♢♦♢
~クラフト村~
大いに盛り上がった翌日――。
「はい、こちらがギガントゴブリンの魔鉱石代になります」
サラさんはまだ驚きを隠しきれないと言った表情のまま、僕に金貨を10枚渡してくれた。
よし、これで当分の間は生活に困らないぞ。良かった。
「うっは、すげぇ金貨! 1枚くれよジーク」
「ダメですよルルカさん。これはジーク様の物です」
「ヒャハハ、冗談だってレベッカちゃん。そんなかしこまらずにもっと気楽にいこうよ」
僕はレベッカとルルカのやり取りを横目に金貨を袋に閉まった。
モンスターから取れた魔鉱石は武器や装備の素材となるからこうして買い取ってもらえる。基本的に魔鉱石はモンスターが強ければ強い程大きさや重量、密度などが上がっていく物だ。
だからギガントゴブリンの魔鉱石もそこそこデカくて重い。レベッカの空間魔法が無かったらと思うと、とてもじゃないが運ぶだけでとても大変。
冒険者ギルドの受付をしているサラさんでもギガントゴブリンレベルの魔鉱石は珍しかったのか、何度も魔鉱石と僕を交互に見て瞼をパチパチさせていた。
兎も角金貨も手に入れ、念願の冒険者登録も遂に完了した。これでこの先もどうにかなるだろう。いや、頑張るしかない。
改めて決心した後、僕はサラさんに聞きたかったもう1つの事を尋ねた。
「あの、サラさん。これって何か分かったりします?」
僕はギガントゴブリンと昨日のミラーナから取れた赤い結晶をカウンターの上に置いた。
まるで正体が分からない未知の物。だけど僕はこれが何かの影響を与えているのではと思っている。
「さぁ……私も見た事ないですね。魔鉱石とはまた違う様にも見えますけど。これが何かあるんですか?」
「いえ、まだ僕も全然分からないんです。ギルドで色々情報を知っていそうなサラさんでも分からないとなるとちょっとお手上げですね」
「ごめんなさい。お役に立てなくて」
「とんでもない! こんなの出した僕が悪いんです」
「あ、ジークさん。もしかして村長なら何か知っているかもしれないですよ。結構物知りですから」
サラさんにそう教えてもらっていると、狙ったと言わんばかりのタイミングで村長さんがギルドの扉を開いて現れた。
「おや、ここにおられましたか。昨日は本当に村を救って頂きありがとうございますジーク君」
「村長さんナイスタイミングです!」
「はて」
開口一番にまたもお礼を言ってくれた村長さん。そんな村長さんはサラさんの言葉にキョトンとする。そしてサラさんは赤い結晶の事を村長さんに聞いてくれた。
「成程、確かに魔鉱石ではありませんね。でも残念ながら私もそれ以上の事は分かりません」
「そうですか……」
「ですがギガントゴブリンとミラーナ君の話を聞くと、この結晶が何かしら影響を与えていると私も思いますよ」
村長さんは暫く眉を顰めると、突如何かを思い出したかのようにパッと顔を上げた。
「そうだジーク君、君は“大賢者イェルメス”と言う人物をご存じかな?」
大賢者イェルメス――。
その名は僕でも勿論知っている。なにせあの魔王を倒した伝説の勇者の仲間の1人だから。
「それは知っていますけど……」
「だったら彼に聞いてみるといい。きっと何か情報を持っている筈です」
さも当たり前かの様に言った村長さん。
でも待ってくれ。勇者や大賢者イェルメスが魔王を倒したのは今からもう80以上は前。
申し訳ないが真っ先に頭に思い浮かんだのは……。
「え? 大賢者イェルメスさんって……まだご存命なんですか?」
「ええ。実は昔、勇者と共にイェルメスさんもこの村に立ち寄った事がありましてな。元々少し変わったお方でしたから、今では人が容易に立ち入る事が出来ない“ビッグマウンテン山”の頂上に住んでいると聞きました。
もしジーク君に行く気があるのでしたら、1度訪ねてみてはどうでしょうか」
♢♦♢
~ビッグマウンテン山~
という事で、僕達は晴れてビッグマウンテン山へと足を運んでいる――。
「おいおいおい、これ何処まで続いてるんよ」
「文句を言わないで下さい。余計に体力が消耗しますから」
「ほんとレベッカの言う通りだわ。黙って登りなさいよ。って言っても、確かにこれは思った以上に疲れるわね」
大賢者イェルメスが住む言うビッグマウンテン山。
この山は標高8,888mという高さに加えて足場が大きな岩ばかりでとても険しく困難な道。今となってはそれでもビッグマウンテン山の中腹部までは辿り着いただろうか。
道中の険しさも然ることながら、加えてこの山に生息するモンスターと何度か戦闘を繰り広げた事によって皆疲労困憊の様子。レベッカの空間魔法で回復薬を沢山所持しているのが唯一の救いだ。
それがなければ今頃きっと……。
「それにしても、こんな山の頂上に暮らしているというその大賢者の方はとても偏屈な方の様ですね」
「そうだね。村長さんから聞いてはいたけど、本当に外部の人間とは接触したくないみたいだな」
まるでこの山が大賢者イェルメスの気持ちを代弁しているかの如き険しさだ。僕1人だったら間違いなく心が折れている。
「もう最悪ねこの山。ほらルルカ、早く貴方の風魔法でさっきみたいに皆を運んでくれるかしら? そうすれば楽なんだけど」
「またお嬢様が我儘言い出したんよ。何度も言ってるけどな、アレは凄い魔力も体力も使う訳。レベッカちゃんの空間魔法で回復薬がなかったらもうとっくに俺ら終わってるからな」
「口はいいから早く手を動かしなさい。貴方の疲れなんて私にはどうでもいいの」
「なんて生意気な嬢ちゃんだ。折角の美女が台無しなんよ。そこまで俺に言うなら自分だってさっきみたいにベヒーモスの姿になって俺達を運んでくれればいいだろ、なぁミラーナちゃん」
「嫌よ! 獣の姿になるの結構体力使うんだからね。それにずっと戻れなかったからまだ怖いの! 貴方ならそんな心配ないじゃない。ただ風出すだけなんだから」
「本っ当に口だけは達者だな」
「それは貴方でしょルルカ!」
後ろから聞こえてくるルルカとミラーナと言い争い。レベッカも呆れた様子で2人を眺めていたけど、僕は不意に自分の視界に映る3人を見て、何だか嬉しくて口元が緩んでいた。
ハハハ、まさか連日こんなに賑やかになるとはな。
レオハルト家を追い出された時はどうなる事かと不安だったけど、今はあの時の状況からは想像も出来ない事になってる。勿論いい意味でね。
僕は恵まれているな――。
「どうしたのですかジーク様」
思わず感傷に浸っていると、レベッカが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「いや、大丈夫大丈夫! 何でもないよ。皆のお陰でもう半分以上登って来られた。このまま頂上まで頑張ろう!」
「ほら、ジークが言ってるんだからさっさと行くぞミラーナちゃん。そんな文句があるなら今から降りてもいいんよ別に」
「ちょっと、何で私が降りないといけないのよ! そもそも何でルルカが付いて来てるの? 貴方が降りればいいじゃない」
「何でだよ。俺の方が先にジークとレベッカちゃんと出会ってるんよ。ミラーナちゃんの方が後でしょ。それに大賢者イェルメスなんて気になる名前出されたら行くしかないでしょ」
「何それ。意味不明だわ」
その後もルルカとミラーナの言い争いは暫く続いたけど、僕達はやっとの思いで遂にビッグマウンテン山の頂上に辿り着いたのだった――。
「着いた――」
日が沈みかけた頃、僕達は遂にビッグマウンテン山の頂上に辿り着いた。
頂上の風景は道中と変わらない大きな岩だらけ。辺りを見渡すと、岩しかない頂上にポツンと1つだけ小さな小屋が建っていた。
あそこに大賢者イェルメスが……。
自然と小屋へと近付く僕達4人。
「本当にこんな所に住んでるのかしら」
「それかないだろ。逆にこんな所に家が建ってるんだからよ」
ルルカとミラーナ、どちらの意見も正しい。
未だにこんな所に住んでいるなんて信じ難い反面、僕達の目の前に家らしき小屋が建っているのもまた事実だ。
明らかにこの小屋の存在だけ異質。
しかも何か気配を感じるのは僕だけだろうか。
「御免下さい。大賢者様いらっしゃいますか――?」
ええッ⁉ いきなり⁉
驚き過ぎて僕は声が出なかった。まさかレベッカが待ったなしで小屋を開けるなんて。もし大賢者イェルメスが小屋に罠でも仕掛けていたらどうすッ……と、僕が危惧した刹那、突如小屋が淡く輝き出した。
「これは魔法陣……⁉」
よく見ると淡い光は小屋からではなく更に下の大地から。僕達の足元には魔法陣と思われる模様が浮かび輝いている。
そしてレベッカが小屋の扉を開けた先。
その奥には暗闇から不気味に瞳を光らせる謎の影があった。
「モンスターだッ!」
「逃げろレベッカ!」
ルルカの声が響いたと同時に僕達は反射的に戦闘態勢に入る。レベッカも咄嗟に走って僕の傍に来た。
『グルルルッ』
暗闇から唸り声を上げて出てきたのは、狼の様な姿をした1体のモンスターだった。そのモンスターの体はユラユラと青い炎に纏われている。
「なんだあのモンスターは……」
「見た事無いモンスターね。もしかするとあれは“召喚獣”かもしれないわ」
「召喚獣だって? だとしたら“術者”がいる筈だ」
そう。
召喚獣はモンスターとはまた違う存在。召喚獣ならそれを発動させている術者が必ずいる。そしてその術者は恐らく――。
「皆、僕に任せて!」
ここまで来られたのは皆のお陰。レベッカが空間魔法で大量の荷物を運び、ルルカとミラーナがここぞという時に皆を運んでくれた。だからこそ僕は頂上まで辿り着けたんだ。疲労が溜まっている皆にこれ以上負担は掛けたくない。
僕は『無効』のスキルを発動させ、横一閃で召喚獣を真っ二つ斬った。
――シュゥゥ……ン。
「よし」
やっぱり『無効』スキルが通じたぞ。
斬られた召喚獣はユラユラと揺らめきながら跡形も無く消えていった。
「やりましたね、ジーク様!」
「他に召喚獣はいないみたいだね」
「大した強さではなかったわね。近くにいるんじゃないかしら」
ミラーナの言葉で僕達はふと辺りを見渡した。
恐らく近くに術者がいる。しかもこんな所にいるなんてきっと――。
そう思っていた次の瞬間、突如大きな岩の陰から声が聞こえてきた。
「ハッハッハッ、まさか本当にここまで来るとはね――」
「「……!」」
声がした方向へと振り向くと、そこには深緑色のローブを纏った白髪の男の人がいた。年齢は60代ぐらいだろうか。白い無精髭も蓄えたその男の人は何とも言えない不思議な雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの、もしかして貴方が大賢者イェルメスさん……ですか?」
「如何にも。大賢者なんて呼び名は言い過ぎだがね」
本当にいた。
この人が勇者と共に魔王を倒した伝説の1人。
「凄ぇ……! マジで大賢者イェルメス本人なのかよ。生きてたって言うか何と言うか、思った以上に若い気が」
「そうね。もっと歩くのもやっとの老人をイメージしてたわ私」
確かに。僕も同じ事を思った。なにせ魔王を倒したのはもう80年以上前の話なのに、目の前のイェルメスさんは若々しい。
「失礼ですよ2人共」
「アハハハハ! 構わんよ。ストレスなく余生を生きているお陰かな。まぁどう見られているのかは分からんが、私だって体中にガタがきている一般的な“99歳”の老人と変わらぬよ」
「きゅ、99歳……⁉ その若さで⁉」
見た目と年齢のギャップに僕達は驚く事しか出来ない。だってどう見てもその歳だとは思えないよ。
「私の事などどうでもいい。それよりこんな場所にまで訪れ、わざわざ私に“聞きたい事”とは何かね」
「え、僕達が来た理由を知っているんですか?」
「ああ。君達がクラフト村を出た後に村長から一報があったからね」
なんだ、そうだったのか。村長が連絡してくれていたなんて知らなかった。
ん? でも待てよ。
「あのー、イェルメスさん。お言葉ですが、僕達が来ることを知っていたのなら何故召喚獣なんかを……」
「ああ、それは久々の来客で最近の若者がどのぐらい強いのかふと気になってな。まぁ思いつきだ」
大賢者イェルメスはそう言いながらくしゃりと笑っていた。
「何よそれ。じゃあただ貴方の暇つぶしに付き合わされたって事じゃない」
「こら。相手はあの大賢者イェルメスだぞ」
「関係ないわよ。こっちはここに来るまで苦労してるんだから」
「アハハハ、悪かったね。兎も角話は中で聞こうか。飲み物を入れてあげよう」
僕達はイェルメスさんに促されるまま小屋の中に入り、用意された飲み物を一口飲むと、再びイェルメスさんが口を開いた。
「それで、私に聞きたい事とは何かな?」
落ち着いたトーンでそう言われた僕は袋から赤い結晶を取り出し、ずっと気になっている事を聞いた。
「イェルメスさんにお伺いしたいのはこの結晶の事なんですが……」
僕がテーブルの上に赤い結晶を置いたと同時、イェルメスさんは予想外の方向に反応を示した。
「ジ、ジーク君……! 君のその腕輪――」
腕輪?
イェルメスさんは僕の出した赤い結晶の方ではなく、何故か僕のブロンズの腕輪に食いついてきた。それも目を見開いて明らかに驚いた表情で。
「あの~、この腕輪が何か……」
「アッハッハッハッ! そうかそうか! 遂に“現れた”か」
驚きの表情から一変。イェルメスさんは突如大きな声で笑い出した。全く状況が把握出来ない。
「ジーク君、君は自分のその腕輪について何を知っているかね」
「何を知っているって……モンスターや災いを引寄せてしまう呪いのスキルという事しか……」
それ以上もそれ以下もない。
だってこれは誰もが知っている呪いのスキルだから。
「呪いだって? ハハハハッ、そりゃまたどういう訳でそうなったのかね。私が山で暮らしている間に、随分とややこしい世界になったものだ」
僕だけでなくレベッカ達もきょとんとした表情を浮かべている。イェルメスさんの言っている事に誰もピンときていないんだ。そんな僕達を見たイェルメスさんは「その様子だと本当に何も知らない様だね」と笑いながら言い、話を続けたのだった。
「いいかいジーク君。君のその腕輪は、ありとあらゆるスキルを引寄せる“最強のスキル”なんだよ。かつて魔王を倒した勇者と“同じスキル”である――」
「「ッ……!」」
余りに予想外の展開過ぎて言葉が出ない。
僕のこのスキルが最強……?
あの勇者と同じ……?
考えれば考える程理解が追い付かない。
「勇者と同じスキルって、それヤバくないかジーク!」
「あら、流石私の王子様ね。強いとは分かっていたけどまさか勇者レベルなんて!」
「す、凄いですよジーク様! 決してミラーナさんの王子様ではありませんが、やっぱりジーク様には人を救う使命があるんですよ!」
僕よりも先に皆が盛り上がりを見せた。
だけどそんな事を矢継ぎ早に言われてもまるで実感がない。
「フフフ、呪いのスキルか……成程。確かに力の無い者にその『引寄せ』スキルが与えられたらそうなるか。さっきジーク君が言った様に、引寄せは少なからずモンスターも引寄せてしまうからね。
だがそのスキルは間違いなく本物。呪いどころか、そのスキルは世界を救う真の勇者にしか与えられない代物。
引寄せに選ばれたという事は、ジーク君にはそれ相応の実力と使命……いや、世界を救う勇者としての“運命”に選ばれたのだよ――」
イェルメスさんの言葉を聞いた僕は、何故か心の奥がスッと軽くなった事を覚えた――。
僕の呪いのスキルは呪われていなかったって事……?
皆に軽蔑されて家も追い出されたこのスキルでも、まだ僕はこれから……。
「僕が真の勇者……ですか」
「ああ、そうさ。本来ならゴールドの腕輪が最も強いとされているが、そのゴールドよりも更に稀なのがその『引寄せ』スキルのあるブロンズの腕輪だからね。
いやはや、まさかまたその腕を見る事になるとは。フフフ、懐かしいものだな」
イェルメスさんは優しい目つきでそう呟く。何か遠い日の記憶をを辿っているイェルメスさんの表情はとても穏やかだった。イェルメスさんは徐にブロンズの腕輪が付いている僕の腕を掴むと、腕輪に刻まれたスキルに視線を落とす。
「ほお、君はやはり勇者の運命に選ばれている様だ。既に『必中』、『無効』、『分解』のスキルを習得しているとは中々。ジーク君はかなり強いな」
「い、いえ! 全然そんな事ありませんよ! 毎回必死で戦っていますから」
「君が選ばれた理由が分かる気がするよ」
イェルメスさんはそう言いながら僕に微笑みかけくれた。
この人が纏う空気は不思議だ。優しくて強くて、全てを包み込むような暖かささえ感じる。これが勇者と共に魔王を倒して世界を平和にした人のオーラというものか。
「それはそうよ。何て言ったってジークはベヒーモスの私を一撃で倒して、その上私の命を救った王子様なんだから。私のジークならばそれ相応の実力があっても何も可笑しくないわ」
「何度も言いますが、ジーク様は人を救う勇者に相応しい方であり、決して“貴方のジーク様ではありません”! 私がジーク様にお仕えしているのですから」
「あら嫌だ。もしかして嫉妬かしら? 貴方もやっぱりジークがすきだったのね」
「そ、そういう事じゃありませんミラーナさん……! 私はただジーク様にお仕えしているだけです!」
「あっそ。なら“ただ”仕えるてるだけの貴方では、私とジークの邪魔をする権利は全くないわよレベッカ」
「ッ!」
おいおい、何か話が凄い方向に進んでいるぞ2人共。
「ハッハッハッハッ! モテる勇者は大変だなぁジーク君」
「い、いやッ、そんなのじゃないですってば……!」
「はぁ……そりゃないんよ。俺だってレベッカちゃんもミラーナちゃんも両方好きなのに」
イェルメスさんの言葉によって、何故か僕の方が恥ずかしくなってきた。ルルカも落ち込む意味が分からない。レベッカとミラーナに関しては何処まで本気で言っているのか全く分からないけど、早くこの変な会話の流れを元に戻さないと。
「ちょ、ちょっと待った! それよりもイェルメスさん! この引寄せの力は分かりました。後、この赤い結晶の事について何か知りませんか!」
居ても立っても居られなくなった僕は強引に話を戻す。するとイェルメスさんは少しニヤニヤとした表情を浮かべながらも、僕の気持ちを汲んでくれたのか話題を結晶に移してくれた。
「赤い結晶? どれ、ちょっと見せてくれ」
そう言って僕から赤い結晶を受け取ったイェルメスさんは、暫し無言で結晶を眺めた後、真剣な顔つきに変わって僕に尋ねてきた。
「これを何処で?」
「ギガントゴブリンを倒した時に魔鉱石と一緒に体から出てきました。しかもそのギガントゴブリンは普通の個体とは比べものにならない強さだったんです。それと、こっちの砕けた物はミラーナの体から出てきた物です」
「お嬢ちゃんの体から?」
「そうよ。その結晶が関係しているのかは知らないけど、ある日突然ベヒーモスの姿から戻れなくなったのよ私。でもジークがこれを砕いた瞬間に元に戻る事が出来たの。ね? 間違いなく私の王子様でしょ」
「断じて違います」
こらこら。本当に止めてくれ2人共。こんなのをまともに相手するなんてレベッカらしくないぞ。
僕がそう思っていると、イェルメスさんは何処か気が重そうな空気を漂わせながらそっと赤い結晶をテーブルの上に置いた。
「……成程。確証はないが、ギガントゴブリンの異変らしきものとお嬢ちゃんが戻れなくなったのは、十中八九この結晶が原因だろう」
「やっぱりそうだったのか……。イェルメスさん、この結晶は一体ッ『――ドサッ』
刹那、僕の言葉を遮る様に、ルルカが突如椅子から転げ落ちた。
「ルルカ……⁉」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
床に倒れたルルカは呼吸が荒く、異常な量の汗を掻いていた。
「え、どうしたんだよルルカ! って熱ッ……!」
僕がルルカの上半身を起こす様にして抱き上げると、大量の汗と共にルルカの体から物凄い熱を感じ取った。
「疲労が溜まって風邪でも引いたのかしら」
「いや、違うぞ。これは“黒魔術”の副作用だ――!」
黒魔術……⁉
「マズいぞ。ひとまずそこに寝かせるてくれ」
場が一瞬にして緊迫の空気に包まれた。
イェルメスさんに言われるがまま、僕達はルルカを直ぐ近くのベッドへと運ぶ。
何だよコレ……! 一体何が起きているんだ。
「イェルメスさん、ルルカに何が⁉」
神妙な面持ちでルルカの状態を確かめたイェルメスさんは確信したかの如く、1度深く頷いてから僕達に口を開いた。
「間違いない。彼は黒魔術の効果によって体が蝕まれている。それも理由が定かではないが急激に効果が強まっている様だ。本来なら黒魔術は徐々にその効果を強めていくものだが……。今は原因よりもまず彼を回復させないと手遅れになってしまう」
「そ、そんな……でもどうやって!」
「黒魔術は質が悪くてな。それ専門のスキルが必須。最悪ヒーラーでもいれば進行を遅らせられるが――」
慌てた様子でイェルメスさんは僕、レベッカ、ミラーナを順に見た。
「残念ながら見た感じ誰もヒーラー系のスキルじゃなさそうだ。私のスキルも使い物にならん。こうなればもう山を下り1番近いクラフト村でヒーラーを探すしかない。だが、クラフト村でも距離があるからそこまで持つかどうか……」
嘘だろ、そんなの……。ルルカが助からないなんて有り得ない……!
「ルルカは絶対に助ける! 急いで山を下ろう!」
「確かにジーク様の言う通りですが、登って来るだけでもかなりの労力でした。それをルルカさんの力も無しでは到底……!」
「そんな事は分かってる! でもだからってこのまま何もしないなんて僕には出来ない!」
大声を上げたところで、レベッカの言っている事が正論だ。登るのに時間が掛かったんだから、降りるのだってそれなりに時間を要する。
「ったく、仕方ないわね。だったら私が変化して一気に山を下ってあげるわ」
「あ、ありがとうミラーナ!」
「でもジーク、知ってると思うけど変化は凄い魔力を消費するから、例え回復薬を連続でがぶ飲みしたところでずっとは使えないわよ」
「それで十分! 任せたぞミラーナ」
「もう、しょうがないわね。ルルカじゃなくてジークの為なんだから」
ミラーナはそう言うと、小屋の外に出るなりあっという間にベヒーモスの姿へと変化した。もう何度か見た姿だけど相変わらず凄い存在感だ。
「ほお、これは凄い。まさか獣人族の中でも超希少なベヒーモスとは驚いた。しかもここまで完璧に変化するとは」
「早く乗って皆!」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「大丈夫か? ルルカ」
「あ、ああ……。一体どうしちゃったんよ……俺の体は……」
「原因は分からないけど、黒魔術が掛けられているらしい。でも絶対に助けるから頑張ってくれ」
ルルカを抱えながら僕とミラーナが背に乗ると、イェルメスさんも「私も付いて行こう」と同行してくれる事になった。
「ミラーナ君と言ったね。私が付与魔法で君をサポートしよう。だから君はベヒーモスの姿を維持したまま一直線に村へ向かってくれ」
「あら、そんな事出来るの?」
「アハハハ、一応元勇者パーティの一員なのでな。本当は黒魔術を解ければいいのだが、生憎そこまで器用なスキルは持っていない。あくまでも老人が手を貸す程度だ」
申し訳なさそうに謙遜したイェルメスさん。だが僕達に言わせればこれ以上ない超強力サポートだ。
イェルメスさんはローブからスッと腕を出すと、そこには綺麗に輝くゴールドの腕輪が付けられていた。そこからイェルメスさんは魔力を高めると、淡い光を纏った手のひらを静かにミラーナの背に当てた。
「これは凄い。力が漲ってくるわ」
ミラーナの魔力が強くなったのを僕達も感じる。
「さぁ、急ごう。クラフト村で早くヒーラーを探さなければいけない。それに――」
イェルメスさんは皆まで言いかけて口を閉じた。
僕は気になってイェルメスさんに問いたが、イェルメスさんは「後にしておこう」と意味深な言葉を残し、会話はそこで終わった。
そしてミラーナの背に乗った僕達は凄まじい速さで山を駆け下りたのだった――。
~クラフト村~
「早ッ! もう着いた」
「ハハハ、ベヒーモスの力は凄まじいな」
「まぁ私にかかればこんなものよ」
ミラーナのベヒーモス変化に加えて強力なイェルメスさんの付与魔法サポートもあり、僕達は険しいビッグマウンテン山を一気に下山する事に成功した。
でもまだこれで終わりじゃない。
早くルルカを助けられる人を探さないと。
皆がそれだけを願ってクラフト村に辿り着くと、僕達の視界に飛び込んできたのは信じられない光景だった――。
「大変ですジーク様、村の方達が……!」
「何で⁉ サラさん、町長さん!」
クラフト村に入ると、そこにはルルカと同様に息を荒くして地面に倒れている多くの村人達の姿があった。
皆苦しそうな表情を浮かべて呻き声を上げている。
町長さんもサラさんも凄い熱だ。
「大丈夫ですか!」
「ジ、ジーク君……それにイェルメス様まで」
何故……? 一体何が起きているんだ。
「やはりそうだったか――」
戸惑う僕を他所に、村を見たイェルメスさんは焦った様にそう言った。
「イ、イェルメスさん! これはどういう事ですか!」
「ああ。ルルカ君の症状を見た時にまさかとは思っていたが、これは
ルルカ君単体を狙ったものではなく“広範囲”を狙った黒魔術だ。
発動条件が分からぬが、恐らくクラフト村の者達全員が同じ状況だろう」
なんだそれは。
幾ら小さなクラフト村と言っても優に100人は超えている筈。ルルカを助けるヒーラーを探すどころじゃない。一刻も早く手を打たなければ村自体が壊滅しかねない。
「ぐッ!」
「しっかりして下さい町長さん、サラさん! 絶対に助けますから! クラフト村にヒーラースキルを持った人はいませんか?」
胸を押さえて苦しむ町長さんとサラさん。
僕の問いに苦しみながらも返答をくれた2人だったが、その答えは無情だった。
「ジークさん……クラフト村にはヒーラーのスキルを持っている人はいないわ……」
「はい……残念ですがサラ君の言う通りです。一体私達に……村に何が起きて……ゔゔッ!」
「町長さんッ!」
くそッ、これは本当にヤバい。一体どうすればいいんだ。
クラフト村の皆は僕が呪いのスキルを持っているにも関わらず、分け隔てなく接してくれたんだ。それどころかこんな僕にありがとうって――。
絶対に死なせない。
何か……何か方法は無いのか……!
「イェルメスさん! 回復薬では黒魔術に効きませんか?」
「残念だがそれは無理だ。黒魔術は魔法の中でも更に特殊な部類。黒魔術を消す専門のスキルか術者を倒さなければこの力は消えない」
イェルメスさんの苦虫を嚙み潰したような表情が全ての答えを出していた。
この状況では1人として助けられる術がないという“最悪の結末”を。
胸の奥で心臓がドクンと高鳴る。
目の前で倒れ苦しむ村人達。
一刻を争う事態なのに打つ手がない。
唯一の賭けであったヒーラーも断たれた。
どうする。
どうする。
どうする――。
様々な考えが脳裏を駆け巡ったと同時、僕は村長さんを抱える自分の腕輪に目が留まった。
そうだ……もしかして――。
「イ、イェルメスさんッ! 黒魔術って一応魔法なんですよね⁉」
「ああ、確かに黒魔術も魔法だが……」
「だったら僕の『無効』のスキルは使えないでしょうか⁉」
「ッ! そうか、その手があったか」
そう。
もしこれが何かしらのスキルによるものだとしたら、僕のスキルで消せるかもしれない。僕は町長さんをゆっくりと地面に寝かせ剣を握った。そして『無効』スキルを発動させる。
これで皆を助けられるかもしれない。でも失敗したら……。
スキルを発動して剣を構える僕だったが、いざ剣の切っ先を町長さんに向けたら万が一が頭を過り躊躇してしまった。
「ジーク様……!」
「無効スキル確かに全てのスキルを無効化するもの。だが流石の私もこの使い方は試したことがない」
他ならぬイェルメスさんの言葉で更に気持ちが揺らいでしまう。
だって、もしダメだったら間違いなく“死”――。
僕がそんな事を考えて躊躇していると、次の瞬間何かが僕の肩に乗った。
「ハァ……ハァ……何ビビってるんよジーク……」
「ルルカ⁉」
振り返ると、そこには今にも倒れそうに意識を朦朧とさせるルルカの姿があった。
「ジーク……それ、俺で試せ。町長のおっさんよりは……剣向けやすいだろ……ヒャハハ」
ルルカはそう言うと僕の目の前に倒れ込んだ。
「早くするんよ……」
「で、でもッ……! もし失敗したらッ「お前なら大丈夫だ……ジーク。安心しろ……失敗してもただ俺が死ぬだけ……どの道このままだと全員死ぬんよ」
「ルルカ……」
「皆を助けてやってくれジーク……。小さい村だけど、俺が育った大事な場所だ……。お前はもう1度村を救ってる……だから頼むぜ……真の勇者さんよ――」
悪戯に口元を緩ませたルルカの瞳は、力強く真っ直ぐ僕を見ている。
「分かった。やるよ、ルルカ」
まるでさっきまでの迷いが無かったかの様に、僕の気持ちは自然と固まっていた。
それも何故だろう……。
絶対に失敗しない保証なんて無かったのに、今は絶対にルルカを助けられる確信が生まれていた。
「絶対にルルカを、村の皆を助ける――!」
――ストン。
無効のスキルを発動させた剣を、僕はルルカの胸に突き刺した。
すると次の瞬間、剣から何かを砕く手応えを確かに感じた。
そして直後、ルルカや村人達の体から黒い蒸気の様なものが勢いよく溢れ出し、その黒い蒸気は瞬く間に揺らめきながら消え去ってしまった。
「これは……成功だぞジーク君!」
イェルメスさんの勢いある言葉と共に、ルルカや他の皆の苦しみが一斉に止まった。
「ヒャハハ、流石真の勇者ジーク。体の痛みが全く無くなったんよ」
「ほ、本当だ……苦しかった胸の締め付けもない。体が軽くなりました!」
直ぐ側にいた町長さんやサラさん、それに他の村人達も次々に立ち上がっていく。イェルメスさんは直ぐにルルカの状態を確かめた。
「ハハハハ、驚いた。やはり成功しているぞジーク君。黒魔術の効果が完璧に消えている」
「す、凄いですジーク様ッ!」
「本当に……? 皆もう無事なんだよね……? 良かった~!」
全身を襲っていた緊張の糸が切れ、皆が起き上がる中僕は逆にその場に倒れ込んだ。
良かった。
本当に良かった。
ルルカを……皆を助けられて――。
「ヒャハハ、今回は流石に死ぬかと思ったんよ。ありがとなジーク」
そう言って何時もの調子に戻ったルルカは、倒れる僕に手を差し伸べてきた。
僕はそのルルカの手をグッと掴み、2人で笑い合った――。
♢♦♢
「いやいやいや~! さあさあ、どんどん食べてどんどん飲んでどんどんお代わりして下さいね、真の勇者ジーク様!」
「「勇者に乾杯――!!」」
必死の思いで黒魔術を消す事に成功した僕達は、ミラーナの件に続き村を救った勇者御一行として、絶賛凄まじいおもてなしを受けている次第です。はい。
「いやはやジーク様にはもう何と……本当に何とお礼を申し上げ、何度この安い頭を下げれば御恩を返し切れるでしょうか!」
「もうお気持ちは沢山頂いてますから、やめて下さいよ町長さん。皆無事だった。それでいいじゃないですか」
「おお~、流石真の勇者ジーク様! 有り難きお言葉頂戴致します。もう本当に私はもう一生ジーク様の前で頭を上げられません」
感謝してくれているのはもう嫌と言う程伝わっている。
最早こんな言い方はアレだが、大袈裟すぎる町長さんに僕は何て返したらいいのか分かりません。
「町長さん、やり過ぎると却ってジークさんに迷惑ですよ」
「いや、まだまだこんなものでは全然足りぬよサラ君。はて、この御恩をどう返したら良いか……」
町長さんはずっとそんな事を言いながら頭を抱えていると、急に何かを閃いた様に僕の前に勢いよく座ってきた。
「ジーク様! まだご結婚はされていませんよね!」
唐突過ぎる質問と勢いに圧倒されてしまう。
それにいつの間にかジーク君から“様”に変わっているんだよな。
「え、ええ。勿論まだですけど……」
「そうでしたか!でしたら是非“サラ君”はどうでしょうか!」
「えッ⁉」
「ちょ、ちょっと町長さん! 何言い出してるんですか⁉」
まさかの展開に驚いているのは僕だけじゃなくサラさんもだ。そりゃビックリするよ、急にそんな事言われちゃ。
「サラ君は私の可愛い娘同然! 大事な彼女が変な男に捕まるぐらいなら、私はジーク様の様な素晴らしい方と是非結ばれてほしいと思っていた所存です! 余計なお世話でしょうが」
ごもっともです。
……と思わず言い掛けてしまったけど、町長さんには微塵の悪気もないんだよなぁ。それだけ僕に感謝してくれているのは有難いけども。
「ほ、本当ですよ町長さん! そんな事言われたらジークさんが困るじゃないですか!」
「それはそうだがね、サラ君に幸せになってもらいたいと言うのは私の本音。ダメでしょうかジーク様? サラ君はタイプじゃないですか?」
また何を言い出すんだ町長さんは。
「い、いやッ、ダメなんてとんでもない! 寧ろ僕には勿体ないぐらい綺麗でしっかりされてますよサラさんは! 結婚される方が羨ましい限りです。それにそもそもサラさんが僕なんかを相手にしないですってば」
「おお、そうですか! だとすれば後はサラ君どうかね。ジーク様じゃ不服かな?」
「不服なんて言い方失礼ですよ! ジークさんはもう2度も村を救ってくれている勇者様です。皆を守ろうとする姿はとても強くて格好良くて素敵で、私みたいな女が一緒にいたら逆にジークさんの品位を下げてしまいますから……」
謙遜しているがサラさんは素直に綺麗な人だ。スタイルも良ければ性格も良い。僕なんかじゃ釣り合わないよ。
「だからそんな事ないですって! 逆にサラさんは綺麗過ぎて僕には勿体ないッ――」
そこまで言いかけた瞬間、場に妙な空気が流れたのを察知した。ふと周りからの刺さる様な視線を感じ、僕は皆の方へ振り返る。
レベッカとミラーナからは殺意のある視線を。
ルルカからは軽蔑する様な冷たい視線を。
そしてイェルメスさんからは僕を茶化す様な視線を向けられていた。
刹那、僕もハッと状況を気付かされる。
よくよく考えてみればこんな必死でサラさんを褒めていたら、まるで僕がさらさんに好意を抱いているみたいじゃないか……?
町長さんの勢いにでいつの間にかこんな展開になっていたけど、何なんだこの居心地の悪い空気は。
「成程、よ~く分かりましたよ! つまり、お互いに好意を持っているが、お恥ずかしいという事ですな! ハハハハ。何だ、そういう事だったら早く言ってくれれば良かったのに2人共!」
「いやッ、それはまた違いますって町長さん! ね! そうですよねサラさん!」
「は、はい……。でももしジークさんが本当に宜しければ、私は何時でも――」
なッ、何ぃぃぃッ⁉
ここにきてなんだそのサラさんの奥ゆかしい恥じらいは!
思わず抱きしめたくなって……って、違うだろ僕!
「アーハッハッハッハッ! やはりモテる勇者は大変だなジーク君」
イェルメスさんの何気ない余計な一言によって、レベッカとミラーナから更に強い殺意を感じ取った。
「ちょっと! 私の王子様と勝手に結婚なんて絶対に許さないわよ!」
「初めて気が合いましたねミラーナさん。私もジーク様にお仕えする身として、その結婚は到底認められません! ジーク様の結婚相手は私が認めた方でなければ断じてさせませんよ!」
「何でなんよ! 命を懸けて村を救ったのは俺だぞ村長! 普通俺にサラちゃんを勧めるだろ」
「ルルカは絶対ダメじゃな。論外」
もう止めてくれ……。
「私はジークさんと結婚なんて厚かましい事は考えていませんよ。ただジークさんが私に好意を抱いてくれている様なので、私もきちんと向き合いたいと思っているだけです」
おいおい、サラさん。そんな事を言ったら話がもっとややこしく――。
「あら、何かしらその上から目線の態度は。ジークアンタの事好きだなんて一言も言っていないわよ」
「そうですサラさん。勘違いされては困りますよ」
「確かにまだ好きとは聞いていませんが、今の発言は誰が聞いても“そういう事”だと思いますよ。だから決して勘違いではないと思うけど」
「有り得ない。こうなったら表でやり合うしかない様ね。全員ベヒーモスの力で蹴散らせてあげるわ」
「こらこらこらッ……! 皆そこまで――!」
こうして、何とかクラフト村を救えたのはいいものの、思わぬ修羅場を引寄せた今日という長い1日は幕を下ろした。
この後色んな意味でこの場を鎮めるのが大変だったのは言うまでもないだろう――。
~クラフト村・冒険者ギルド~
「――いやー、最近どうもポーションの入荷が悪いらしい」
「そうみたいだな。なんでもポーションの原料となる“魔草”がめっきり取れなくなっちまったそうだ」
「そりゃ困ったな。ここらの他の冒険者達も手に入れるのに苦労しているらしいし。何で急に魔草が取れなくなったんだ?」
「詳しくは分からない。でも聞いた話によると、今まで魔草が取れていた南の渓谷に“サラマンダー”が住み着いちまったらしくてな。奴の炎の影響で渓谷一帯が干からびてるらしいぞ」
「何ッ、サラマンダーだって⁉ アレは確かSランクモンスターだろ! 本物なのか⁉」
「さぁな、それは俺も分からない――」
昨日の修羅場から一夜明け、クラフト村はすっかり落ち着きを取り戻していた。
起きた事が事なだけに町長さんは村の人達に「ゆっくり休んで下さい」と呼び掛けていたが、皆思った以上に元気であっという間に日常に戻ったんだ。
まぁ色々慌ただしかったけど、僕も晴れて冒険者となった。だからこれから新しい依頼を受けようとサラさんがいる冒険者ギルドに来たのだが、話はここからまた急展開を迎える事になった――。
「ジーク君、君達はこれからどうするんだい?」
僕にそう聞いてきたのはイェルメスさん。
レベッカは当然ながら、もう当たり前の様にルルカとミラーナも隣にいる。
「そうですね……特に決めてはいませんが、これからは冒険者として1つ1つ依頼をこなしていきたいなとは思っています。生活もありますので」
「ハハハ、そうかそうか。ごもっともな意見だね」
「なんか流れでイェルメスさんにも同行させてしまいましたけど、イェルメスさんはもう戻るんですか?」
「本当はそのつもりだったのだがね。んー、どうもジーク君に見せてもらったあの赤い結晶に気になる事があるのでな。少し調べようと思っているんだ」
イェルメスさんは少し険しい顔をしてそう言った。
やっぱりアレは何か特殊な物なんだな。
「そう言えばまだ君にお礼を言っていなかったね。このクラフト村は私も昔に世話になった事がある大事な村だったんだ。町長を始め、村を救ってくれ本当にありがとうジーク君」
「そ、そんな! お礼を言うのは寧ろ僕ですよ! 急に押し掛けたにも関わらず色々教えて助けてもらって、本当にありがとうございました!」
イェルメスさんに感謝してるのは僕の方だ。
皆は村を救ってくれた勇者なんて言ってくれているけど、僕1人の力なんてとても小さい。レベッカ、ルルカ、ミラーナ、そしてイェルメスさんがいたからこそ結果この村を助ける事が出来た。
そもそもミラーナの件も今回の件も、元はと言えば全ては“僕のせい”なのかもしれない。
僕のこの『引寄せ』の力が、少なからず皆を困らせた可能性がある……。
でもイェルメスさんはこの力が世界を救える力だとも言ってくれた。魔王を倒した本物の勇者にはきっと足元にも及ばないだろうけど、それでも僕のこの力で救えるものがあるのなら、僕はこの力を人の為に使いたい――。
「イェルメスさん! 良かったらその調べるの手伝わせてもらえませんか? 僕もずっと気になっていて」
イェルメスさんがそれを調べると言うなら当然僕も力になりたい。大した事は出来ないけど。
「ジーク様、次のご依頼は決まりましたか?」
「ああ。決まったと言うか、イェルメスさんと一緒にこの結晶を調べようと思うんだ。って、いいですかねイェルメスさん?」
「勿論だとも」
「レベッカはどうかな?」
「私はジーク様がお決めになった事なら何処までもお供します」
この異様な赤い結晶の正体を知りたい。
初めて見た時から何となく胸がザワつく“嫌な予感”みたいなものを感じていたんだ。まぁ気のせいならいいんだけど。
と、そんな事を話していた瞬間、突如ギルドの扉が勢いよく開けられた。
――バンッ!
勢いよく開けられたドアが壁にぶつかり、ギルドにいた人達が一斉に入り口へと視線を向ける。するとそこには僕よりも少し幼そうな顔付きをした1人の男の子が立っていた。
「ハァ……ハァ……やっと見つけた! “お姉ちゃん”!」
「あら、“ジャック”じゃない。どうしてこんな所に――?」
男の子がお姉ちゃんと呼んだ視線の先にはミラーナが。
そしてミラーナもまたその男の子をジャックと呼んだ。
この2人にはごく自然な会話なのかもしれない。
だが状況がさっぱり分からない僕は困惑する他なかった。
「お、お姉ちゃん……? もしかしてミラーナの……」
そう。
目の前にいる男の子は普通の男の子ではない。
ミラーナ同様、こげ茶色の毛を靡かせながら獣耳と尾を生やした彼は間違いなく獣人族。
そしてミラーナは僕達の戸惑いを一掃するかの如く、その男の子の肩に手をポンと乗せながら「私の“弟”」と言ったのだった。
「そ、そうだったのか。弟がいたんだねミラーナ」
「ええ。別にそんな驚く事じゃないと思うけど。って、何で貴方がこんな所にいるのよジャック」
弟がいた事にそこまで驚きはない。
寧ろそれよりも気になったのは今ミラーナが言った様に、何故こんな所に来たのだろうという率直な疑問と、何故か弟のジャックという子が息を切らしながらとても不安そうな表情をしている事だ。
「お、お姉ちゃん! 渓谷が……皆が……国が大変なんだッ!」
「「……⁉」」
ジャック君の声がギルド中に響き、場はシンと静まり返った――。
♢♦♢
「さぁて、それじゃあ行くとするか。いざ“獣人国”へ――」
「何で貴方まで来るのよ」
元気よく言い放ったルルカに、ミラーナが冷静に物申す。
「気を付けて行ってきなさい。本当にサラマンダーならば奴はSランクだからね。まぁ君がいれば大丈夫だろうがなジーク君。待っている間に私も結晶を調べておこう」
「ありがとうございますイェルメスさん」
「気を付けて下さいねジークさん」
「分かりました」
イェルメスさんとサラさんにそう言い、僕とレベッカもベヒーモス化したミラーナの背に乗った。既にルルカと弟のジャック君も乗っている。だがミラーナは些かご機嫌が斜めだ。
「最近私使い荒くないかしら? 毎回足に使うなんてどういう神経してるのよ」
「そんな事より急いでよお姉ちゃん! ホントに大変な状況なんだから!」
「ごめんなミラーナ。この埋め合わせは絶対するから。今は君だけが頼りなんだ」
「も、もうッ、しょうがないわね本当に! でも私を足に使うのが当たり前だと思わないでよね! 今回はジャックとジークに頼まれたから仕方なくなんだから!」
文句を言いつつ何だかんだ面倒見が良いミラーナ。
弟のジャック君の存在を知ってその理由が分かった。
そもそも何故こんな流れになったのか――。
経緯は割とシンプルだ。
始まりは勿論弟のジャック君。
何でも、数日前からジャック君が住む獣人国の近くに“サラマンダー”が住み着いてしまったらしい。
サラマンダーはSランクモンスターというだけあってその影響は凄まじく、本来自然豊かな渓谷である獣人国は、今やサラマンダーの灼熱の炎の熱さで辺り一帯が干からびてしまっているそうだ。
獣人国は当然ミラーナの故郷でもある。ジャック君は事情を知らないミラーナにこの事を伝える為に、必死で匂いや情報を辿りながらクラフト村にいる姉を見つけ出したのだ。
ギルドにいた他の冒険者達もジャック君の話を聞くなり、最近ポーションの原料である魔草が取れないという情報を僕達に教えてくれた。ジャック君の話が本当ならば、このままだと多くの冒険者にとってもポーションが使えなくないという非常事態になってしまうとの事だ。
そんな話を知ってしまった上に、僕よりも年下のジャック君がここまで懸命に知らせてくれたとなればもう動かずにはいられない。しかも獣人国はミラーナの家でもあるんだから。
ジャック君の話を聞き終えた時には皆が僕と同じ気持ちでいてくれた。一瞬身の危険を考慮した僕はレベッカにクラフト村で待っていてくれと頼んだが、レベッカは直ぐに首を横に振って「ジーク様にお供します!」と力強く言ってきた。
その後直ぐに「もしもの時は俺がレベッカちゃんを守るんよ」とルルカも獣人国へ行く意志を示し、ミラーナにぶつぶつ文句を言われながらも結局皆で行く事となった。
イェルメスさんは僕の『引寄せ』スキルと実際の僕の実力を見て「君がいれば事足りるだろう」と、自分はクラフト村で待ち赤い結晶の事を調べておくと言ってくれた。
そんなこんなで急展開となった僕達は、早速ミラーナとジャック君が暮らす獣人国へと向かったのだ――。
♢♦♢
~獣人国・サンモロウ渓谷~
クラフト村からずっと南の方角。
自然豊かな木々が生い茂り、山から綺麗な川が流れる此処、サンモロウ渓谷。
またの名を“獣人国”――。
言わずと知れた自然溢れる国であり、ミラーナやジャック君の様な獣人族が多く暮らす国だ。
「ヒャハハ。俺獣人国に行くのは初めてだな」
「観光に行くんじゃないわよ。分かってるのルルカ」
「何だか少し暑くなってきましたね」
「それに僕が思っていた景色とはまるで違う。これもサラマンダーの影響なの?」
「うん、そうだよ」
ジャック君の言葉で、改めてこれがサラマンダーによる“被害”なんだと思い知らされた。
一般的に知るこのサンモロウ渓谷は本当に綺麗な自然が生い茂る渓谷の筈だ。それなのに今は木々が生い茂るどころか雑草すら生えていない。獣人国に近付くにつれてどんどん空気は乾燥し、渓谷が干からびていた。
「ほら見て。あそこに山が見えるでしょ? あの山にサラマンダーが住み着いてるんだよ」
ジャック君の指差す先には大きな山が。
まぁつい先日ビッグマウンテン山を見たばかりという事もあって、特別大きくは感じなかった。感覚がマヒしてるな。
「げッ、また山かよ」
「ビッグマウンテンに比べれば大した事無いわよあそこは」
「確か獣人国はあの山の麓でしたね。まだ距離のある此処でも影響が出ているとなると、ジャック君達の獣人国は更に被害が大きいのではないでしょうか」
レベッカの言う通りだ。
これだけの影響を与えているという事は、やはりあそこにいるだろうモンスターはきっとサラマンダーだ。
早く倒さないとマズいッ……『――ギギャア!』
ッ……⁉
獣人国まであともう少しというタイミングで、突如僕達の前方からモンスターが姿を現した。
「おい、“リザードマン”だぞ!」
「何であんなモンスターがこんな所に」
大きなトカゲの姿をし、長い舌をヒュンヒュンさせながら二足歩行をしていたのはBランクモンスターのリザードマン。奴は同じBランクのギガントゴブリンよりも賢くて火も吹ける厄介なモンスターだ。
だが僕達は突如リザードマンが姿を現した事よりも、本来火山付近に生息する筈のリザードマンがこんな所で出て来たのに驚かされた。しかしその疑問は直ぐにジャック君によって氷解される。
「あのリザードマンもサラマンダーのせいだよ。アイツの力が強過ぎて、この辺りは環境も生態系も変わってきているんだ!」
『ギギャ!』
「このまま走るんよミラーナちゃん! 俺が奴に攻撃する」
そう言ったルルカは槍を構えて風魔法を発動させた。
ミラーナはルルカの指示に従いスピードを緩めることなくリザードマンに突っ込んで行く。一方のリザードマンも完全に僕達を敵だと認識して襲い掛かって来た。
そして。
――ドシュ!
『ギッ……⁉』
風を纏わせ鋭さを増したルルカの槍が、ミラーナのスピードも加わり強烈な攻撃となって見事リザードマンを貫く。食らったリザードマンは血飛沫を上げながら瞬く間に地面に倒れたのだった。
まさに疾風の如き一撃。
「へぇ、やるじゃないルルカ」
「上手くいったみたいだな。流石に一撃で仕留められるとは思っていなかったけど」
「ありがとうルルカ。助かったよ」
ルルカにお礼を言った僕は、ふと自分の目の前の光景が不思議に見えた。
レオハルト家を追い出されたからまだ1ヵ月も経っていない。
それなのに僕の横には当然の如くレベッカがいて、思い返せば凄い出会い方をしたルルカとミラーナがいつの間にか一緒に行動をしている。少し前の僕からは想像も出来ない日々の連続だ。
「もう着くわよ、獣人国――」
不意に干渉に浸っていた僕を戻すかの様にミラーナの声が響いた。
あれが獣人国……。
僕達の目と鼻の先。
そこには獣人国の広大な景色が広がっていた。
だが、目の間に広がる獣人国はやはり僕のイメージしていた光景とはまるで違うものだった――。
~獣人国~
「思った以上に凄い事になってるわ。皆は無事なんでしょうね」
「うん。まだ誰もサラマンダーに直接的な被害は受けてはいないよ。でもこの暑さと渓谷が干からびたせいで、色々獣人国にも被害が出てるんだよ」
これは確かに酷い状況だ。
空気が凄い乾燥している上に、肌もジリジリと焼けるぐらい暑い。時折吹く風がまるで熱風を食らっているかの様にさえ感じる。
辺りは草木や花が一切なく、干からびた大地と建物だけが広く続いていた。
「おお、ジャック! それにミラーナじゃないか!」
獣人国に入ると、そこにはミラーナとジャックの事を心配していたであろう多くの獣人たちが一堂に駆け寄って来た。
「良かった。無事にミラーナを見つけて来た様だなジャック!」
「そっちの人間達は誰だい?」
「皆お姉ちゃんの仲間なんだって。凄い強いよ! 今も来る途中で出て来たリザードマンを1発で倒しちゃったんだから!」
「リザードマンを? それは凄いな」
獣人達は見慣れない僕達を警戒していた様だが、ジャックのお陰でその警戒が消えた様子だ。
「皆大丈夫なの? 何で急にサラマンダーが?」
「それは俺達も分からねぇ。数日前に突然現れたと思ったら、そのままあそこの山に住み着いちまったみたいなんだ」
「お陰で穀物や渓谷もこの有り様だよ。サラマンダーをどうにかしないと獣人国が潰れちゃう!」
次々と皆から零れる不安の声。
それだけサラマンダーが獣人達を苦しめているんだ。
「大丈夫よ皆。絶対私が何とかしてあげるわ。“ジジ神様”はどこ?」
じじがみさま……?
僕が一瞬頭を悩ませた次の瞬間、突如誰かの大きな声が響いてきた。
「ミラーナ! アンタはまた勝手に何処に行ってたんだい馬鹿者がッ!」
乾ききった獣人国に鳴り響いた怒号。
振り向くと、そこには綺麗な白銀の毛を靡かせた1人の獣人がいた。
「あ、ジジ神様」
「あ、ジジ神様。じゃないんだよミラーナ! 今度は何処で道草食ってたんだい! ええ!」
“凄い勢いのお婆さん獣人”――。
これが率直な僕の気持ちだった。
「あ、あの~……」
「ん? なんだい、アンタ人間じゃないか。もしかしてアンタがミラーナを唆して外に連れ出しているねぇ!」
「えッ⁉」
意を決して声を出した事に後悔した。
ジジ神様と呼ばれた彼女は凄い剣幕と怒号で僕の顔面ギリギリまで迫ってきた。
やば、怖。
「違うわよジジ神様。ジークは私を助けてくれた命の恩人なのよ。そんなに怒らないでくれるかしら」
「ミラーナの命を? それはまたどういう事だいアンタ」
「色々話せば長くなるんだけど――」
そう言って、ミラーナはジジ神様という人にこれまでの経緯をサラッと説明した。
♢♦♢
「成程。一先ず良からぬ事を企んでいる馬鹿者ではないという事は分かった。ミラーナを助けてくれた事には獣人国の“長”として誠に感謝するぞ“シェイク”よ――」
一通りの経緯をミラーナから説明されたジジ神様は、さっきとは違う落ち着いた雰囲気で僕にお礼を言ってくれた。
名前が違うけど……。
「“ジーク”ね。私の王子様の名前間違えないでよ」
「大して変わらぬだろう。彼に感謝している事は事実だしねぇ。なぁ“ギーク”よ」
「だからジークだって!」
ハハハ、もう別に何でもいいよ。ジジ神様は感謝してくれているみたいだからね。それよりも……。
「ジジ神様、僕達はジャック君の話を聞いて獣人国に来ました。例のサラマンダーとやらはどうなっていますか?」
「ああ、そうだったねぇ。今聞いた話じゃアンタ相当強いんだろう? まさかベヒーモス状態のミラーナを倒すなんてねぇ。それも一撃で。もしかしてアンタ勇者かい“ジンク”」
「いえいえ、勇者なんてとんでもないです」
もう当たり前の様に名前を間違えるなジジ神様。僕も自然と受け応えちゃった。
「ジークは勇者だったんだね! じゃあさっきのルルカよりももっと強いんだ!」
「当たり前でしょジャック。ジークは私の王子様なんだから」
それは答えになっていないよミラーナ。それに話がまたズレてる。
「サラマンダーはあの山にいるんですよね?」
「そうだよ。数日前にいきなり姿を現したかと思ったらこのザマさ。全く有り得ないねぇ本当に。何とかしようと腕に自信のある奴らがサラマンダーに挑みに行ったが、奴に辿り着く前にリザードマンにやられちまったのさ。
単体ならいざ知らず、行った者の話によればリザードマンが7~8体群れで動いていたそうだよ。Aランクの冒険者がパーティ組んでも厳しいよ。その上本命はサラマンダーとくるんだからお手上げさ」
シシ神様は顔を険しくし、他の獣人達も皆困った様子で顔が俯いてしまっている。
「もう大丈夫よシシ神様! 私も戻った事だし、こちらにはジークという最強の王子様がいるんだから。サラマンダーを倒してくるわ」
「ほ、本当かミラーナ!」
「あのサラマンダーを倒せるのかい⁉」
「任せなさい」
ミラーナの言葉で皆の顔がパッと明るくなった。相変わらず少し上からの口調だけど、ミラーナはやっぱり面倒見が良いから放っておけないんだろう。
そりゃそうだよね。自分の大事な故郷なんだから。
「って事で、早速行きましょうかジーク。2人で」
ミラーナはそう言うなり僕の腕にギュっと抱きつき、直後レベッカから凄まじい殺意が飛んできた。
「ダメに決まっているでしょう。何故ミラーナさんがジーク様と2人で行くのです? 意味不明過ぎますよ」
「や、止めてくれ2人共! ミラーナも離れて。相手はSランクのサラマンダーなんだよ。皆で力を合わせて討伐しに行こう。早くこの状況を変えなくちゃ」
こうしている間にもどんどん影響が広がってしまう。
「さっきは上手く倒せたと言え、リザードマンの群れなんて流石にヤバいんよ。ジジ神様が言う様にAランクパーティでも倒せるか分からないぞ」
珍しくルルカの表情から緊張が伝わってくる。それだけ敵が危険だという事だ。確かにリザードマンの群れは厄介だろう。何か手を考えた方がいいな。
そんな事を思っていた刹那、突如山の方から強烈な咆哮が響き渡った。
『ヴボォォォォォォォォッ――!』
「「……⁉」」
地響きと共に空気が震える。
姿を確認した訳でもないのに、今の咆哮がサラマンダーであるという事を皆が感じ取っていた。
「凄まじいな。距離があるにも関わらずここまで響いてきたんよ」
「急ごう皆! いつサラマンダーが獣人国を襲って来るか分からない」
「そうですね」
「山までの道は分かるか? ミラーナ」
「当たり前でしょ。付いて来て」
「気を付けるんだよアンタ達!」
一旦ジジ神様達に別れを告げた僕達は、サラマンダーを倒すべく奴の元へと向かった――。
~サンモロウ渓谷・山~
「あぁぁ~、暑っっつ……!」
「ちょっと止めてくれるかしらその言い方! 余計暑苦しいわ」
山の麓に位置する獣人国でさえサラマンダーの影響で熱波と乾燥が凄かったが、サラマンダーがいるであろう山は更に厳しい環境になっていた。
歩くだけで汗が溢れる。
普段元気なルルカとミラーナも明らかにぐったりだ。気が付けばレベッカも口を開いていない。幸いビッグマウンテン山と比べればかなりマシな道中だけど、如何せんこの暑さが問題だった。
「皆頑張ろう。ビッグマウンテン山に比べれば全然だよ。それにもう頂上が見えてる」
暑さにやられながらも、気が付けばもう頂上付近まで来た。後少しだ。
『『ギギャア!』』
ッ……⁉
暑さに気を取られて反応が遅れた。
「ここで出やがったやんよリザードマン」
「本当に暑苦しくて嫌になるわね」
「レベッカ、下がってて。後“槍”をお願い」
「分かりました」
ジジ神様から聞いていた通り、僕達の前に現れたリザードマンは計8体の群れで姿を現した。奴らは見るからに僕達に殺意を向けている。敵と認識しているんだ。
「ここで体力は使いたくない。僕が一気に片付ける」
「ジーク様どうぞ」
レベッカは空間魔法で予め準備しておいた槍を出してくれた。数は相手のリザードマンと同じ8本。
よし。
“さっきみたいに”やれば大丈夫な筈――。
槍を手に取った僕は『必中』スキルを発動させ、勢いよくリザードマン目掛けて投擲した。
――ドシュン!
『ギガァ……!』
「よし!」
投擲した槍は見事リザードマンの胸に命中。槍を食らったリザードマンはそのまま崩れ落ちる様に地面に倒れた。
「やりましたねジーク様!」
「ああ、このまま一気に倒すぞ」
そう。
僕達は山を登る前、何とかリザードマンの群れを効率良く倒せないかと考えていた。勿論遭遇しないのが1番だが、もし遭遇したのなら戦闘は免れない。
とは言っても急にそんな都合のいい案が思い浮かぶわけもなく、僕達は半ば諦めつつ最低限の準備を整えていると、そこへ徐にジャック君が木の棒を持って僕達の所に来た。そしてジャック君は「僕も戦う」とその木の棒を力強く掲げてみせたのだ。
僕よりも小さいのにとても勇気があるなと感心した。
でも流石にこんな危険な場所へ連れて行く訳には行かない。駄々を捏ねるジャック君を皆でなだめていたが、彼は「じゃあ離れた所から木の棒を投げつける!」とまるで手に負えない状態だった。
ジャック君なりに獣人国を守ろうとしていたんだろう。
僕はそんなジャック君を懸命に止める皆の姿を微笑ましく眺めていたのだが、直後ジャック君が言った“木の棒を投げつける”という言葉にハッとした。
そこで僕はある1つの仮説に辿り着く。
もし『必中』スキルを施した“遠距離攻撃”が出来たら――。
結果は成功。
実際に確かめるまで半信半疑だったけど、ジャック君の発言からまさかの思い付きで試した実験が成功した。
レベッカ達にも事情を説明した当初、「だったら弓放てば全部倒せるな」とルルカが極論を言ったけれど、流石に『必中』スキルを使っているとは言え、根本攻撃力の低い弓では倒し切れないだろうという結論に至った。
そこでレベッカが「なら剣や槍を投擲してみては」と徐に言い出したのだが、コレが大正解となり今に至るんだ――。
そして。
『『ギギャア⁉』』
僕が全部の槍を投げ終えると、8体のリザードマンも綺麗に全て地面に倒れ込んだのだった。
「ふう。上手くいって良かった」
「やりましたねジーク様!」
「本当に凄い強さよね、ジークって」
「この調子でサラマンダーもサクッと倒すんッ……『ヴボォォォォォッ――!』
リザードマンを倒して喜んでいたのも束の間。次の瞬間ルルカの言葉をサラマンダーの咆哮が掻き消した。
空気を裂く様な咆哮。ここにきてグッと暑さが増した。
僕達の目と鼻の先には確実にサラマンダーがいる。
僕達は互いに頷きあった後、改めて気持ちを切り替え士気を高めた。
「行くぞ!」
登り切った頂上。
焼ける様な熱さの中、僕達の視線の先では凄まじい豪炎を身に纏う巨大なモンスターの姿があった。
『ヴボォォォォォォォォォッ!』
「「……⁉」」
サラマンダーはその激しい咆哮と共に強烈な熱波を周囲に放つ。
くッ、暑い……!
コイツがサラマンダーか。
リザードマンよりも遥かに大きな体格をし、全身を炎に包んだサラマンダー。まるでとてもデカいトカゲの様なその姿は、凄まじい存在感と強力な魔力を発していた。
「威圧感が半端じゃないんよ。流石Sランク」
「感心してる場合じゃないわ。早く倒してこの暑さ何とかするわよ」
「レベッカはあっちの岩陰に隠れていてくれ」
「分かりました。皆さんお気をつけて。何か必要な物がありましたら直ぐに私に仰って下さい」
そう言ってレベッカが岩陰に避難すると、サラマンダーはそれが合図と言わんばかりに一気に僕達との距離を詰め、鋭い牙がついた口を目一杯広げる。更に直後、その広げた口から灼熱の炎が勢いよく僕達に向かって放ってきた。
――ブオォォォォン!
サラマンダーによる炎ブレスの範囲が広過ぎて避け切れない。
瞬時にそう悟った僕は、握る剣に『無効』スキルを発動させ思い切り炎目掛けて横一閃で剣を振るう。
無効スキルはあらゆる魔法を無効化させるもの。
僕はサラマンダーの炎を一刀両断した――。