気が付けばもう日が沈みかけている。
夕暮れが消えかかる暗いオレンジ色に相まり、目の間にいるベヒーモスの姿が不気味に演出されていた。
屈強な肉体に焦げ茶の毛。威圧感のある深紅の目がギラリと僕を捉えると、ベヒーモスは威嚇するかの如く更に魔力を高めた。
「それ以上暴れるなベヒーモス! 誰にも手は出させないぞ」
『たかだか人間如きで私に勝てると思っているのか』
ッ……⁉
このベヒーモス、言葉が分かるのか――。
まさかの事態に驚いたが、次の瞬間奴はそんな事どうでもいいと言わんばかりに一切の躊躇なく突撃してきた。
ギガントゴブリンもかなりのスピードだったけどコイツはまた比べものにならない速さだ。なんとか反応出来た僕は横っ飛びで奴の突撃を躱す。だがベヒーモスはすぐさま鋭い鉤爪の付いた脚を僕目掛けて振るってきた。
――ブォン、ブォン!
「ぐッ!」
『ほう。私の攻撃を躱すか』
凄まじい風圧と共に繰り出されたベヒーモスの連撃。上半身を屈め更にバックステップで辛うじて回避に成功した。だけどもし1発でも食らえばこんなの間違いなく即死だぞ。
「ジーク様! 村の方達は皆避難しました! ジーク様も早く!」
「さっさと来いジーク! 幾らお前でもヤバいんよそいつは」
後方から響いてきたレベッカとルルカの声。
よし、ひとまず時間は稼げたみたいだ。ここは一旦僕達も退いた方が……と思った直後、ベヒーモスの悍ましい深紅の瞳がレベッカに向けられた。
『弱き者に興味はない。失せろ』
くそッ、そうはさせるか!
僕は咄嗟に『必中』のスキルを発動させ、走る勢いのままベヒーモスに剣を突き刺した。
攻撃に反応したベヒーモスは巨体に似つかぬスピードで切り返して僕の剣を躱したが、『必中』スキルの効果で僕の剣はそこから軌道を急激に変えて勢いよくベヒーモスの首元を捉えた。
――パキン。
『ヴガァァ⁉』
剣が奴を捉えた瞬間、ギガントゴブリンの時と似た“何か”を砕く手応えを感じた。
攻撃を食らったベヒーモスは激しい雄叫びを上げながら悶絶すると、突如ベヒーモスはその巨体から黒い蒸気の様なものを出しながら地面に倒れ込んだ。
どうだ、倒したか……?
溢れ出す黒い蒸気がどんどんと勢いを増していくと、やがて大きなベヒーモスの体が消えていき、強力な魔力も感じなくなってしまった。
「おぉぉ! とんでもねぇなお前! あのSランクのベヒーモスを倒すなんて有り得ないぞ⁉」
「ジーク様!」
ベヒーモスを倒したのを見て、レベッカとルルカが走って僕の元へ駆け寄って来る。安心した僕も剣を下げてレベッカ達の方へと振り返る。
だがその刹那、ベヒーモスが倒れた場所で一瞬何かが動いた。
「待て、何かいるぞ――!」
大きなベヒーモスの体が消え去った場所。そこへ視線を戻しよく見ると、そこには地面に横たわる人影のような物体があった。僕が
恐る恐る“それ”に近付くと……。
「あら、獣人の姿に戻ってるじゃない――」
「「ッ⁉」」
地面に倒れていた物体が徐に動いたかと思いきや次の瞬間、さも当たり前かの如くその物体は喋り出したのだった。
“彼女”はベヒーモスとよく似た毛並みを体のから生やし、頭には獣耳、そして後ろには尻尾の様なものがあった。
“獣人族”――。
彼女は紛れもなくこの世界でそう呼ばれる種族の者だ。
「「……」」
僕、レベッカ、ルルカの3人は直ぐに彼女が獣人族だと理解した。だって別に珍しい事ではない。獣人族はごく普通にそこら辺にいる。言っちゃえば人間と大して変わらない存在だ。
だから僕達が疑問符を抱いているのはそこじゃない。
そう。
僕が疑問に思っているのは、さっきまでベヒーモスがにいた場所に何故彼女がいるのかだ。
誰ですか貴方は?
僕達が戸惑いの眼差しを見せていると、その視線に気づいた彼女が突如僕に抱きついて来た。
――バフン。
「……!」
「なッ⁉」
「おい、てめぇジーク!」
「よくぞ私を元に戻してくれた! 礼を言うぞ人間よ」
そう言って訳も分からず抱きしめたられた僕の顔は、彼女の豊満な胸に埋められた。
♢♦♢
~クラフト村~
「まぁそういう訳で今に至るって感じかしら。どう、満足?」
「成程。事情は分かった」
あれから無事に事が一段落した僕達は、彼女から詳しく事情を聞いていた。
この子は僕達の予想通りやはり獣人族であり、名前は“ミラーナ”と言うそうだ。歳も僕達と変わらないが、そのスタイルの良い見た目や喋り方が不意に大人びて見える。
僕が彼女の胸に顔を埋めて(不可抗力)からというもの、レベッカからは冷たい視線を向けられている気がするし、ルルカも何故か睨む様に僕に視線を飛ばしていた。
まぁ取り敢えず2人の事は置いておこう……。
なんでもミラーナはとても希少なベヒーモスの獣人族であり、人型からさっきのベヒーモスに変化出来る能力も持っているらしい。当然自分の力だから呼吸をするかの様にコントロールが出来る訳だが、何故かある日から力がコントロール出来ずにずっとベヒーモスの姿から戻れなくなっていたそうだ。
だけどそんな時に僕達と出会って、先の戦いで突如獣人の姿に戻れたという事らしい。
事の経緯を説明し終えたミラーナは最後に「コレが原因かしら」と言いながら、砕かれた赤い結晶を僕達に見せてきた。
「これは……」
僕はミラーナが見せてくれた物に見覚えがあった。
それはクラフト村に来る道中で遭遇した、あのギガントゴブリンと魔鉱石と一緒に出てきた赤い結晶と同じ。
やっぱりこの赤い結晶が何か原因しているのか……?
「ミラーナちゃんもかなりの美女だから俺はいいけどさ、ベヒーモスの姿から戻れなくなったからって、何でこの村を襲った?」
僕がふとそんな事を思っていると、今度はルルカがミラーナに問いた。それも初めて見る真剣な表情で。
「私は別に危害を加えるつもりなんてなかったのよ。ただベヒーモスの姿でもお腹は空くから、その姿で大きな街に行くより田舎の村の方が幾らか騒ぎが少ないじゃない。だから悩んだ挙句にちょっと畑の野菜を貰ったのよ」
ミラーナはしょうがないと言わんばかりの口調だったけど、何処か申し訳ないという気持ちも伝わってきた。
どうやら彼女にも彼女なりの理由があった様だ。根っからの悪い子ではない。
でも……。
「君にそういう事情があったのはよく分かったよ。結果1人も被害は出ていないしね。だけど村の人達にはちゃんと君からお詫びをしないと。皆の畑を荒らして、怖い思いをさせてしまったんだから」
「わ、分かってるわよ……! 私だって好きでやったんじゃないんだから。仕方なくよ」
強気な口調と裏腹に、自分でもやはり少し負い目を感じているのかミラーナは獣耳と尻尾をもぞもぞと動かしていた。
不思議な子だけど、取り敢えず万事解決かな。本当に悪気もないみたいだからこれ以上責めるのは可哀想な気もする。
「事情はどうあれ村の皆様に謝罪はして下さいね。それから今一度ジーク様にも!」
そう言うレベッカは珍しく強めな態度だ。
どうした? なんか機嫌でも悪いのかな。
「だから分かったって言ってるでしょ。それにジーク? だったかしらね名前。貴方には本当に感謝してるわ。ありがとう。私の呪いを解いてくれた王子様ぁ」
艶っぽい声色と表情でお礼を言ってきたミラーナはまたグッと僕に抱きついてくる。今度は僕の左腕に彼女の胸の弾力が伝わった。そしてそれと同時に再び突き刺さる様な視線を2つ感じる。
「ジーク様! そんな事で鼻の下を伸ばすのは如何なものかと」
「え⁉ い、いや違うって! 僕はそんなつもりじゃ……!」
「ふざけるなジーク! お前ばっかさっきからズルいんよ! 直ちに変われ!」
なんだか急に話がズレ出したぞ。
ルルカは無視しておくとして、何でレベッカまで機嫌が悪くなっているのか分からない。それに結局この赤い結晶の事も分からずじまいだ。
まぁ何はともあれ一旦問題は解決という事で……。
「ちょっと2人共落ち着いてくれ! 今はそれよりも、早く村の人達に安全を知らせてあげようよ」
レベッカとルルカはまだな納得いかない表情であったが、渋々僕の言葉を受け入れてやっと全て収まった様だ。
夕暮れが消えかかる暗いオレンジ色に相まり、目の間にいるベヒーモスの姿が不気味に演出されていた。
屈強な肉体に焦げ茶の毛。威圧感のある深紅の目がギラリと僕を捉えると、ベヒーモスは威嚇するかの如く更に魔力を高めた。
「それ以上暴れるなベヒーモス! 誰にも手は出させないぞ」
『たかだか人間如きで私に勝てると思っているのか』
ッ……⁉
このベヒーモス、言葉が分かるのか――。
まさかの事態に驚いたが、次の瞬間奴はそんな事どうでもいいと言わんばかりに一切の躊躇なく突撃してきた。
ギガントゴブリンもかなりのスピードだったけどコイツはまた比べものにならない速さだ。なんとか反応出来た僕は横っ飛びで奴の突撃を躱す。だがベヒーモスはすぐさま鋭い鉤爪の付いた脚を僕目掛けて振るってきた。
――ブォン、ブォン!
「ぐッ!」
『ほう。私の攻撃を躱すか』
凄まじい風圧と共に繰り出されたベヒーモスの連撃。上半身を屈め更にバックステップで辛うじて回避に成功した。だけどもし1発でも食らえばこんなの間違いなく即死だぞ。
「ジーク様! 村の方達は皆避難しました! ジーク様も早く!」
「さっさと来いジーク! 幾らお前でもヤバいんよそいつは」
後方から響いてきたレベッカとルルカの声。
よし、ひとまず時間は稼げたみたいだ。ここは一旦僕達も退いた方が……と思った直後、ベヒーモスの悍ましい深紅の瞳がレベッカに向けられた。
『弱き者に興味はない。失せろ』
くそッ、そうはさせるか!
僕は咄嗟に『必中』のスキルを発動させ、走る勢いのままベヒーモスに剣を突き刺した。
攻撃に反応したベヒーモスは巨体に似つかぬスピードで切り返して僕の剣を躱したが、『必中』スキルの効果で僕の剣はそこから軌道を急激に変えて勢いよくベヒーモスの首元を捉えた。
――パキン。
『ヴガァァ⁉』
剣が奴を捉えた瞬間、ギガントゴブリンの時と似た“何か”を砕く手応えを感じた。
攻撃を食らったベヒーモスは激しい雄叫びを上げながら悶絶すると、突如ベヒーモスはその巨体から黒い蒸気の様なものを出しながら地面に倒れ込んだ。
どうだ、倒したか……?
溢れ出す黒い蒸気がどんどんと勢いを増していくと、やがて大きなベヒーモスの体が消えていき、強力な魔力も感じなくなってしまった。
「おぉぉ! とんでもねぇなお前! あのSランクのベヒーモスを倒すなんて有り得ないぞ⁉」
「ジーク様!」
ベヒーモスを倒したのを見て、レベッカとルルカが走って僕の元へ駆け寄って来る。安心した僕も剣を下げてレベッカ達の方へと振り返る。
だがその刹那、ベヒーモスが倒れた場所で一瞬何かが動いた。
「待て、何かいるぞ――!」
大きなベヒーモスの体が消え去った場所。そこへ視線を戻しよく見ると、そこには地面に横たわる人影のような物体があった。僕が
恐る恐る“それ”に近付くと……。
「あら、獣人の姿に戻ってるじゃない――」
「「ッ⁉」」
地面に倒れていた物体が徐に動いたかと思いきや次の瞬間、さも当たり前かの如くその物体は喋り出したのだった。
“彼女”はベヒーモスとよく似た毛並みを体のから生やし、頭には獣耳、そして後ろには尻尾の様なものがあった。
“獣人族”――。
彼女は紛れもなくこの世界でそう呼ばれる種族の者だ。
「「……」」
僕、レベッカ、ルルカの3人は直ぐに彼女が獣人族だと理解した。だって別に珍しい事ではない。獣人族はごく普通にそこら辺にいる。言っちゃえば人間と大して変わらない存在だ。
だから僕達が疑問符を抱いているのはそこじゃない。
そう。
僕が疑問に思っているのは、さっきまでベヒーモスがにいた場所に何故彼女がいるのかだ。
誰ですか貴方は?
僕達が戸惑いの眼差しを見せていると、その視線に気づいた彼女が突如僕に抱きついて来た。
――バフン。
「……!」
「なッ⁉」
「おい、てめぇジーク!」
「よくぞ私を元に戻してくれた! 礼を言うぞ人間よ」
そう言って訳も分からず抱きしめたられた僕の顔は、彼女の豊満な胸に埋められた。
♢♦♢
~クラフト村~
「まぁそういう訳で今に至るって感じかしら。どう、満足?」
「成程。事情は分かった」
あれから無事に事が一段落した僕達は、彼女から詳しく事情を聞いていた。
この子は僕達の予想通りやはり獣人族であり、名前は“ミラーナ”と言うそうだ。歳も僕達と変わらないが、そのスタイルの良い見た目や喋り方が不意に大人びて見える。
僕が彼女の胸に顔を埋めて(不可抗力)からというもの、レベッカからは冷たい視線を向けられている気がするし、ルルカも何故か睨む様に僕に視線を飛ばしていた。
まぁ取り敢えず2人の事は置いておこう……。
なんでもミラーナはとても希少なベヒーモスの獣人族であり、人型からさっきのベヒーモスに変化出来る能力も持っているらしい。当然自分の力だから呼吸をするかの様にコントロールが出来る訳だが、何故かある日から力がコントロール出来ずにずっとベヒーモスの姿から戻れなくなっていたそうだ。
だけどそんな時に僕達と出会って、先の戦いで突如獣人の姿に戻れたという事らしい。
事の経緯を説明し終えたミラーナは最後に「コレが原因かしら」と言いながら、砕かれた赤い結晶を僕達に見せてきた。
「これは……」
僕はミラーナが見せてくれた物に見覚えがあった。
それはクラフト村に来る道中で遭遇した、あのギガントゴブリンと魔鉱石と一緒に出てきた赤い結晶と同じ。
やっぱりこの赤い結晶が何か原因しているのか……?
「ミラーナちゃんもかなりの美女だから俺はいいけどさ、ベヒーモスの姿から戻れなくなったからって、何でこの村を襲った?」
僕がふとそんな事を思っていると、今度はルルカがミラーナに問いた。それも初めて見る真剣な表情で。
「私は別に危害を加えるつもりなんてなかったのよ。ただベヒーモスの姿でもお腹は空くから、その姿で大きな街に行くより田舎の村の方が幾らか騒ぎが少ないじゃない。だから悩んだ挙句にちょっと畑の野菜を貰ったのよ」
ミラーナはしょうがないと言わんばかりの口調だったけど、何処か申し訳ないという気持ちも伝わってきた。
どうやら彼女にも彼女なりの理由があった様だ。根っからの悪い子ではない。
でも……。
「君にそういう事情があったのはよく分かったよ。結果1人も被害は出ていないしね。だけど村の人達にはちゃんと君からお詫びをしないと。皆の畑を荒らして、怖い思いをさせてしまったんだから」
「わ、分かってるわよ……! 私だって好きでやったんじゃないんだから。仕方なくよ」
強気な口調と裏腹に、自分でもやはり少し負い目を感じているのかミラーナは獣耳と尻尾をもぞもぞと動かしていた。
不思議な子だけど、取り敢えず万事解決かな。本当に悪気もないみたいだからこれ以上責めるのは可哀想な気もする。
「事情はどうあれ村の皆様に謝罪はして下さいね。それから今一度ジーク様にも!」
そう言うレベッカは珍しく強めな態度だ。
どうした? なんか機嫌でも悪いのかな。
「だから分かったって言ってるでしょ。それにジーク? だったかしらね名前。貴方には本当に感謝してるわ。ありがとう。私の呪いを解いてくれた王子様ぁ」
艶っぽい声色と表情でお礼を言ってきたミラーナはまたグッと僕に抱きついてくる。今度は僕の左腕に彼女の胸の弾力が伝わった。そしてそれと同時に再び突き刺さる様な視線を2つ感じる。
「ジーク様! そんな事で鼻の下を伸ばすのは如何なものかと」
「え⁉ い、いや違うって! 僕はそんなつもりじゃ……!」
「ふざけるなジーク! お前ばっかさっきからズルいんよ! 直ちに変われ!」
なんだか急に話がズレ出したぞ。
ルルカは無視しておくとして、何でレベッカまで機嫌が悪くなっているのか分からない。それに結局この赤い結晶の事も分からずじまいだ。
まぁ何はともあれ一旦問題は解決という事で……。
「ちょっと2人共落ち着いてくれ! 今はそれよりも、早く村の人達に安全を知らせてあげようよ」
レベッカとルルカはまだな納得いかない表情であったが、渋々僕の言葉を受け入れてやっと全て収まった様だ。