……そう言うことじゃなくて」
「そうですよ……!推し神活動ですよ!好きな神さまグッズは集めたいじゃないですか」
いや……現し神ってグッズ集める存在でもないのだけど……。でも……それに近い……かな?

「レインの象徴だから、持ってたいなって」
「そう……?まぁソラが欲しいなら。ファナのもお金出すよ」

「ありがとう、レイン!」
「因みに、レヴィラスさまグッズは……ないんですか!?」

「あるわきゃねぇだろ」
と、レヴィラス。
そ……そう?俺はちょっと欲しかったな……。その気持ちが伝わったんだろうか、レヴィラスがどこか意味深な視線を向けてくる。

「うぐ……っ、なら作る……!なければ自分で作るのもオタクですからね……!」
「……また変な団扇とか作る気かよ」
「変じゃないですよー」
そう言えば……ファナってお手製のレヴィラスグッズ持ってたっけ……。

「レヴィラスはともかく……スノウは?ありそうだけど」
「スノウさんですか?」
「スノウは豊穣の現し神だから……。御守りとかないかなって」

「スノウのなら、これだね」
レインが指してくれたのは……。

「稲穂を象ったブローチだ……」
スノウらしいかも。

「じゃぁ、これも買おうか。ファナもいる?」
「入ります……!スノウさんもふもふ大好きです……!」

「ははは、さすがのスノウは人気だね~~」
レインも地上では人気の現し神なのだが……でも……戦神としてのみ有名になってるのは複雑な心境なのだろうか。

こうして御守りを買ってもらえば……。

「そろそろ神殿に行こうかね」
だいぶ道草食っちゃったけどね。

神殿に向かって歩いていると、不意に俺たちの前を塞いできた集団を見て、ピタリと止まる。

「はんっ、今日はあの化け物はいないんだな……!」
それってヴィオルのことだろうか。文字通り罰当たりな……。

「あのー、ソラ。あの人たち私たちに話し掛けて来てます?誰でしょうか?」
「ファナ、覚えてないの!?昨日会ったよ……!」

「そうだぞ、この女!昨日一回会ったってのに、忘れたのか……っ!」

「いや……その……昨日一回会っただけで顔覚えるとか……無理ですよ~~」
いや確かにそうだけど、面影とかそう言うのまで……ないと……!?
いやまぁらしいっちゃらしいけども。

「ほら、昨日会った……会った……あの、お名前は……」
何だったっけ。ステータスを無理矢理見れば分かるんだろうけど……そこまで興味がないと言うか。

御手洗(みたらい)(さぐる)だ!覚えてるだろ!?」
「いや……さすがに俺も名前までは……」
外見は……その、何となく分かる。昨日会った勇者。
一緒にいるメンバーも昨日と同様だ。聖女、魔法剣士、戦士。

「お前……何で俺のこと覚えてねぇんだ……!」
何か……彼は俺のことを知ってるみたいだけど……俺は覚えていないのだ。さて……何か面倒くさくなりそうだり……あまり関わりたくないんだが。

「あ゛?誰だアイツら。ソラに話し掛けてやがるけど」
「ははははは――――。レヴィはソラに話し掛ける輩全員に威嚇し回るもんねぇ。今までもそうだった~~」
そ、そう言えば。昔よりだいぶ大人しくなった。せめてレインに聞くくらいはするようになったのは褒めてあげるべきなんだろうな……?

「ヴィオルの記憶見せてもらったから知ってるよ。ソラにケンカ売ってきたやつら~~」
「は……?」
ひぃっ!?レイン、直球すぎる!思わずレヴィラスが目見開いて反転させたけど!?

「大丈夫、大丈夫。レヴィが暴れるとやりすぎるから、ここはお兄さんに任せておきなさい!」
確かにそうかも……レインなら多分自制してくれるはず……。

「さて、ソラ。殺すのと解体するのとバラすのどれがいいかな?」
全っ然自制してない!何でそうなるの!!
レインに思念を送るように目を向ければ。

(創世神も招かれざる異世界からの珍客だと見抜いていたようだし……いんじゃない?)
いーや、よくないって……!
しかし元の世界にも戻せないんだもんなぁ……。

「その、できれば無視して通過したいのだけど……」
「じゃ、やっぱり消そう?」
笑顔でゆーなぁっ!!そして最初よりも物騒になってるよ!

「おい、何をごちゃごちゃ言ってやがる……!」
勇者がチャキッと剣を構える。え、こんな人通りの多いところで……っ!?
周囲も異変を感じ取ったのか、こちらを避け始めたし……。

「そ……そうだ……!ここは……っ」
戦士まで斧を構えてるし……。魔法剣士は高嶺の見物のようだが。

「ソラに剣を向けるなら、いよいよぶちのめす理由ができたよね~~」
いや、その……それは……。
「何だあの触れただけで折れそうな斧は。あんな斧で歯向かってくるとは、現し神ナメてんだろ」
レヴィラスまでやる気~~っ!

「あ――……ん――……」
どうしようかな……。せめて諦めてくれればいいのだけど。因みに……勇者が持っているのは聖剣なのだが。魔王のいない世界にはけっこう強い武器止まりで……強い剣士ならだいたい持っている替えの利く代物。魔法剣士だって聖剣持ってるし。戦士の斧は言わずもがな。
そう言えば……レヴィラスの武器は斧で、レインは武器全般得意だけど……神剣もってたよね……?

「あの……取り敢えず、武器を破壊するくらいにしてもらえると……」
助かるし、戦意喪失するんじゃないだろうか?

「ん?うん、いいよ。神剣ね」
あ、伝わってたか。まぁ、それでいいけど。

「じゃー、俺ぁ斧破壊すればいいか?」
「うん、レヴィラス。でも2人とも、命は奪わないように」

「脆かったら肉体も巻き込んで破壊されると思うよ?」
「手が滑るかもな」
「ダメだから。穏便に……穏便にぃっ!」

「ははははは――――」
笑いつつもレインが影から神剣を取り出し、レヴィラスと共に武器を構える。

「やる気か!この……っ!」
勇者と戦士が技を放つよりも速く……。

パリンッ

ゴトゴトッ

勇者の聖剣はレインの神剣によって真っ二つに、戦士の斧はレヴィラスの毀の斧によって粉々に破壊されていた。

戦士も勇者も目を丸くしている。何せまばたきするよりも速く、決着がついていたのだから。

「なん……っ」
呆然とする勇者と戦士。そして何が起こったかも分からず狼狽える聖女。

しかし既にレインとレヴィラスの姿はそこにはない。

「隙あり――――――っ!」
そして次の瞬間、魔法剣士が俺とファナに向かって空中からアクセルを踏んで、剣を振り下ろしてくる……!?

「ひゃっ!?」
とっさのことに驚くファナだったが……俺の心は冷静だった。ここは……何より先に……。

『今生はずいぶんと生易しいものだな』
『これもやはりチキュウの影響かもしれん』
代々の俺が、そう笑った気がした。

そう……かもしれないな。

「殺すのはダメだ」
そう告げれば、魔法剣士の剣がレインの神剣より真っ二つですらない、粉々の粒子のように砕かれ、そして咄嗟に斧を留めたレヴィラスをレインが受け止めていた。
うん……あのまま行ってたら、魔法剣士は死んでいた。
何せレヴィラスもレインも元々、武器を持つ理由は……素手が強すぎるから。
そしてさすがのレインは、魔法剣士の聖剣を粉々にするだけでおさめたらしい。

――――やれやれ。

「何故止める……!コイツ、ソラに殺意を向けていた……!」
「相手にするほどでもないでしょ?」
そう告げれば魔法剣士がカッと目を見開く。

「何ですって!?」

「力量差も分からぬくせに、我らに構うな。命まで奪わぬ我が主の慈悲すら無に期するのならば、次こそ命はない」
それはまさにあの鐘の、戦神レインガルシュの怒りの面だ。

「……っ」
魔法剣士は肩を震わせて、恐ろしいものでも見るようにレインを見る。
そりゃぁ、レインが本気を出せば、歴戦の猛者ですら武者震いに襲われる。
ろくに経験も積まず意気がるだけの彼女らが相対できる相手でもないのだ。

「とっとと行こうか」
すっかり戦意喪失し、へなへなと腰を付いた勇者パーティーたちが再び元気になる前に行かないとね。

一方で周囲からは戦神を讃える声援が聞こえてくる。そこまであの勇者パーティーが街のひとたちによく思われていないのか、やっぱりレインは現し神の中でもヒーローなのか……。

どちらにせよ……ちょっと目立ちすぎたから……早く神殿に着きたい……。