「何がどうなってこうなったわけ?すごいことになってるねぇ。辺境で魔獣の肉爆食いした時級」
呑気そうにこちらに歩いて来たのは、ヘラヘラと笑みを浮かべる……
「れ、レイン」
「よしよし、い~こ」
何故か俺が頭をなでなでされているのだけど。
「で、何でこうなってんの?」
レインが揺れの収まったギルド内を見渡す。ギルド内は壁も天井も所々ボロボロである。レインの登場に人々はへにゃりと緊張の糸が解れたのかぐったりと横たわる。さすがにレヴィラスの怒りを買った女性も床に尻餅をついている。
「アルジ……」
レヴィラスがレインをジッと見据え、レヴィラスの腕が俺を独占するようにぎゅっと締まる。まぁ、苦しくはないけれど。
「んーと、ヴィオル、記憶貸して~」
レインはヘラヘラとしながら、その場にいたヴィオルの翼をひょいっと掴む。
「む、我のか?」
「ソラは今、レヴィが独占したい気分なようだし、レヴィは荒ぶってるからね。ヴィオルが適任」
そう言うと、やれやれとヴィオルが瞼を閉じる。そしてすぐに瞼を上げれば、レインがうんうんと頷く。
「あぁ、それでレヴィはね。うん、まぁ久々の再会だし、寂しさあまっちゃったんだねぇ」
その見解は……間違ってはいないのだけど、あまりかたがヤバすぎるのだ。この眷属神である騎士たちは。
そしてレインはギルド内の人間の中でも年上の男性の方を向く。ギルド内の責任者だろうか?
「レヴィは連れて帰るけど、いいね?君たちの言ってる依頼のことは、あとで創世神から神殿に苦情が入って取り止めになるだろうから」
あぁ、指南役のこと。まぁレヴィラスの力の強大さに目をつけたのだろうけど……それを任せるならせめてレインにすべきだった。まぁレインが快く引き受けるとは思えないが。
「あと……魔神からレヴィを引き剥がそうとするのはこの世界の禁忌。この世界のどの神にも見捨てられると思うから、覚悟しておくことだ」
レインの表情から笑みが消え、ことの発端である女性の方を冷たく見やり言い放った。
つまり祈ろうが願おうがどの神も応えない。啓き神がこの世界の住民にすべからく与えるスキルやジョブですら取り上げられると言うことだ。
それらは世界のシステムのようにすべからく与えられるものだからこそ、召喚された勇者パーティーにさえ、その魂の素質に見合うものが与えられる。
だが、禁忌に触れた場合は別だ。
初代に挑んだ勇者や聖女も、失った。スキルもジョブも加護も、破戒と共にレヴィラスが持って行った。
彼らはこの世界でジョブもスキルも加護も全て失ったが……しかし命だけは助かった。
彼らは禁忌に触れてしまったが、もとはこの世界の逃れられないシステムが生んだ悲劇。
創世神はお詫びにと、彼らがひととしての生を終えるまでの補償を与えた。肉体は地球に還れずとも、その魂だけは地球に戻した。
しかし今回の禁忌は、完全に彼女の私利私欲。自業自得。神たちも容赦も情けも渡すまい。
その魂が冥界に赴まで苦しむことになる。いや……冥界に渡った後が本番となる。
多分冥界の隠り神たちも、禁忌を破ったことに怒り心頭だろうし。
助けてくれる神も仏もいないが……。
「現し神をナメてかかるからこうなる」
レインは再びけろっとしながら俺に笑いかける。
「さて、レヴィも無事見つけたことだし、今度こそ還ろうか」
「……う、うん。そうだね」
俺もちょっと疲れた……。
俺が頷けば、レインの足元から暗闇が伸びてくる。それは俺とレヴィラス、そしてヴィオルおも包み込むと、一瞬で元の森の中へと……屋敷の目の前へと導いた。
「あ、そう言えばなのであるが」
「どうしたの?ヴィオル」
やっと還ってきたのに。
レヴィラスの目もすっかり元に戻って……未だに放してくれないのだが。
「この小娘は連れてきても良かったのであるか?」
ヴィオルがすとんとおろしたのは、先程までその腕に抱えていた少女であった。
「あ……」
うっかりここまで連れて来てしまった……。
※※※
「あの、ごめんね……!戻りたい場所の希望があるなら、何とかして……」
叶えてあげたい……。
「あ、竜の……」
竜人の……。
「そこは絶対嫌です……!」
「そう……か。じゃぁどこかの街にでも……」
あの勇者パーティーのいる王都は無理だろうしな……。違う街に……。レインならどこか知っているかもしれない。
「却下です……!」
きゃ……却下……。
「私は……」
彼女の思考が流れてくる。
(推し神さまの元でオタ活しながらニートしたい……!レヴィラスさま……っ、愛……!)
……だ……ダメだ、この子。
そもそも外に出していいのだろうか……。破戒と破壊の意味に気が付いたら、もしかしたら……っ。
う~ん、どうしようと思った時だった。
「……」
レヴィラスが俺の側からパッと離れ、彼女の元に進む。え、まさか対価を……!?しかし今は名を呼んだだけで願ってはいないはずだが……。それとも今までの願い!?願ってることと願う神の力が間違っていたけど、それはまちがいだと認識されなかったとか……!?
――――――そうだ、そもそもレヴィラスは……贄が足りなければ強引に持ってく神でもある……。
「あの……レヴィ……っ」
早まったことをしないよう、慌てて手を伸ばそうとした時、レヴィラスの両手が……いや正確には拳が彼女の両こめかみに当てられる。そして……。
ぐりぐりぐり~~~~~~っ!!!
ひぇ――――――――――っ!?
「ひぎゃ――――――――――――――――っ!!?」
彼女の憐れな悲鳴がこだまする。
「てめぇかっ!何度も何度もトンチキな願いをしていたやつぁっ!!」
あ……やっぱりレヴィラスに届いてたんだ。うん、
「あぎゃわあぁぁ――――――――――――っ!!!」
「あの、レヴィラス……そのくらいに……」
レヴィラスの腕にそっと触れれば、レヴィラスが彼女からパッと拳を放し……。
「主」
とても……とても大切そうに俺を抱き締める。
「あの……ソラでいいよ。そう、呼んで?」
「……うん、ソラ」
レヴィラスに名前を呼んでもらえることが嬉しくて……。あ、名前と言えば。
「そう言えば名前を聞いていなかったけど……」
「……」
彼女がまっすぐに俺を見上げる。
「……」
(この名を告げたら……っ、封じられし私の禁忌の記憶が目を覚ましてしまう……!)
「……」
(ダメよ……ダメなの……っ!)
「……えと……地球での記憶しかないよね……?」
この子には……この世界での魂の記憶は……今生しかない。それは分かる。
まぁ、そうじゃなきゃ、レヴィラスにとんちきな願いはしてないだろう。
「……それこそが……っ、禁忌のっ」
「そうかな……?」
「……」
(私の……ニート生活オタ活その他もろもろ……っ)
「……名前くらいじゃバレないんじゃ……」
「……じゃぁ、私のハンドルネーム:ダイヤモンド・クレアパトラも知らないと言うのですか……!?」
「いや知らないけど……!?」
ひとの心の声で知る知識や映像はあれど、ハンドルネーム……パソコンか何かのチャットか、ゲームか……その世界にいたことはないのだ。
「その、今生の名前とどこか被るの……?」
「私の名前はファナ」
今普通に名乗ったんだけどこの子!名乗ったよね!?
「カッコいい異世界名字は竜族にはなかった……だから、私は自らファナ・ダイヤモンド・クレアパトラを名乗ったのです」
「まぁそんな妙ちくりんな名は竜族には聞かんな」
と、ヴィオル。
「えー、俺が昔は会った竜族はアルルランドキリュール・ヴィララランガスティスグラーだったけどー」
いや、レイン!?誰それぇっ!!
「私ももっと……もっとカッコよく出きるはず……!」
「いや、何にこだわってるの……?ファナでいいんじゃ……」
「は……っ、嘆きの祠……!」
いや、待って。この子カッコいい中二ネーム考えたいだけでは……!?
「とにかく……ファナ……?」
「はい……!えぇとあなたは……ソラ?」
「そ……」
――――――う。と、返そうとしたのだが。
「断りもせず……っ」
ひぃ――――っ!?レヴィラスがガン睨みしてるし、今にも白目が反転しそう……!
「不敬であるぞ、小娘」
こっちはいい……ヴィオルはすぐには手が出ない。
「勇気あるねぇ。無謀なのは嫌いじゃないよ。戦場で無謀はすぐ死ぬけどー」
レインは満面の笑みなのにトゲありすぎーっ!
「いや、俺はいいよ。呼んで欲しい……」
はぅあ……っ!!
「俺たち以外にか」
「さすがに嫉妬心甚だしいであるな」
「ソラったら、んもぅ、忘れたぁ?」
……そう言えば……嫉妬するやつらだった……っ!
「あ、でも……じゃぁグレイとブランは?レヴィラスの眷属なんでしょ?俺ふたりにも名前、呼んでもらいたいな」
「……っ、れは……まぁ」
レヴィラスが……折れた……!
まぁ、眷属にするには相当の思い入れがあるだろうしなぁ。レヴィラスも納得すると言うもの。
「じゃぁファナにも……」
新参者ではあるけれど……この調子で上手く誘導……。
「ソラが俺たち以外の名を……」
「また呼ぶのであるか……」
「いや、こうなるからさぁ……お兄さんも禿同ー」
――――――できなかったぁ――――――。
名前を呼ばれるのですら自分たちで独占したがるのが……まぁ、常だったような。
「ふむ、そうだ。むしろレヴィラス。この娘を眷属にしたらどうであるか?」
「……はい!?」「はぁ!?」
ヴィオルの言葉に、俺とレヴィラスが同時に驚愕の声を漏らした。