呪われた勇者~呪いのスキル『引寄せ』を授かった俺は、災いを引寄せると一族を追放。だが気が付けば災いどころか最強スキル引寄せ中です~

「大丈夫、2人共!」
「危ねぇ! 助かったんよジーク」
「思った以上に強いわね。どうやって倒すのよ」

 モンスターを倒すには核を破壊する。これしかない。でもサラマンダーの核は何処にある? ここまで大きいと必中スキルで狙った場所と核が離れ過ぎていたら、逆にこっちが隙を与える事になる。

 そう考えた僕は足元に転がっていた石を手に取り、必中のスキルを発動させてサラマンダーの頭部目掛けてその石を投げた。

 ――ヒュー……カァン。
 「成程、丁度腹部の辺りか」

 投げた『必中』スキルの石は、奴の頭部から大きく曲がって胴体の真ん中に当たった。

 以前ここは焼ける様に熱いし足場も悪い。長期戦は僕達が圧倒的に不利だ。

「ルルカ、サラマンダーの注意を引き付けてくれないか? その間に僕とミラーナが奴の懐に入い込んで核を狙う!」
「OK。頭もボーっとしてきてるし、チャチャッと終わらせるとしようか!」
「ミラーナ、ベヒーモスの姿で僕を上の大きな岩まで運んでくれないか! 奴の死角から攻撃を仕掛ける」
「分かったわ。一撃で決めてねジーク」

 作戦を練った僕達は一斉に動き出す。

『ヴボォォォォォ!』

 激しい咆哮と共に次の攻撃動作に入ったサラマンダー。奴は長く太い尾を勢いよく振り回してきたが、ミラーナの背に乗った僕はミラーナの俊敏な動きで尾を躱し、ルルカは風を纏わせた槍を思い切り振りって、その風圧で体を飛ばして尾を避けた。

 無情にも空を切ったサラマンダーの攻撃だったが、奴の攻撃は周り一帯の岩を勢いよく破壊し、砕かれた岩が辺りに散らばった。

 当たれば一溜りもないぞ。

「いちいち攻撃がデカいんよ。もうちょっと大人しくしてな」
『ッ……⁉』

 ルルカはサラマンダーの注意を引く為に連続で風魔法を繰り出す。疾風の如き速さのルルカの攻撃は見事にサラマンダーを攪乱していた。

「今の内だミラーナ!」

 サラマンダーよりも高い位置にある岩の崖を目指して僕はミラーナに運んでもらう。そして大きな岩に辿り着いた僕は『分解』のスキルを発動させ、思い切り岩を斬り砕いた。

 ――ズガァン!
 大きな破壊音と共に、分解によって砕かれた岩が霰の如くサラマンダーの体に振り注ぐ。

 そう。
 この間新たに習得した『分解』は、魔法のみに効果のある『無効』スキルとは逆に、魔法以外の“物質”を対象として効果を発揮するスキルだ。

「じゃあ行くわよジーク。さっき投げた石が当たった胴体を狙えばいいのね?」
「ああ。頼む!」

 僕がそう言うと、ミラーナは僕を背に乗せたまま思い切りサラマンダーの上に飛び降りる。砕かれ落下する岩々を器用に足場と化し、連続でジャンプしたミラーナと僕はサラマンダーの背中……奴の核がある胴体の真上に来た。

 そして。

「はあッ!」

 ミラーナの背から飛んだ僕は『必中』スキルを発動させ、両手で振りかざした剣を力一杯振り下ろした。

 ――バキィン!
『ギゴァァァァ……ッ!』

 よし。
 核を砕いた確かな手応えと同時に、悲鳴のようなサラマンダーの呻き声がサンモロウ渓谷一帯に奏でられた。奴は一瞬の呻き声を上げ終えると身を纏っていた炎が瞬く間に消え去り、静かにその巨体を地面へと倒したのだった。

 サラマンダー討伐成功――。

「うっし! やったなジーク!」
「流石ジーク! 本当に一撃でサラマンダー倒しちゃったわね」
「皆さんお怪我はありませんか!」

 見事サラマンダーを倒した僕達は一堂に駆け寄り、互いに無事を確認しながら討伐成功を喜んだ。

♢♦♢

~獣人国~

「戻りましたわ――」

 サラマンダーを討伐した僕達は獣人国へと戻った。

「おお! ミラーナ達が帰って来たぞ!」
「無事だったの皆⁉」
「おいおい、急に暑さがなくなったけどよ、もしかして……」
「そうよ。サラマンダーならちゃんと私達が倒してきたわ」
「「おお!!」」

 ミラーナのドヤ顔と共発せられた言葉によって、獣人達は歓喜の声を上げた。

 サラマンダーを討伐した事によって焼ける様な暑さも干からびる様な乾燥もなくなり、サラマンダーの影響によって枯れていた草木や川はみるみるうちに新たな命を芽吹かせ、元の自然豊かなサンモロウ渓谷の姿へと戻ったのだった。

 どんどん戻っていく辺りを見て、ジジ神様や獣人国の皆は笑顔と歓喜に満ち溢れている。

 皆のその笑顔を見ているだけで、思わず僕もつられて笑みが零れていた。

「まさか本当にあのサラマンダーを倒すとはねぇ。恐れ入ったよ。初めはミラーナを唆した悪い人間だと思っていたが、アンタは獣人国を救ってくれた英雄だよ“ギミック”! 誠に礼を言うぞ」

 歓喜で溢れる獣人達を横目に、ジジ神様は真っ直ぐ僕に向かってお礼を言ってくれた。

 今までで言われた中で1番僕から遠ざかった名前で――。

 ま、いっか。
 誰にも被害が出ずに無事に解決出来たみたいだから。

「いえいえ。少しでも獣人国の皆さんのお力になれたのなら良かったです。ミラーナも凄く頑張ってくれましたから」
「そうかそうか。ミラーナも頑張ってくれたか。あの子は獣人の中でも希少なベヒーモスの獣人でな、しかもそれに加えて変化まで出来るから、将来は頼もしい獣人国の守り神の様な存在になってもらいと思っていたんだ。

だが見ての通りミラーナは昔っから好奇心旺盛でプライドも高いからな、よく獣人国を勝手に抜け出しては私に怒られていたんだよ。幸い他の者よりは確かに強いからねぇ、ミラーナがどこかでやられるとは思っていなかったけど、それでも毎回心配になるからこっちは取り越し苦労だったよ」

 溜息をつきながら、呆れ口調でミラーナの事を話すジジ神様だったけど、僕はそんなジジ神様からミラーナに対する深い愛情をちゃんと感じた。

「ハハハ。ミラーナっぽいですね。昔からそうだったんだ」

 僕が何気なくそう言うと、ジジ神様は突如改まった表情に変わり僕の顔を覗き込んできた。

「そこで頼みがあるんだがねぇ“シーグ”」

 惜しい。

「え、何ですか?」
「私は珍しくミラーナよりも強い者に会った。だからアンタにミラーナを任せたい。また何時何処を彷徨うか分かったもんじゃないからねぇ。私としてはそんな事をされるよりも、このままアンタと一緒にいてもらう方が気楽さ。あの子もアンタを気に入っている様だしねぇ――」

 悪戯にそう言うと、ジジ神様はニヤリと笑みを浮かべていた。

「え⁉ いや、でも……そればっかりはミラーナが決める事ですしし、ジジ神様や僕が言ったところでッ……「こらジーク。用も済んだんだから早くクラフト村に戻るわよ。なんか結晶とやらの事をまだ調べるのよね?」

 僕とジジ神様が話していると、割って入ってきたミラーナが当然の如く言い放った。

「ハッハッハッハッ! じゃあそう言う事で決まりだねぇ」

 戸惑い僕を他所に、ジジ神様は大笑いをしながらそう言った。まぁミラーナが決めた事なら僕はいいけど――。

 こうして、何とかサラマンダーを倒して無事に獣人国を助けられた僕達は、再びクラフト村へ帰る事にしたのだった。

 支度を済ませた僕達がいざ獣人国を後にしようとすると、ジジ神様を始め皆が見送りに来てくれた。

「なんだ、お前も行くのかよミラーナ」
「当たり前よ。私は縛られるのが嫌いなの」
「ったく、相変わらずだなミラーナちゃんは」
「どこに行ってもいいけどさ、迷子にはならないでよねお姉ちゃん」

 そんな会話をしながらミラーナが皆と別れを済ませていると、ジジ神様がスッと僕の元に寄って来るや否や、最後にこう言った。

「ありがとうねぇ。アンタは本当に獣人国の英雄だよ。ミラーナの事も頼んだよ。何かあれば今度は私達が力になろう。また何時でも遊びにおいで……“ジーク”や――」
「ッ⁉」

 ジジ神様はとても穏やかな顔で僕にそう告げた。
 初めて間違えずに僕の名を呼んで――。

 それはズルいよジジ神様。

そんなこんなで、皆に別れを済ませた僕達はクラフト村へと帰ったのだった。
♢♦♢

~王都・レオハルト家~

 ジーク一行がサラマンダーを討伐している頃、王都のレオハルト家では何やら重い空気が漂っていた――。

「グレイ、これを見てみろ」

 徐にそう口にした父キャバルは、何か文面が書かれた紙の束をテーブルの上に雑に投げ置く。

「どうしたのですか父上。ひょっとして兄さんが何処かでくたばった情報とか? ハッハッハッ、それだったら面白いですけど」

 グレイは金色の髪を揺らしながら、キャバルが置いた紙を手に取り目を通した。彼は心底兄ジークの事をどうでもいいと思っていながらも、ジークがどれ程惨めな人生を歩んでいるのかもまた気になっていた。

 だがグレイが手にした紙には、そんな兄とは全く関係ないであろう“冒険者”の情報が書かれていた。

「これは冒険者の……。父上、こんなものが一体何なのでしょうか」

 グレイはキャバルの意図が全く理解出来なかった。
 だがそれも仕方がない。
 今グレイが見ている紙は特に珍しくもない、王族から一般庶民まで、王国中に配布されているただの冒険者情報。シンプルに言えばただのニュースみたいなもの。

 既に『勇者』のスキルを引き当てたグレイにとって、冒険者になる必要もなければ他の冒険者の情報も大して気にならない。依頼は多く集まる挙句に実績を積めば国王や王族直属の依頼を受けられるから。

 しかも冒険者情報など知らなくても、国王の依頼ともなればグレイ同様実力あるゴールドの腕輪の持ち主が当たり前に選ばれるからである。仮にパーティを組む時だってその選抜された者達と組むだけなのだ。

 半ば投げやりにキャバルに尋ねたグレイであったが、そんな彼の思いとは裏腹に、キャバルは厳しい口調で再度「見ろ」と促した。

「冒険者の名が載っている1番下。そこをよく見てみろ」
「1番下……」

 言われるがまま、グレイは面倒くさそうに視線を下に移す。

 すると、そこには驚きの名が――。

「え……ジーク・レオハルト……? って、まさかアイツ……?」

 グレイは記載されているジーク・レオハルトという文字を何度も見返している。

 当然文字は読めるが如何せん理解に苦しむ。

(いやいや、ちょっと待て。普通に考えて可笑しいよな……。何で兄さんの名がこんな所に? しかもこれ冒険者の“ランクアップ”情報じゃねぇか……。絶対何かの間違いだろ)

 そう。
 グレイが今見ている紙にはジークの名と冒険者のランクアップ情報が載っていた。

 もし仮に百歩譲ってこれが本当に兄のジーク・レオハルトであったとしても、ジークがレオハルト家を出て行ったのはほんの数日前。出た初日に冒険者登録をしてEランクになったとしても、常識で考えてこんな短期間でランクアップなど到底不可能。

 しかもジークは最弱のブロンズの腕輪の挙句に、あの呪いのスキルを手にしているのだから。

 考えれば考える程有り得ない状況に、グレイは「ふん」と鼻で笑った。

「何を笑っているのだ」
「いえ。だってこんなの絶対に間違いですよね父上。まさか本気にされているんですか? 有り得ないですよ」

 馬鹿にする様に言ったグレイに対し、キャバルはキッと鋭い眼光でグレイを睨んだ。

「馬鹿者! よく見ろとさっきから言っているだろうがッ!」
「……⁉」

 突如発せられたキャバルの怒号が、グレイの体を一瞬ビクつかせる。反射的に再び紙に視線を落としたグレイがしっかり読み直すと、ジーク・レオハルトという文字の少し下にこう記されていた。

『冒険者名:ジーク・レオハルト 

冒険者ランク:E

功績:クラフト村にてSランクモンスターのベヒーモス討伐。
   同じくクラフト村にて起きた原因不明の黒魔術を打ち消し、村人達の命を救う。

上記の事から、ジーク・レオハルトの冒険者ランクはEランクから“Aランク”へと昇格決定――』

 余りに信じ難い内容に、グレイはただ目を泳がせて動揺する事しか出来ない。

「な、何だってッ⁉ こんな馬鹿な事が……! アイツが冒険者になっていたのは別に驚かない。だが僅か数日でランクアップなんて有り得ないでしょ普通! しかもEランクからいきなりAランクなんて……こ、こんなの間違え方にも程がある! だって兄さんはブロンズの、呪いのスキル持ち何ですよ⁉」

 目の前に書かれた現実が受け入れられない。
 いや、信じられない。信じたくない。
 グレイの表情はそう物語っている。

「これがもし本当なら前代未聞ですよ父上……! ま、まさか本気になんてしていないですよね⁉」 

 グレイがキャバルに訴え掛けると、キャバルは静かに「次の紙を見てみろ」と呟いた。

 奥底から込み上げてくる何かをグッと堪えながら、グレイはキャバルに促されるまま持っていた紙を1枚捲り上げる。

 すると、そこには他の冒険者達と共に再びジーク・レオハルトという名の記載があり、彼らの名前の横には今回のランクアップを推薦した“推薦人”の名前も記載されていた――。

 そして。

 グレイはその推薦人の名前を見るなり、思考回路が一瞬停止したのだった。

「……イ、イェルメス……バーキーン……」

 無意識にグレイの口から零れた名。
 それはこの世界に住む者ならば誰もが1度は耳にした事のある“大賢者”の名。

 かつて勇者と共に魔王を倒して世界を救った大賢者である、“イェルメス・バーキーン”の名が確かに記載されていた――。

 グレイの紙を持つ手が震えている。

 ランクアップの推薦自体は何も珍しい事ではない。寧ろ数多いる冒険者の実力を自他共に改めて周知する事が出来る、言わば実力の保証書の役割を果たしていると言って過言ではない。

 推薦された者がそれ相応の実力を持つ事は確かながら、推薦人の名がまた実力者であればある程、有名であればある程、当然推薦された者にも自然と信頼や注目が集まるものだ。

「う、嘘だ……。こんなの絶対間違いだ。誰かの名前と書き間違えているに決まってる……」
「グレイよ。今重要なのはそれが嘘か誠なのかという点ではない。最も問題なのは、仮に間違いにせよ、この情報が既に王国中に知れ渡ってしまっているという事だ。勿論国王や王族の者達にな」

 グレイはキャバルが何を訴えているのか直ぐに分かった。

 つまりこの情報が流れた事で、ジークを追い出したレオハルト家に訝しい目が向けられるという事だ。

 しかも記された内容は誰もが目を引くものばかり。
 ジークの名前も功績も推薦人の名も全て。

「普通に考えれば、私もお前と同じ事を思っているぞグレイ。そもそも奴は最弱のブロンズの腕輪に加えてあの呪いのスキルを引き当てた落ちこぼれだからな。常識で考えれば有り得ん。
私の憶測では大方何かの間違いか、偶然に偶然が重なった結果の出来事とかだろう」
「や、やはりそうですよね……! 俺だってそう思ってますよ父上」
「事の真相はいずれ明らかになるだろう。それまでは非常に不本意で不快であるが待つしかない。こんな事になってしまった以上な。
まぁお前が早く実力を見せつければ直ぐに解決する事であるがな」
「その通りですよ父上! 何せ俺はあの『勇者』スキルを授かった選ばれ者。一瞬で王国中の名声を手にしてみせます」

 キャバルは「期待しているぞ」とグレイに言ったが、彼はとても険しい表情で、まるで今にも爆発しそうな怒りをグッと堪えているかの様な雰囲気を纏っていた。

(ぐッ、何だ父上のこの視線と態度は……! 何故俺がそんな目で見られなければいけないんだよ)

 キャバルは自分や一族の面子が汚れる事を最も嫌う。キャバルが苛立っているのは明らかだった。

「そうだグレイ。それともう1つ――。
今回の予期せぬ事態によって既に我々に懐疑の目を向けている者もいるだろうが、この件とそんな奴らを一掃する為にも、次の“モンスター討伐会”では絶対に1位を取るのだ。分かったな?」
「勿論です。必ずや俺が1位を取ってみせます!」

 グレイは思い切り奥歯を噛み締めそう言うと、ジークへの殺意染みた形相と共に部屋を後にするのだった――。
♢♦♢

~クラフト村~

「あ、お帰りなさい皆! その様子だと無事に問題解決出来たみたいね」

 クラフト村の冒険者ギルドに戻ると、サラさんや町長さんが僕達の帰りを待ってくれていた。労いの言葉もかけてもらい、まるで家に帰って来たかの様な安心感を感じる。

「お疲れさん。サラマンダーも倒せたかな?」

 聞かずとも既に分かっていると言わんばかりに、イェルメスさんは僕に尋ねてきた。

「色々大変でしたけど何とか。でもジャック君や獣人国の皆さんの力にもなれましたし、スキルの使い方も新たな方法を発見出来たので良かったです」

 イェルメスさんは僕の話を聞いて「そうかそうか」と頷いた直後、急に目を見開いてこっちに指を差してきた。

「ジーク君、また“新しいスキル”も手に入れた様だね」

 イェルメスさんの突拍子もない発言に、僕は咄嗟に自分のブロンズの腕輪に視線を落とした。

 すると腕輪には新たに『神速』というスキルが追加されていた――。

「わ、本当だ。気が付かなかった」
「ハハハハ、こりゃまた面白いスキルを手に入れたね。君が新たに勇者と呼ばれる日も近いだろうな」
「いやいや、僕が勇者なんておこがましいにも程がありますよ」

 イェルメスさんに認めてもらえる事は何よりも自信になりますけど、流石に僕が勇者は言い過ぎだよなぁ。

 そんな事を思っていると、またイェルメスさんが思い出したかの様に口を開く。

「あ。そういえば君が獣人国に行っている間に推薦状出しておいたからね」

 推薦状?
 僕がピンときていない様子を見て、イェルメスさんは話を続ける。

「まぁまた詳しい説明は受付の彼女から聞けば良いが、兎も角ジーク君のこれまでの実績を踏まえて、私が君の冒険者ランクをAまで上げる様に伝えておいた」
「えッ、イェルメスさんが僕を推薦ですか⁉ しかもAランクって……!」
「ほら、これが証拠だ」

 イェルメスさんはそう言いながら冒険者の情報が書かれた紙を渡してきた。これは王国に住む者達全員に配られるニュースみたいなもの。

 そして何故か確かに僕の名前が書かれている。
 しかも次のページにはちゃんとイェルメスさんの名前も。

 ……え? ちょ、ちょっと待ってくれ。
 僕なんかが本当にいきなりAランク冒険者になるのかコレ。そんな馬鹿な!

 って、待て待て待て。これって確か王国中に配られてるやつだよね……。って事は当然レオハルト家にも――。

 僕が戸惑っているのを他所に、イェルメスさんは悪戯に笑いながら口を開く。

「ハッハッハッ。なにを固まっているのかね。これは贔屓でも何でもない、ジーク君の確かな実力を証明したまでさ。寧ろ君はもうSランクでも何ら可笑しくないんだよ。
本当はSランクに推薦しても良かったんだがね、最後くらいは自分でランクアップしたいかなと思ってな」

 イェルメスさんは優しく全てを語ってくれた。
 いや、確かに嬉しいわは嬉しいんですよイェルメスさん。でもそこではないんですよ。欲しい優しさは。僕はそもそも目立ちたくないんですって。

 僕は戸惑いながらも、イェルメスさんからのサプライズを有り難く受け取り「ありがとうございます」とお礼を言った。

 まぁこれはこれで素直に嬉しいし、もう配られちゃっているなら仕方ない。

「そういえばイェルメスさん、赤い結晶の事は何か分かりました?」

 話が一段落した僕は気になっていた事をイェルメスさんに尋ねる。

「そうだった。その事だがね――!」
「……!」

 イェルメスさんがそこまで言いかけた瞬間、突如ギルドの外から得体の知れない気配を感じた。

 なんだこれは……。

 その気配を感じ取ったのは僕とイェルメスさんだけ。咄嗟に目を合わせた僕達は直ぐにギルドを出て気配の感じる方向へ走った。クラフト村の直ぐ横に森が広がっている。気配はそっちの方向からだ。

 僕とイェルメスさんが少し森を進んだ次の瞬間、僕達の視界に生い茂る木々の色から浮く、真っ黒なローブを身に纏う人影が映り込んだ。

「あれ、可笑しいですね。もう全員死んでいる頃だと思ったのですが――」
「お前は……!」

 突然目の前に姿を現した黒いローブの男が口を開いたかと思いきや、今度はそのローブの男を見たイェルメスさんが驚きの声色でそう呟いた。

 誰だ、コイツは――。

 僕の頭に過った疑問は瞬く間に氷塊される。
 ローブの男は不敵に笑みを浮かべると、再び僕達に向かって話し掛けてきたのだ。

「いやはや驚きましたよ。まさか貴方とこんな所でお会いするとはねぇ、大賢者イェルメス」
「ちっ。嫌な予感ばかり当たってしまうものだな。やはり全て貴様の原因であったか……“ゲノム”よ――」

 どうやらゲノムと呼ばれたローブの男とイェルメスさんは互いを知っている様子。不気味な模様を顔に施したゲノムという男は、不敵な笑みを浮かべたままゆっくりと1歩前に出てきた。

「イェルメスさん! あの人知り合いなんですか?」

 当たり前に気になる事を聞いただけ。でもその答えは僕の想定を遥かに上回るものだった。

「ああ。知り合いなんて穏やかな表現ではないが……奴はかつて私達が倒した魔王軍団幹部の1人、“ゲノム・サー・エリデル”という男だ――」

 魔王軍団の……幹部……。

「ヒッヒッヒッヒッ。以後、お見知りおきを」

 ゲノムは冗談っぽく言いながら僕を見てきた。
 ゲノムが纏う物々しい魔力と雰囲気。間違いなく僕が今まで出会った者の中で群を抜いた存在だろう。コイツが魔王軍団の幹部となればそれも頷ける。

 強い――。

 そんな事を思っていると、イェルメスさんはグッと鋭い目つきに変わってゲノムに言い放つ。

「お前は確かにあの時私達が“倒した”筈だが……」
「ヒヒヒヒ。そんな事もありましたね、懐かしい」
「この結晶、やはりお前の物だったかゲノム」

 イェルメスさんはそう言ってあの赤い結晶をゲノムに見せた。既にイェルメスさんは赤い結晶の正体を見破り、更にその所持者がゲノムという事を分かっていた口ぶりだ。

「流石ですね、大賢者イェルメス。まさかいきなり貴方にお会いするとは予想外でしたけど」
「何を企んでいる。クラフト村の連中に黒魔術を掛けたのも貴様だな」
「あらら、やっぱりそれもバレていましたか」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながらゲノムは言った。

 ルルカや村の人達をあんな目に遭わせたのはコイツなのか。
 真実を知り、体の奥底から自然と怒りが込み上げてくる。

「いや~それにしても驚いた。“生贄”を拾いに来たらまさか貴方がいるなんて。しかも私の仕業だとバレていましたか。……つかぬ事を聞きますが、例え貴方でも私の黒魔術解いていませんよね? 争うつもりはないので、村の奴らの亡骸だけ頂いてもいいですかね」
「ふざけるなッ――!」

 気が付いたら僕はゲノムに向かって叫んでいた。
 一体何なんだこの不気味な男は。
 いや、そんな事よりコイツはさっきから何を言っているんだ。

「お前が村の人達を苦しめた黒幕だったのか! 何を企んでいるのか知らないけど、お前の黒魔術なら僕が消した。二度と皆にあんな事するな!」
「私の黒魔術を解いただと……?」

 ゲノムはピクリと眉を動かして険しい顔つきになった。
 何故お前がそんな顔になる。起こっているのはこっちだぞ。

「フフフ、どうやら当てが外れている様だなゲノム。残念ながら彼の言う通り、村の連中はもう全員無事だ。誰1人として死んじゃいないよ」

 イェルメスの言葉にゲノムは一瞬驚いた様な表情を浮かべ、深い溜息を吐いた。

「ふぅ~。なんと、それは余りに笑えない冗談ですね。それにまだ貴方ならいざ知らず、私の黒魔術を解いたのはそちらの少年だと?」
「ああ。何をする気か知らないが、悪企みなんかやめておけという事だ。いい教訓になっただろう」

 納得がいかない表情のまま、ゲノムは徐に僕へと視線を移した。そしてゲノムは僕を見るなり急に付き物が取れた顔付きになると、不気味な笑みで高笑いをしだした。

「ヒッヒッヒッヒッ! そうか……そういう事だったのか。例え大賢者イェルメスといえど、私の黒魔術を解くのは不可能。村に専門のスキル保持者やヒーラーでもいるのかと思ったが、ヒヒヒヒ、まさか遂にその腕輪を手にする者が現れていたとは――!」

 高らかに笑うゲノム。何がそんなに面白いのか全く理解出来ないが、次の瞬間、ゲノムは突如禍々しい魔力を練り上げ何かの魔法を発動させた。

「「……⁉」」
「ヒッヒッヒッヒッ。『引寄せ』が現れるのはまだ早いですよ。こちらもまだ“魔王を復活”させていませんからね。そのスキルがあると分かった以上、先ずは最優先で排除させてもらいますよ!」

 刹那、ゲノムが勢いよく両手を広げると、辺り一帯の大地が不気味な真っ黒い影の様なもので覆われた。ゲノムがいきなり臨戦態勢に入ったのも驚いたが、隣にいたイェルメスさんはそれ以上に奴の発言に目を見開かせていた。

「ゲノム、貴様……今何と言った。魔王を復活させるだと?」
「ヒヒヒヒ。思わず喋り過ぎてしまいましたね。積もる話もお互いあるかと思いますが、貴方達にはここで死んでいただきましょうか」

 ゲノムから発せられる禍々しい殺意を瞬時に感じ取った僕達も戦闘態勢に入った。

 コイツを野放しにしておくのはヤバい――。
 直感でそう思った僕は、剣を握る手にも自然と力が入っていた。

「ジーク様!」
「レベッカ……⁉ 離れるんだ! ここは危ない!」
「余所見とは余裕ですね」

 レベッカに気を取られてしまったまさに一瞬、ゲノムが広げていた両手を合唱させると、次の瞬間地面の真っ黒な影からユラユラと揺らめく異形な形をした召喚獣が現れた。

 くッ、この数を一瞬で……! 

 ゲノムが召喚したモンスターの数はざっと100体を超えている。大小様々な姿形をしているが、どれも見た事がないモンスターばかり。奴特有の召喚獣なのだろう。

「気を付けるんだジーク君。奴の黒魔術は厄介なものが多い。この召喚獣は私が引き受けるから、君はゲノムを確実に仕留めるんだ」
「分かりました!」

 そう言うと、イェルメスさんは勢いよく攻撃魔法を繰り出し、辺りの召喚獣をまとめて攻撃し始めた。

 僕は今一度ゲノムを視界に捉え、イェルメスさんの作戦通り召喚獣を全て任せて一直線にゲノムに突っ込む。

 ただでさえ僕はコイツに関して得体が知れない。しかもイェルメスさんが厄介だという相手なら相当の実力者だ。短期戦で確実に決める――。

「おっと、思った以上に速いですね」

 僕は自分に向かって来る召喚獣を全て掻い潜り、真っ直ぐゲノムだけを狙う。そして距離を詰めて間合いに入った僕は剣をグッと構えた。

 するとそれとほぼ同時、ゲノムは僕の攻撃をガードしようと瞬時に召喚獣達を自分の前に集結させた。

 そうきたか。なら――。

 『無効』スキルを発動させた僕は構えた剣を思い切り振り抜いた。

 ――シュバァン!
「ッ⁉ 成程、これで私の黒魔術の効果を」

 一瞬顔を歪めたゲノムだったが、奴は直ぐに地面の影から新たな召喚獣を繰り出し、その召喚獣をたちまち僕に襲い掛かって来た。

 反射的にその召喚獣をサイドステップで躱し切った僕は剣を構え、再びスキルを発動させながらゲノム目掛けて剣を振るった。

「なッ⁉」
「決まりだゲノム!」

 『必中』スキルを発動させた僕の攻撃は、流れる様にゲノムの首元目掛けて切っ先が伸びる。“対人”で使用するのは初めてだからどうなるか心配だったけど、モンスターの様にやはり急所目掛けて繰り出されるみたいだ。

 走馬灯の如くそんな考えが頭を過った直後、僕の剣はゲノムの首を斬ッ……「ヒッヒッヒッ、動くと“女が死ぬぞ”――!」

 ッ……⁉

「きゃあッ⁉ ジ、ジーク様……ぁ!」

 剣がゲノムの首を捉える寸前、突如僕の後方からレベッカの悲鳴が響いきてた。驚きの余り僕は反射的に振り返る。そして視界に飛び込んできたのは召喚獣に体を拘束されたレベッカの姿。

「レベッカッ!」
「いや~危ない危ない。そんなに強くなさそうだったので舐めてましたよ。ヒヒヒヒ。丁度いい所に丁度いい物があって助かりました」
「おい! 早くレベッカを離せ!」
「おっと。私に手荒な事をすればお嬢さんが死にますよ」

 くそッ……!
 レベッカが捕まっている以上下手な事は出来ない。
 諦めてゲノムに向けていた剣を降ろした瞬間、何処からともなく突如強い突風が辺りを襲った。

 そして、場にいた全員がその突風に僅かに気を取られた瞬間、レベッカのいる方向から『グガァァッ!』と召喚獣の呻き声が聞こえると同時、レベッカを拘束していた召喚獣が弾ける様に消え去ってしまった。

「今だジーク――!」
「ッ⁉」」

 召喚獣の呻き声が響いてから、時間にしたら1秒にも満たない。
 だけど僕はたった今自分の名前を呼んだ声が、レベッカを拘束していた召喚獣を消したのが、突如何処からともなく吹いた突風が……全て“ルルカ”であると直ぐに分かった。

 更に木々の間からはベヒーモス化したミラーナが凄まじい勢いで現れるや否や鋭い鉤爪を振り払い、周りの召喚獣達を一掃してしまった。

 僕はそんなルルカとミラーナを横目に剣を握る手に再び力を込め、完全に2人に気を取られたゲノムの隙を突いて今度こそ剣を振り抜いた。

 ――シュバン!
「ぐはッ、まさかこんな事になるとは……!」

 斬られたゲノムは悶絶の表情を浮かべながら膝から崩れ落ちたが、斬った筈の奴の体からは血が一滴も流れていない。

 しかし攻撃は確かに食らっていた。
 地面に倒れたゲノムは血を流す事は無かったが、次の瞬間奴の体はまるで召喚獣と同じ如く、ユラユラと揺らめきながら粒子となって消え去ってしまった。

 更にそんなゲノムに連鎖するかの様に、辺り一帯に広がっていた黒い影はみるみるうちに縮小していき、召喚獣達も次々に消滅していくのだった。

「どうやら奴自体も本体ではなかった様だね」
「そうですね……」

 ゲノムが消え去った場所を見ながら、イェルメスさんは静かにそう言った。僕は神妙な面持ちのイェルメスさんの顔を見た瞬間、胸の奥をチクリと刺された様な感覚を覚えた――。
~クラフト村~

「もう大丈夫かい、レベッカ」
「はい。ジーク様にご迷惑をお掛けしてしまって、本当に申し訳ございません」
「レベッカちゃんが謝る事じゃないんよ。悪いのはあの訳分からん黒ローブの男なんだから」
「そうよ。別にレベッカが気に病む事はないわ」
「私を助けていただいて、ルルカさんもミラーナさんも本当にありがとうございました! イェルメスさんも!」

 落ち着いたレベッカは皆に何度もお礼を言っている。

 魔王軍団の幹部であるゲノム・サー・エリデルを何とか退けた僕達だったが、奴の生んだ発言や行動が僕とイェルメスさんを悩ませていた。

 イェルメスさんによると、やはり奴はかつて魔王軍団にいたゲノム本人で間違いないとの事。もう何十年も前の勇者と魔王の戦いに時に、確かにゲノムや他の幹部達も倒したらしい。だがらイェルメスさんは僕が初めてあの赤い結晶を見せた時から、まさか――と思う節があったそうだ。

 それが実際に本人と会って確信となってしまったらしい。

 ゲノムは当時から黒魔術という特殊な魔法を使っていた為、理由は分からないが奴が何かしらの方法で生き延びていた可能性は十分考えられるとイェルメスさんは言った。

 でも僕とイェルメスさんが危惧しているのは、そんなゲノムが生きていた事より、奴が言った“魔王を復活させる”という言葉――。

 勿論僕はゲノムの事なんてまるで知らないが、奴がとても冗談を言っているとは到底思えない。イェルメスさんの言葉通りであれば、奴は得意の黒魔術とやらで本当に魔王を復活させる気だろう……。そう考えれば赤い結晶やその結晶の影響、クラフト村の皆の被害が全て繋がってくる。

「ゲノムはまだ生きているぞジーク君。どうにか奴を止めなければな」
「そうですね。一体どうやって魔王を復活させようとしているんでしょうか?」
「それは私にも分からない。奴の黒魔術は特殊過ぎるからね……。でも、奴の言動や赤い結晶、それにクラフト村へ行った行動から憶測するに、恐らく魔王復活には生贄や器といった類の条件が必要だろう。奴はそれを満たす為に動いているんだ」

 生贄、器……。
 聞いているだけでヤバそうなイメージしか湧かない。だがゲノムならやりかねないだろう。いや、実際にもうやっている。きっと僕達の知らない所でも水面下で動いているんだ。

「兎も角、奴は必ずまた動きを見せる。次こそゲノムを確実に仕留めよう。まさかこのような事態になるとは思ってもみなかったが、これもジーク君による導きかな。お陰で奴の思惑に気付く事が出来たよ」
「いえいえ、僕なんてなんの力にもなれていませんよ。イェルメスさん、ゲノムを倒すまで僕達に力を貸してくれませんか?」
「勿論だとも。寧ろ君達の力にならせてくれ。1人では到底解決出来ん問題だからね。頼りにしているよ」

 冒険者ギルドでイェルメスさんとそんな会話をしていると、突如サラさんが僕の名前を呼んだ。

「ジークさん。何か貴方宛てに手紙が届きましたよ。とても高価そうな便箋ですけど」
「あ、ありがとうございます。何だろう?」

 
 僕はサラさんから受け取った便箋をひっくり返して差出人を確認する。するとそこには名前こそ記載されていなかったものの、僕はこの手紙が誰からの物なのか直ぐに分かった。

「これは……“レオハルト家の紋章”だ――」

 封をしている箇所にはとても見慣れた紋章のシール。見間違える筈もないレオハルト家の紋章だった。

「ほお。ジーク君はレオハルト家の者だったのか」
「あ、はい一応……と言うか、このスキルのせいでもう家を追い出されたんですけどね。ハハハハ」

 僕が苦笑いでそう言うと、イェルメスさんはそっと微笑んでそれ以上の事は聞いてこなかった。

「それで、何と書かれているんだい?」
「え~と……何だろう……」

 思い当たる節がまるでない。

 手紙には見覚えのある“グレイの筆跡”らしきものでこう書かれていた。

『ジーク・レオハル……いや、由緒あるレオハルト一族を追い出された落ちこぼれの兄さん。
お前がどんな卑怯で姑息な手を使ったのか知らないが、冒険者になったりいきなりランクが上がったりなんて到底有り得ない。
しかもベヒーモスを倒したりあの大賢者イェルメスとも繋がりがあるなんて本当に間違いも甚だしく、余りに下らな過ぎて俺は笑いが止まらない。

だが王都ではその情報が配布された事により早くも混乱が生じている様だ。只でさえ洗礼の儀で、事もあろうか呪いのスキルを引き当てた一族の恥晒し。お前は家を追い出された後でもまだレオハルト家の名を汚そうとしているようだな。

まぁそっちがその気ならば仕方ない。
レオハルト家の汚名を返上する為にも、お前とは一度正々堂々とケリを着けてやろう。俺がレオハルト家の正当な跡継ぎであり『勇者』スキルに選ばれた本物の英雄である事をお前や世界に分からせてやる。

来る1か月後――。
毎年王都で行われる「モンスター討伐会」にお前も参加しろ。
王国中の人間が注目するその場で、俺の強さの全てを見せつけてやる。
有り難く思え。もうお前の参加手続きは俺がしといてやった。

だがどうせ呪いのスキルを持つお前では恥を掻くだけだ。参加したくないなら参加しなくていい。一生逃げ続けるだけの負け犬人生を送っていろ。クソ恥晒しが』



 一通りグレイからの手紙に目を通した僕。
 その内容は潔い程僕への恨みつらみが綴られていた。
 ここまで思っている事をストレートに吐き出せたらさぞ気持ちいいだろうな。

 と、思わず感心してしまう程の手紙を引寄せたのだった――。
 
♢♦♢

~王都・レオハルト家~

「くそがッ! ふざけんじゃねぇ! 俺は絶対に認めねぇぞそんなの――!」

 静かなレオハルト家の一室で、グレイは腸が煮えくり返る程の怒りを露にしていた。

 ――コンコンコン。
「失礼致します。グレイ様、こちらのお洋服はクローゼットにお入れしておきッ……「うるさいぞッ! そんなもんいちいち聞かずに勝手にやっておけ!」
「か、かしこまりました……! 申し訳ございませんッ!」
「いちいち謝るんじゃねぇ! 用が済んだなら出て行け!」

 グレイに罵声を浴びせられた使用人はバツが悪そうにそそくさとグレイの部屋から出て行く。彼が荒れているのは他でもない、さっき新た入ったばかりのジークの情報についてだった。

 ジークの状況や詳しい事の経緯を調べようとしたグレイは密かに諜報員を雇って調べさせ、今しがたその結果を聞いたグレイは遂に怒りが抑えられずに爆発していたのだ。

「畜生……絶対に有り得ないだろうがよそんな事……ッ!」

 どれだけ悔しがろうと、認めたくなかろうと、グレイが聞いた事は変わらない。諜報員からの情報では確かにジークは冒険者となり、これまでに報告されていた事は全て事実だと告げられた。

 ギガントゴブリンを倒した事。
 冒険者ギルドで揉めたBランクの実力者を圧倒した事。
 村を困らせていたベヒーモスを倒して従えさせた事。
 突如村を襲った災いから全ての村人達の命を救った事。
 そしてあの大賢者イェルメスがジークを推薦した事。

 そんな事絶対に有り得ないと思っていた事が、全て事実であったのだ――。

(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなッ、ふざけんなッ!
何でブロンズの腕輪のアイツが……しかも呪いのスキルを引き当てたアイツの何処にそんな実力があるっていうんだよ! 普通に有り得ねぇ!)

 グレイはつい昨日父キャバルが漏らした言葉が頭を過る。

『――もし万が一ジークの事が本当であったとしても、今はまだ疑問を抱く者も多いだろうが、今後同じ事が起こった際には最早言い逃れ出来ん。そうなれば我々レオハルト家が王国中の笑い者だろう――』

 何度もリピートされる父の言葉を脳内で消し去るグレイ。沸点まで達した怒りが徐々に冷まされていき、朧げな瞳で一点を見つめていた彼に突如閃きが訪れた。

「そうだ……。これはもう呑気に兄さんの動向を伺っている場合じゃない。ピンチはチャンス。この状況を1発でひっくり返せる手があるじゃねぇか」

 急に生気が戻ったグレイはそのまま足早に部屋を後にし、彼はその足で一直線に父キャバルの部屋へ向かい扉をノックした。

「失礼します、父上――」

 部屋の扉を開けたグレイの視界に真っ先に飛び込んで聞いたのはキャバルの険しい顔。ジークにやり場のない怒りを向けているのはグレイだけではなかった。

「奴の情報は聞いたな? これで完全にジークを無視出来なくなったぞ。どんなカラクリか定かではないが、“その事実がある”という事がもう大問題。今すぐに手を打たねばならぬ」

 キャバルがわざわざ説明をしなくてもグレイも既に気持ちは同じである。父が言いたい事も分かっていた。だからこそそれを踏まえた上でグレイは父の元に来たのだ。

 全てはジークを潰す為に。

「勿論です。俺に考えがあります父上」
「ほお。その考えとは」
「はい。それは来たるモンスター討伐会に兄さんを誘い込むのです。討伐会ならば卑怯な手を使う事も出来ませんし、完全に己の強さのみを証明出来ます。そうすれば奴のメッキも一瞬で剥がれる挙句、俺が本当の選ばれし勇者である事を王国中に見せつける事が可能です」

 キャバルにそう告げるグレイからは並々ならぬ気迫が零れ出ている。

「分かっていると思うが、失敗など言語道断だ。地位も名声も力も全て貴様に懸かっていると承知であろうな」
「当たり前です。俺が絶対に1位となり証明をしてみせます」

 グレイは力強くそう言うと、父の部屋を後にするのだった。

 毎年年に1度開かれるこのモンスター討伐会は、王国でも最大規模の催し物でもある。そこで見事1位に輝いた者は全国民からその実力を認められることは勿論、他でもない“国王様”と直に会う機会まで得られる。

 そうなれば国王や王族直属の依頼を任され、多くの富や名声も得られるのである。

(見ていろよ兄さん……! 俺は真に選ばれた最強の勇者なんだ。そうだ。俺とアイツの実力は天と地程の差がある。呪いのスキルを引き当てた落ちこぼれの奴なんかに俺が負ける理由など微塵も存在しない。
必ず討伐会で俺が1位となって、レオハルト家の名を更に轟かせてやる――)

 決意を新たに固めたグレイは早速行動に移し、ジークがいるであろうクラフト村にモンスター討伐会への勧誘の手紙を書き始める。

 グレイはシンプルに用件だけを伝えるつもりであったが、いざペンを握り文字を綴ると、これまでのジークに対する怒りと憎悪がそのまま混じりっ気なしの文言となって紙に綴られた。

 そして思いの丈を全て書き出したグレイは少し憑き物が落ちた様な表情で、書き終えた手紙を「出しておけ」と使用人に乱暴に渡すのであった――。
♢♦♢

~クラフト村~

「よし。それじゃあそろそろ行こうか――」

 グレイから凄い手紙を貰って早1ヵ月。
 遂に王都で開かれるモンスター討伐会を2日後に控えた僕達は、討伐会に参加する為に久しぶりに王都へと向かうつもりだ。

 支度を済ませ、町長さんやサラさんに「行ってきます」と伝える僕の横にはレベッカがいる。それと最早当たり前と化したルルカとミラーナも一緒だ。

「ジーク君なら必ずや優勝出来ますな! お祝いの準備をして待っていますよ」
「ハハハ、それは気が早過ぎますよ町長さん。でも精一杯頑張ってきます」
「王都に行くのは久しぶりですね、ジーク様」

 クラフトを村を出る最後にそんなやり取りをしていると、突如イェルメスさんが大きな声で僕の名を呼びながら駆け寄って来た。

「ジーク君、良かった良かった間に合って」
「そんなに慌ててどうしたんですかイェルメスさん」
「いや“コレ”を君にと思ってな。想定よりだいぶ造るのに時間が掛かってしまってギリギリになったけどね」

 そう言いながらイェルメスさんは手にしていた一振りの剣を僕をくれた。戸惑いながらも鞘に収まる剣をゆっくり抜くと、僕の視界に飛び込んできたのは綺麗な赤い輝きを放つ、何とも神秘的で珍しい刃が施された剣だった。

「こ、これは……」
「ああ。ジーク君に貰ったあの赤い結晶で造った物だよ。あれはゲノムの様な黒魔術でしか生まれない特殊な素材でもあってな。滅多に手に入らない挙句に練成に時間が掛かってしまって、間に合うかヒヤヒヤしたよ」

 イェルメスさんから貰った剣は驚くぐらい手に馴染んだ。しかも今までに感じた事の無い様な力が剣から伝わってくる。

「村で錬成のスキルを持った者達にも手伝ってもらったお陰で今さっき完成する事が出来たんだよ。皆君に恩返しがしたいらしくてね、ジーク君の為ならと率先して手を貸してくれた訳さ」

 優しく微笑みながら言うイェルメスさん。僕はその言葉と皆の思いに思わず涙が出そうになった。

 ここまでしてもらったら絶対に悪い成績は残せないな。

「イェルメスさんも皆さんも、本当にありがとうございます! どこまで出来るか分からないけど、頑張ってこの剣で優勝を目指してきます!」 

 僕はグッと力強く剣を握り締め、レベッカとルルカとミラーナと共に王都へと旅立った。

♢♦♢

~王都~

「うっは~、久々に来たんよ王都。やっぱ人多いな」

 クラフト村を出た翌日。
 前はレベッカとずっと歩きだったから時間が掛かったけど、今回は途中でミラーナに乗せてもらった事もあってかなり早く着く事が出来た。

「それよりジーク、私はベヒーモス化で体力を使ってお腹が空きましたわ」
「ハハハ、そうだよね。ここまでありがとうミラーナ。そうしたら皆で何か食べようか」

 そんな会話をしながら、僕達は王都にある冒険者ギルドに向かって歩き出した。今日泊まる予定の宿もギルドから近いし、何より王都のギルドは規模がかなり大きいから色々な商店が入っている。勿論料理屋も。

 昔2、3度だけ僕も王都のギルドに来た事があったけど、まさか自分がちゃんと冒険者となってここに来るとは思ってもみなかったな。

 王都は明日のモンスター討伐会に向けとても賑わっているし、冒険者ギルドにも凄い人数の人が出入りし盛り上がりを見せている。年に1度のお祭りみたいなものだから当然と言えば当然かもね。

「なぁ、アレもしかしてレオハルト家の……」
「ん? 本当だ。彼はレオハルト家の長男であるジーク・レオハルトだ」
「あれ、でも確か彼は洗礼の儀で呪いのスキルを出したとかで一族を追い出されたんじゃなかったか?」
「何を言ってるんだよ馬鹿! お前この間の冒険者ニュース見ていないのか。彼はついこの間EランクからいきなりAランクに上がった実力者らしいぞ! しかも推薦人はあの大賢者イェルメスだ」

 冒険者ギルドに入るになり、僕達には様々な視線や言葉が四方八方から浴びせられた。いや、正確には僕達ではなくて“僕”だな。間違いなく。なんだか思った以上に注目を浴びてしまっている様だが、幸い予想していた最悪なイメージよりも酷くなくて安心した。これもイェルメスさんの名の効果かな……。

「どんな噂が立っているかと正直心配でしたが、やはりジーク様の素晴らしさは分かる人にはちゃんと伝わっている様ですね。少なからず懐疑な視線も感じますが、ルルカさんみたいにいきなり絡んで来る人がいないだけマシですねジーク様」
「ヒャハハ、相変わらず手厳しいんよレベッカちゃんは。あれも今となってはいい思い出だな」

 そんな会話をしながら既に空腹で元気がないミラーナの為に、僕達は早々に料理を注文した。運ばれて来るなりミラーナは勢いよく食べ始め、「美味美味!」と満足そうにあっという間に全てを平らげたのだった。

「ん~! とても美味しかったわ。ご馳走様」
「元気になってくれて良かったよ。おかわりは大丈夫かミラーナ」
「幾ら美味しくても一気にそんなに食べられないわ。でもまぁジークが優勝したらそのお祝いでまた食べに来るのもアリね」

 ミラーナが何気なくそう言った次の瞬間……。

「ハッ、誰が優勝だって? 余りの戯言に自分の耳を疑ったぞ俺は――」

 突如背後から響いた声。
 僕は確かに聞き覚えのあるその声の方向へ無意識に振り返っていた。

「……グレイ」

 そこにいたのは他の誰でもない弟のグレイ。
 見るのは家を出たあの日以来か。
 彼はまるで落ちているゴミでも見るかの様な蔑んだ瞳で僕に視線を飛ばしてくる。

「レオハルト家の面汚しが偉く調子に乗っているじゃねぇか。たかが冒険者レベルでAランクになったからって勘違いするなよ。お前にそんな実力が無い事も卑怯な手を使った事も、俺には全て分かっているからなクソが!」

 グレイは怒号交じりに僕にそう言ってきた。

「ちょっと、何なのよアンタ。急に出てきて偉そうね」
「ふん。三流とは違って本当に偉いレオハルト家の勇者だからな俺は。お前と同じ立場で物を言うな」
「おいグレイ。僕の事は構わないが、ミラーナの事を悪く言うのは許さないぞ」

 僕がグッとグレイを睨むと、それがまた気に入らないのかグレイは舌打ちをしながら悪態をついてくる。

「ちっ、本当にいちいち癇に障る野郎だな。お前のそうやって優等生ぶってるのが昔から気に入らなかったんだよ。せこい冒険者などに落ちやがって。何処まで一族の面を汚せば気が済むんだよ」
「同じ事を言わせるなグレイ。僕の事はどれだけ馬鹿にしようが構わないけど、冒険者の人達まで馬鹿にするんじゃない。冒険者はグレイが思っている以上に勇敢で偉大な存在なんだ」

 レオハルト家や他の貴族達はクラフト村に目も向けなかった。きっと他にも王都から離れた小さな村や町の依頼も無視しているんだろうお前達は。

「ヒャハハ。元とは言えレオハルト家出身のジークの前では少し気が引けるが、アンタら貴族は偉そうに高みの見物してるだけで実際何もしてないんよ。
俺らにとってはそんな貴族よりも目の前の人を救ってるジークの方がよっぽど勇者に相応しいね」
「なんだとッ……! さっきからお前ら誰に物を言ってッ「その通りだ――!」

 次の瞬間、僕達の会話を聞いていた他の冒険者がグレイの言葉を遮った。

「レオハルト家だか勇者スキルだか知らねぇが、黙って聞いてりゃ随分な事言ってくれてるじゃねぇか坊主!」
「そうだぞお坊ちゃんよぉ! お前ん家の事情なんか知らないが、この兄ちゃんが冒険者としてクラフト村を救ったのは本当の事だろう!」
「俺達冒険者がせこい落ちぶれだと? いい加減にしろよお前」

 ギルド内にいた他の冒険者達が矢継ぎ早にグレイに怒号を飛ばす。自分でも思いがけない事態にグレイは苦虫を嚙み潰したような表情をしながら1歩足を退かせた。

「ぐ、なんだコイツらッ……! 三流共が群れて粋がりやがって。お前達がそんな威圧的な態度を取ろうが、俺は選ばれし勇者だ! その事実は変わらん。お前ら程度じゃどう足掻いても俺には敵わなんだよ!」
「いい加減にしろグレイ。スキルや実力だけが全てじゃない。僕は家を追い出されて冒険者になった事で、そんな当たり前を改めて実感したんだ。お前の求めている強さは本当の強さじゃない」
「黙れ! そんなのは反吐が出る程の綺麗事だな。その強さが存在しないからお前は一族を追放されたんだろうが馬鹿が!」

 全く聞き耳を持たないグレイ。
 まぁこのプライドの高さは今に始まった事じゃないから、相手にするだけこっちが嫌な気持ちになるだけだ。

 グレイをもう無視しようとした瞬間、次に口を開いたのはレベッカだった。

「グレイ様、お言葉ですがジーク様は“強い”ですよ。貴方が思っている以上に。確かにジーク様とグレイ様では求める強さが違うかとは思いますが、貴方にはない強さをジーク様は持っております」

 レベッカ……。

「ふん、負け犬に飼われている使用人の分際が偉そうに。俺はお前の事も昔から気に食わなかったんだよ」
「そうですか。でも私はもうレオハルト家の使用人ではありませんので」
「相変わらず癇に障るな。だがまぁいい。これまでの事も含め、全てはモンスター討伐会で証明してやる。誰が本当に強い勇者であるのかをお前達全員にな。そこで身の程を知るがいい負け犬共! ハッハッハッハッ!」

 グレイは吐き捨てる様にそう言い残すと、そのままギルドを出て行った。
♢♦♢

 翌日――。

 遂に開催となったモンスター討伐会。
 王国でも毎年開かれる一大イベントという事もあって、朝から王都は何時も以上に賑わっていた。

「頑張って下さいジーク様」
「ありがとう。皆の期待に応えられる様に頑張るよ」

 僕を始め、モンスター討伐会の参加者達が城の前に一堂に会している。昨日グレイとのいざこざでギルドにいた冒険者の人達も何人かいる様だ。その参加者の中には勿論グレイも。

 昨日の事もあってか、鋭い眼光を一瞬僕に向けると直ぐにそっぽを向いてしまった。

『さぁ! 今年も我らが“エスぺランズ商会”が主催するモンスター討伐会にご参加いただき誠にありがとうございます! 今年もこれだけ大勢の方々に参加していただき大変嬉しく思います! 是非皆さんで今年も最高のモンスター討伐会に致しましょう!』

 城の城壁の上からモンスター討伐会を主催するエスぺランズ商会の進行役の人が、盛り上がりを見せるこの場を更に盛り上げていく。参加する冒険者達は当然ながら、毎年モンスター討伐会は観戦する一般の人達も凄い人数が集まる。

「いよいよ始まるな。盛り上がりが凄いんよ。可愛い子も多いし大変だなこりゃ」
「関係ないわよねそれ。ジークが優勝するのは分かりきっているけれど、早く終わらせてまた美味しいものを食べに行きたいわ」

 ルルカとミラーナが周りを見渡しながらそんな事を言っていると、進行役の人はマイクを伝ってモンスター討伐会の説明をし始めた。

『さてさて、毎年行っているこのモンスター討伐会ですがここで改めてルール説明を致します! と言ってもそのルールも単純明快! 兎に角制限時間以内にモンスターを多く討伐した者が見事優勝となります!』

 そう。モンスター討伐会のルールは至ってシンプル。でもシンプルだからこそ、如何に効率よく多くのモンスターを倒せるかが鍵となる。

『そして毎年討伐会を楽しく観戦していただいている皆様! 安心して下さい! 今年もモンスター討伐会は我らエスぺランズ商会と王国騎士団の連携によって十分安全に配慮しております!
今からスキルによって周辺にモンスターを大量に引寄せますが、それはどれもランクが低いモンスターだからご安心を。危険なモンスターが来ることはまずあり得ません。仮に万が一が起こったとしてもその時は頼れる王国騎士団、そして我らがエスぺランズ商会の最高責任者であり美しき剣姫でもある“エミリ・エスぺラン”が絶対に皆様をお守りします!」

 進行役の人が勢いよくそう言うと、城壁の上から綺麗な朱色の髪を靡かせた容姿端麗な女性が現れた。

「エミリ・エスぺランです。皆様今年も宜しくお願い致します」
「「うおぉぉぉぉぉぉ!!」」

 エスぺランズ商会の最高責任者。つまり彼女がこのエスぺランズ商会のトップである。僕とそれ程変わらないであろう歳なのに、この若さでこれだけ大きな商会を築いたのは本当に凄い。

 エミリさんはその美しい見た目と礼儀正しさ、それに実際には見た事ないが剣術の腕も相当な腕前だと聞く。そんな彼女の存在は最早王都でも折り紙付きの人気者で有名人だ。

「うっは! 噂に聞いたエスぺランズ商会の姫。思っていた以上に美女なんよ!」
「貴方女なら誰でもいいのね。呆れるわ全く」
「そんなレベルの低い男だと勘違いするなよミラーナちゃん。俺は美しさと“強さ”を兼ね備えた美女が好きなんよ。
エミリちゃんは冒険者で言えばAランク……いや、ひょっとしたらSランクに匹敵するかもしれない実力との噂だ。あの可愛さでその強さは反則だぜ」

 隣で話すルルカとミラーナの会話が自然と僕の耳にも入る。確かにあの見た目と商才、その上実力まであるとなれば嫌でも注目の存在になるだろうな。

『美しき剣姫の登場で更に盛り上がった皆様! まだ説明は終わっていませんよ。このモンスター討伐会はただ強さを競うものではなく、見事優勝した者にはこの王国の国王である“レイモンド様”より、国王や王族直々のご依頼を受けられる“英雄の指輪”を与えられる事が決まっております! そちらも目指して是非皆さん頑張って下さい!』

 進行役の人の上手い盛り上げで更に場は歓声に包まれている。

 英雄の指輪か。確かにそれも貴重で名誉ある物だけど、僕は“それ”よりも……。

『それでは、少々長いお話となってしまいましたのでここら辺で終わりたいと思います! 皆さん最後までモンスター討伐会をお楽しみ下さい! これにてモンスター討伐会正式に開催でーす!』

 そう言って進行役の人の説明が終わり、モンスター討伐会の幕が上がったのだった――。

♢♦♢

『ギギャ……!』
「よし、今のところ順調かな?」

 太陽が真上に昇った頃、僕は今丁度100匹目のモンスターを討伐した。

 イェルメスさんと村の人達が作ってくれた新しい剣はやはりとても使いやすい。このお陰もあって大分スムーズにモンスターを討伐出来た。

 それに数は多いけど、スライム、ゴブリン、ウルフとか本当にランクの低いモンスターばかり。これまでに戦ってきたモンスターがモンスターなだけに何の問題もなく戦えている。

 僕が順調と思っているだけで、他の人達はもっと討伐しているのかな? 森で何人か参加者とは会ったけど、流石に討伐してる数までは分からないからなぁ。まぁ兎も角こうして止まっている時間が勿体ないよね。実力ある人達が集まっているんだから。

 特にグレイだけには絶対に負けられない。

 新たに気を引き締め僕は、再びモンスターを順調に倒していった――。

♢♦♢

~王都・城壁の上~

 余りに突然の出来事に、私は自分の目を疑ってしまった――。

 こうしてモンスター討伐会を開いて大勢の前で自分の名を言うのは、私にとっても毎年恒例となっている。今年も王都は凄い熱気と歓声に包まれているわね。

 そんな事を思いながら集まってくれた人達を見渡していた瞬間、私は胸の高鳴りと共にある1人の男の人に目が留まった。

 “ジーク・レオハルト”――。

 間違いない。不意の出来事に思わず驚いてしまったけど、私が彼を見間違える筈ないわ。今の私があるのも彼のお陰。だって貴方は私の原点であり、私が憧れる強い人間なんだから。

「どうかされました? エミリ様」
「いえ。今年もこれだけ多くの方が参加してくれて、何だか感慨深いなと」

 挨拶を終えて椅子に座った後も尚、私は無意識に彼を見てしまっていた。

 ジーク・レオハルト……彼の名前を初めて知ったのは、もう何年も話になるわね。

♢♦♢

~王都・数年前~

 まだ私が幼少の頃、まだこの王都は今程豊かではく安定しているとは言えない国だった。

 私はそんな時、偶然ある男の子と出会った――。
 商会をしていたお父さんとこの王都まで足を運んでいたあの日、あの日は雲1つ無い快晴の天気だった事を今でもよく覚えている。

「……さあさあ! 今日は珍しく“上玉”が入荷した! 滅多に手に入らない代物だぜ! 買った買った!」

 青空の下、辺り一帯によく通る声で髭を生やした男が商売をしていた。彼が売っているのは“人”。いわゆる奴隷商というやつだ。

 男が上玉と言って売ろうとしていたのは子供の私よりも更に2~3歳年が幼いであろう1人の女の子。髪はボサボサで服もお世辞にも綺麗とは言えない装いだったけれど、その女の子は幼いながらに顔立ちが可愛く、綺麗な“桜色”の髪をしていたのが印象的。

 私は子供ながらに下品さを感じていた。
 売る男も勿論そうだけど、そこで足を止めてたり買おうと寄って来る貴族やお金持ち達の視線や感覚が、子供ながらにとても嫌だと思った。

 とは言っても、私なんかがそんな事を思っていたとしても目の前の現実は微塵も変わる事無く、ただただ当たり前に過ぎていくだけ。奴隷となる人生は絶対に自由など与えられないのだろうと理解も出来ていた。

 子供の私なんて無力。
 でも私は純粋にあの女の子を助けたいと思った。

「お父さん、あの女の子助けたい! 奴隷って大変なんだよね?」

 私はお父さん服の裾を掴んで懸命に訴え掛けたけれど、お父さんは困った様な顔をしながら「それは出来ない」と静かに呟いた。

 幼いながらも何となく理由は察する事が出来た。
 あの女の子を助けるには言わずもがなお金が必要になる。しかもその場で払って終わりじゃない。当然その先も。

 でも当時の私達にはそもそもそんな余裕もない上に、まだ名もないエスぺランズ商会がこれから王都で大事な基盤を築いていくという時に奴隷商との取引は出来ないとお父さんが言った。

 私もそこまで馬鹿ではない。お父さんが言っている事の意味も理解出来たし、改めて自分は何1つ出来ない人間なんだと実感させられるには十分だった。

 どうしようも出来ない。

 私は自分の無力を噛み締めながら何度も何度も言い聞かせるように心の中で繰り返し、自分よりも幼い女の子に手を差し伸べてあげる事すら出来ない虚無感から逃げようとその場を後にした。

 と、その次の瞬間。

「すみません! 僕がその子を引き取らせてもらいます――!」

 己の無力から目を背けたと同時、私の後ろからその声が響いた。

 反射的に振り返った私の視線の先には、高価そうな装いに身を包んだ1人の男の子。奴隷となっている桜色の髪の女の子と同じぐらいの歳だろうか。多分私よりも年下。

 しかもその男の子は明らかに場違い。
 奴隷の女の子を買おうと集まる大人達の最前列に出て堂々と手を挙げて言い放つ彼は、戸惑う周りの大人達の反応見る限り恐らくその子の単独の行動だ。

 子供の悪戯とはいえ周りの目も冷ややか。

 しかし、当の本人は一切濁りのない透き通った瞳で奴隷の女の子に目をやり、更に何の躊躇もなく真っ直ぐ彼女に手を差し伸べる。ニコリと屈託のない笑顔を見せる彼に、気が付けば奴隷の女の子も自然と差し伸べられた手を掴んでいた。

 私にはその光景が女の子なら誰でも1度は思い描くであろう、悩めるお姫様を颯爽と助ける“王子様”に見えたのだ――。

 後にも先にも私の人生でこの瞬間程自分が無力だと思った事は無かった。後悔した。

 だからこそ、私はこの時の悔しさを胸に頑張ろうと決意した。何時かお父さんに頼る事も無く、自らの意志で行動を起こし責任を取る。そして自分に堂々と嘘を付くことなく生きられる強い人間になろうと。

 あの少年の様に。

 それから暫くして、あの少年がレオハルト家という勇者一族出身で、“ジーク・レオハルト”という名である事を知れた――。

「まさかこんなところでお会いできるとは」
「ん? 何か仰られましたかエミリ様」
「いえ、何でもありませんよ」

 モンスター討伐会が終わったら彼と話してみたいわ。
 私の人生を変えるきっかけを作った、ジーク・レオハルトと。

 そんな事を思いながらモンスター討伐会を見守る事数十分――。

 討伐会も終わりが近づいてきた頃、突如妙な気配を感じた。

 何でしょう……この気配は。

「どうしましたか、エミリ様」

 突然椅子から立ち上がった私に、周りの皆も不思議そうな視線を向ける。けれど今はそれどころじゃない。

 何? 向こうから何か嫌な感じが――。

 そう思った次の瞬間、森の奥から勢いよくこちらに近付いてくるモンスターを見つけた。

「あれは……“グリムリーパー”⁉」

 黒いモヤモヤとした瘴気の体に骸骨の頭。不気味に伸びる骨だけの腕には巨大な鎌を持っている。

「なッ、何故グリムリーパーなんかが⁉」
「有り得ません! 我々がおびき寄せているのはスライムやゴブリン程度の下級モンスターのみです! グリムリーパーなんて“Aランクモンスター”をおびき寄せるなんて不可能ですよッ……!」

 突然の事態に場は一瞬で物々しい雰囲気に。

 グリムリーパーはAランクモンスターの中でも攻撃力が高くて危険。大勢人が集まっているこの場で暴れられたら大変だわ。

「皆を安全な場所に避難させて! 私がグリムリーパーを引きつけッ……『――ズガァァン!』

 刹那、一瞬で距離を詰めてきたグリムリーパーは手にする巨大鎌で城壁を破壊してきた。

「「うわぁぁぁぁッ⁉」」

 グリムリーパーの一撃によって辺りに轟音と地響きが起こり、場は瞬く間にパニックとなってしまった。

「皆さん落ち着いて! 私が食い止めるからその間に貴方達は早急に避難させて!」
「はいッ!」 

 私は剣を取り城壁から飛び降りる。
 グリムリーパーはその身をユラユラと揺らめかせながら骸骨の頭を私に向けてきた。

 これ以上暴れさせない為にもここで倒す。
 手にする剣に力を込めた私はそのままグリムリーパーに突っ込みを剣を振るった。

 ――ガキィン!
「くッ、重い……!」

 しかし私の攻撃は簡単に奴の鎌に弾き返されてしまう。その後も連続で攻撃を繰り出したけれど全て防がれてしまった。更に今度はグリムリーパーが巨大鎌を私目掛けて振るってきた。

 やばいッ!

 ――ガキィン!
「ぐッ!」

 凄まじい巨大鎌の一振りに私は辛うじて剣で身を守ったものの、奴の強烈な攻撃によって勢いよく体を飛ばされ城壁に叩きつけられてしまった。

 衝撃で一瞬息が詰まる。
 けれど幸いな事に致命的なダメージはない。

 私は自分の体のダメージを確かめながらゆっくりと立ち上がり、再び剣を構えてグリムリーパーと対峙する。

 だが次の瞬間、私が反応出来ない程の速さで間合いに入って来た奴は既に巨大鎌を振り下ろしており、奴の巨大鎌の切っ先が私の眼前まで迫っていた。



 あ。死ぬ――。





「危ない!」

 ――ガキィィィィン!
 私が死を悟って目を瞑った刹那、突如誰かの声が響いたと同時に、何かと何かがぶつかる衝突音が轟いた。

「ふう、間に合って良かったぁ。大丈夫ですか?」

 ゆっくりと目を開けると、そこにはあの時の王子様……私の人生を変えた“ヒーロー”の姿があった。

「ジーク……レオハルト――」