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~エスぺランズ商会~

 思ってもみなかった展開だったが、何とか落ち着きを取り戻したレベッカは静かに僕の部屋を後にした。

 正直危なかった。
 レベッカは毎日当たり前の様に一緒にいる存在である筈なのに、今の僕の心臓は周りに聞こえてしまうのではないかと思うぐらいの鼓動を発している。

 この大きな鼓動は直ぐには抑えられない。
 本当に危なかったな。

 淡い照明に照らされるレベッカの顔がとても幻想的で、彼女の透き通る硝子玉の様な青い瞳が僕に向けられた。綺麗な瞳が涙で潤み、背中に添える手からは彼女の温度が、そして小刻みに震える体からは彼女の匂いが伝わってくる。

 僕の真横にいるレベッカ。
 触れたら壊れてしまいそうだと思いながらも、僕は近くにいた彼女を思わず抱き締めてあげたいと思ってしまった。

 結局そういった経験が乏しい僕は答えを出す事も行動に移す事も出来ず、ただただ彼女が泣き止むのをそっと見守る事しか出来なかった。その上自分が抱いた感情に恥ずかしくなり、穴があったら入りたいという気持ちになっていた。

 ダメだダメだ。
 明後日はもうシュケナージ商会と正面から向き合わなければいけない。皆で作戦を練る為にも貰った情報を頭に叩き込んで体も休ませないと。

 そんな事を思いながら無理矢理ベッドに横たわり眠ろうとしたが、ごちゃごちゃと考えがまとまらずに気が付けば外が明るくなり始めていた――。

♢♦♢

~シュケナージ商会~

 レイモンド様からシュケナージ商会の依頼を任された2日後。
 極力平和的な解決を求めようという結論に至った僕達はこの2日間で練った作戦通りに動いていたが、今しがた“決壊”した模様だ――。

「敵襲だッ! 全員武器を取って奴らを殺せぇぇ!」

 平和的解決とは真逆の怒号がシュケナージ商会のアジトに響く。

「結局こういう奴らは痛い目に遭わないと分からないのよ」
「珍しくミラーナちゃんの言ってる事に一理あるんよ」
「どういう意味かしらそれ」
「皆気を付けるんだぞ! レベッカは僕から離れないで!」
「はい」

 ミラーナの言う通り、結局こういった悪事を働く者達は自分が思い知らないと分からない様だ。

 僕達は当初の予定通り先ずシュケナージ商会が違法な奴隷商を行っている証拠と現場を抑えていた。そして彼らに直ぐに罪を認めて自首するよう促した。勿論レイモンド様の名も出し、改心するつもりがある者達には最低限の減免を施せる事も可能であると。

 だが結果はご覧の通り。

 奴らは改心どころか、こちらの最後の恩赦も無下にした挙句に事もあろうか手を出してきたのだ。

 シュケナージ商会の男は話していたエミリさんに相手に隠し持っていたナイフで斬りかかったが、エミリさんはその男の攻撃をいとも簡単に躱して男を地面に抑えつけた。

 それを見た残りの男2人が慌ててシュケナージ商会の中へ逃げ込む。そこから大声で仲間達に助けを求めて今に至るという訳だ。

 気持ちは乗らないが仕方ない。そっちがその気ならこっちだってそれなりの対応を取らせてもらう。どの道こんな商会は根絶やしにしないといけにからね。

「いけぇぇ! 相手はガキだらけだ!」
「まとめて捕まえて売り飛ばせ」
「可愛いお嬢ちゃん達ばかりだな。こりゃ上玉だ」

 武器やスキルを発動させながら一気に襲い掛かって来るシュケナージ商会の奴らに対し、エミリさんは「私がやるわ」と見事な剣術で次々に商会の者達を斬り倒していった。

 これが剣姫と呼ばれる実力か。
 強い。

 だが想定していた以上にシュケナージ商会は人数が多かった。
 
 僕とルルカとミラーナも戦闘に加わるが、僕の『感知』スキルで物陰に隠れている相手の位置まで分かるし、『神速』スキルで動きは通常の数倍速く、『分解』と『無効』相手の武器と攻撃を防げつつ殺さない様に『必中』スキルで攻撃を繰り出していたらものの数十秒で片付いた。

 よし。だいぶスキルも自分の物になってきた感があるな。

「やはり凄いわねジークさん。何と言うか、もう貴方1人でも全然問題ないわね。是非エスぺランズ商会に入ってもらいたいくらいだわ」
「いやいや。エミリさんも凄い強いですから、僕なんていても邪魔ですよ」

 そんな会話をしながら僕達はシュケナージ商会のアジトの1番奥の部屋まで辿り着いた。するとせっかちなミラーナが待ったなしで勢いよく扉を開いて中に入った。

「もう観念して大人しく捕まりなさい」

 ミラーナが扉を開けたと同時にそう言い放つと、部屋の奥には数人の男達が。

「ちっ、もうこんな所まで来やがるとは……! 他の連中は何してやがるんだ馬鹿が」
「貴方達以外の者は全て倒させてもらったわ。無駄な抵抗は止めて直ぐに降伏しなさい」
「ふん、ガキのくせに随分とまぁ偉そうな事を。おい! 早く“奴”を放て!」
「「……!」」

 シュケナージ商会のボスと見受けられる男が突如そう指示を出した次の瞬間、部屋にあった巨大な檻がガチャンと開き、中から鋭い鉤爪と翼を生やした“グリフォン”が姿を現した。

「グ、グリフォン⁉」
「またとんでもないものが出て来たんよ。グリフォンはSランクモンスターだぞ。こんな奴らがどうやって……」

 ずっと感知で気になっていた魔力はコイツだったのか。

「皆下がってるんだ! 僕が一気に勝負をつける」

 グリフォンなんかがここで暴れたら大変だ。
 これ以上無駄な被害は出したくない。

 僕は『必中』と『神速』スキルを発動させ、グリフォン目掛けて一気に剣を振り下ろした。

 ――パキィン!
 僕の一撃は見事にグリフォンの核を破壊し、グリフォンはその大きな巨体をゆっくりと地面に倒した。

「な、何だと……ッ⁉」

 シュケナージ商会のボス達は顔面蒼白で倒れたグリフォンを見つめ、開いた口が塞がらないと言わんばかりに呆然と立ち尽くす。

 そこへ間髪入れずにエミリさんが間合いを詰めるや否や、彼女はボスの喉元に剣の切っ先を食い込ませたのだった。

「喉を貫かれたくなければ答えなさい。貴方達はゲノムとかいう魔王軍団の男と繋がっているわね?」
「ぐッ……さ、さあな。俺は知らねぇ。魔王軍団なんて人じゃないだろう。俺がそんな奴らと関わる訳がッ『――シュバン』

 ボスの男の発言を遮る様に、エミリさんが男の顔面ギリギリで剣を突いた。

「私の仲間には『真意』という相手の嘘を見破るスキルを持つ者がいる。これが最後のチャンスよ。今自分の口から答えれば少しは罪が軽くなるわ。言わなくてもバレるのは時間の問題。好きな方を選びなさい」

 追い詰められたボスの男は諦めたのか、ようやく自分が知っている事を包み隠さず零し始めたのだった――。