耳ざわりな声と共に降ってくるものは、地球では慣れたものだが。

「一体その薄汚いガキは何なのですか……!?」
うす……っ、一応、お風呂には入れてもらえたのだけど……。
平伏す人々の中から立ち上がった、ギルドの職員風の女性が俺を指差す。
周りの人々なんて、女性が急に立ち上がったことでぎょっとして恐る恐る顔を上げてちらちらと見ているし。周りは恐らく……現し神が何足るかを理解している。……が、彼女は……。

「勇者への教育と言う栄誉を与えられておきながら、それを拒まれ、さらにはそのガキを選ぶと言うこと……!?」
えぇと……。勇者うんぬんは置いておいて。まぁ気になるけど。レヴィラスにあの勇者たちへの指南役だなんて……レインなら分かるけれど、分からなくもないのだけど。何故レヴィラスに……。鐘の意味も忘れた人間たちは、やはりレヴィラスがどういう神であるかも忘れてしまったのか……。

(あ、あの……っ、レヴィラス、知り合い?)
ギルドに顔を出しているのなら、面識はあるだろうが……。あそこまでレヴィラスに固執するなら、それなりに関係があるのだろうか?

(知らん)
レヴィラスから返ってきた言葉はひどくあっさりしていた。

(人間の顔など、レインに覚えろと言われたものしか覚えていない)
……。レインも一応覚えさせたのは……まぁ褒めてあげたいけれど。
でも必要がなかったら覚えてない。レヴィラスらしいと言えば、らしいよなぁ。
それにたとえレヴィラスが興味はなくても、レヴィラスに傾倒する人間は……信徒は昔から多かった。でもその対価を畏れ、いたずらに願う者は減ったと思っていた。
かつて生贄を用意して対価から逃れようとした者もいたが、逃れることはできなかった。
だからこそレヴィラスへの対価からは逃れられない。そう地上を恐怖に包み込んだ。
でもそれを地上の人々が理解し、啓き神に救いを求めたのはもう……1000年も前。忘れ去られるには充分すぎる果てしない時間である。まぁ長命種ならもしくは……だが。

でもいつの時代も願わずとも、一部の人間にとって魅力的に映るらしいその加護に固執する人間は、まぁいるよなぁ……。

「そんなガキは捨て、私たちをお選びください!さすればレヴィラスさまに更なる栄誉が……っ」
捨てられることには慣れている。地球ではずっとずっと、そうだった。実の親にも捨てられ、施設をたらい回しに遭った。けれど、俺とレヴィラスたちの場合は……俺が、代々の魔神が拾う側であり、そして彼らを捨てるなどあり得ない。

それにレヴィラスにモノを望むことが何だか分かっていないのか……?レヴィラスは……。

――――――その時だった。

レヴィラスの目が……一瞬にして反転した。
白目部分は黒へ、黒目は金色で、瞳孔が縦長に変化する。そして表情からは一切の感情が消え失せる。これは……。

人間を対価として食らう人食いの神。

『俺に主を捨てろと言うことか』
人間のものとは違う、重々しい神の声が地を這う時。空間が赤黒く変色し、ガラガラと地面が揺さぶられる。

レヴィラスに守られている俺には揺れは届かない。そしてヴィオルも平気そうにしている。
――――――――と言うか欠伸してない!?この状況で……!まぁ昔から達観していると言うか、大人と言うか……現し神の中でもおじいちゃん神だからな……。見た目は若いけども。

しかしながらヴィオルの呑気な欠伸とは裏腹に、ギルド内は恐怖に包まれていた。
人々はその揺れか、もしくは現し神が造り出すその神の力を振るわすための空間か、いやどちらもだろうか。それらに恐怖、或いはこの世の終わりとも観れる感情を顔に映し出し、泣き叫ぶ。
――――――古来は見慣れた風景だ。
レヴィラスにひとひとりの対価では手に負えないものを願った結果、訪れる地上を恐怖で呑み込む波。
いや、レヴィラスへ願うもの自体が、ひとひとりで賄えるわけがないのだが。
例外は今まで、1000年の歴史のなかで一度だけ。

勇者と聖女の腕を、啓き神がこの世界に召喚されると同時に与えたスキルとジョブ、加護ごと喰らった時のみ。

しかしレヴィラスが対価とするに値するものなどそう簡単に見つかるわけもなく。そしてあの勇者たちでもかつての勇者たちと同じ糧は用意できないだろう。

かつての勇者たちは……少なくとも使命のために己を鍛え、高めていた。
だからこそ贄を差し出すに足り得た。
現代のあの勇者たちでは……魔王や魔神に挑まんと命を懸けていた彼らには遠く及ばない。

だからこそ、平和になったこの世界でレヴィラスの贄になり得る人間などそうそういない。

それに今回は願い……と言うよりも、レヴィラスの暴走に等しい。
レヴィラスの怒り。それは、勇者たちの腕を喰らった時と同じ。
主を害される、奪われると認識したら、レヴィラスは暴走してもおかしくはない。いや、確実にする。
レヴィラスは創世神さえ手に負えず、多くの啓き神が犠牲となり、主が……魔神が拾うまで地上を破壊し喰らい尽くさんとした災厄。

そしてその災厄を巻き起こした一部が床を破壊し地面から生えて来る。あれは無数のレヴィラスの、牙である。あれはレヴィラス的には一応牙なのだが、今にして思えば先端には蛇のような口があり、胴のような牙の表面には黒地に金の目がギョロリと獲物を捉えている。まさに生きた牙。生き物としての牙。まぁレヴィラスの一部なのだけど。ひどいときなんて街ごと呑み込む()が開く。

『主……ワガ、アルジ……ヲ』
しかもこれちょっとヤバいかも……。レヴィラスが完全に怒ってる。俺よりも背が高いし、ちょっと成長したかなって思ったのだが。レヴィラスはどこまでもレヴィラスで。拾われて以来、代々主にべったりで、主にしか懐かないこのレヴィラスが、主を捨てろとほざかれたのだ。
激怒案件以外には該当しない……!

『アルジをうバ……ウ……(コホ)ツ……()らウ……』
ひぃっ!?ヤバい、マジでヤバいんだけど……!?
喰おうとしてる……!?
でもそれは対価でもあるから……恐らくこの街……王都ごと強引に破壊はしていくと思う。現し神を怒らせると、こう言う強引な対価吸収があるからまずいのに。今の地上の人々はそれすら……いや、目の前の女性が知らないのか。

「れ……レヴィラス……!」
代々はどうやって止めていたっけ……。確か勇者の腕を……あ、ダメだ。あれはレヴィラスへの祈りの言葉があって成り立ったものだから……っ。

「だ、ダメ……っ」
そのか細い声は、ガラガラと建物を破壊し、人間たちに迫る牙への阿鼻叫喚にかき消されるように、溶けてしまう。

その時だった。
「……ぇ、」
今、何か、聴こえた……?

「きゃあぁぁぁぁっ!生レヴィラスさま、キタァ――――――――――――――ッ!!!推し神キタ最高――――――――――っ!!!」
はいぃいぃぃ――――――――っ!?
ヴィオルを見やれば、その腕に抱えられていた彼女がぐわりと顔を上げ空色の目を見開き、レヴィラスに向かって叫んでいた。

いや、な、生レヴィラスって……。まぁ分からなくもないけど。でもその瞬間、時間が止まったかのように牙の動きも止まった。

彼女の言霊を帯びる声は、祈りの言葉でもない限り現し神を振り向かせるものではない。

しかし、多分……いや確実に、地球の知識がなければこの世界の住民が脳内にハテナを浮かべるセリフである。

それはまさかのレヴィラスの暴走も止めてしまうほどにハテナなセリフに、勢い。

うん、だから良かったんだろうけど。てか、唐突に意識戻ったっ!何でこのタイミング!?ちょっと助かったのは間違いないのだけど……!

そして、長いその場の沈黙の後……赤黒い空間が霧散するように背後で扉が開かれる音が響いた。

「こらこら、()()()、何してるの――――――?ソラの……主の前で破壊活動はや~~めなさ――――――い」
それはこの場には不釣り合いな呑気さ。しかし同時に救いを与えてくれるもの。

本来の表の顔とは真逆なのだけど……しかし、彼はそう言う裏面を持つ、現し神である。