「逃げられたか」
「くそ。イェルメスさん、あれは間違いなく……」
「ああ、ゲノムだな。どうやら知らぬ間に君の弟とも接触していた様だね。
それにしてもあの力……余り考えたくはないが、あれは“魔王”の魔力とかなり似たものを感じたな」
「えッ、それってまさか魔王が復活したって事ですか⁉」
「いや、さっきのゲノムの言葉通りならまだだろう。だが復活するのは目前だ。早く奴を見つけないとマズいな」

 僕とイェルメスさんがそう話していると、皆を避難させ終わったレベッカ達が戻って来てくれた。

「ジーク様! お怪我はありませんか?」
「あれ、お前の弟はどこ行ったんよ」

 状況がいまいち把握出来ていないであろうレベッカ達に、僕は今起きた事を全て話した。

「そんな事があったんですね……」
「またあのローブの野郎が現れたのか」
「じゃあジークの弟はゲノムに連れて行かれたって事? 仲間だったのかしら」
「いや、どうだろうな。一瞬しか見ていないが、私にはゲノムが彼を利用している様に思えたが」

 現状ゲノムとグレイが手を組んでいるのかどうかは分からない。でも繋がっているのは明らかだ。今回グレイに与えていたあの力の影響は凄まじい。イェルメスさんの言う通り、ゲノムは本当にもう魔王復活を目前にしている。

「って言うかいつの間に来てたんよ、イェルメスさんは」
「丁度君達と入れ違いになったかな」
「イェルメスさんが来てくれなかったら僕は危なかったよ」
「それはそうとジーク君、これはゲノムと関係しているか分からない……いや、今ので恐らく十中八九確信に変わっているが、実は北部の荒野で大量のモンスター軍を見つけてな。そいつらが大移動を始めたんだ」

 モンスターの大移動? それって……。

「“モンスター大群襲撃(スタンピード)”が起こっている。しかもその進路は真っ直ぐ王都に向かっていると思われる。これもきっとゲノムの仕業に違いないだろうね」
「スタンピードって、大量のモンスターで街を襲わせるとかいうあの魔王軍団の⁉」
「ああ。当時の魔王も使っていた方法だよ。今は兎も角アレを先に止めないと大惨事を招く事になるだろう」

 そんな……。
 次から次へと、ゲノムの奴は何を考えているんだ。絶対に許さないぞ。

「イェルメスさん、モンスター達の居場所は分かるんですよね? なら直ぐに止めに行きましょう」
「焦る気持ちも分かるが少し落ち着いてくれ。まだスタンピードがここに辿り着くまで数日の余裕がある。幸いあのままの進路なら小さな村1つないからね。
それに止めるにしても、それなりの準備や作戦を練らなければアレは防げない」

 不測の事態の連続に困惑していると、そこに姿を現したのは意外な人物だった。

「どうやら魔王復活の時が目前に迫っている様だね、ジーク君――」
「レ、レイモンド様⁉ 何故こんな所に」

 僕達の前に颯爽と現れたのはまさかのレイモンド様。

「君が弟と正式に決闘するという知らせを聞いてね。実は最初から見学させてもらっていたんだよ」
「そうだったんですか……!」

 レイモンド様とそんな会話をし始めた矢先、またも意外な人物が会話に入ってきた。

「ぐッ……おお、これはこれは……レイモンド様ではありませんか」
「貴方は……キャバル氏」
「父上⁉」

 突如会話に入ってきたのは意識を取り戻した父上。
 父上はゆっくりと体を起こすと、レイモンド様に頭を下げた。

「ご無沙汰しておりますレイモンド様」
「……ああ。久しぶりだねキャバル氏。確か最後に会ったのは、ご子息のグレイ・レオハルト君を正式な跡継ぎにとしたと言う報告をしてくれた以来かな?」
「左様でございます。ですがお言葉ですがレイモンド様。ご覧の通り正式な跡継ぎとしたグレイがこんな醜態を晒してしまいました。なので我がレオハルト家の次なる跡継ぎはやはり長兄であるジークに委ねる事に致しました。
既にSランクとしてレイモンド様のご依頼を受けているとの事で、今後共御贔屓に長いお付き合いをと思っております」

 絶句――。

 この言葉が今程当てはまる事はきっとこの先の人生でないだろう。
 
 僕は迷いなくそう言い切れる。

 張り詰めていた緊張がある意味別の緊張で張り詰められた。
 今の父上の言葉を聞いていた僕以外の皆も、既に言葉を失ってただただ呆然と父上を眺める事しか出来なくなっている。

 なんと哀れな人なんだろう。
 実の父親なのにそんな事を思ってしまう挙句にとても恥ずかしい気持ちだ。

 本当なら真っ先に僕が何か言葉を発しなければならなかったのだが、そんな僕よりも先にレイモンド様が口を開いたのだった。

「……成程。では正式な跡継ぎはやはりグレイ君ではなくジーク君にすると?」
「はい! ジークこそ我がレオハルト家の名に恥じない人間です」
「レオハルト家の名に恥じないね……」

 そこで一瞬口を噤んだレイモンド様。
 だが次の瞬間、レイモンド様は広い闘技場に響き渡る程の大声で喝を飛ばした――。

「何時までそんな下らぬ事を言っておるのだ愚か者めがッ!!」
「ッ……⁉」

 何時もの穏やかなレイモンド様とは真逆の形相。
 突然の事に父上は勿論、場にいた僕達も驚きを隠せなかった。

「よいかキャバル氏よ! 私は其方と先代とその愚かな価値観が昔から目に余っていたのだ! 確かにレオハルト家は代々名のある勇者一族であるが、自分の保身や上っ面の名ばかり気にした傲慢で愚かな振る舞いや態度はとても由緒ある一族に相応しいとは思えぬ!
こんな事態を招いたのも、そもそもはそんな其方に原因があるという事がまだ分からぬかキャバル氏よ!」
「あ……そ、それは……その……」

 国を背負う国王という偉大な存在と威厳を前にした父上はぐうの音も出ない有り様。

「一族に誇りを持ち名を守るのは素晴らしい事だ。だがそれよりも先ず人として真っ直ぐ、何が最も大切かを見極めるのだ。レオハルトの名ではなく自らに恥じない生き方をしろ。 分かったか――!」
「は……はいッ! 申し訳ございませんでした! し、失礼します!」 

 父上はそう言って深々とレイモンド様に頭を下げると、逃げる様にして闘技場から去ってしまった。

「申し訳ない。つい国王という立場を忘れて感情的になってしまった」
「い、いえ! とんでもございません! 本当なら息子の僕がハッキリと伝えるべきでした。ありがとうございますレイモンド様」

 僕がそう言うと、レイモンド様は少々バツが悪そうながらも何時もの穏やかな表情に戻っていた。

「よし。それじゃあ皆を一度城に招待しよう。これからの事を話し合わなければいけない様だからね」

 僕達は皆互いに頷き合い、レイモンド様と共に城に向かった――。