「コレが俺の神器」
 姿を神器へと変えたドラドムート。この双剣を手に取るのは勿論初めてなのに、俺は今まで手にしたどの剣よりも驚く程自分に馴染んでいた。

『元々、主達に存在する微量の魔力や波動は深淵神アビスのにより与えられし力。3神柱の力だけでは倒し切れぬと悟った我らは深淵神アビスを倒す為に奴の力を利用する決断をしたのだ。
結果我らの力とアビスの力を手にした主達が更なる高みへと達し、シシガミとフーリン、そしてイヴとエミリアは見事その力を昇華させた。

次は我と主の番だグリム。
我を扱えるのはグリムのみ。今度こそアビスを消滅させる為には、主が我の力を“完全”に自分のものとするのだ。
姿は見えずとも、我は何時も主の傍にいる。グリムがこの辺境の森に飛ばされ我の樹で暮らし始めたその時から――』

 ドラドムートの何気ない一言。
 俺はその言葉で森での日々が一気に蘇っていた。

 俺にとっての全ての始まりとも言えるこの場所。俺はこの場所で生きる事を諦め、この場所で生き抜く事を決めた。更にこの場所が存在したからこそこうして全てが今に繋がっている。

 長い様で短かった日々。

 遂に全ての準備が整った。

「そうだな。なんか変感じがするけどこれでようやく準備万端だ。まさかヴィルがあの深淵神アビスと繋がっていたなんて驚いたけど、どの道奴らとは白黒ハッキリつけるだけだ」
「そうだねグリム。それにユリマを絶対に助け出して、全てを終わらせなくちゃ」
「深淵神アビスがどれ程の強者か楽しみだな」

 俺とエミリアとフーリンは互いに目を合わせると、自然に各々力強く頷いていた。

「よし。そうと決まればユリマを助ける為に王都に行くぞ皆」

 俺にとっては実に数年ぶりとなる王都。忘れもしない、家族からも王国からも追放されたあの日以来だ。

「ヒッヒッヒッ。だから焦んるんじゃない。処刑が2日後ならまだ1日猶予があるだろう。全員限界まで強くなりな。泣いても笑っても、全てはアンタ達に懸かっているんだからねぇ」

 イヴのこの発案によって、改めて覚悟を決めた俺達は最後になるかもしれない特訓に打ち込む事を決めた。本当に泣いても笑ってもこれが最後となるかもしれない。

 そして、1日特訓に明け暮れた俺達は、遂にユリマの処刑が行われる王都へと足を踏み入れた――。

**

~リューティス王国・王都~

 懐かしさと新鮮さ。

 俺は目に映る数年ぶりの王都を見て空気感を肌で触れ、同時にそう感じていた。

「ホント……久しぶりだな――」

 所々変わっている所もあるが、その街並みはほぼ全てがあの時の記憶と大差ない。王都は活気に溢れ多くの人々が賑やかに行き交っている。

 と、そんな平凡な日常の光景を思い描いていたのだが、今俺に映っている王都の景色はそんな懐かしむ余韻すら感じられない程様変わりしており、王都一帯が終焉の影響で腐敗した瓦礫の都市となっていた。

 活気どころか王都に人間が1人もいない。異様な静けさが漂っている中、俺達の視線の最も奥からこの静寂を破る声が響いてきたのだった。

「ハッハッハッハッ! やっぱり来たね兄さん。待っていたよ!」

 瓦礫が散乱する王都の中心部。そこには一際高い国王のいる城が聳え立っている。その城の下には何百人と言う騎士魔法団が隊列を組みながら待機していた。更にその大軍を見下ろす様に城壁の上からこちらを見ている1人の男。

 静寂を高笑いで打ち破り、手には神剣ジークフリードを持ったこの男。そう。コイツは他でもない、一応俺の弟でもあるヴィル・レオハートだ。ヴィルの横には『雷槍グルニグ』を持つジャンヌ・ジャン 4世と『狩弓アルテミス』を手にするデイアナ・ムンサルトの姿も確認出来た。

 ヴィルはまるで俺達が王都に来る事を分かっていたと言わんばかりの派手なお出迎えをしてくれた様だ。

「おいヴィル、ユリマは何処だ?」
「ハハハ、そんな焦らなくてももう楽しみは逃げないよ。それに兄さん達のお目当ては……ほら、ここにちゃんとあるでしょ――」

 ヴィルはそう言うと、突如団員の方を見るなり顎をクイと動かし何かの指示を出した。すると数十人の団員達が徐にロープを引き始め、そのロープの先から縛られた十字型の大きな木材が体を起こした。

「「ッ……!?」」

 起こされた大きな十字型の木材。俺達はその大きな十字よりも、更にそこに存在する小さな人影を見て絶句した。

「ユリマァァァッ!!」

 俺達の目に飛び込んできたのは十字に磔にされたユリマ。彼女は意識がないのかぐったりと頭を垂れている状態だった。

「大丈夫だよ兄さん。コイツちゃんと生きてるから。って言っても、死ぬのも時間の問題だけどね。どっちみ今から処刑だしッ……「「――ぐわぁぁッ!!」」

 刹那、ヴィルの言葉を遮る様に団員達の叫び声が響いた。

「全く、せっかちになったね兄さん」
「直ぐ片付けてやるから待ってろよヴィル!」
「え!? ちょっとグリムいつの間に……!」
「抜け駆けは許さんぞ。俺も参戦だ」

 ユリマの磔を見た次の瞬間には、気が付けば俺は待ち構える数百人の騎士魔法団員達に斬りかかっていた。ヴィルの言葉を遮った団員の叫びも当然俺の攻撃によるもの。俺が斬った団員達は血を流しながら次々と倒れていき、静寂から一転。場は瞬く間に戦場と化したのだった。

「馬鹿だねぇホントに。もっと頭を使って効率よく敵を倒そうと考えるだろうが普通」
「確かにね。でも真っ直ぐ感情で動けるのがグリムの良い所よイヴ」
「ふん。そんな綺麗事は要らん。あの馬鹿、本来の目的を忘れているんじゃないだろうねぇ」

 イヴが遠い目をしながら呆れ口調でそう言っていた事に、既に前線で剣を振るっている俺には到底知る由もなかった。

「これで十中八九イヴの“読み通り”の展開になったわね」
「読むまでも無い。見え見えだからねぇ」
「私も直ぐに参戦しなくちゃ!」
「アンタまで馬鹿を言い出すんじゃないよエミリア。昨日全員で話し合っただろう。これは誰もが分かる“罠”だよ。しっかりそれを教えてやったのに、あの前線の馬鹿2人の頭は一体どうなっているんだい。
こりゃいよいよ出て来るねぇ……奴が――」

 エミリアとハクとイヴがそんな会話をするのを他所に、俺は俺、フーリンはフーリンで戦いの火蓋を切り落としていたのだった。

「うらぁ!」
「はッ!」
「「ぐわァァァ!!」」

 待ってろユリマ。
 直ぐに助けてやるからな――。