「おいおい、何だアレは」
「グレイ……」

 人間離れしたグレイの姿に驚く僕達。
 一方のグレイは力が沸き上がっているのか再び高笑いをし出した。

「ハッハッハッハッ! 凄まじい力だ。これならば誰にも負ける気がしない。勝負はここからだジーク。覚悟しろ!」

 明らかに異質な存在。グレイの体を侵食している何かは確実に赤い結晶の効果によるもの。

 すなわち、裏にはゲノムがいる――。

「待つんだグレイ! 早くそれを捨てて正気を保て! お前の命が危ないぞ!」

 赤い結晶がどんな効果を持っているのかは分からない。でもグレイの体から溢れ出る禍々しいオーラは常軌を逸している。命の危険がある事も一目瞭然だ。

「フハハハ、黙れ。今の俺には分かるぞジーク。お前は俺の真の力に怯えているな。ほら、どうした? さっきまでのスカした面はどこにいったッ!」
「グレイ……。お前その赤い結晶をどこで手に入れたんだ。ゲノムという男を知っているのか!」
「五月蠅い。随分焦っているな。もうお喋りはいいだろう」

 そう言いいながらグレイがこちらに掌を向けた瞬間、先程よりも強い衝撃波が手から放たれた。

 ――ブォォン!
 反射的にヤバいと感じた僕は『無効』スキルを発動して衝撃波を斬り払い、何とかグレイの攻撃を防いだ。

「小癪な技ばかり使いやがるな。だが今のは全然本気じゃないぞ。これが負け惜しみではない事は分かるだろうジーク」
「くッ、やっぱり力で分からせないと無理なのか……。皆! 客席にいる人達の避難を頼む! グレイは僕が1人で相手をする」
「分かった。無茶はするなよジーク。行くぞミラーナちゃん、レベッカちゃん」

 ルルカが2人を連れて皆の避難に動いてくれた。

「ジーク様、気を付けて下さいね!」
「ありがとうレベッカ」

 最後にレベッカはそう言い残し、エミリさんの後を追う様にその場を去って行く。

 モンスター討伐会の時と似たような状況だな。皆が避難し終えるまでは絶対に被害を出さない様にしなくちゃ。まぁ討伐会の時と違ってグレイは完全に僕だけを敵としてもみてる。それが唯一の救いだな。

「別にわざわざ避難などさせなくてもお前以外に興味はない」
「仮にそうだとしても、今のお前の力は周りの人達を巻き込みかねないだろう」
「ちっ、そういういい子ぶった所が昔から癇に障るんだよ。綺麗事ばっか吐きやがってクソがッ!」

 グレイは溢れ出る禍々しい魔力を両腕に集める。
 その魔力はみるみるうちに刃の様な形に変形し、グレイはその場で大きく腕を振るった。すると刹那、刃から放たれた魔力が斬撃となって僕に飛んできた。

「はあッ!」

 ――バシュン、バシュン!
 グレイの攻撃に対して再び無効スキルを発動させた僕はグレイの斬撃を打ち消す。

「下らんスキルの効果か。ならばこれはどうだ!」

 魔法系統の攻撃が効かないと判断したグレイは今度は接近戦を仕掛けて来た。赤い結晶の力で大幅に能力が上昇しているグレイは剣術と体術を連続で繰り出してくる。

「フハハハ! 簡単には終わらせんぞジーク!」
「ぐッ……!」

 攻撃の速さも重さも今までのグレイとは次元が違った。
 余りの怒涛の攻撃にこっちから反撃するタイミングがない。
 神速スキルで防ぐのがやっとだ。

「いいぞ! そういう面が見たかったんだ。苦痛に顔を歪めるお前のその無様な面をな!」
「くそッ……」

 グレイの力がどんどん膨れ上がっている。
 今までに討伐したどのSランクモンスターよりも強いな。

 このままだとまずい。

 一瞬。一瞬でいいから何とか隙を作って攻撃に転じないと。

「隙あり!」

 しまッ……⁉

 隙を作るどころか僅かな焦りで逆に隙を作ってしまった僕。そしてそれを見逃さなかったグレイは、体勢を崩した僕の脇腹目掛けて横一閃に剣を振るってきた。

 ――ガキィンッ!
「なにッ⁉」
「……!」

 攻撃を食らったと思った次の瞬間、グレイの剣は僕を捉える直前で“何か”に衝突し勢いよく弾かれた。

「間一髪間に合ったね。大丈夫かいジーク君――」
「イ、イェルメスさん!」

 僕の視界に突如映ったのはイェルメスさんの姿。
 きっと今グレイの攻撃を防いでくれたのはイェルメスさんの魔法だ。

「何者だ貴様!」
「思った以上に深刻な事態となっているね。一気に片を付けよう」

 静かにそう言ったイェルメスさんは直後魔法を発動させ、グレイの動きをピタリと止めた。

「ぐッ、なんだこれは……! 体が動かんッ」
「今だジーク君!」

 イェルメスさんの言葉に反射的に体が動いた僕は、『必中』スキルを発動させてグレイの持つ赤い結晶目掛けて剣を振り下ろした。

 ――パキィン。
 僕の攻撃が見事赤い結晶を捉え砕くと、グレイの体から禍々しいオーラが一気に抜けていく。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁッ……! な、何しやがるんだクソがぁぁ!」

 悶絶の表情を浮かべながら怒鳴り散らしてくるグレイ。
 これで何とか赤い結晶の力は消せただろうか。

「ゔぐッ……! ハァ……ハァ……ハァ……ゔがぁぁぁぁぁぁ!」

 体を蝕んでいた禍々しいオーラが全て抜け切ると、グレイは意識を失いそのまま地面に倒れ込んでしまった。

「グレイ!」

 僕は倒れたグレイの元へ駆け寄る。
 良かった、息はしている。見た感じ傷も負っていないみたいだ。

「ジーク君、彼は大丈夫かね?」
「あ、はい。何とか無事そうです。ありがとうございましたイェルメスさん。助かりました」
「いやいや。私も来るのが遅くなってしまってすまない。まさかこんな事態になっているとは」
「グレイがあの赤い結晶を持っていたんです。それで急にあんな力が……『――ブオオオオオン!』

 僕とイェルメスさん会話を引き裂くかの如く、突如消えた筈の禍々しいオーラが再び溢れ出しグレイの体を包み込んでしまった。

「なッ⁉ これは……!」

 思いがけない事態に驚く僕とイェルメスさん。
 
 そして。

 そんな僕達を更に困惑させるかの様に、何処からともなく不気味な笑い声が響いてきたのだった。

『ヒヒヒヒヒ。流石にこの段階ではまだ無理でしたね。それでも今回はかなり収穫がありましたよ。また“来るべき日”にお会いしましょう。ジーク・レオハルトに大賢者イェルメスよ――』

 次の瞬間、禍々しいオーラに包まれたグレイは一瞬にしてその場から姿を消してしまった。

「ゲノム⁉」

 何処からともなく響いた声の正体が奴だと分かった瞬間、僕は辺りを見渡すと同時に『感知』スキルを発動させたが既にゲノムもグレイの魔力もどちらも感知出来ず、2人は霧の様に消え去ってしまったのだった――。