♢♦♢
~王都・城壁の上~
余りに突然の出来事に、私は自分の目を疑ってしまった――。
こうしてモンスター討伐会を開いて大勢の前で自分の名を言うのは、私にとっても毎年恒例となっている。今年も王都は凄い熱気と歓声に包まれているわね。
そんな事を思いながら集まってくれた人達を見渡していた瞬間、私は胸の高鳴りと共にある1人の男の人に目が留まった。
“ジーク・レオハルト”――。
間違いない。不意の出来事に思わず驚いてしまったけど、私が彼を見間違える筈ないわ。今の私があるのも彼のお陰。だって貴方は私の原点であり、私が憧れる強い人間なんだから。
「どうかされました? エミリ様」
「いえ。今年もこれだけ多くの方が参加してくれて、何だか感慨深いなと」
挨拶を終えて椅子に座った後も尚、私は無意識に彼を見てしまっていた。
ジーク・レオハルト……彼の名前を初めて知ったのは、もう何年も話になるわね。
♢♦♢
~王都・数年前~
まだ私が幼少の頃、まだこの王都は今程豊かではく安定しているとは言えない国だった。
私はそんな時、偶然ある男の子と出会った――。
商会をしていたお父さんとこの王都まで足を運んでいたあの日、あの日は雲1つ無い快晴の天気だった事を今でもよく覚えている。
「……さあさあ! 今日は珍しく“上玉”が入荷した! 滅多に手に入らない代物だぜ! 買った買った!」
青空の下、辺り一帯によく通る声で髭を生やした男が商売をしていた。彼が売っているのは“人”。いわゆる奴隷商というやつだ。
男が上玉と言って売ろうとしていたのは子供の私よりも更に2~3歳年が幼いであろう1人の女の子。髪はボサボサで服もお世辞にも綺麗とは言えない装いだったけれど、その女の子は幼いながらに顔立ちが可愛く、綺麗な“桜色”の髪をしていたのが印象的。
私は子供ながらに下品さを感じていた。
売る男も勿論そうだけど、そこで足を止めてたり買おうと寄って来る貴族やお金持ち達の視線や感覚が、子供ながらにとても嫌だと思った。
とは言っても、私なんかがそんな事を思っていたとしても目の前の現実は微塵も変わる事無く、ただただ当たり前に過ぎていくだけ。奴隷となる人生は絶対に自由など与えられないのだろうと理解も出来ていた。
子供の私なんて無力。
でも私は純粋にあの女の子を助けたいと思った。
「お父さん、あの女の子助けたい! 奴隷って大変なんだよね?」
私はお父さん服の裾を掴んで懸命に訴え掛けたけれど、お父さんは困った様な顔をしながら「それは出来ない」と静かに呟いた。
幼いながらも何となく理由は察する事が出来た。
あの女の子を助けるには言わずもがなお金が必要になる。しかもその場で払って終わりじゃない。当然その先も。
でも当時の私達にはそもそもそんな余裕もない上に、まだ名もないエスぺランズ商会がこれから王都で大事な基盤を築いていくという時に奴隷商との取引は出来ないとお父さんが言った。
私もそこまで馬鹿ではない。お父さんが言っている事の意味も理解出来たし、改めて自分は何1つ出来ない人間なんだと実感させられるには十分だった。
どうしようも出来ない。
私は自分の無力を噛み締めながら何度も何度も言い聞かせるように心の中で繰り返し、自分よりも幼い女の子に手を差し伸べてあげる事すら出来ない虚無感から逃げようとその場を後にした。
と、その次の瞬間。
「すみません! 僕がその子を引き取らせてもらいます――!」
己の無力から目を背けたと同時、私の後ろからその声が響いた。
反射的に振り返った私の視線の先には、高価そうな装いに身を包んだ1人の男の子。奴隷となっている桜色の髪の女の子と同じぐらいの歳だろうか。多分私よりも年下。
しかもその男の子は明らかに場違い。
奴隷の女の子を買おうと集まる大人達の最前列に出て堂々と手を挙げて言い放つ彼は、戸惑う周りの大人達の反応見る限り恐らくその子の単独の行動だ。
子供の悪戯とはいえ周りの目も冷ややか。
しかし、当の本人は一切濁りのない透き通った瞳で奴隷の女の子に目をやり、更に何の躊躇もなく真っ直ぐ彼女に手を差し伸べる。ニコリと屈託のない笑顔を見せる彼に、気が付けば奴隷の女の子も自然と差し伸べられた手を掴んでいた。
私にはその光景が女の子なら誰でも1度は思い描くであろう、悩めるお姫様を颯爽と助ける“王子様”に見えたのだ――。
後にも先にも私の人生でこの瞬間程自分が無力だと思った事は無かった。後悔した。
だからこそ、私はこの時の悔しさを胸に頑張ろうと決意した。何時かお父さんに頼る事も無く、自らの意志で行動を起こし責任を取る。そして自分に堂々と嘘を付くことなく生きられる強い人間になろうと。
あの少年の様に。
それから暫くして、あの少年がレオハルト家という勇者一族出身で、“ジーク・レオハルト”という名である事を知れた――。
「まさかこんなところでお会いできるとは」
「ん? 何か仰られましたかエミリ様」
「いえ、何でもありませんよ」
モンスター討伐会が終わったら彼と話してみたいわ。
私の人生を変えるきっかけを作った、ジーク・レオハルトと。
そんな事を思いながらモンスター討伐会を見守る事数十分――。
討伐会も終わりが近づいてきた頃、突如妙な気配を感じた。
何でしょう……この気配は。
「どうしましたか、エミリ様」
突然椅子から立ち上がった私に、周りの皆も不思議そうな視線を向ける。けれど今はそれどころじゃない。
何? 向こうから何か嫌な感じが――。
そう思った次の瞬間、森の奥から勢いよくこちらに近付いてくるモンスターを見つけた。
「あれは……“グリムリーパー”⁉」
黒いモヤモヤとした瘴気の体に骸骨の頭。不気味に伸びる骨だけの腕には巨大な鎌を持っている。
「なッ、何故グリムリーパーなんかが⁉」
「有り得ません! 我々がおびき寄せているのはスライムやゴブリン程度の下級モンスターのみです! グリムリーパーなんて“Aランクモンスター”をおびき寄せるなんて不可能ですよッ……!」
突然の事態に場は一瞬で物々しい雰囲気に。
グリムリーパーはAランクモンスターの中でも攻撃力が高くて危険。大勢人が集まっているこの場で暴れられたら大変だわ。
「皆を安全な場所に避難させて! 私がグリムリーパーを引きつけッ……『――ズガァァン!』
刹那、一瞬で距離を詰めてきたグリムリーパーは手にする巨大鎌で城壁を破壊してきた。
「「うわぁぁぁぁッ⁉」」
グリムリーパーの一撃によって辺りに轟音と地響きが起こり、場は瞬く間にパニックとなってしまった。
「皆さん落ち着いて! 私が食い止めるからその間に貴方達は早急に避難させて!」
「はいッ!」
私は剣を取り城壁から飛び降りる。
グリムリーパーはその身をユラユラと揺らめかせながら骸骨の頭を私に向けてきた。
これ以上暴れさせない為にもここで倒す。
手にする剣に力を込めた私はそのままグリムリーパーに突っ込みを剣を振るった。
――ガキィン!
「くッ、重い……!」
しかし私の攻撃は簡単に奴の鎌に弾き返されてしまう。その後も連続で攻撃を繰り出したけれど全て防がれてしまった。更に今度はグリムリーパーが巨大鎌を私目掛けて振るってきた。
やばいッ!
――ガキィン!
「ぐッ!」
凄まじい巨大鎌の一振りに私は辛うじて剣で身を守ったものの、奴の強烈な攻撃によって勢いよく体を飛ばされ城壁に叩きつけられてしまった。
衝撃で一瞬息が詰まる。
けれど幸いな事に致命的なダメージはない。
私は自分の体のダメージを確かめながらゆっくりと立ち上がり、再び剣を構えてグリムリーパーと対峙する。
だが次の瞬間、私が反応出来ない程の速さで間合いに入って来た奴は既に巨大鎌を振り下ろしており、奴の巨大鎌の切っ先が私の眼前まで迫っていた。
あ。死ぬ――。
「危ない!」
――ガキィィィィン!
私が死を悟って目を瞑った刹那、突如誰かの声が響いたと同時に、何かと何かがぶつかる衝突音が轟いた。
「ふう、間に合って良かったぁ。大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開けると、そこにはあの時の王子様……私の人生を変えた“ヒーロー”の姿があった。
「ジーク……レオハルト――」
~王都・城壁の上~
余りに突然の出来事に、私は自分の目を疑ってしまった――。
こうしてモンスター討伐会を開いて大勢の前で自分の名を言うのは、私にとっても毎年恒例となっている。今年も王都は凄い熱気と歓声に包まれているわね。
そんな事を思いながら集まってくれた人達を見渡していた瞬間、私は胸の高鳴りと共にある1人の男の人に目が留まった。
“ジーク・レオハルト”――。
間違いない。不意の出来事に思わず驚いてしまったけど、私が彼を見間違える筈ないわ。今の私があるのも彼のお陰。だって貴方は私の原点であり、私が憧れる強い人間なんだから。
「どうかされました? エミリ様」
「いえ。今年もこれだけ多くの方が参加してくれて、何だか感慨深いなと」
挨拶を終えて椅子に座った後も尚、私は無意識に彼を見てしまっていた。
ジーク・レオハルト……彼の名前を初めて知ったのは、もう何年も話になるわね。
♢♦♢
~王都・数年前~
まだ私が幼少の頃、まだこの王都は今程豊かではく安定しているとは言えない国だった。
私はそんな時、偶然ある男の子と出会った――。
商会をしていたお父さんとこの王都まで足を運んでいたあの日、あの日は雲1つ無い快晴の天気だった事を今でもよく覚えている。
「……さあさあ! 今日は珍しく“上玉”が入荷した! 滅多に手に入らない代物だぜ! 買った買った!」
青空の下、辺り一帯によく通る声で髭を生やした男が商売をしていた。彼が売っているのは“人”。いわゆる奴隷商というやつだ。
男が上玉と言って売ろうとしていたのは子供の私よりも更に2~3歳年が幼いであろう1人の女の子。髪はボサボサで服もお世辞にも綺麗とは言えない装いだったけれど、その女の子は幼いながらに顔立ちが可愛く、綺麗な“桜色”の髪をしていたのが印象的。
私は子供ながらに下品さを感じていた。
売る男も勿論そうだけど、そこで足を止めてたり買おうと寄って来る貴族やお金持ち達の視線や感覚が、子供ながらにとても嫌だと思った。
とは言っても、私なんかがそんな事を思っていたとしても目の前の現実は微塵も変わる事無く、ただただ当たり前に過ぎていくだけ。奴隷となる人生は絶対に自由など与えられないのだろうと理解も出来ていた。
子供の私なんて無力。
でも私は純粋にあの女の子を助けたいと思った。
「お父さん、あの女の子助けたい! 奴隷って大変なんだよね?」
私はお父さん服の裾を掴んで懸命に訴え掛けたけれど、お父さんは困った様な顔をしながら「それは出来ない」と静かに呟いた。
幼いながらも何となく理由は察する事が出来た。
あの女の子を助けるには言わずもがなお金が必要になる。しかもその場で払って終わりじゃない。当然その先も。
でも当時の私達にはそもそもそんな余裕もない上に、まだ名もないエスぺランズ商会がこれから王都で大事な基盤を築いていくという時に奴隷商との取引は出来ないとお父さんが言った。
私もそこまで馬鹿ではない。お父さんが言っている事の意味も理解出来たし、改めて自分は何1つ出来ない人間なんだと実感させられるには十分だった。
どうしようも出来ない。
私は自分の無力を噛み締めながら何度も何度も言い聞かせるように心の中で繰り返し、自分よりも幼い女の子に手を差し伸べてあげる事すら出来ない虚無感から逃げようとその場を後にした。
と、その次の瞬間。
「すみません! 僕がその子を引き取らせてもらいます――!」
己の無力から目を背けたと同時、私の後ろからその声が響いた。
反射的に振り返った私の視線の先には、高価そうな装いに身を包んだ1人の男の子。奴隷となっている桜色の髪の女の子と同じぐらいの歳だろうか。多分私よりも年下。
しかもその男の子は明らかに場違い。
奴隷の女の子を買おうと集まる大人達の最前列に出て堂々と手を挙げて言い放つ彼は、戸惑う周りの大人達の反応見る限り恐らくその子の単独の行動だ。
子供の悪戯とはいえ周りの目も冷ややか。
しかし、当の本人は一切濁りのない透き通った瞳で奴隷の女の子に目をやり、更に何の躊躇もなく真っ直ぐ彼女に手を差し伸べる。ニコリと屈託のない笑顔を見せる彼に、気が付けば奴隷の女の子も自然と差し伸べられた手を掴んでいた。
私にはその光景が女の子なら誰でも1度は思い描くであろう、悩めるお姫様を颯爽と助ける“王子様”に見えたのだ――。
後にも先にも私の人生でこの瞬間程自分が無力だと思った事は無かった。後悔した。
だからこそ、私はこの時の悔しさを胸に頑張ろうと決意した。何時かお父さんに頼る事も無く、自らの意志で行動を起こし責任を取る。そして自分に堂々と嘘を付くことなく生きられる強い人間になろうと。
あの少年の様に。
それから暫くして、あの少年がレオハルト家という勇者一族出身で、“ジーク・レオハルト”という名である事を知れた――。
「まさかこんなところでお会いできるとは」
「ん? 何か仰られましたかエミリ様」
「いえ、何でもありませんよ」
モンスター討伐会が終わったら彼と話してみたいわ。
私の人生を変えるきっかけを作った、ジーク・レオハルトと。
そんな事を思いながらモンスター討伐会を見守る事数十分――。
討伐会も終わりが近づいてきた頃、突如妙な気配を感じた。
何でしょう……この気配は。
「どうしましたか、エミリ様」
突然椅子から立ち上がった私に、周りの皆も不思議そうな視線を向ける。けれど今はそれどころじゃない。
何? 向こうから何か嫌な感じが――。
そう思った次の瞬間、森の奥から勢いよくこちらに近付いてくるモンスターを見つけた。
「あれは……“グリムリーパー”⁉」
黒いモヤモヤとした瘴気の体に骸骨の頭。不気味に伸びる骨だけの腕には巨大な鎌を持っている。
「なッ、何故グリムリーパーなんかが⁉」
「有り得ません! 我々がおびき寄せているのはスライムやゴブリン程度の下級モンスターのみです! グリムリーパーなんて“Aランクモンスター”をおびき寄せるなんて不可能ですよッ……!」
突然の事態に場は一瞬で物々しい雰囲気に。
グリムリーパーはAランクモンスターの中でも攻撃力が高くて危険。大勢人が集まっているこの場で暴れられたら大変だわ。
「皆を安全な場所に避難させて! 私がグリムリーパーを引きつけッ……『――ズガァァン!』
刹那、一瞬で距離を詰めてきたグリムリーパーは手にする巨大鎌で城壁を破壊してきた。
「「うわぁぁぁぁッ⁉」」
グリムリーパーの一撃によって辺りに轟音と地響きが起こり、場は瞬く間にパニックとなってしまった。
「皆さん落ち着いて! 私が食い止めるからその間に貴方達は早急に避難させて!」
「はいッ!」
私は剣を取り城壁から飛び降りる。
グリムリーパーはその身をユラユラと揺らめかせながら骸骨の頭を私に向けてきた。
これ以上暴れさせない為にもここで倒す。
手にする剣に力を込めた私はそのままグリムリーパーに突っ込みを剣を振るった。
――ガキィン!
「くッ、重い……!」
しかし私の攻撃は簡単に奴の鎌に弾き返されてしまう。その後も連続で攻撃を繰り出したけれど全て防がれてしまった。更に今度はグリムリーパーが巨大鎌を私目掛けて振るってきた。
やばいッ!
――ガキィン!
「ぐッ!」
凄まじい巨大鎌の一振りに私は辛うじて剣で身を守ったものの、奴の強烈な攻撃によって勢いよく体を飛ばされ城壁に叩きつけられてしまった。
衝撃で一瞬息が詰まる。
けれど幸いな事に致命的なダメージはない。
私は自分の体のダメージを確かめながらゆっくりと立ち上がり、再び剣を構えてグリムリーパーと対峙する。
だが次の瞬間、私が反応出来ない程の速さで間合いに入って来た奴は既に巨大鎌を振り下ろしており、奴の巨大鎌の切っ先が私の眼前まで迫っていた。
あ。死ぬ――。
「危ない!」
――ガキィィィィン!
私が死を悟って目を瞑った刹那、突如誰かの声が響いたと同時に、何かと何かがぶつかる衝突音が轟いた。
「ふう、間に合って良かったぁ。大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開けると、そこにはあの時の王子様……私の人生を変えた“ヒーロー”の姿があった。
「ジーク……レオハルト――」