「お、魔力が消えていくんよ」
「倒したのね、ジーク」

 グレイが地面に倒れたと同時、レベッカ達を拘束していた魔力の手も消滅した。グレイからはもう殺意も魔力も感じられない。多分だけどもう戦える状態ではない。

 やっと終わったみたいだ。

「ジーク様ぁ!」
「レベッカ……皆」

 拘束が解かれた皆が僕の所に駆け寄って来る。
 幸い皆も大きな怪我をしていないみたいでなによりだ。良かった。
 
「アイツはどうなった?」
「うん、核を破壊しただけだから多分生きていると思うけど……」

 自分でそう口にしながら、僕はグレイの安否を確かめる為に彼の元へ近づく。すると、意識を失って倒れていたグレイはゆっくりと瞼を開いて僕を見てきた。

「どうやら俺の負けだな……。さっさと殺せよ」

 開き直ったようにそう言ったグレイの表情は今までと違い、何処かスッキリとした表情になっていた。

「僕は人殺しじゃない。命を奪うつもりなんてないよ」
「また綺麗事か。俺はもう全てを失ったんだ。行く場所もなければ生きる目的もない。何もないんだよ俺は……」
「甘ったれるな」

 僕の言葉が意外だったのか、グレイは目を見開きながら再び僕に視線を向ける。

「僕だって1度全てを失った。あの時の事は今思い返しても辛いけど、でもあの日が僕の新たな始まりでもあったんだ。
僕は失ったからこそ本当に大切なものを手に入れられたと思っているよグレイ」

 これが今の僕の正直な思い。
 お前の犯した罪は決して許せないし直ぐに許そうとも思えない。だけど今のグレイなら以前よりは僕の言葉に耳を傾けてくれる。なんとなくそう思えた。

「ふん……。相変わらずの綺麗事だな。聞いているこっちが恥ずかしくなる」
「ハハハ。確かに。改めて突っ込まれると恥ずかしいかも」
「まだ終わってないぞ――」
「え?」

 グレイが静かに呟いたその一言で、僕は全身がまたピンと張り詰めた感覚に襲われた。

 グレイの言葉の意味。
 刹那、その意味が“成すもの”の方へと僕とグレイの視線は向けられていた――。

「……ヒッヒッヒッヒッ」
「奴がまだ残っているぞジーク君」

 静かな場に響いた不気味な笑い声。
 イェルメスさんもまた彼の方向を見て真剣な面持ちを浮かべている。

 そう。
 僕達の視線の先には、全ての元凶とも言えるゲノム・サー・エリデルの姿があった。

「惜しかったですね。まさか魔王様の力を上回るとは。流石忌々しい引寄せの力と言ったところですね。さて、どうしましょうか」
「ジーク君、今度こそ奴を確実に仕留めねばいかん」
「はい。でも一体どうやってアイツを倒せば……」

 何十年も前にもイェルメスさん達が倒し、この間クラフト村でも1度奴を倒している。だがゲノムはこうして不気味に何度も姿を現してくるんだ。どうすれば奴を倒せる?

「仕方ありません。こうなれば“スタンピード”を使う他ないでしょう――」
「なんだって……⁉ モンスター達ならもう全て倒しているぞ」
「ヒヒヒヒ。勿論分かっておりますよ。でも貴方達を倒すにはやはりスタンピードを使わなくてはなりません」

 不敵な笑みを浮かべながら言うゲノムの言葉を直ぐには理解が出来なかった。

 どういう意味だ……。
 まさかまだ他にもモンスターの群れがあるというのか。
 最悪の考えが頭を過った次の瞬間、運が良くか悪くか、その最悪とは別の展開が訪れた。

「さぁ、集えスタンピードよ!」

 ゲノムがそう言って両手を天に掲げると、奴の体から黒い魔力がどんどんと溢れ出てくる。

 そして直後、周囲に倒れていたモンスター達の屍がゲノムに吸い寄せられるかの様に集まっていくと、無数の屍は黒い魔力に包まれ次の瞬間なんとも荒々しい魔力を纏った1体の巨大なモンスターへと生まれ変わってしまった。

「これはッ……⁉」
「ヒーヒッヒッヒッヒッ! 本当なら5万の屍が欲しかったところですが、貴方達を倒すには十分な力でしょう。これが私の黒魔術最高にして最強の技。“アンデット・エンペラー”です――!」

 数十メートルはあろうかと言う真っ黒な巨体に全身を纏う無数の眼の数々。ゲノムと一体化したそのモンスターから溢れ出る魔力はさっきのグレイよりも不気味で得体が知れない。見た事もないその異形なモンスターは、ただそこにいるだけで危険だと本能が訴えかけていた。

「折角の魔王復活が台無しですよ。私は前線で戦うのがあまり好きではありませんが、今度こそ完全なる魔王を復活させる為にここで貴方達には消えてもらいましょう」
「おいおい、何だこのバケモンは」
「気持ち悪いわねぇ」
「ジーク様……」

 レベッカ達もどうしていいのか分からず、ただ茫然と巨大なモンスターを見上げている。

 僕も皆と全く同じ心境でモンスターを見上げていると、地面に倒れているグレイが静かに口を開いた。

「おい……。ゲノムの野郎は核やら結晶やらを自在にコントロールする力を持っている。だから奴本体も核が1つじゃない。ゲノムを倒したければ“全ての核”を破壊しろ」
「グレイ……」

 まさかのグレイからの助言に、この場にいた僕達は皆が驚いた。

「アンタ急になんなのよ。散々好き勝手やっていたアンタの言う事を今更信じろって言うの?」
「別にどっちでも構わない。ただそれが事実だ」
「全ての核って言ってもよ、どうやってやるんよそれ」
「そんな事まで知るか。自分達で考えるんだな」

 態度や口調は相変わらずだが、これまでの嫌味だけのグレイとは明らかに雰囲気が違った。皆がどう思っているかは分からないけど、少なからず僕にはそう感じる事が出来た。

「分かったよグレイ。教えてくれてありがとう」

 僕がそう言うと、グレイはダルそうにそっぽを向いた。

「皆、一瞬でいい。あのモンスターの動きを一瞬でいいから抑えてほしい」
「そんな言い方するって事は、アレを倒す策があるって事でいいんだよな?」

 ルルカからの問いに僕は頷いた。

 何故だろう……。
 目の前のモンスターはとても強大な存在なのに、何故だか僕にはコイツに“勝てる”という確信を抱いていた――。

「そういう事なら幾らでも手を貸そう」
「当然だわ。ジークにそんな事頼まれたら断れないわよ私」
「でもヤバそうだから本当に一瞬で頼むんよジーク」
「ありがとう皆」
「気を付けて下さいねジーク様」
「ああ」

 毎度毎度レベッカは僕の事を心配してくれる。きっと誰よりも恐怖を感じているだろうに。

 覚悟を決めた僕達はアンデット・エンペラーと対峙する。

 そして。

 レベッカ、ルルカ、ミラーナ、イェルメスさんが力を合わせてアンデット・エンペラーの注意を引いた。

 僕はその僅か一瞬の隙を見逃さず、『神速』と『倍増』で瞬く間にアンデット・エンペラーの頂点に位置するゲノムの元まで飛び上がると、更にここから『連鎖』と『必中』スキルも発動させゲノムの体を一刀両断した――。 

「なッ……⁉」

 ――パキィン……パキン、パキン、パキン、パキン、パキン。
 僕の攻撃は見事ゲノムの核を砕き、そして『連鎖』と『倍増』スキルの効果で一気に全ての核を破壊。

 核を破壊されたアンデット・エンペラーはみるみるうちに消滅していくと、最後は立ち上がるのもやっとなゲノムの体だけが残った。

「ぐはッ……! ハァ……ハァ……ハァ……ま、まさかここまでの力とは……!」

 フラフラになりながらも鋭い視線を飛ばしてくるゲノム。

 だが。

「これで終わりだゲノム!」

 僕はゲノムの最後の一撃を放つと、最後の核を砕かれたゲノムは断末魔の叫びと共に体が塵の如く消えていってしまった――。

「やった……。遂に倒した……ぞ」

 ――ドサ。
「ジーク様!」

 保っていた緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが押し寄せた僕はそこで記憶が途絶えた。

♢♦♢

~王都~

 目を開けると、そこにはレベッカがいた。

「ジ、ジーク様!」
「おー、やっと起きたか?」

 僕は眠ってしまっていたのだろうか。
 目が覚めると、そこは見覚えのある王都の街並みと慌ただしく動く騎士団員の人達の姿が。

「やあ、目が覚めた様だねジーク君」
「イェルメスさん……。あ、そうだ、ゲノムは! アイツはどうなった⁉」

 状況を思い出した僕は反射的にそう聞いていた。

 そうだ。
 僕は確かゲノムとの戦いで力を使い果たしてそれで……。

「ハハハ。大丈夫だよ。君のお陰で皆無事さ。勿論ゲノムも倒してね」

 戦いが終わって既に数時間は経っているのだろう。
 慌てていたのは僕だけ。皆は既に一段落した様な落ち着きだった。

「そ、そうですか。あ~良かった。ゲノムは倒せていたんですね。……そういえばグレイは?」
「ああ。彼はあそこだよ」

 そう言われてイェルメスさんが指差す方向を見ると、そこには騎士団員に連行されていくグレイの姿があった。

「彼が犯した罪は決して軽くない。だが今の彼ならばちゃんと償えるだろう」
「そうだといいんですけど……」
「さて、それじゃあ君の目が覚めた事だし、皆で国王様の所に報酬でも貰いに行くとするかね?」

 イェルメスさんがそんな冗談を言いながら、僕達とゲノムの激闘は無事に幕を下ろしたのだった――。